35 王者の子どもたち
レスレーザのお兄さんやお姉さん?
それって王女の兄弟……つまりは王様の子どもたちってことだよね?
「我々四兄弟はすべて母親が違っていて……、私以外の兄と姉はすべて他国から嫁いできた王女の子どもなのです。いずれはその三人のうちの誰かが新たにこの国の王となるでしょう」
あの王様ハッスルしたなあ。
見た目通りのエロオヤジなんだな。
ん?
今や自分も嫁さん二人貰った俺に言う資格があるかって?
そういやそうか。
そんな人たちがいるってことは、今度の呼び出しの意図は『新しい家族を紹介する』とかそんな感じということかな?
関係がギクシャクしないよう、精々好印象を目指すことにしよう
◆
後日。
ノエムの警護はアビニオンに任せてとりあえず俺はレスレーザとの二人でまた王城へやってきた。
謁見の間には王様の他に、いかにも若々しい外見の男女が三人並んでいた。
「キミが救国の英雄か!」
そのうちの一人が、馴れ馴れしく俺へと歩み寄ってくる。
「センタキリアン王国の第一王子のゼムナントである! こたびの働き大変大儀であった! 未来の王として褒めてつかわすぞ! これからも私のため、我が国のために身を粉にして働くがいい!」
と言ってハハハと高笑いする。
俺の目の前で。
どんなリアクションすればいいか皆目見当がつかない!
「ちょっとゼムナント、無知な平民に間違った知識を与えてはなりませんわよ」
続いて三人並んでいる中の二人目が声を発する。
今度は妙齢の女の人だった。
「次期国王は、現王レオンハルトの子どもとして最初に生まれたこのわたくし……第一王女イザベレーラに決まっているのよ。英雄さん、忠誠を捧げるならこのわたくしに捧げた方が断然賢いわよ?」
「いけませんな姉上? 王位継承権は女子より男子の方に優先されるのですぞ? いかに長子がアナタでも、男子がいる以上、女は道を譲らねばならぬのです。であるからには第一継承者は長男であるこの私に決定です!」
「自国の歴史を学ばないのねゼムナント。センタキリアン王国では女王が即位した例は数多くあるわ。男だろうと女だろうと、聡明な者こそが王位に就くべきだとは思わない?」
「だったらなおさら私が王になるべきですな。私は誰より聡明ですので」
「賢者は総じて謙虚なのよ」
俺を面前にして口ゲンカが始まった。
なんだこれは?
俺はお城にまでやってきて何を見せられてるんだ?
「ぐおっほん、それくらいにしておけ我が子らよ」
「「は、はい父上!!」」
玉座の上から降ってくる鶴一声に、口ゲンカする者たちは一斉に押し黙る。
「シッシッシッシッシッシ……!」
三人並んでいるうちの最後まで黙っていた一人がいやらしげに笑った。
顔中そばかすだらけの、一際風采の上がらない青年。
「旦那様、ここにおわす御三方はいずれもセンタキリアン王の実子にして王位継承権を持つ者たち。イザベレーラ第一王女、ゼムナント第一王子、ルーセルシェ第二王子です」
ドレス姿のレスレーザが紹介してくれる。
彼女と謁見の間に立つことは何度かあったが、状況や立場の変化によって彼女の服装も鎧装束からドレスへと変化していた。
可愛い。
「いずれはこの方たちの中からいずれか一人が選ばれて、新たな王に即位することとなります。この国の未来を担う方々です」
「上手く説明できるではないか、犬の子め」
唐突に言いだしたのは、三人いる中の年上の方の男。
ゼムナント第一王子と言ったか。
「父上の高潔な血が、貴様のような犬の体にも流れてしまったかと思えばいつも虫唾の走る思いだが、今回ばかりはよく働いたそうじゃないか。未来の王として褒めてつかわすぞ?」
「あ……ありがとうございます」
「しかし図に乗らぬことだ。たとえ貴様に王家の血が流れているとしても、それは半分だけのこと。残り半分は氏素性もわからぬ野良犬の血だ。犬の腹から生まれた娘もまた犬だ。こたびの手柄に浮かれて自分も王位を狙えるなどと罪深い勘違いはせぬように」
なんだ今のセリフは?
前に聞いた説明によれば、コイツらもレスレーザも王様の子ども……、つまりは兄弟ってことだろう?
兄が妹のことを犬呼ばわりするのか?
