02 五年間を越えて
そうして五年後……。
俺は一応生きていた。
死ぬかと思ったことは数え切れないほどあったが。
『……ま、これぐらいにしておくかの』
青龍のオオモノヌシさんがある日唐突に言ってきたので驚いた。
「このくらいって、何が?」
『お前の修行が、じゃよ。お前はもう充分に仕上がった。この上さらに鍛えても、現世にもうお前の敵がいないことには変わりない』
この五年間、修行と称した生命の危機の連続だった。
何回『死んだ!?』と思ったかわからない。
龍の言う修行とは、ぶっちゃけて言うと手加減してくれる龍との模擬戦のようなものであり、手加減してくれようと龍は龍だから、ちょっとした手違いでもまあ簡単に死ねる。
そして龍というのは基本大雑把なので力の加減を間違うことなどしょっちゅうあり、そのたび俺は死にそうなダメージを負って死にかけた。
そのお陰か知らんが随分頑丈になって強くなった自信がある。
俺は自身のステータスを確認してみた。
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【名前】リューヤ
【Lv】8,347,917
【所持スキル】なし
【ちから】27,493,300
【すばやさ】28,998,234
【たいりょく】31,009,616
【ちえ】25,444,671
【まりょく】26,418,077
【うん】21,560,111
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……まあ我ながらよくここまで鍛え上げたものだ。
しかしそれでも俺は安心できない。
こちとら何のスキルも得ることができなかった無能野郎なのだ。持つ者と持たざる者の差を少しでも埋めるためには、もうちょっとぐらい基礎力の底上げがあった方がいいんじゃないかと思うのだが?
『いや、充分だろう。言っておくが普通人間のレベルは<99>までしか上がらんのじゃぞ?』
「えッ? ウソ!?」
じゃあ何で俺のレベルは上限遥か遠くにぶっちぎってしまっているの?
龍を相手に修行したから?
『それがお前の宿命だという、一点に尽きるな。どちらにしろ我ら龍のレベル上限は<1千万>。レベルが伯仲すれば、それだけレベルは上がりにくくなる。我を相手に強くなるならこの辺りが潮時であろうよ』
「そうか……」
言われて段々と寂しさが実感となって押し寄せてきた。
俺は強くなりたかった。
スキルを得ることがなかった自分が、その不利を跳ね除けられるぐらいに強く。
しかし実際にそうなれるとは思いもよらなかったから、今そんな理想に限りなく近づいている現実がなかなか信じられない。
「青龍オオモノヌシよ。俺の望みが叶うのもすべてはアナタのおかげだ。アナタが俺を鍛えてくれたから、俺はここまでこれた」
深く頭を下げる。
「本当にありがとう」
『いつかも言ったであろう。我らは何もお前には与えぬ。お前が手にした強さはたしかにお前が育み、お前が収穫したものだ。お前自身の手で掴み取ったものだ』
「それでも助けてもらったから」
だから俺は青龍に感謝する。
人が天地に対して感謝を捧げるように。
『もうよかろう。お前の宿命は次の段階に達した。ここから発ち、思うが儘のことを行うがよい』
青龍が、その長い体を空中にうねらせる。
天へと昇ろうとしている。
長い間共に過ごしてきた存在が今、去ろうとしている。
「また会えるか?」
『また会えるだろう。お前の宿命がそう定めるならば』
そうして思ったよりずっとあっさりと龍は消え、あとには俺だけが残った。
まるで夢のように思えた五年間だった。
何度も死にそうになった修行時代だが、その主体となる龍が消え去ると本当にあの日々のすべてが夢であったように思えてくる。
いや、夢ではないのだろう。
あの日々が実在したという証拠として、今この体に息づいているものがある。
龍が去ったあとの森に、早速無粋な連中が踏み込んできた。
ゴブリンたちだ。
人型を模した魔物で、群れることが厄介だが一体一体はそこまでの強さではない、と今ならわかる。
ゴブリンどもは『ギヒヒヒ』と笑いながら俺のことを取り囲む。
こんな鬱蒼とした森の中でたった一人。格好の獲物だと思っているのだろう。
「…………」
一瞬。
ゴブリンの一体へ距離を詰め、無造作にパンチを放つ。
それだけでゴブリンの体は雲散霧消し、死体も残らず粉々に砕け散った。
これで恐れをなした他のゴブリンたちが逃げ去ってくれたらいいなと思ったのだが、何が起きたかわからなかったのだろう、戸惑いながらも俺へ武器を向け、敵意を抑えようとしない。
ゴブリンは残忍だが臆病。仲間が死ねば一目散に逃げていくと思ったが……。
「死体がなければ死んだことも確認できないか」
粉々にしてしまったのは失敗だった。
レベルが一万を超えた辺りからだったか、魔物を全力で殴ると粉砕するようになったので、死体の処理も楽だしそうしてきたんだけど……。
……ケースによっては跡形ぐらい残した方がいいか。
勉強しつつも結局、他のゴブリンどもも残虐性をそのままに襲い掛かってきたので面倒ながらもきっちり全部血煙にしておいた。
下手に生き残して、どこか別の場所で罪なき人を襲ったら俺が殺したようなものだからな。
「ふう……」
さて、落ち着いたところで改めて……。
これからどうしようか?
