32 結婚問題
「何を言ってるの、お前?」
と言ってやりたかった。
実際言った。
アビニオンの言うことはそれくらいに突拍子もなかった。
俺とレスレーザさんを結婚させる?
そんなことして一体何になるというんだよ!?
結婚ってアレだよな?
神前で愛の誓いを立てて夫婦になるってことだよな!?
随分当たり前のことだが、あまりに突拍子もないんで確認してしまった!
『何を言う。これこそあらゆる問題をたった一手で粉砕してしまう大名案じゃぞ。木っ端微塵のミジンコじゃ』
状況すべてを木っ端微塵にしてしまうようなんですが。
「……考えようによってはよいかもしれんのう」
「王様まで!?」
アビニオンの唐変木な考えに乗ってきた!?
「よく状況を見るのじゃリューヤよ。まずレスレーザについてじゃが、あの子が晴れて誰かのものとなれば問題は解決する。悪巧みする者の目的は、あの子と婚姻関係を結ぶことで王族の一人になることなのだから」
「たしかに……」
逆に言えば悪いヤツにとってこの策は、レスレーザが独身であるからこそ実行可能で、彼女が誰かテキトーな男と一緒になれば御破算になってしまう。
人は生涯、たった一人の相手としか結ばれないはずなのだから(建前)。
「そうですね、そういう意味ではレスレーザさんには一刻も早く素敵なお相手に巡り合ってほしいところだ」
『そこで主様じゃよ』
「だからなんでだよ?」
レスレーザにとって早期の結婚が有効策であるのはよくわかったが、その相手が俺であるという理由がさっぱりわからない。
『今度は主様から見た問題解決を構想するが、いずれ来るであろう教会からのちょっかいを防ぐのに、力ずくでやらないのなら国の援けは必要不可欠じゃろう?』
「だろうな……」
こう見えても俺は平和主義者なんだ。
血を流さずにことが収まるならそれが一番いいことだし、そのために有効なのが武力以外の力……権力や財力であることもわかる。
王様に頼るということは権力に頼るということでもある。
厚意に甘えるのは心苦しいが、それで荒事を避けられるのならそうした方がいいんではなかろうか?
「でもそのためには貴族にならないといけないんだよな?」
「余も、権力を行使するにはそれ相応の大義名分が必要となるからのう。さすがに赤の他人を助けるでは動機が弱いんじゃ」
それなのに『貴族になんかなりたくない!』と我がまま言ってるヤツがいる。
すみません勝手気ままで!
『そこで別の作戦を考えようというわけじゃ。何も貴族だけが国の身内というわけではあるまい』
「ん?」
『より別の形で、より強い結びつきというのもあるんではないかえ? たとえば王にとって真実親戚筋となれば、公としてだけでなく私的にも大いに動くことができる』
たとえば……。
『王の娘の婿とかな』
「んッッ!?」
レスレーザさんは、王様の実の娘!
だからこそリベルからターゲットにされ、強引な縁談を迫られていた。
「リューヤがレスレーザと結婚したならば、まさに彼は我が義理の息子! 誰が何と言おうと我が権力のすべてをもって守り抜いてくれようぞ!」
「お義父さん、落ち着いて……!?」
誰が『お義父さん』じゃい!?
「でもそうなったら俺やっぱり貴族になっちゃうんじゃないですか?」
「いや、あくまで王族の娘と結婚しただけで公の地位は発生せん。王女の結婚相手は、大抵の場合他国の王や王子ということが多いでの。そんな相手に貴族の位を与えるのは却って失礼とかそんな類の話なんじゃ」
しかし王と姻戚関係になったら強力な後ろ盾ができるのは間違いない。
もしも俺がそんな位置に収まったら、それこそ教会もおいそれと手出しできなくなるだろう。
「貴族に取り立てるよりもリューヤが余に近しい者となっていいこと尽くめの案じゃのう! この幽霊女は神算鬼謀の持ち主じゃのう!」
『魔神霊じゃよ、舐めるなよボケェ』
王様とアビニオンが意気投合していく!?
このままではこの二人の思うがままに状況が流れてていってしまう! そして俺は押し流される!?
状況に流されるだけの自分は嫌なので、とりあえず口を挟む。
「ちょっと、ちょっと、ちょっと! 待って待って待って!」
「『何じゃよ?」』
くっそ口調まで似通いやがって!
しかし俺は、主張することをやめない!
「そんなのダメに決まってるでしょう! どんなに有効な手段でも、一番重要なことを無視して進めたらダメです!」
『一番重要なこと? 何じゃっけ?』
「本人の意思だよ!」
そもそも結婚というのは、愛し合う二人が将来を同じくするために行うこと。
必要なのは愛!
