27 今さら勇者
「何じゃリューヤよ、そなた、そこな勇者と知り合いか?」
勇者自体には一切興味なさげだった王様が、そこには食いついてきた。
「はい、昔一緒だった仲間です。祝福の儀で彼はいいスキルを授かったらしくて、教会に連れていかれて、それ以来会っていませんでした」
「ほう、奇遇な話じゃのう」
かつて路傍の孤児であった俺は、同じような境遇の仲間たちと助け合いながら生きてきた。
リベル、ゼタ、クリドロード。
祝福の儀でいいスキルを授かり、そうして惨めな孤児の境遇から脱出しようと誓いあった俺たちだが、仲間内四人で俺だけが<スキルなし>と判定され、対照的に三人は稀に見るよいスキルを授かった。
それを評価した教会が彼らをどこかへ連れて行き俺だけが取り残された。
リベルとはそれ以来の再会だ。
「知りませんね、こんなヤツ」
しかしかつての仲間は、まるで俺をいない者のように扱った。
「オレに<スキルなし>の知り合いなどいない。いたとしたら、オレの輝かしい経歴を傷つける汚い染みでしかないからな」
「彼がそう言うなら、そうなのでしょう」
反論してまで友だちだったことに拘る気にはなれない。
よいスキルを持っているかどうかが人間の価値というなら、俺と彼との道は、スキルを貰い貰えなかったあの瞬間に分かたれてしまったのだろう。
「何故お前がこんなところにいるリューヤ。ここは<スキルなし>などがいていい場所じゃない。高貴なる場所だ。さっさとお前が本来いるべき、路地裏のゴミ捨て場にでも帰るがいい」
「たしかに退散したいところだな、今すぐにでも」
一応、差し向かいで個人的には過去の親交を認めてくれるらしい。
もっとも向けられる視線は、持たざる者への侮蔑に満ち溢れていたが。
変わったなリベルも。
五年前はこんな傲慢に満ちた目をするヤツではなかった。
「そんなことより国王様、今は緊急の議題を進めたく存じます」
「緊急の議題? はて、そんなものあったかの?」
この王様のリアクションが、あまりに意外だったようで。
リベルは肩透かしを食らった感じになりながら。
「だから、お惚けにならないでください。今、貴国は魔族が攻め込み、危機に陥っていることは教会も把握しております。同じ人間として危機を見過ごすわけにはいかないと、教会はオレを派遣したのです」
んー?
さっきからリベルが言ってる『危機』とか『魔族』とかって……?
「そうであったの。凶悪な魔族相手には、国家単位での対処などとてもできぬ。教会が抱える優れたヒーラー。そして強力なスキルを操る勇者などの支援を受けてやっと追い払えるか、といったところじゃ」
「左様です」
「我が国も、魔族出現が確認されてすぐさま教会への支援要請を送った。再三な。しかし教会は今に至るまでの何の返事も寄こさず、だんまりを決め込んだままじゃった」
え?
そうなの?
「大体それが、魔族の侵攻を受けた国がとるべき基本行動なのだ……」
俺の脇で、レスレーザが説明してくれた。
「教会は、魔族に対抗できるあらゆる手段を独占している。魔族に有効な神聖魔法、それに回復魔法まで使える聖職者。それにスキル使いにおいて最強といわれる勇者など……」
今目の前にいるのもその一人ですね。
「教会は各国の要請を受ければ、それらの人員を派遣して対魔族戦の助けにする。その代わり莫大な寄付を求めて世界中から金銭を吸い上げているのだ」
世界規模のタカり屋かな。
そう考えると、今現在の王様のこすっからい態度もわかるというもの。
「魔族との戦いは、一刻の遅れが滅亡に繋がりかねぬというのに。教会の対応の遅さは致命的じゃ。このような体たらくを改善できんようなら、翌年からの教会への寄付は見直しせざるをえんのう!」
「お待ちください。そんなに物事を急いてはいけません。今、こうしてオレが来たではありませんか?」
まるで子どもをなだめるような口調で言うリベル。
仮にも王様に対して。
「教会が関係を持っているのは貴国だけではありません。他にも多くの国が魔族の恐怖に晒されているのです。そのすべてへ即座に的確に完璧に対応するなど、いかに教会でも無理なこと」
「優先順位があるとでも言うか?」
「御慧眼です。同時に二つの事態が出来した時、どうしても同時に対処をできないならば、どちらかを先に、どちらかを後回しにしなければなりません。その場合、やはり日頃からよりお世話になっている方を優先するのが義理というものでしょう」
王様の顔が段々険しくなっている。
「我が国は毎年、教会に莫大な金額を寄付しているのだぞ! その上でもまだ世話が足りんというのか!?」
「恐れながら、教会に寄付している国は他にもたくさんありますので」
王様、玉座のひじ掛けをガンと叩く。
それくらい頭に来てるってことだろうな、相手の物言いに。
「ですが国王様、ここでいい話があります。貴国にとっても我々にとっても将来の明るい提案です」
「その話なら既に断った」
「もう一度お考え直しくださいということです。これほどの幸運はなかなか得られぬものですぞ!」
そしてリベルは言った。
「この勇者リベルと、王女レスレーザ様との縁談を!!」
んッ?
