37 女王の夫の条件
「レスレーザ! この犬畜生が!」
一連の流れを受け、もっとも激昂したのが一番目の王子様だった。
ゼムナントだったっけ?
悪鬼の形相でレスレーザに食ってかかる。
「貴様の仕業か! 貴様の卑劣な企みで我らを陥れたか! 犬腹から生まれてきた卑しい身のほどを知らず、自分が女王になる痴れた夢でも見たかああッ!」
レスレーザに掴みかからんばかりだったので、俺が割って入って防ぐ。
一回襟首を掴まれた相手だからさすがにたじろいだ。
攻撃相手を見失った王子様は、再び父王へと縋る。
「父上! 正気にお戻りください! 犬のごとき平民の生んだレスレーザに国王の大役は務まりません! 王とは高貴な血を受け継ぎし者! 父上と、南の大国ルブルムから嫁ぎし母上との間に生まれた、このゼムナントこそもっとも王に相応しい!」
「それを聞いて益々お前だけは選ばんわ」
冷然とした宣告を浴びせかけられる王子。
「当たり前のごとく国民を犬呼ばわりなど、典型的な勘違い貴族ではないか。そんなヤツに舵取りを任せたら間違いなく国が亡ぶ」
「いや、あの、それは……!?」
「そして、今にして思えば他国から妃を迎えることも間違いだったかも知らんの」
そう言って王様、王子、王女、もう一人王子と順番に見回す。
「ゼムナント、イザベレーラ、ルーセルシェ、お前たちにはそれぞれ他国の王族の血が流れておる。それは高貴ではあるが、我が国から見てみればお前たちの半分は余所者ということじゃ。この国の他にも帰る場所がある。だから危うくなれば簡単に逃げ出すことができる」
「それは……!?」
「それに比べてレスレーザは、父も母もこの国の生まれ。生粋ということじゃ。民にとっては、そういう者の方が受け入れやすいことじゃろうのう」
実際にレスレーザは俺と共に、最先頭に立って魔族と戦った。
その武勇は現地にいた兵士たちを通じて、やがて国中へと伝わるだろう。
逃げた者と戦った者、人々はどちらを好むか。
「というわけでワシの後継者はレスレーザで決定。変更なしじゃ。今後この話題を蒸し返すことはけっしてないように」
「お待ちください父上」
『蒸し返すな』と言った傍から差し挟まれる異論。
しかし、その言葉を誰も無下にすることはなかった。
さっきから煩いばかりだった第一王子なら躊躇わず無視したろうが、ここに来て初めて言葉を発したのが、それまでずっとだんまりだった第二王子だったからだ。
「ボクからも一言よろしいでしょうか?」
「そういえばルーセルシェはまだ何も発言していなかったのう。よかろう許す」
弁明だけでも言う機会は与えるべきだろうと発言を許可。
細い目を左右に巡らせて、第二王子は恭しく始める。
「ボクは、父上の決定に全面的に従います。賢王と称えられる父上のお考え、間違えようはずがありません」
「ルーセルシェお前! それでいいのか!? 国王の座をあんな犬女に掠め取られるのだぞ!」
懲りずにまだ騒ぎ立てる第一王子。
そろそろ退場させられそうだ。
「そもそもボクの王位継承権は下位ですから。元々兄上か姉上が王になるところをレスレーザに替わったところでボクには何の影響もありませんね」
「この負け犬があああああッ!!」
「黙っていてください兄上。事実レスレーザは魔族との戦いで功績を上げ、絶大な人気を得ようとしています。民とは英雄を求めるもののようですね」
気のせいだろうか、そう言った第二王子の口元にほんのり侮蔑が浮かんだのは。
「そして魔族撃滅のもう一人の英雄であるリューヤさんを婿とすることも、レスレーザを女王とする布石の一つですか?」
「いや、これは何と言うか巡り合わせみたいなものでのう」
「そうなのですか? 二人の英雄が夫婦となって王座に就く、民どもにとってはこれほど盛り上がる出来事もないので、勢力地盤のない彼女を箔付けするための処置かと思っていました」
何だこの第二王子?
他の王位継承者と比べて何やら言うことに先見性があるというか……?
「なるほどたしかにそういう見方もあるのう。『使えるものは何でも使え』というのも政治じゃ。二人が挙式した際は、その辺も盛り上げていくとするかのう」
「王様!?」
なんか勝手に話が進められていく!?