五年間の修行でスキルのない無能の俺ながら、それなりに出来るようになったという自負はある。
力を持って成り上がってやろうとか、かつて俺を切り捨てた仲間たちを見返してやろうとか、修行に入る前はそんな感情もあったが、実のところ今はそこまで煮え滾ってはいない。
「それどころじゃなかったもんな……」
日々の修行は命がけで、小さな恨みや虚栄心などあっという間に押し流されどこかへ消えてしまった。
思えば本当に小さなことに拘っていたと思う。
修行とは、ただ肉体を強くするだけでなく小さな拘りや蟠りを心の中から追い出す作業のことでもあるらしい。
「だからといって、ここでこのままというわけにもいくまいし……」
細々昔を思い返してみる。
かつての俺は、祝福の儀でスキルを得た暁には冒険者ギルドに入り、冒険者として身を立てていく予定を立てていた。
無論、冒険者にとって何より頼りになるスキルあってを前提にしてだが……。
「あの予定を、改めて実現してみるか……!」
青龍との五年間の修行に耐えきった俺ならば、<スキルなし>と言えどもそれなりに通用するはず。
それをもって『天下を取る!』などと大それたことは言わないが、無難なクエストをこなして細々食い繋いでいくことぐらいは充分できよう。
「なってみるか冒険者」
五年遅れの冒険者デビュー。
そのためにも一旦街に戻らねば。五年間も離れて一体どれくらい変わっていることか。
俺はある程度の達成感を名残惜しさを持って、修行のために過ごした森を後にした。
◆
俺は進む。
俺が修行した森から街はある程度離れていて、途中山を越えたり谷を渡ったりしなければ目的地に至ることはできない。
俺もまた深く鬱蒼とした谷間をてくてくと歩いていた時のこと……。
「待ちな」
不意に声をかけられたと思ったら前方……進行方向を数人の男によって遮られた。
いかにも凶悪な風体で、顔つきも真っ当ではないし手には武器まで携えている。
同じようなのが五、六人。
しかも後方も同じような風体の男が、同じくらいの数だけ陣取っている。
前後を挟まれるような形になった。
「……もしかしなくても山賊の類かな?」
こんな人気のない場所で、いかにも堅気でない男たちに取り囲まれたとなってはそれ以外に可能性はない。
五年前、街から森へ向かった時には遭わなかったんだが、時間が経ってこの辺も物騒になったか?
「ヘヘ、兄ちゃんよ、こんな人気のない場所をたった一人で通ろうなんて不用心すぎねえかい?」
山賊らしい身なりの汚い男が、ニヤニヤ侮蔑的な笑みを浮かべている。
「今まさにそう思っていたところだ」
「だろう? よかったらオレらが安全な場所まで連れて行ってやるぜ? ここで会ったのも何かの縁だからよう?」
ここで『あッ、もしかしてこの人たち見かけによらずいい人?』などと思うのはお人よしがすぎよう。
有無を言わさず所持品を奪っていくのではなく、身柄ごとさらっていこうというのは……。
「人攫いか」
「おいおい人聞きの悪いこと言うなあ? オレらはただの親切な一般人だぜえ?」
下卑た笑いを漏らしながら言う山賊。
「まあもっとも? 兄ちゃんが何かいいスキルを持っているって言うなら、スキル持ちは奴隷商が高く買ってくれるからなあ? 善良なオレたちもちっとは魔が差しちまうかもしれないなあ?」
他の山賊たちもゲラゲラと笑いだす。
最低でも十人以上はいる集団だ。こっちがどんな武器を隠し持っていても、強力なスキルを持っていたとしても負けるはずがないと思っているのだろう。
両方持ってはいないんだがな。
「というわけだ兄ちゃん。死にたくなかったら大人しくついてきな。なぁに安心しろ、オレたちがしっかり値段交渉して最高値で売ってやるからよ。自分に高い価値がついたら嬉しいだろ?」