今、誰といったか?
レスレーザ?
今俺の隣にいる女性がそういう名前だけど同一人物かな?
振り返ってみたが、露骨に視線を逸らされた。
「教会関係者と姻戚になることは、これ以上ない名誉ですよ! この婚姻が叶えばオレはアナタの義理の息子、それこそ何をおいてもこの国を最優先にして戦いましょう!」
「国の安全のために娘を差し出せと言うのか?」
「王の務めを思えばそれくらいのことはして当然では?」
リベルの視線が、相手を締め上げる蛇のようになった。
「これが最後通牒ですよ国王様? アナタの返答次第によっては、オレはこのまま教会に帰ってもいいんですからね?」
「我が国を襲う魔族と戦いに来たのではないのか、そなたは?」
「甲斐のない戦いはしないということです。勇者の戦力は貴重、より渇望する者に分け与えてやらねば」
「酷いものだな、脅しそのものではないか」
『オレの要求を飲まなきゃ助けてやらないぞ』と言っているようなものだからな。
ここまで酷い話はないので、俺もそろそろ介入すべきだったが、しなかった。
この会話の行き着く先が予想できたからだ。
「さあ国王様、オレたちの結婚をお認めください。それで魔族は倒され、この国に平和が戻り、誰もが幸せになれるのです!」
「断る」
「ッ!?」
まさか断られるとは夢にも思わなかったのか、リベルは視線を大いに泳がせて。
「国王のくせに愚かなのですな。自分の我がままで国が滅んでもいいと?」
「そなたのような俗物に頼って生き延びるぐらいなら、滅亡もよかろう。だがそうはならん。そなたごときに頭を下げるまでもなく我が国は安泰じゃ」
「? どういうことです?」
「そなたは、こう思っているのだろう?『自分が助けてやらねばこの国は魔族に滅ぼされる』『だから自分の言うことを聞くしかないのだ』と」
「うッ?」
「その魂胆は、我が国へ魔族が攻め込んできているから成り立つのじゃ。魔族による滅亡を避けたければ勇者に縋るしかないとな」
「よ、よくわかっているではないですか……! そこまで現実を直視できるなら、さっさと認めて……!」
「現実を把握できていないのはお前の方じゃ」
「えッ?」
「魔族はもう倒され、我が国は危機から脱した。そなたなどもう無用ということじゃ」
「なにいいいいいッ!?」
初めて聞いたかのように驚きの声を上げるリベル。
いや、本当に初めて聞いたのか。
「そんなバカな!? いつの間に!? この国を襲う魔族がもう倒されたというのですか!?」
「やたら強気で押してくると思ったら、本当に知らなかったとはのう。ここに来るまで、城下や城内の戦勝ムードを見てこなかったのか?」
「私を歓迎する賑わいではなかったのですか!?」
「どんだけ自分一番なんじゃよ、そなたは?」
呆れる王様。
しかしこれで、自分の目論見が根底から崩れていることにリベルも気づいたはずだ。
「必要な時に要請しても応えず、すべてが解決してからしゃしゃり出て身勝手放題。こんな押し込み強盗のようなやり口が勇者の流儀か!?」
「ぐッ? ぐううううう……!?」
「この件はしっかりと教会本部に伝えておく、抗議という形でな! 翌年からの寄付金も抜本から見直すゆえ、そなたからもそのように報告しておけ!!」
「お、お待ちください! 国王、待ってください!?」
「余はお前のごとき下衆の顔などもう見とうないわ! さっさと去ね!!」
王様は本気でお怒りのご様子だった。
まあごもっともなお怒りだが。
ここで普通の人なら恐れおののいて退場するところだが、勇者というのは勇者だけあって随分面の皮が厚いらしい。
『下がれ』と言われたのになおも縋りついてくる。
「信じられません! あの凶悪な魔族を、勇者の力なしにどう撃退したというのですか!? 魔族は勇者でなくては倒せないはずです! そうだ、出まかせですね!? 魔族を倒していないのに倒したなどとウソをついた! それでオレとの交渉を有利にしようとしているのでしょう!?」
「そう思いたければ勝手に思うがいい。真実でも虚偽でも、お前の要求など何も受け入れんということは変わらん」
「ならば答えてください! アナタたちはどうやって魔族を倒したというのです! ウソでないなら答えられるはずだ!!」
頑として引き下がらないリベルに、王様はげっそりとしたため息をつく。
埒が明かないので兵士に拘束させて摘み出そうとするが……。
「ゆ、勇者殿、落ち着きください……!」
口を挟んだのはハゲ大臣だった。
「信じがたいことながら、魔族が敗れ去ったのは事実なのです。そしてそれを行ったのは、そこにいる<スキルなし>の男なのです」
と言って俺のことを指さしてきた。