「しかし父上、このリューヤさんを女王の配偶者として擁立するには、いささか問題があるのでは?」
「どうしてじゃ?」
「そのことを解明するために、彼への直接の問答をお許しいただきたく存じます」
俺は別にかまいませんよ。
いちいち許可が必要なことでもありますまいに。
「それではリューヤさん、アナタの噂はもう王都中に広まっており、知らぬ者などいないというほどの勢いです。ボクも帰国した途端アナタのことを様々に聞いたのですが。……その中で耳を疑った事柄が一つあります」
「なんでしょう?」
「アナタが<スキルなし>であるとのことなのですが……?」
……。
ここでもそのことが触れられるのか。
スキルがないということは、まるで呪いのようにどこまでも追いすがり影を落とす。
「たしかに俺は<スキルなし>です。祝福の儀でそう言われました」
「それはいけない。実力と実績によって王位に選ばれようとするレスレーザの夫が<スキルなし>では、逆に彼女の箔を落としてしまうというものです!」
大袈裟な身振りでショックを表す。
「お待ちください! そんなことはリューヤ殿にとっては些細な問題です!」
猛然と割って入り、俺を擁護してくれるのはレスレーザ。
「スキルがあろうがなかろうが、この人が魔族を倒した事実に揺らぎなく、それこそがもっとも重要な事実です! 魔族を倒せたということは間違いなく人類最強の証明! 私はそんなリューヤ殿に嫁げることを心より誇りに思います!」
「そのことを会う者一人一人に説明すると? 人というのは事実よりもわかりやすい触れ込み一つだけを見るものです。<スキルなし>を夫にした女王など国の恥さらし、ということしか伝わらぬでしょう」
第二王子の主張は恐らく正しい。
結局のところスキルにこそもっとも価値があるこの世界だ。スキルがあればどんな重役にも就くことができるし、逆に言えばスキルがないとどんな役職も任されない。
「ではどうしろと? 言っておきますが、私はリューヤ殿との結婚を取りやめるぐらいなら女王になどなりません。……もしやそれが目的ですか? リューヤ殿を突いて、私に辞退を促そうと?」
「まさか滅相もない! むしろ逆だよ。レスレーザが女王となるにあたって、不安要素を少しでも取り除こうという親切心さ」
本当のところはどうだか。
本心がいまいちよくわからない第二王子だった。
「無論、リューヤさんが英雄であることはもう皆が知っている。たとえ<スキルなし>であっても、それに難癖をつける人は少ないでしょう。しかしここは念には念を入れてもう少し、難癖を入れられる隙を潰しておくべきかと……」
つまり、どういうことだってばよ?
「リューヤさん、アナタの冒険者等級はいくつですかな?」
「はい?」
冒険者には、クリアしてきたクエストの実績やらで等級分けが行われる。
F~Aまででより高い等級にある者が優れた冒険者ってわけだ。
冒険者等級はギルドカードに記載されているので確認。
「……Dですね」
「D!? 精々一人前になりたての冒険者に与えられる程度の等級ではありませんか!? スキルがない分せめて等級で威を示してほしいと思っていたのですが!!」
ホント動作が芝居臭いなコイツ?
仕方ないじゃないか。ギルドマスターのロンドァイトさんも、彼女一人の一存で上げられるのがDまでとのことで、魔族退治の件でランクアップしようにも関係各所に検討を要請してまだ返答すら貰ってない段階なのだから。
「なんと冒険者ギルドめ、リューヤをそのような低い等級に留め置いているというのか?」
王様も傍で聞いていて文句を言う。
「たしかにルーセルシェの言う通り、王女の夫がD級程度の冒険者では格好がつかんのう。実力的にも充分相応しいんじゃからS級にでもA級にしてやればよかろうに。よし、こうなったらリューヤを即S級にするよう勅命を出してやる!」
王様!?
「冒険者にも業界のルールがございます。いかに王命と言えども、それを捻じ曲げて高位等級を与えることはできぬのでしょう。しかしだからこそ冒険者等級には意味がございます」
たとえ王様でも好き勝手にすることはできない冒険者のルール。
それを乗り越えてS級A級の高い等級を得られれば、その実力は本物ということになる。
仮に<スキルなし>であったとしても、輝く高位等級が侮りを拭い去ってくれることだろう。
「おお、それは名案じゃ! スキルがあるかないかなどに拘る者どもも、S級のギルドカードをババーンと見せつけてやれば押し黙るしかないのう!」
「A級でもいいと思いますが」
「どうじゃリューヤ? ドドーンと等級を上げて見ぬか!?」
なんか面食らうが、俺も冒険者である以上は等級を上げるのは望むところ。
「チャンスがある限りは全力を尽くします」
「ならばレスレーザとの婚姻を発表するのは、それなりの等級を得たあとにするのがよろしいかと。その方が雑音を一挙に封殺できます」
と言い添えてくる第二王子。
一見、親身になったアドバイスにも聞こえるが、また一方で巧妙な詐欺の言葉にも思えた。
こう言っておけば俺がS級かA級になるまで俺とレスレーザは結婚できない。
そして俺と結婚できないならレスレーザは女王になることを拒否するだろう。さっき彼女自身が言ったことだ。
つまり俺が最低でもA級冒険者になるまでレスレーザの後継者就任を先送りにできたということであり、時間稼ぎができたということでもある。
それは、他の王位を狙う者たちにとってどれほど心強いことなのだろうか。
「いやー、しかしルーセルシェよ。よくぞレスレーザたちのために親身に考えたくれたものよのう。てっきりお前も継承者から外されて怒り狂うものかと」
「とんでもございません。ボクは常にこの国のことを考えております」
なんだかとっても不気味なヤツだった。