31 戦いのあと
後日。
再び王城へ呼び出された俺。
勇者リベルとの私闘はあっさりと知れ渡った。
やっぱり戦いの最中に城壁を握り砕いたのが派手すぎたのであろうか?
その瞬間の轟音とか大きかったろうし、痕跡もバッチリ残るしな!
しかし、それより何よりも……城壁という紛れもない王城の一部分を破壊したのだから……!
「弁償ですか? 弁償でしょうか!?」
そればかりしか気にならない小心者で小市民な俺だった。
外敵を城内に入り込ませないために高くて厚い城壁の修繕費用が、俺の懐で賄える額で済めばいいんだが……。
絶対済むわけがない!!
「案ずるでないリューヤよ……」
俺をなだめる王様の声は、気持ち疲れ果てているように聞こえた。
「そなたは今や救国の英雄。その英雄に襲い掛かった勇者にこそ非がある。戦いの巻き添えで壊れたものの修繕費用はすべて、勇者が所属する教会へ請求するとしよう。勇者リベルの狼藉における慰謝料も含めてな」
そういえばリベルは、あれからどうしたんだろう?
負けた無様な姿があまりにも見ていられないので、意識を失って伸びているのをそのままに打ち捨てて帰ってしまった。
かつて苦楽を共にした仲間だから憐れむ気持ちはあるが、その後の軋轢から介抱する気にもなれないという気持ちのせめぎあいの結果。
まあ命に別状はないのはわかっていたからこそ放置もできたんだが……。
「勇者リベルはとっくに引き上げた。というより教会の者たちによって強制的に連れていかれたわい」
王様、うんざりした口調で言う。
「愚かな男よのう。自分のスキルに過信してスキルを失うとは。あやつはもう勇者を続けることは叶うまい。スキルなき勇者などありえぬからの」
さすがに王様は、あの日あの場所で何があったのか詳細にご存じのようだ。
他者のスキルを奪う<スキル・スティール>の使い手だったリベル。
そのスキルはたしかに強力で、勇者に選び出される資格は充分にあった。
しかし今はもうない。
<スキル・スティール>の最終操作『完全収奪』は、二度と<スキル・スティール>を使えなくなる代わりに選んだ他者のスキルを永遠に奪い取って自分のものにすること。
ヤツはその最後の力を<スキルなし>の俺へ向けて使った。
その結果は当然のごとく、ヤツも俺と同様に<スキルなし>だ。
俺の修行によって上がったレベルの力をスキルによるものと勘違いしたアイツの、どこまでも哀れな独り相撲だった。
戦うことを決めたのもアイツなら、自滅の道を選んだのもアイツ。
自業自得でしかないとはいえ、やはり憐れみを禁じ得ないのは俺が甘いからだろうか。
「リューヤさんは悪くないですッ!!」
当然のように謁見の間に同席しているノエムが言った。
「悪いのはあの勇者です! 一方的な要求を突きつけて、それを断られたら逆上して襲い掛かるなんて! あれじゃ強盗と同じです! リューヤさんが応戦するのも当然です!!」
『何を血迷うたか、ワシのことまで寄こせなどとほざきおったからのう。本当に愚者というのは身の程を弁えんから愚かなのじゃ』
寄り添うアビニオンの口ぶりが、まるで当時の様子を見てきたかのように……。
いやまさか……。
『うむ、ノエムと一緒に陰から見守っておったぞ』
「先に帰っててって言ったのに!?」
『そうは言うても心配なんだから仕方ないじゃろう。たとえ主様が最強無敵だろうと、それでも案じて心痛めるのが乙女心というものじゃ』
誰が乙女だ幽霊女?
『それはこっちのノエムとて同様。我らが隠れて見守っていたからこそ、事の仔細をこの偉そうなオヤジに説明し、主様に非がないことを証明できたのじゃ。文句は言わさんぞえ?』
「うッ……?」
それで王様、詳しいことまで知っておられたのか。
ノエムとアビニオンには感謝しておく……べき?
「とはいえ……、身内からの証言だけではリューヤの正当防衛を完全立証することは難しいがの。相手は教会。その気になればどんな難癖をでもつけてくる。そうしてヤツらは邪魔者を排除し、大きくなった」
『ならば此度も同じ方法で突っ掛かってくるがよいわ。わらわの主様に盾突く愚かしさを滅びと引き換えに知ることになるであろうよ』
はいはいアビニオン。
滅びの最期を容易く導かないで。俺としてはできる限り穏当に済ませたい。
無論そのために必要以上の譲歩をする気はないし、ましてリベルをコテンパンパンのコッペパンにしてしまった事実は取り返しようもないってことはわかるけど!
