28 勇者、ビンタされる
勇者乱入のせいで謁見の場はもう無茶苦茶だ。
折角の戦勝ムードも吹き飛んで余韻も残っていない。今あるのは場違いな暴れ者による何とも言えない濁った空気だけだった。
「リューヤ? リューヤのヤツが魔族を倒したというのか?」
まあ、そう言うことになりますかな。
起きた事実をそのまま述べれば。
「何をバカな!? コイツは<スキルなし>だぞ? 何の能力も取り柄もない<スキルなし>が、どんな手段で魔族を倒すというのだ!?」
と俺に詰め寄ってくるリベル。
目が血走ってて怖い。
「吐け! 本当のことを言え! お前、国王に取り入るためにウソをついたな! 魔族を倒したなどと、国の存亡にかかわるようなウソは重罪だ! 打ち首になる前に本当のことを話した方が身のためだぞ!」
「とは言っても、倒したのは本当だしなあ」
「ウソをつけ! お前は無能な<スキルなし>なんだ! もっとも価値のない人間のクズだ! そんなお前が魔族を倒せるわけがない! それはもっとも有能で選ばれた人間、勇者の役目なんだあああああッ!!」
何を言っても聞き入れない。
一体どうしようかと途方に暮れたところ、乾いた音が鳴った。
パンッ! と。
「ん?」
気づけばリベルが、頬を腫らしてたじろいでいるではないか。
腫れた頬に、真っ赤な手形がついていた。
ビンタ?
ビンタ張られたのリベルくん?
しかも勇者の頬を思いっきり張り飛ばしたのは、ノエムだった。
常に俺の傍らにいるから。
「黙ってください。アナタみたいな卑怯者にリューヤさんを悪く言われたくない」
ノエム……。
キミ、本当にいつからか言いたいことをハッキリ言う子に……!?
「リューヤさんは魔族を倒しました。それは私が見ましたし、他の多くの人たちも見ました。皆喜んで証人になります」
「いかにも!」
「その通りだ。この鱗狼騎士団長ジズバッハが、騎士の名誉と剣に懸けて彼の功績を証明しよう!」
居合わせた将軍さんたちまで。
一緒に魔族と戦った人たちだよね!?
「アナタは卑怯です。戦ってもないくせに戦った人のことを悪く言うなんて、一番卑怯な行いです。さっさと出て行ってください! ここにいる全員がアナタのことなんか嫌いです!!」
「オレの顔を……ぶった? 勇者の顔を。小娘風情が……!?」
しかしリベルは相手の言葉などまったく耳に入らない様子で。
「おのれこの無礼者があああ! 殺してやる! 勇者を侮辱するヤツは全員死刑だああああッ!!」
『無礼者はお前じゃろう?』
「ああ?」
またいつの間にか、リベルの体を真っ白な霧が覆っていた。
ヤツ一人を捕えるかのように限定的に。
それはもはや判断するまでもなく、魔神霊アビニオンが作り出した霧だ。
『ノエムはよい啖呵を切るようになったわ。その言まさに正鵠正鵠。手柄一番は我が主であり、おぬしは難癖付ける卑怯者よ』
「何だこの霧は? ……女? ゴーストか? なんでこんなところに女ゴーストが!?」
『呼ばれてもいないのにしゃしゃり出て騒ぎ回るとは道化としても三流じゃな。お呼びではないぞ、さっさと退場せよ』
アビニオンがまた不可解な現象を引き起こした。
霧を巨大な手のような形にして、それでもってリベルを鷲掴みにした。
「え? え? えええぇッ!?」
『せめて退場の仕方でぐらい客を歓ばせよ道化』
霧の巨大手は大きく振りかぶり、掌中のリベルを思い切り投げ飛ばした。
「ひぎゃああああああああああああッッ!?」
謁見の間にある窓を突き破り、外へと飛んでいくリベル。
ここに勇者は強制退場となった。
「……俺、何一つすることなかったな」
『あんな小者ごときに主様の手を煩わせるまでもないわい!』
場に気まずい沈黙が流れる。
その沈黙を最初に破ったのは、やはりというか王様だった。
「……大臣よ」
呼ばれてビクリと震えるハゲ大臣。
「あのような痴れ者を何故この場まで通した? 折角のめでたい空気が台無しではないか? あんな阿呆は門前払いにでもしておけばよかったのじゃ」
「いや……しかし勇者は丁重な扱いをせねば……!」
「勇者に物言いさせて、リューヤの貴族入りを有耶無耶にしようとでもいう魂胆であったか? 浅ましい。そういえば教会との交渉は、お前が一手に担当しておったな? 教会担当者からいくら賄賂を貰っておる?」
「そそそ、そんなことは……!?」
「教会との付き合いを見直すからには、お前の進退も議題にせねばならぬの。しばらく自宅に戻り謹慎しておれ。次に呼び出す時は、お前に新たな赴任先を言い渡す時じゃ」
大臣の顔が、この世の終わりみたいなものになって、そしてすぐ項垂れた。
「悪いが皆の者、下がってくれ。リューヤは残ってほしい。内密に話したいことがある」
◆
そして一気にガランとなった謁見の間に残るのは、俺と王様、ノエムとアビニオン、それにレスレーザだけだった。
何故ノエムとアビニオンも残っている?
