29 変わり果てた旧友
こうして俺が城から出た途端、呼び止められた。
「リューヤ、ちょっとツラ貸せよ」
「リベル?」
アビニオンに投げ飛ばされたコイツが、もう戻ってきていた。
案外丈夫なヤツだな。
「五年ぶりに積もる話でもあるだろう? 邪魔者なしの一対一でどうだ?」
「リューヤさん、この人絶対何か企んでますよ!」
すかさずノエムが遮ってくるのには何か逞しさすら感じる。
立派になったなノエム……。
だが……。
「わかった、付き合おう」
「リューヤさん!?」
「すまないノエム、コイツとは古馴染でな。一緒に助け合って生きてきた時期もあった」
その思い出をウソにはできない。
たとえ今のコイツが昔のコイツではなかったとしても、通すべきスジはある。
「アビニオン。俺と離れている間ノエムを頼む。万が一ということもあるからな」
『任せておけ。わらわさえおれば万人力じゃあ』
さすがレベル一万台の魔神霊、言うことに実感があるな。
こうして俺とリベルは二人だけで連れ立ち、人通りの多い場所から離れていった。
◆
「ここは……、王城の裏手か」
高い城壁が片側に聳え立ち、それが光を遮って暗い。
ここは昼間も夜もこんな感じで薄暗いのだろう。闇は自然と人の足を遠ざけ、俺たちの他に気配はまったくない。
「懐かしいな。子どものころ俺たちはこんな場所で寝起きしていた」
「孤児だから帰る家もなくてよ。年中腹が減ってひもじかった。あんな惨めな生活に戻るのは金輪際ゴメンだね」
長い年月を置いて再会すれば、自然と思い出話に花が咲く。
「あんな極貧生活からオレを救ってくれたのが祝福の儀だ。親もねえ家もねえ学もねえオレにスキルっていう価値をくれた。あれのおかげでオレの人生は救われた」
「お前のことを最後に見たのも祝福の儀だったな。あれからどう過ごしていたんだ?」
「お前が捨て犬みたいに哀れなザマしてた祝福の儀な」
嘲笑うような声音を見せるリベル。
コイツの何気ない言葉や動作から、隠しきれない腐臭が漂ってくる。
「ゼタやクリドロードはどうしている? 一緒に召し抱えられたんだろう?」
「知らねえ。アイツらとオレとじゃスキル適性が違うらしくて、すぐさま選り分けられたぜ。オレが入れられたのは勇者養成所ってな。魔族との直接戦闘に向いたスキル持ちを徹底的に鍛え上げる場所だ」
そこでリベルは、厳しい選別に生き残ったらしい。
養成場にはいれば誰もが勇者になれるわけではない、その中でさらに試験を繰り返し『見込みなし』と判断されたらすぐさま切り捨てられる。
「そしてオレは晴れて正式に、勇者になったってわけだ! すげえだろ? 路地裏の親のないガキが勇者様だぜ? それもこれもオレに最高のスキルが付いたおかげだ! スキル万歳! スキルがあれば何でもできるぜ!」
リベルの進んだ道は、誰もが憧れるサクセスストーリーだろう。
いいスキルさえ授かれば、それ以前がどんな過去だったとしても英雄として、成功者として進むことができる。
俺もかつては、そんな夢を描いていた。
<スキルなし>と言われるまでは。
「しかしオレの野望はまだまだ終わらないぜ。オレは世界最高のスキルを得たんだ。それに相応しい地位に就かないとな。そのためにも俺はこの国のお姫様と結婚しないといけねえ」
「まだ諦めていなかったのか」
「当たり前よ! そこでお前に相談だリューヤ、レスレーザ姫との仲を取り持ってくれよ」
あっけらかんと、何気なくリベルは言った。
俺が手伝うのは当然と言わんばかりの口調だった。
「お前、上手いこと国王に取り入ってるんだろう? そのコネを使ってオレと王女様を引き合わせてくれよ。実を言うとお姫様の顔すらまだ見てないんだ」
それで結婚しようというのはどういう神経だ?
道理で謁見の間で、俺のすぐそばにレスレーザがいたというのに気づきもしないわけだ。
「お姫様と結婚すれば、将来オレが王様になれるかもしれねえ。いや、他の王子どもを全員暗殺してでもオレが王になってやる! そのためにもレスレーザはオレの妻にならなきゃいけねえ。……ま、そのためなら多少ブスでも我慢してやるさ」
「それがお前の最終目標だと?」
「そうだよ。オレは勇者になり、王様になるべく最高のスキルを手に入れたんだ」
一体どれだけのスキルを授かったらそこまで傲慢になれるのか。
以前にもスキルの性能に勘違いして傲慢になった者たちを見てきたが、リベルはその中でも段違いだ。
以前からこんなヤツだったか?
俺と一緒にいた時からこんなに掃き溜めを煮込んだような悪臭漂う男だったか?