打算とか政略で行うものでは断固ないはずだ。
『何じゃ主様は? あの騎士娘を娶りたくないのかえ?』
「おッ、俺の意思は一旦置いておいて……。レスレーザさんの気持ちも大切じゃないか……!?」
元々あの人は、みずからの意思を無視されて無理やり結婚させられようとしていた人だぞ。
教会から送り込まれた勇者リベルと……。
リベル自体は実力で排除できたものの、さっき王様……いやアビニオンか?……が言ったように、この国の中枢に食い込むため新しいお婿さん候補を教会が送り込んでくる可能性は大いにありえる。
それだけでももういい加減レスレーザさんが可哀想なのに、教会の企みを挫くために結局また結婚しろというのは無茶苦茶すぎる話だ!
「王様だって、可愛いレスレーザさんに政略結婚なんかさせたくない、心から好いた相手と一緒になってほしいと言ってたじゃないですか!」
「それもそうじゃった……!」
王様、鋭く突かれてたじろぐ。
「これも政略結婚ということになるのかのう? 余は、リューヤならば安心してレスレーザを任せられると思っているぐらいなのじゃが……!?」
「大切なのは本人の気持ちでしょう。周りがどんなに思ったって彼女が俺を好かない限り結婚などありえません!」
言ってやったぜ。
結婚で第一に重要なのは、それぞれの立場でも年収でもない、互いに愛し合っているかどうかなのだと!
『それなら問題ないじゃろう?』
「えッ!?」
アビニオンから唐突に言われて、どういうことかと首を捻る。
『まあ何よりも論より証拠じゃ。あの騎士娘本人を呼んできてたも』
「えッ、呼ぶの?」
そもそも当人がいないところで結婚話どうこうするのがおかしなことだが。
◆
「リューヤ殿! いらしていたのですね!」
同じ城内にいたのだろうが、レスレーザさんは呼んだらすぐにきた。
走ってきたのだろうか、ほんのり息切れして胸元が上下に揺らいでいる。
「すまぬのうレスレーザ。おぬしも戦いの事後処理で忙しいところであろうに」
「いいえ、その戦いこそリューヤ殿おらずば切り抜けられなかったもの。功労者に礼節を払うのは当然のことです!」
レスレーザさんは息を弾ませて言うのだった。
何だろう? 前からかなり明るくなったような?
『……主様、アレをやるのじゃ』
「アレって?」
『鈍いのう、共有したわらわの眼で、あの女を見てみろということじゃ』
ああ。
相手のパラメータを見透かすアレか。
普段あまり使わないんだがな。相手のプライベートを侵害するようで後ろめたいから、使用するのはあくまで戦う相手のみ、手の内を探る目的以外では使用しないようにしてきた。
だから今の状況でもできれば使いたくないんだが……どうしても?
仕方ない。レスレーザさんは前に試合でパラメータを覗いたことがあるから二度覗くのもセーフというようにしておこう。
で。
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【名前】レスレーザ
【種類】人間
【性別】女
【年齢】21歳
【Lv】35(←31)
【所持スキル】将星仁徳斬
※スキル説明:聖属性を付加した斬撃を放つ。自分の指揮下にある部下一人につき威力20%アップ(上限なし)。発動条件・刀剣装備。
【好悪度】♥♥♥♥♥(← )
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二度目見た彼女のパラメータにはいくつか変化が見られた。
「レベルが上がっている……?」
変化した部分がカッコ書きで示してあるからわかりやすい。
レベルが<31>から<35>に上がっているな。
こないだの戦いで経験値が上がったか? モンスター三万体を屠った上がりと判断するなら少ないと感じるが、彼女のスキルは七千人の兵士の力を借りて放たれたもの。
その分が七千人全員に分配されたと考えたら、まあ適正か?
それからもう一つ……。
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【好悪度】♥♥♥♥♥(← )
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これはなんだ?
そもそもずっと気になってはいたが【好悪度】ってなんだ?
自己パラメータやギルドカードに表記される簡易パラメータにはない項目だが……?
『【好悪度】とはその名の通り、好き嫌いの度合いを表す項目じゃな』
アビニオンが訳知り顔で言う。
『好意、信頼、憎悪、殺意……、様々な種類の他人に向ける感情の度合いが、マークとその数によってあらわされるのじゃ。そして感情の向けられる先は、パラメータを覗き見る当人じゃ』
「つまり俺への……!?」
以前レスレーザのパラメータを覗き見た時、【好悪度】の項目にはどんなマークも一切なかった。
要するに初対面の相手に好悪いかなる感情も抱いていなかったということだろう。
しかし今、♥(ハートマーク)が五つも並んでいる。
これが意味するところは……!?