33 ハートの数
『「♥」は好意を表すものじゃ』
「やはり……!?」
そうじゃないかなあと思ったんだ。
他に考えようがないもんな。
『しかも、男女の感情が入り交じった好意がもっとも顕著になると「♥」が出てくるようになっておる。恋愛感情ともいうな』
「まったくそれじゃねえか」
その『♥』が五つも並んでいるなんて。
並大抵の恋心でないことが俺にでもわかるレベル。
誤解できる余地が一部たりとてない!?
「いつからそんなことに……!? 最初に会って【好悪度】が空白だった時から何日も経ってないじゃん……!?」
『やっぱり戦場での出来事が衝撃的だったんではないかのう?』
マジかよ?
ちょっと彼女のスキルにかかる反動を肩代わりして、背後からだけど抱きしめて全身密着させて、それで三万体のモンスターを薙ぎ払ったついでに魔族も粉微塵にしてあげただけだけど?
『さらには言い寄ってくるアホ男をコテンパンに叩きのめしたりもしたしのう。惚れられる要素充分ではないかのう?』
「マジかよ!?」
いや待て、惚れられるまでの経過検証はそれくらいにしておいて、大事なのは今だ。
俺は互いの気持ちこそが大事だと主張してきたが、今のレスレーザの心境を鑑みると……。
「レスレーザよ、今話し合っていたところなのだが、そなた結婚する気はないか?」
「えッ?」
父親兼国王からの問いかけにまず戸惑うレスレーザ。
「それはどういう意味ですか父上……、いえ陛下? まさか教会からの要求を受け入れると!?」
「そんなわけがあるか! ……しかし教会は執拗じゃ、そなたが誰かに嫁入りせぬ限りは際限なく迫ってくるだろうという結論に至った」
「それは……、そうかもしれませんが……」
「そこで余は、可愛い愛娘であるそなたを信頼できる男に娶せたい。『これぞ』と唸れる見所ある男にじゃ」
「お待ちください父上!」
なんか抵抗するレスレーザ。
「お気遣いはかたじけないことながら、私は生涯を騎士に捧げようと決めています! 主君のため弱者のために剣を振るうことこそ我が本懐! どうか御気遣いは無用に願います!」
「そう言わずに相手が誰かだけでも聞いておかんか?」
「無用!」
「相手はリューヤなんじゃけども」
「はぇッ!?」
俺の名が出た途端、レスレーザの態度が覿面に変わってあたふたし始めた。
あまりにもわかりやすい。
「リューヤを我が保護下に置きたいという意味も含めた施策ではあるんじゃが、しかしリューヤから怒られてのう」
「怒られる!? えッ!?」
「本人の意思も確かめずに結婚話は進められないと言われての。たしかにそうだと思って、そなたを呼んだのじゃ。直接意思をたしかめたくての」
「え? え? えええええッッ!?」
レスレーザが言語を失っている。
「そなたがどうしても嫌だと言うなら、それを尊重して話は白紙としよう。どうじゃなレスレーザ?」
「待って! ちょっと待ってください!? あのあのあの……!?」
顔を真っ赤にして、視線を泳がせて、アワアワと慌てふためく。
これは本物だな……、と戦慄するしかない俺だった。
「……も、申し訳ありませんが、その話はお受けすることができません」
ややあって、やっと搾り出した彼女の言葉がそれだった。
俺、フラれる。
「いえ、リューヤ殿に問題があるわけではありません! あのお方は正真正銘の英雄です! 彼を伴侶に迎えられたら、それこそ我が生涯最高の幸福と存じます!」
「ではなぜ断る?」
「それは……、ノエム殿がいますので……!」
おずおずとした口調から名前が挙がったノエム。
今なお俺の隣に立っている彼女に視線が集まる。
「何故そこでノエムの名が?」
「だって、彼女はリューヤ殿のことを慕っているのでしょう? 彼女を差し置いて、私がリューヤ殿の隣に立つなど、あまりに道義を欠くことです!」
と言われた。
唐突に話題に上ったノエム。
「私は……」
いや、彼女は俺とそんな関係ではないよと言おうとした寸前に、いつだったかの記憶が蘇ってきた。
アビニオンの感覚を共有したばかりで偶然覗いてしまったノエムのパラメータ……。
【好悪度】♥♥♥♥♥♥ぐらいなかったっけ?