「勇者リベルの一件を差し引いても、リューヤは今や充分に教会の興味を引いておるに違いない。何しろヤツらに代わって魔族を食い止めるどころか滅ぼしてしまい、ヤツらの面目を潰したのじゃから」
「本来、魔族対策は……教会の独壇場……?」
「いかにも、リューヤの存在はヤツらの価値を揺るがすことにもなりかねん。権力の座を守るためにも必ずや、リューヤにちょっかいをかけてくることであろうよ」
「嫌な予言ですね」
俺自身は、そんな面倒なものに関わる気持ちは断固としてないんだが。
かといって、その教会とやらと仲よくするという気は起こらないんだがな。何故か。
相手はスキルを至高と位置づける集団だし、<スキルなし>の俺と折り合いがよくなるはずがない。
「無論、我が国は全力でリューヤの支援に回る所存じゃ。リューヤには既に大きな恩があり、それに報いるためにも手助けを惜しまぬ!」
『いい心がけじゃのう。他に何か魂胆もあるんじゃろうが……』
「ないし!」
アビニオンが茶化す。
「しかし……今のままではそれにも限界がある。リューヤの所属がしっかりしていないからじゃ。我が国の冒険者であることは正式なことであるものの、それだけでは弱い。何かあった時王家が出張る大義名分が立たぬのじゃ!」
「つまり……どうせよというんです?」
「今一度頼みたい! 爵位を得て我が国の貴族となってはくれまいか!? さすればそなたの帰属がより明確となり、我が国も動きやすくなる。もし自国の貴族に危害が加えられようとしているのに黙って見ているとなれば、国家の威信に関わるでの!」
結局またその流れになってしまうのか……。
王様の御厚意は有り難いが……いや、他にも魂胆がありそうなのはアビニオンの言う通りだが……。
俺なんかがそんな偉くなっていいのかって思いもいまだにあるんだよね。
所詮はスキルの使えない凡人だし。ただひたすらなレベル上げだけでここまで登ってきた男だ。
あまり持ち上げられても居心地がよくない。
「ふむ……、その顔つきではまだ承服してはくれんようじゃのう……」
「すみません」
「どうしたものか、無理強いはしたくないが、かといってこのまま放置している間に教会どもが動きを活発にしてくるかと思うとなあ」
『別に放っておいてもいいじゃろ。いよいよとなったら主様かわらわのどちらか一人で、教会とかいう連中を皆殺しするだけのこと』
口を挟んでくるアビニオン。
言い様は恐ろしいが結局はそこなんだよね。純粋に強制力で訴えかけてくるなら、レベル八百万を超える俺に敵はないし、超越種であるアビニオンにも敵う人類はいないだろう。
だからいまいち危機の実感が伴わないというか……。
いかんことだよな。
油断に他ならない。
「レスレーザのことに関しても、根本的な解決にはなっておらん。求婚してきた無礼者の勇者は撃退できたが、いつまた他の勇者が同じようなことを言ってくるかわからんでな」
頭を抱えることの多い王様だった。
「教会にとっては我が王家に食い込むことさえできればいいのだから、レスレーザは格好の攻め口というわけじゃ。余はあの子には政争などとは無縁でいてほしいのじゃがのう……!」
あっちを向いても、こっちを向いても悩むばかりの王様。
なんか可哀想になってきた。
ここは少しでも彼の負担を軽減せんと、爵位を受け取ることを承諾しようかなんて安易な仏心を出そうとするが……。
『それならばこのわらわにいい考えがあるのじゃ!』
アビニオンが唐突に変なことを言いだした。
『二つの問題を一挙に解決する妙案じゃ。魔神霊たるわらわは、おぬしら人間などより遥かに長く存在し続けておるからなあ? 積み上げてきた知識と知恵が違うってわけじゃ!』
そこまで自信満々に言われると却って不安になってくるが……。
しかし折角だ、聞いておこう。
『まずは問題を整理しよう。主な問題は二つ、我が主様と、騎士の小娘のことじゃな』
うん。
『騎士の小娘』ってのはレスレーザのことだね。
『主様のことに関しては、教会とやらのかけてくるちょっかいを防ぐために、より深くここの王家と誼を通じておきたいが、主様は貴族となることに渋っておる』
「う、うん……!」
そうだね……!?
『そして騎士の小娘の方は、そやつと結婚することによって王家と縁者となり、王権を振るおうと企む輩がおる。どちらも悩ましい問題じゃ。しかし、この二つを一挙に解決できるさえた方法があるのじゃ!』
それは……!?
『主様と、その小娘が結婚すればいいのじゃ』




