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36 逃げた者、踏み止まった者

「はへひへッ!?」


 王様からの言葉が耳に届いた途端、王子たちの表情が凍った。


 そんな様子を俺は傍から高みの見物。


「どういうことです父上? 何かのお言い間違えですか? それとも私の聞き間違えですか?」

「どうしてそう思うのじゃ?」

「だって……剥奪? 私の王位継承権を剥奪すると……!?」


 王子様、大きく目蓋を見開いて、見開きすぎて今にも目玉が飛び出しそうだ。

 それだけ大きくショックを受けているってことだろうが。


「何じゃちゃんと聞こえているではないか。くだらんことを何度も繰り返して言わせるでないぞ」

「納得できません! ……いえ、この二人にならわかります!」


 と言って第一王子ゼムナント、左右にいる姉と弟を見回す。


「所詮こやつらは王の資格などない連中ですから……! しかし私は違います! 血統、性別、生まれた順番……すべてにおいて王となる資格充分であり、私自身も立派な世継ぎとなれるよう常に自分を厳しく鍛えてきました! それなのに何故、王となる資格を奪われるのですか! 不当です!」

「不当? 不当じゃと? はっはっは……!」


 あッ、また出た?

 王様の口から抑揚のない笑いが。


 もしかしてあの笑いって、あの人が心底怒った時に出る癖みたいなものなのでは?


「笑いから抑揚が消えたら父上がブチギレしているシグナルです」


 レスレーザの解説によるとやっぱり!

 でも王様は何をそんなにブチギレなされているんだ?


「では聞こう。お前ら何故戻ってきた?」

「それは……、ここが我々の帰るべき祖国であるからです」


 王子様の返答が、なんだか弁解めいていた。


「あ、当たり前ではないですか! ここは私の生まれた国ですよ! この国を心から愛しています! たとえどこを彷徨ったとしても最後に帰ってくるべき場所は私にとって、ここなのです!!」

「そうかそうか……、そんなにも深くこの国のことを思ってくれていたのじゃな。ならば何故……!」


 王様、一際声を厳しくする。


「この国を捨てて逃げた……!?」


 氷のように凍てつく声だった。


「そんな……、捨てて、逃げたなど……!?」

「他にどういう言い方がある? 国難を前にして国から離れるなど、逃亡以外になんと言えばいい!?」


 もはや完全な叱責口調になる王様。


 ……しかしどういうことだろう? 前後の事情を知らない俺には話の全体像がぼんやり見えるようでよく見えない。


「レスレーザ……?」


 やむなく新妻レスレーザへ助けを求めると……。


「すべてのきっかけは魔族の襲来です」


 さすがに心が通じて皆まで言わずに応えてくれた。


「それって俺が倒した魔族さん?」

「そうです。襲来当初はリューヤ殿という救世主が現れるなど予想もつかず、もはや命運尽きたとまで言われていました」


 なんか大袈裟という気もするが、本来魔族というのはそれくらい恐ろしい相手ってことだ。

 実際に、最前線で戦った魔族ベニーヤンさんだったっけ?……彼は三万体ものモンスターを率いて、自分自身はそれより高い戦闘能力を有していた。


 まあ普通に自然災害レベルの危難だったろうよ。


「父上は先頭に立って対策の指揮を取りました。王都の民草にはできるかぎりパニックに陥らせないよう情報を伏せつつ、各地から兵士を集めて、薬品を取り揃えるなどして後方支援も万全にしました。……一応、教会にも真っ先に救援要請しましたし……」


 あのオッサン、ああ見えてホントに有能な王様なんだよな。

 そろそろわかってきた。


「私も騎士の一員として少しでも父上の力になれるよう働きました。その一方で、あの三人の兄や姉がどうしたかというと……」


 逃げた?


「逃げたのです。もはやこの国は魔族に滅ぼされるものと決めつけて、国から脱出したのです。彼らにはそれぞれ母親の実家があります。そちらに身を寄せれば充分、ここにいるのと同じ贅沢な暮らしができる……!」


 そして各々母親の実家でのんびり暮らしていたところに魔族が倒された報が入り……『それじゃあ!』と勇んで帰還したと……?


 …………。

 そりゃ王様もブチギレるな。ブチギレるなぁ!


