30 スキルを盗む者
最初は話し合いのはずだったのに、完全に戦闘ムードとなってしまった。
仕方ないな。
まずはアビニオンの目を借りてできるパラメータ透視で、敵の手の内を探るか。
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【名前】リベル
【種類】人間
【性別】男
【年齢】19歳
【Lv】21
【所持スキル】スキル・スティール
※スキル説明:他の人間が持つスキルを一時的に奪い、自分のスキルとして使用する。奪われた者は一時的にスキル使用不可。時間制限及び使用制限あり。二つ以上のスキルを同時に強奪不可。奪ったスキルは一定時間で設定解除。最上位操作『完全収奪』使用可。
【好悪度】殺殺殺
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スキルを奪う能力?
これがリベルの授かったスキルか。教会から高く評価され、勇者となる理由にまでなったスキル。
「まずはオレのスキルがどんなものか教えてやらあ。絶望の下拵えってヤツだせ」
「いえ、けっこうです」
間に合ってます。
「まあそう言わずに聞けや。オレのスキルの名は<スキル・スティール>。他人のスキルを一時的に奪い、自分のものとして使える能力だ」
いらんというのに語り出す。
隙あらば自慢したいクチかな?
「このスキルは最強だぜ? 相手がどんなに最強のスキルを持っていたとしても、オレも同じものを使えるんだから。スキルを奪うことで」
「自分の力が敵に回るか。たしかにそんな状況、誰もが戸惑うことだろうな」
「その通り! 今まで一番頼りにしてきたもので追いつめられるんだ! オレに倒されてきたヤツは誰もが皆『信じられねえ』って顔でパニクるのさ! そしてやがて絶望の表情に変わる。オレが奪っている間はスキルを使えねえんだからよ!」
優良なスキルを授けられた者ほど、そのスキルに頼り切り、スキルなしでは何もできなくなる。
そんな連中にとってリベルのスキル強奪能力は、それこそ悪夢のようなもの。
「このスキルがオレを勇者にした! その辺のカススキルと違うってこと身をもってわからせてやるぜ」
「スキルを盗み取るなら、勇者というより盗賊のスキルっぽいけどな」
「黙れテメエ!」
リベルが叫びながら両手をこちらへかざす。
スキル発動の予備動作か。
そしてついに、スキル発動。
「<スキル・スティール>! アイツのスキルを奪い取れ!」
リベルの手から放たれた白光が、俺の体を貫く。
その瞬間たしかに俺とアイツの感覚が繋がったように思えた。
「よし! スキル強奪完了! 自分のスキルでボコボコにされて絶望しろ!」
すぐさま俺へと殴り掛かってくるリベル。
「テメエのスキルの使い心地、オレがじっくり審査してやるぜ! どうせカスが持ってるスキルもカスでしかねえけどなあ! ……ぐべッ!?」
またすぐさま俺のパンチを受けて、顔面を殴られ吹き飛んだ。
地面を二、三度バウンドして、さらにゴロゴロ転がる。
「なんだァ!? 何故だよ筋力が上がってねえ!? テメエのスキルは強化系じゃないのかよ!?」
「自分でたしかめてみたらどうだ? 奪ったスキルの内容を確認できるんだろう?」
自分自身のスキルだけはいつでも詳しく確認することができる。
リベルも自分の中にある自分の情報を閲覧中なのだろう。まるで目線を自分の内側へ向けるような仕草に……。
「何だこれ!? スキルを奪えてねえ! 空欄のまま待機状態になってやがる!?」
「それはそうだろう、何もないところから奪ってきても空白になるだけだ」
「どういう意味だ……!?」
「お前が一番よくわかっているだろう」
俺が祝福の儀で<スキルなし>だと言われた、その場に立ち会っていたお前なら。
「俺はカススキルすら持っていないカス以下の<スキルなし>だ。お前がどんなスキルでも盗めたとして、ないものを盗むことはできないだろう? それが答えだ」
「バカ言え! お前の身体能力は、明らかに常人を越えてるだろう! スキルの効果以外に何があるって言うんだ!?」
「スキルでしか物事を考えられないから、そんな答えしか出てこない」
リベルの手を掴む。
右手、左手両方を。そのまま少しずつ力を入れて押し潰さんとする。
相手から押し返そうという意思は伝わってくるが……。
「がああああああッ!? 何だこの力はッ!? 押し戻せない! ゴリラかああああッ!?」
「失敬な、ただの人間だよ」
今度は逆に上へ引っ張り上げる。
リベルは簡単に体ごと宙を浮いた。
そして無造作にぶん投げる。
「ひえええええええええッ!?」
リベルの体は地面と平行の軌道で飛び、側面にあった城壁へと叩きつけられた。
「ひい、ひい……、何だよこの怪力は? ……ひッ!?」
リベルは、縊られた鳥のような驚きの声を上げた。
遠く離れた場所にいるはずの俺が、もう目の前にいたので。
「い、いつの間に!? パワーだけじゃなくスピードまで!?」
俺がぬっと差し出す手を、リベルは寸ででかわした。
慌てながらみっともない動作で。
狙いを外した俺の手は、代わりにその背後にあった城壁を掴む。
硬い石の城壁に指が食い込み、穴を開け、さらにそこから多くの亀裂が細かく広がり……。
「うげえええええええッ!?」
ガラガラガラガラ、と……。
城壁の一部が崩落した。
俺の片手に握り潰されて、本来王の住居を守るべき防壁がいとも簡単に崩れ去ったのである。
「バカな……!? バカな……!?」
雪崩落ちる瓦礫から這いずるように逃げるリベル。
「素手で城壁を壊す!? そんなの、どれだけの筋力強化スキルがあれば可能なんだよ!? 何十%アップ? ……いや何倍? 何十倍でもなきゃ無理だろう!?」
「そんなことはない」
しっかりとレベルを上げて筋力を得れば、スキルによる強化がなくてもこれぐらいできるさ。
「キ、クケケケケケ……。リューヤ、どうやらテメエ相当いいスキルを引き当てたらしいな」
「だからスキルなんて持ってないって」
「聞いたことがあるぜ。上位スキルの中には、他のスキルからの影響をシャットアウトするサブ効果がついてるものもあるって……! それでオレの<スキル・スティール>を防いだか?」
それでも俺の言うことを信じてくれない。
「忌々しいが、そこまでパワーの出せるスキルならあり得る話だ。よかったなリューヤ、いいスキルに恵まれてよ。せっかくだから、そのスキルはオレが貰ってやるぜ!!」
リベルの瞳から凶暴な輝きが消えない。
まだ何かするつもりか?