「な? いいだろうリューヤ? 昔の親友の誼でオレのことを手伝わせてやるぜ?<スキルなし>のお前が勇者の役に立てるんだ。こんなに嬉しいことはねえだろう?」
「それがヒトにものを頼む態度かよ?」
「何言ってんだ。オレはお前に価値を与えてやってるんだぜ。<スキルなし>の、価値もないクズのお前が、勇者様のお役に立てるという価値を貰えるんだ。オレはむしろ人助けをしてるんだぜ」
リベルは唐突に『あ、そうだ』と思い出したように言った。
「お前が連れてるあの小娘、いいスキル持ってるらしいな。<錬金王>なんて教会でも見かけないスキルだ。役に立ちそうだからオレが貰ってやるぜ」
「何言ってるんだ」
「優れた人材は優れた勇者が使ってやらないとよ。それにオレをぶった償いもしっかりさせてやらないとよ。従順な女に調教してやるぜ。あとあの女幽霊も寄こせ、面白そうだからよ」
次から次へと。
どれだけ人格破綻すれば、こんなバカなセリフが出てくる。
「とにかく皆お前にはもったいないんだ。<スキルなし>のお前にはよ。お前みたいなクズが一緒にいてもアイツらが不幸になるだけだ。オレが飼ってやる方が絶対女どもも幸せなんだよ。何しろオレは勇者だからなッ!! ギャハハハハハハハハハハハハハハ!!」
そして壊れたように笑い出した。
俺に俺の五年間があったように、ヤツにはヤツの五年間があったのだろう。
ヒトが変わるには充分な期間だ。しかしそれでも同じ人間が、こんなにも別物のように変わってしまうものだろうか。
「変わったなリベル。たったの五年で、お前はクズになった」
「あ?」
「昔のお前は、そんな風に腐った顔つきをしていなかった。言うこともまともだった。貧しくはあったがもっと綺麗な表情をしていたよ」
それが今はどうだ。
まるでスキルと引き換えに人間性を悪魔に売り渡したようじゃないか。
「五年前の、スキルがないお前の方がよかったよ。スキルを得てお前はダメになった。今のお前はクズだ」
「……………………………………なんだと」
リベルの声音が変わった。
感情のない、その代わり殺気に満ちた声。
「スキルのないオレの方がいいだと? スキルを得てダメになっただと? バカかお前? いやバカだろ。バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ……!」
「……?」
「バカじゃねえとそんなセリフは出てこねえ。バカだからスキルの価値がわからねえんだ。このバカ野郎。<スキルなし>のくせにバカまで加わったら救いようがねえ。生きてる価値なんかねえ!!」
おお?
「殺してやる! ぶっ殺してやる! オレは勇者だあああッ!! オレのスキルをバカにするなああああッ! 死ねクソがあああああッ! 殺してやる、殺してやるうううううぁあああああああッ!!」
何故いきなり激昂?
素直な感想を口に述べただけだったんだが、余程アイツの心のクリティカルポイントに刺さったのだろうか?
「があああああああッッ!!」
そしてただ激昂したわけじゃない。
実際に剣を抜いて斬り掛かってきた!?
丸腰の相手に躊躇なく。あれじゃただのキレた人じゃないかッ!?
パキン。
音を立てて刀身が折れた。
見事にポッキリ。
レベル八百万を超えた俺の体を斬りつければ、まあそうなるだろう。
「なッ? 剣で斬れないだと!? 何だテメエ!?」
「迷わずヒトを斬りつけるお前の方が『何だテメエ』だよ」
俺じゃなかったら確実に死んでたぞ。
ヤツの斬撃はご丁寧なことに人体急所を完璧に狙っていた。殺す意図にだけ冷静な判断が加わっていて余計に怖い。
「ははあ……、わかってきたぜ。テメエがそんなに生意気なわけがよ」
ほう今の一剣だけで気づいたか?
俺のレベルが尋常じゃなく高いことを?
「お前もスキルを得たんだろう?」
全然気づけてなかった。
「たまにあるらしいからな。祝福の儀でスキルを与えられなくても、その後何かの拍子でスキルを得るってことが。……ふぅん、テメエも一応クズから脱却できたってことか。おめでとう」
「とことんまでスキルでしか物の価値を計れない人間になってしまったんだな……」
「見たところ防御力を格段に上昇させるスキルか、肉体強化スキルってところだな。いいぜ、認めてやるよ。このオレの敵になる資格があるってなあ」
折れた剣を捨て、素手で俺に向き合う。
しかし何故か、帯剣していた時よりずっと危険な感じがヤツの体から放たれる。
「見せてやるぜ。オレを勇者にまで上り詰めさせた究極最強、万能完璧のスキルを。それを見た時結局テメエは自分の小ささを思い知ることになるのさ。結局自分が得たのは役立たずのクズスキルでしかなかったってな」
リベルとの戦いは唐突に始まり、そしてハッキリとした決着がつくまで続くようだ。