「王とは国そのもの。国あるところに王があり、国が滅びて王が生き残るなど滑稽でしかない。ゆくゆくはお前たちのいずれかが王となる、それなのに国王候補が真っ先に国を捨て逃げ出すなど言語道断!」

「違います父上! それは、違うのです!」


 慌てふためき弁明する王子様も、有効な言葉を何も持ち合わせなかった。


「恐れながら申し上げます国王陛下……」


 でも、もう一人の方は冷静だった。

 第一王女が、声も静かに弁明の言葉を並び立てる。


「今まさに父上も仰いました。『王とは国そのもの』と」

「うむ?」

「さすれば王族は、絶対に死んではならぬのです。たとえ民のほとんどが死に絶えたとしても、王が生き残ってさえいれば再興は叶います。魔族によって蹂躙され王国全土が焼き尽くされたとしても、その焦土に舞い戻り新しい国家を作り直す王家の生き残りは必要です」

「ゆえに逃げたと?」

「御意、すべては国家存続のため、汚名を被る覚悟でした」


 言い逃れの上手いお姉さんだなあ。


「たしかにイザベレーラの言にも一理ある。最悪の事態を想定するのは優れた指導者の条件であるし、王族が最後まで死んではならぬのも事実」

「はい」

「しかし逃げるにしても作法がある。一番上に立つ者が、その義務も果たさぬうちに真っ先に逃げて、どうして現地で戦う者を鼓舞できる? お前たちがしたことは重大な背信行為じゃ」

「…………!」

「逃げるのならば、やるべきことをすべてやり尽くしたあと、決断をもって整然と引くべきであった。それなのにお前たちの駆け去る様は、沈没する船から真っ先に出ていくネズミのようじゃったわ。お前らのような卑怯者が王座に就いたところで誰がついていくじゃろう?」

「お待ちください父上、それは……!」

「いや待たん、少なくとも危難を前にして一番最初に逃げていく者を指導者にするわけにはいかん。この一事を、お前たち三人に王の器がないという判断材料にする。よって……!」


 王位継承権を剥奪する、と……。


 ついさっきまで余裕綽々の表情をしていた王子王女たちは、ほとんど皆その余裕を崩していた。

 顔中に汗を浮かべ、視線を忙しなく泳がせて、呼吸も時々引っかかるように。


「お待ちください、お待ちください、お待ちください父上……!」


 それでもなお決定権を持つ父親に縋りつく。

 その往生際の悪さを魔族襲来の際にも発揮できたらよかったのにね。


「しかしそれでは、お国のためになりませんぞ? 私と姉上とルーセルシェ、この三人すべてを王位継承者から外して、一体誰を次の王にすると言うのです?」

「そうです、王位継承権を持つのはわたくしたち三人だけ! その三人全員を排除したら後継者はいなくなり結局、国は立ち行かなくなります!」

「その通りです父上、どうかご再考を!」


 さっきまで後継争いでバチバチしていた兄弟が、一挙に脱落するとわかった途端力を合わせる。

 その団結ぶりを魔族襲来の時に発揮したらよかったのにね!


「心配無用、既に対策は考えてある」

「対策ですと」

「余にはもう一人、子がいるではないか。お前らなんぞよりよっぽどよくできた娘がな」

「まさか……!?」


 一同の視線が集中する。

 俺?

 いや違うな。

 俺の隣にいるレスレーザだ。


「レスレーザは、母親の身分が低いために王位継承候補に入れられなかったが、このたび王子三人の継承権剥奪を緊急事態として捉え特別措置を発動、併せて魔族撃滅の功績をもって第一王位継承権を与えるものとする」

「ええええええええええええええッッ!?」


 それに一番驚いたのがレスレーザ本人だった。


「よいなレスレーザ。余がこの玉座にあり続けることを堪えられなくなった時、お前が代わって女王になるのじゃ」

「女王!?」


 胸元の大きく開いたドレスからおっぱいがこぼれそうなくらいに大きく体を震わせて驚きを体現。


「ですが父上! いえ陛下! 私は騎士としての修練しか受けず、帝王学など身についていません! そんな私ではとても女王など務まらず……!」

「今から習えばよい。お前は騎士としては出来がよく騎士の教養は、王者のそれに通ずるものがある。基礎は出来上がっているといってよかろう」

「しかし……!?」


 いきなり次期国王に指名されて困惑するばかりのレスレーザ。


「しかしそういうことはリューヤ殿の考えも聞きませんと……! いまや彼は我が夫。妻は夫に従うものです!」

「何だと!?」「救国の英雄がレスレーザの夫!?」


 唐突に滑らした口に、王子王女様たちがまた驚愕。

 え? 知らなかったんですか?


「そういえばリューヤのこともあったのう。……そうじゃ、レスレーザがどうしても嫌と言うならリューヤ、そなたが王になるか? 現王の娘婿となれば滑り込みで資格はあるぞ?」

「御免蒙ります!」


 なんか知らんうちにこっちにも飛び火が……!?


 王様の押し付け合いがここに発生した。欲しがってる人たちがあっちに三人ほどいるというのに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 誰かが感想で言ってたよね 国難の時に継承権のある次期王が国に居ないでどうするんだと つまり3人ともダメ人間だったからか ┐(´~`)┌ しかし妻にしろ主人公にしろ、王とかめんどそう 3人…
[一言] 国が滅びたのに王族だけ生きてるなんて滑稽だわ
[一言] 王位を欲しがる人たちの目の前で押し付け合うのって、ある意味最高のざまぁだよねw
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