26 凱旋と再会
魔族を倒し、戦場も戦場ではなくなったので俺たちは帰還した。
ちょっと行って、ちょっと帰ってくるだけの行程だったな終わってみれば。
しかし戻ってきた俺たちを迎える熱烈さが凄まじいことになっていた。
「英雄ばんざーいッ!!」
「救国の英雄だぁーッ!!」
「王国軍の強さここにあり! 精悍なる兵士たちに讃えあれー!!」
何だこのお祭り騒ぎ?
街に入ってからお城へ着くまでずっとこんな感じで喝采される。
なんかこういう状況、専用の言い方があった気がする。
凱旋か。
そう、俺たちは凱旋していた!
「そんな特別なことはしたつもりないんだが皆、大袈裟だなあ?」
「何を言う! 魔族を鎧袖一触に蹴散らしたのだぞ! 騒がれて当然だ!」
軍を率いて隊列の先頭にいるレスレーザが、昂揚気味に言う。
彼女と並んで歩いているということは、俺も軍の先頭にいるということだ。
なんで?
「民らはそこまで深刻な戦況を知らなかっただろうが、それでも勝利は嬉しいことだ。皆が我らの勝利を祝福してくれているのだ。騎士として応えねば。リューヤ殿、貴殿も手ぐらい振れ!」
「俺、騎士じゃないんですけども……!?」
当然のように俺の隣に寄り添うノエムも、場の雰囲気に押されるように手を振っていた。
城に入ってからもこんな感じで、軍の本体と分かれて数名の首脳陣のみで建物の中を進む。
そのメンバーの中に俺が入っているのも充分謎だったが。
それでついに王様の待つ玉座の間へと到着。
「よくぞ無事戻ってきた! レスレーザ! 将軍たち! そしてリューヤとノエムよ!」
王様の顔が興奮気味に真っ赤になっておる。
「報告は既に受けておる。しかし余の耳は……余の耳はおかしくなったのかもしれぬ。現場におった張本人から改めてもう一度、報告を聞きたい……!」
「は……ッ!」
王様の珍妙な要請を受けてレスレーザが恭しく言う。
「我ら援軍隊が前線に着いた時、本隊は半数以上が負傷しもはや壊滅状態でした。そこに錬金術師ノエム殿が霊薬を補充し、もはや手の施しようがないと思われた重傷者も含めて回復たらしめました」
「おお!」
「さらに本格的な戦闘開始の際、魔族は三万体もの魔物を引き連れ現れましたが、リューヤ殿の機転とノエム殿の薬によって、瞬く間に一掃することが叶いました。当方の被害は完璧と言っていいほどにゼロです」
「おぉんッ!!」
なんか報告するたびに王様の興奮が増していくのは不気味で怖い。
「レスレーザよ……、そなたがあの命令書を使い、全軍の威力を込めたスキルを放ったと聞いておる。大事はないのか?」
「はい、スキルの反動はリューヤ殿が代わって受け止め、僅かに漏れた衝撃で壊れた体への負担はノエム殿の薬が癒してくれました。魔物を薙ぎ払ったことも、私が無事なのも二人のおかげです」
……しかしレスレーザさんには地獄を味わわせてしまったがね。
あれからふとした瞬間に彼女が遠くを見詰めている姿が怖い。
「そして何より、魔族と直接対峙して殲滅したのはリューヤ殿です。こたびの勝利はリューヤ殿がもたらしたもの。彼にこそ誰より大きな恩賞をお与えいただきたい」
「うむ、うむ! わかったぞ……!!」
王様の視線がこっちを向き。
「リューヤよ、そなたこそ神が遣わした救世主なのかもしれんのう」
「そんな大層な……」
「余は、そなたを信じているつもりであったが、そなたはその遥か上を行きおったのう。まさか出立してから数日のうちに、敵を完膚なきまでに蹴散らし、さらに味方の損害をゼロにするとは。これを英雄の所業と言わずして何と言おう!」
「お言葉ながら、それを実現させたのは俺一人ではありません。ノエムが頑張って薬を調合し、アビニオンも種族が違うというのに随分助けてくれました」
そして何より、レスレーザが覚悟をもってスキルを振るい、現場の兵士一人一人が彼女に協力してくれた。
「皆で掴み取った、皆の勝利です」
「泣かせることを言いよる……。そんなそなただからこそ、その輝かしい功績に見合った褒賞を与えなければ、余の王としての名が廃る!」
「既にギルドを通して充分な報酬を頂いています」
「それでは全然足りん! そなたの功績に報い、余はそなたを貴族として召し上げることにした!」
「貴族!?」
その言葉に、俺本人よりも周囲がザワザワし始めた。
謁見の間には、戦勝報告しに来た俺やレスレーザだけでなく多くの人々が列席している。
「陛下陛下! お気はたしかですか!?」
そこへ慌ててしゃしゃり出てくるのは、例の頭のてっぺんが薄い大臣。
別名ハゲ大臣ともいう。
「彼の者は平民! 平民を貴族に召し上げるというだけでも差し障りがありますのに、あまつさえこやつは<スキルなし>ですぞ!<スキルなし>などを貴族としては他国からの笑いものになってしまいます!」
「チッ、っるっせーな」
ついに王様、舌打ちするようになった。
「では救国を成し遂げたリューヤへ、他にどんな恩賞を与えよというのか? 余はこれでも足りぬと思っている。貴族への叙勲は、これからいくつも与える礼物の一つにすぎん」
「こんな平民になど、陛下より直接のお褒めの言葉で充分でございます! 本当なら生涯聞くことのできぬ天声を直接かけていただいたことに恐悦し、死ぬまで陛下のために働くべきでございます!」
「偉そうじゃのおぬしは」
王様の表情がどんどん不機嫌になっていく?