「心得ております。身分の低い母から生まれた私には、騎士の叙勲を受けただけでも過分な扱い。この厚遇に報いるためにも粉骨砕身、この国に仕える覚悟です」
「いい心がけだ。その意気で、これからも犬なりに懸命に働くことだな。犬は犬でも使える猟犬ならば、私の世に替わっても飼い続けてやらんでもない。ハハハハハ!」
高笑いする王子。
誰も何も言わないのか? だったら部外者ながら俺がやるしかないな。
「うぎゃあッ!?」
王子の襟首を掴み、持ち上げた。
服ごと引っ張られた王子は足が地面から離れ、苦しそうにジタバタもがく。
「どんな教育を受けたらこんなクズが出来上がるんだ? 同じ人を……ましてや血を分けた兄弟を犬呼ばわりとはな」
「何をする無礼者!? 放せ、放せえええええッ!?」
騒然とする場。
周囲に控える衛兵たちは武器をかまえるが、どう割って入ればいいのかわからぬのだろうオロオロするばかりだ。
「おやめくださいリューヤ殿!」
真っ先に止めに入ったのは他でもない侮辱されたレスレーザ張本人。
「同じ王子王女でも、私の母は爵位も持たない平民……! 他国より嫁いできた王族の子である諸兄とは違うのです! 私への扱いは正当なものです、怒る必要などありません!」
「誰から生まれようと人間は平等のはずだ」
どんなスキルを授けられようと、授けられまいと、人間は平等のはずだ。
「それを無視して人間を人間でないものに例えるなど、それこそ人としての資格を失う行為だ。こんなヤツが王になるのは国の不幸でしかない」
「何をしている衛兵! 私を助けろ! この乱心者を殺せええええッ!」
「そんなことはどうでもいいとしても、俺の大事な女性を侮辱したからには、それなりの落とし前は付けてもらうぞ」
本当なら、皮肉に対しては皮肉で返すのがもっともスマートなやり口なのだが、残念なことに今日会ったばかりのこの男のことを俺はよく知らない。
だから皮肉るネタも揃えていないなら、あとは殴るしかないじゃない?
というわけでせーの……。
「待てッッ!!」
あまりに凛然とした声音に、俺の拳もさすがに留まった。
玉座から王様が『待て』とばかりに手の平を突き出す。
「リューヤよ! その愚息の無礼は余から深く侘びよう! それゆえ怒りを収めてくれまいか!」
「無礼を働いたのはコイツです。他人のアナタが謝っても何の意味もない」
「たしかにそうじゃ。しかし余は、その愚物の父親。息子の間違いに父が頭を下げるのも当然のこと。ゼムナントにはあとで余が大いに叱っておくので、その辺で許してやってくれ……!」
「…………」
王様にそこまで言われたら、止めないわけにもいかないか。
俺が手を放すと、王子様はドスンと尻から地面に落ちた。
「いでえッ!? ち、父上! この狼藉者を今すぐ処断ください! 王族に危害を加えたのですから親族郎党に至るまで公開処刑に!」
「黙れバカ者。お前が至らぬことをほざくからこのようなイザコザが起こるんじゃ。少しは控えよ」
「はいいいいいぃ……ッ!?」
頼みの父親にまですげなくされて、黙り込む王子様。
「そもそもここにいるリューヤは、救国の英雄じゃ。彼が魔族を倒さねば、この国は今頃滅ぼされておったかもしれん。そのような功労者を処刑したら余は忘恩、情け知らずの誹りを受けて王としての権威は地に堕ちよう」
「く……ッ!?」
王子様、心底悔しげな表情を胸底へ飲み込み……。
「それでは、その救国の手柄と引き換えに今の狼藉を不問に処してやる。私の情け深さに感謝するんだな。以後は我が手足として犬のように忠節を尽くせよ」
「…………」
俺の肩を必死にレスレーザが抑えた。
「いい加減にしろゼムナント。お前が口を挟むおかげで一向に話が進まぬ」
「ははッ、いかにも本題がまだ手付かずでした!」
そう言って王子様、王様の前に跪く。
「父上にして国王陛下! この第一王子ゼムナント、ただ今祖国に帰ってまいりました! かつてのように引き続き、支配者としての知恵を学び、いずれ王となる自分を鍛えていきたく存じます!」
「長くご無沙汰しておりましたわ父上。長くお顔を見られず寂しゅうございました」
お姉さんの王女様も跪く?
「ですが、こうして戻ったからにはもう片時も離れません。いつでも傍らに控え、父上の王の御業を学習したく思いますわ」
「第二王子ルーセルシェ! ただいまです!」
並び跪く三王族。
実子たちの拝跪を受けて王様は何を思うことか……。
「っていうか何? あの三人今までどこかに行ってたの?」
彼らの口ぶりから気になったのはそのことだ。
『ただいま』とか『戻った』とか……。
事実俺自身もあの王子様たちに会ったのが今日初めてだし、つまり前に謁見した時にはまったく見かけなかった=城にいなかった?
「そうじゃのうイザベレーラ、ゼムナント、ルーセルシェ、三人ともよくぞ戻ってきた。はっはっは……!」
抑揚のない笑いを飛ばす王様。
「各自、母親の実家から舞い戻ってきたお前たちに、早速であるが言い渡しておくことがあるぞ」
「はッ、何でありましょうか?」
王様は言った。
「お前たち三人の王位継承権を剥奪する」