「私は、リューヤさんが幸せになってくれれば、それが一番なのでかまいません!」
ノエムが言う。
「リューヤさんは、私の恩人ですから。それにリューヤさんが私をここまで導いてくれたおかげで、自分の力の色んな事を試せました。リューヤさんにはお世話になりっぱなしで、いつかきっちりお礼しないといけないのに。リューヤさんのいいお話を邪魔するわけにはいきません!」
「それは違うぞノエム殿! 立身出世だけが男の本懐ではない!」
レスレーザが言う。
「アナタは一番近いところでリューヤ殿を支えてきたのではないか! 彼にはアナタが必要だ! 二人を引き裂くような恥知らずなマネを、私はすることはできない!」
「いいえ、レスレーザ様が!」
「いいやノエム殿が!」
なんか譲り合いの精神みたいなことになってる。
ここで『じゃあ俺が……』などと迂闊に出ていこうなら『『どうぞどうぞ』』とか言われそうだ。
この辺に膠着してしまった状況をどうにかするには……。
「では二人とも娶ったらどうじゃ?」
などと口を挟んでくる者がいた。
王様!?
「何をほざきやがっているんです王様? 一人の男に二人の女性が嫁入りするなんてありえないことでしょう?」
「まれによくあるぞ?」
「てめえ!!」
王様のトンデモ発言によって、場の方向性が劇的に変わっていくのを確信した。
「市井の者たちなら、ないのかもしれんがな。ある程度の実力者になってくるとどうしても二人以上の妻を持たなくては立ち行かなくなる状況なんてあるものじゃ。余だって、妻が四人もおるし、その全員と子を儲けたぞ」
「それはアナタが色ボケなだけでは!?」
国王この野郎!
「リューヤは平民ではあるものの、ここまでの実力を誇るからには縁談の申し込みは雪崩を打つようにやってこよう。自分の後宮をどのように作っていくか、今のうちから構想を練っておいた方がいいのではないか?」
「こうきゅう!?」
後宮的平和とかそういうヤツですか!?
それは恒久か!?
話が、変なきっかけから変な方向に!?
「重ねて言うが、そなたのような男にならば愛する娘レスレーザを安心して託せるものと思っておる。あの子のため、また我が国のためにこの縁談を受けてはもらえぬか?」
「うぐぐ……!?」
「そのために、一人の純情な乙女を泣かせるのも不本意じゃ。錬金術師ノエムにも我が国には多大な恩がある。そんな彼女に報いるためにも、リューヤが多くの妻を娶ってくれることが一番いいのじゃがのう……」
「うぐぐぐぐぐ……!?」
何コレ?
知らないうちに囲い込まれてない?
これで断ったら俺が鬼畜みたいな流れになってるけれど、これが外堀を埋められるということなのか!?
「わ……、わかりました……!!」
レスレーザとノエム……!
責任もってわが嫁とさせていただきます……!!
「「わーい、やったー!!」」
と同時に歓喜の声を上げる我が嫁ども。
一体どうしてこんなことに!?
「いやはやよかったよかった……! これでリューヤは我が義理の息子、下手に貴族とするよりこっちの方がよっぽど結びつきが強いわい……!」
『やっぱりなんか魂胆があるような口ぶりじゃのう』
「これによってリューヤと我が国の結びつきは確固たるものとなった! これからもその力我が国のために役立ててほしい! 我々からも充分に報いる用意があるゆえ、頼んだぞ! 我が息子よ!」
うるせえ!
こうして俺は、なんか知らないうちにお嫁さんを貰うことになった。
しかも同時に二人も。
ノエムとはゆくゆくこんな感じになるんじゃないかなって気がしてたんだ。
偶然出会って危機を救い、それからの慕いっぷりが尋常ではなかったから。
もはや俺なしでは生きられないという勢いだったが、その余勢にレスレーザまで乗っかってしまうとは。
間違いなく大変なことであろうが、その反面でウキウキする思いもないわけではない隠しきれない。
……だって、お嫁さんを貰えるんだぜ。
二人も!