「わ、私たちは常にリューヤさんと一緒にいますから!」
『何者もわらわたちを引き離すことはできんのじゃー』
コイツらにいうことを聞かせる自体無理か。
そして最後に一人。
「本当に申し訳ない」
レスレーザが頭を下げた。
「あの勇者から非難されている時、私も率先してアナタを弁護せねばならなかったのに。私は陰に隠れて……!」
「そうするように周りが働いたんでしょう?」
俺にはわかっている。
「リベルの狙いはアナタだ。それならアイツの目につくところにアナタを置くなど愚。だから周囲の将軍さんやら騎士団長が率先して噛みつき、リベルの注意をアナタから逸らした」
アイツは言っていた。
『王女のレスレーザと結婚させろ』的な意味のことを。
「そうですよね王様?」
きっとこの話をしたくて俺を留め置いたのだろう。
水を向けると王様は沈痛な表情でうつむき……。
「あのバカ勇者が言った通り、このレスレーザは余の娘じゃ。四番目のな」
「ハッスルしましたね王様」
四人も子作りなさるとは。
「王の血を継承させるのも大事な務めじゃい! それを考えれば四人ぐらい標準的な数よ! しかし……!」
王様、また沈んだ口調になり……。
「このレスレーザだけは特別じゃ。王の務めではなく、一人の女性と真剣に愛し合って授かった子じゃ」
なんかすげえ。
言い様が。
「ゆえに皮肉にも、この子の母親は身分が低い。だから勢力の後ろ盾などない。他の王子王女が後継者争いなど始めたら、この子はなすすべもなく巻き込まれて一溜まりもなかろう」
「それであえて身分を隠し、騎士として傍に置いたと?」
「リューヤは聡いの。その通り、この子には王族の宿命などから離れ、自分の道を進み自分の幸せを掴んでほしい。それが父としてのせめてもの願いじゃ。しかし、そんなささやかな願いも阻む無粋者が現れた」
教会。
「どこで嗅ぎつけたかはわからぬが、連中はレスレーザとの縁談を執拗に迫ってきた。王族と婚姻することで、我が国の政治に食い込もうという魂胆なのじゃろう」
「それを王様はきっぱり断った」
「当たり前じゃ。これまで余の不甲斐なさで、レスレーザには王女でありながらそれに相応しい待遇もしてやれなかった。それなのに今さら政略結婚などさせ、政治の道具として使うなど何と恥知らずか!」
というわけで王様は、教会からの要求をかわし続けてきたが、それに対して先方は悪辣な手段で対抗してきた。
魔族に襲われたセンタキリアン王国への一切の救援を断った。
勇者を送り込まず、ヒーラーによる治療行為も行わず、独力で魔族に立ち向かうしかなくなった。
「魔族戦で切羽詰まっていたのには、そういう面もあったんですね」
「その窮状を救ってくれたのは他でもないリューヤ、ノエム、そなたらじゃ。重ねて礼を申すぞ」
玉座から深く深く頭を下げる王様。
「これで教会も諦めただろうと胸を撫で下ろしていたが、あの勇者の態度からして楽観はできそうにない。またどんな汚い手段を使ってくるかわからぬ。そうなった時頼りにできるのはリューヤ、やはりお前だけしかおらぬ」
結局俺は、一度魔族を退けた実績があるからな。
それは同時に教会の陰謀を打ち砕いた実績にもなったわけだ。
「余はどうしても、そなたを味方としておきたいのじゃ。そなたを貴族に叙任したいのはそういう思惑もある。その労には充分に報いるつもりゆえ前向きに考えてはくれぬか?」
やっぱり真底を見抜かれているようだ。
俺が貴族になるのに前向きでないと。
ただの庶民として生きてきた俺に、貴族が務まるなんて思えないからなあ。
丁重にお断りしようと思ったが、こんな風に訴えかけられると良心が咎める。
とりあえず考える時間を頂くということで、一旦お城から下がるのだった。