「余は、自分自身がそこまで偉いものとは思っておらぬ。王は国を整え、民の生活を支えてこそ価値がある。それができぬ王などがいたら、そんなものはゴミクズ以下よ」
「陛下!?」
「今回リューヤは国家存亡の危機を退け、余の王としての価値をも救ってくれた。ならば恩人に対して最大限の感謝を示すのは当然のこと。下がれ大臣、そなたの戯言などもう聞きとうない」
完全なる拒絶の意を受けて、ハゲ大臣はもはや黙り込むしかない。
「というわけじゃリューヤ、家名や領地などはおいおいゆっくり決めていくとして、まずは我が国の貴族となってくれることを承認してくれまいか?」
「いやあの……?」
「余はそなたが気に入った。これからも余の近くにあって働いてほしい。頼むわ」
無論、一般人の俺が貴族になるなど息苦しいことこの上ない話なのだが。
王様だけでなく周囲からの期待の視線も飛んできて、とても『お断りします』なんて言える状況じゃない。
どうしたものかと脂汗ダラダラ流していたら……。
「お待ちを! お待ちください!」
果敢に異論を唱えるハゲ大臣。
へこたれねえな、この人。
「ただ今……ただ今報告を受けまして、重要な客人がお見えになったとのこと!」
「重要な客人?」
「すべてを決めるのは、その御方を歓待してからでも遅くないのではありますまいか!」
ハゲ大臣としては、自分にとって面白くない事態になるのを何としても防ぎたいという心境なのだろうが。
それにしてもなりふりかまわない感じ凄いな。
客人って誰だよ?
「勇者様にございます!」
「勇者?」
その時であった。
扉をズバーンと開け、一人の男が入室してくる。
その姿の堂々としたこと、うっとり見惚れてしまいそう。
顔つきも整っていてハンサムの部類に入るし、ピンと伸びた背筋、自信たっぷりに胸を張った姿勢は、たしかに勇者というに相応しい華々しさだった。
あれが勇者か……。
「って言うか勇者って何?」
「知らないのかリューヤ殿!?」
俺の隣でレスレーザが驚き唸る。
「勇者とは、教会お抱えの英雄とでもいうべきものだ」
「お抱え……英雄……?」
「強力なスキルを持つ者を教会が囲い込み、さらに選別に選別を重ねて、最後に残ったほんの一握りを教会最高の精鋭として擁する。それが勇者だ」
希少なスキル持ちを厳しい訓練によって鍛え、世界最高の戦闘者として仕立て上げる。
そうして出来上がった勇者は、教会の命を受けて世界各国へ散り、魔族や魔物に襲われる人々を救っては称賛を浴びるのだった。
「教会は、神の代行として人々にスキルを与える役割を持つ。レアスキルを持って将来性の高い若者を見つけ出すのにもっとも有利な位置にいるというわけだ。その立場を最大限利用し、教会は多くの最強スキル使いを手駒として保持している……!」
その手駒が、勇者であると。
「そんな勇者が何故ここに?」
「恐らくは、我が国が魔族の侵攻を受けていることを聞きつけてきたのだろう。……ハゲタカめ」
なんかレスレーザの勇者への態度がめっちゃ冷たいんだけど。
嫌悪感?
そんな俺たちのやりとりなど歯牙にもかけぬという風に、勇者、王様だけへと向かい合う。
「センタキリアン国王陛下、ご機嫌麗しゅうございます! この勇者リベル、貴国の危機を救わんと馳せ参じました!」
「危機とな? 何のことじゃ?」
「お惚けを。今アナタの国は、魔族からの侵攻を受けて風前の灯火なのでしょう? しかしこのオレが来たからにはご安心ください。魔族ごとき、この勇者の力でたちまち打ち破って御覧にいれます!」
恭しく礼をする勇者。
動作がいちいち芝居がかっているな。
っていうか待て。
あの勇者なんて名乗った?
リベル?
五年経って見てくれの感じも変わったが……?
「あのリベルなのか?」
「勇者の力は正義の力! その素晴らしさを国王様にも御覧に入れましょう! そして見事魔族を倒した暁には例の話を、姫君との婚姻を前向きにお考えいただきたく……!」
「おい、リベルー?」
「……なんだ煩いな!? この勇者リベルを呼び捨てにするとは、どこの礼儀知らずだ」
「俺だよ、俺」
「お前……まさかリューヤか!?」
かつて十四歳の祝福の儀で、なんか凄いスキルを与えてもらって俺と別れた仲間の一人。
リベルとこんなところで再会するとは。