「お前のスキルは俺には効かないと証明されたはずだが?」
<スキルなし>から奪えるスキルなんてないんだから。
「奥の手を使ってやるのさ。我がスキル<スキル・スティール>には、最上位操作『完全収奪』がある!」
そういやそんなことパラメータにも書いてあったな。
なんだそれ?
「<スキル・スティール>の使い手が一生に一度だけ使える究極のスキル強奪。それが『完全収奪』だ! 対象に決めた相手のスキルを奪って、永遠に戻さない!」
「なんと」
「奪われた相手はスキルを失い<スキルなし>になる! 対して俺は<スキル・スティール>を二度と使えなくなる代わりに、奪ったスキルを完全に自分のモノにできる! 未来永劫、一生だ!」
それはいわば不可逆的なスキルの乗り換え。
他人を犠牲にすることで、リベルはどんなスキルの使い手にもなることができる。それが『完全収奪』。
「これほどのパワーを出せるスキルなら、魔族とだって正面から戦える! そうすればオレの勇者としての地位はますます盤石だ! 長いこと探し求めていたスキルとこんな形で出会えるとは! しかもリューヤ、お前がその持ち主なんてよ!」
俺が何か大層なスキルを持っていることにリベルは疑いもしない。
俺はただの<スキルなし>で、これまでのスピードやパワーは、上げまくったレベルからの産物でしかないのに。
「宝物は最初から目の前にありましたってヤツか? 悪かったなリューヤ! テメエの価値に気づいてやれなくってよ! オレからスキルを奪われるために存在しているって価値をな!!」
「おい、やめといた方がいいぞ」
「今さら命乞いしても無駄だ! テメエのスキルはオレのものだ! 最強無敵のスキルは、勇者であるオレが使ってこそ正義なんだ!!」
止めたけどリベルは一向に聞き入れず……。
「食らえ<スキル・スティール>『完全収奪』ッッ!!」
二度と後戻りの効かないその技を使った。
「へへへ……! どうだ! これでテメエのスキルはオレのものだぁはははははははッ! ぐぼごッ!?」
俺に殴られリベルはその場に崩れ落ちた。
腹に一発いいのを貰ったな。
「ぐぼぼぼぼぼ……!? 何だこの怪力は? お前スキルを『完全収奪』されたんだから力も消えてるはず……!?」
「確認してみたらどうだ? 自分のしでかしたことの末路をな」
俺もパラメータ透視でしっかり見えている。
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【名前】リベル
【種類】人間
【性別】男
【年齢】19歳
【Lv】21
【所持スキル】なし
【好悪度】殺殺殺殺殺
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「えッ? えッ? えええええええええッ!? オレのスキルが! オレのスキルがなくなってるううううううッッ!?」
自己パラメータ確認で気づいたのだろう。
リベルのスキル欄からすべてがサッパリ消えていた。
<スキルなし>の俺からスキルを収奪したら<スキルなし>になるのはさっきまで繰り返したのと同じ。
リベルはそれを、不可逆な操作で自分のスキルと引き換えに行った。
もう取り返しがつかない。
「ウソだウソだ!<スキル・スティール>強奪を解除しろ! ……戻らない。<スキルなし>が戻らないいいいいいッ!?」
リベルの取り乱しようは尋常ではなかった。
それまで自分の身を立ててきた根底のもの、スキルが失われたのだ。
しかも未来永劫に。
「ウソだ! オレが<スキルなし>なんてウソだああああッ!! クソで無能の<スキルなし>なんて嫌だあああああッ! オレは勇者だ! 勇者だああああああッ!!」
コイツの自爆でもう勝負は決したようなものだが、泣き声が煩かったので黙らせることにした。
「うごッ!? ぶべッ!?」
顎に一発、こめかみに一発と拳を叩き込み、意識を完全に吹き飛ばした。
何の手応えもない虚しい勝利だった。