25 魔族登場、そして即退場
戦いになるからには相手のパラメータを読んでおくか。
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【名前】ベニーヤン
【種類】魔族・子爵級
【性別】男
【年齢】算出不可
【Lv】476
【所持異能】浮遊、魔物操作、魔法適性(A)、再生、狂化、アシッド・ミスト
【好悪度】××
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スキル的なものが複数ある。
これも魔族の特徴か。レベルだけでなくスキル面までも優位に立っているなんて、そりゃ人間にとっては絶望でしかないな。
『魔物三万匹に比べたら、私と戦うことなど楽だと思っているのだろう?』
魔族、完全にこっちを見下した風で言う。
『哀れなことだ。人間のその不見識、視野の狭さ。自分が愚かであることに気づけない愚かさ。想像を絶する下等生物である人間が、その下等さゆえに地獄の苦しみを味わいながら滅びていく様は実に滑稽だ』
「何が言いたいんだ?」
『私はその気になれば、魔物など使わなくともたった一人でお前たちを全滅させることができると言っているんだよ。三万体もの魔物を連れてきたのはいわば余興だった。それなのに下等な人間が私の余興を邪魔した。身の程知らずとはこのことだ』
ザワリ。
周囲の空気が変わる。
『おかげでお前たちは、直接私の手にかかって死ぬことになるんだからな。すぐに後悔するぞ。素直に魔物に食い殺されていた方がよっぽどマシな死に方だったと。無惨なことだなあ、お前らはその分際の過ぎたスキルで私に勝つつもりだったろうが、余計な苦しみを増やすだけだった。お前たちは結局スキルなどを与えてくださった神を呪いながら死んでいくのだ』
「セリフ長いよ」
前口上にしても長すぎる。
一体いつになったら戦いが始まるのか?
『ふッ、いいだろう。そんなに早死にしたいなら望み通りにしてやる!』
魔族が両手を広げ、何かしらを集中させる。
『お前たちはスキルとやらが随分自慢なようだが、そんなもの我ら魔族からしてみれば取るに足りぬものだぞ? 何故なら私たち魔族もスキルに当たるものを所持しているのだからな。今から見せるのはその一つ。数ある中の一つにすぎんものだ!』
そして魔族は唱えた。
その異能の名を。
「<アシッド・ミスト>!!」
魔族の体から放たれる赤色の霧。
それは爆発的な広がりを見せ、俺の体など即座に飲み込み、その後方にいる兵士たちのいる陣地まで迫ろうとしている。
「この霧は……ッ! 気をつけろ酸の霧だ!」
「触れると溶けるぞ! 退避退避ーッ!?」
触れたものを片っ端から溶解していく酸の霧。
それがコイツの切り札か。
気体状の霧は、どこまでも拡散していって、どんなものも溶かしていく。
厄介な広範囲攻撃ということは一目でわかる。
『ハハハハハハハ! 見たか! 貴様ら人間風情のチンケなスキルと、我ら魔族の持つ異能とでは質にも絶対的な差があることを思い知っただろう! この溶解霧の恐ろしさは、この程度では止まらないぞ!』
赤い酸の霧は、既に俺を飲み込み視界が赤一色に染まった。
赤いー。
周りが何も見えないー。
『魔族の力を持ってすれば、この溶解霧を貴様らの国中に広げることも可能だ! 人間ども! 醜く溶けながら全滅するがいい! まずはここにいる哀れな兵士どもからな!』
いかんな。
俺はともかく一般兵たちはこの濃酸の霧から身を守る手立てはあるまい。
しかも霧の広まりは、人が走るよりも速いと来ている。
このままでは被害者が出てしまう。
こんな時に頼りになるのは……。
「なんだとッ!?」
赤い霧が、純白の霧に押し止められる。
突如現れた白い霧が防壁のように兵士たちの前に立って、危険な赤霧を一部の隙間もなくシャットアウト。
『なんだあの霧は!? あれも人間どものスキルか!? ありえない私の溶解霧を完全に遮断しているということは、私の能力より上ということではないか! 絶対にありえない!』
『本当にそう思うかの?』
そして現れる白い幽霊女。
魔神霊アビニオン。
白い霧の発生源は彼女だった。
『とんだ思い上がりじゃのう魔族風情が、魔神霊たるわらわの能力を上回るなど、それこそありえんことじゃ』
『魔神霊だと!? 魔神霊が何故ここに!?』
当惑する魔族。
『偉大なる魔神様をも上回る能力を持ちながら、気まぐれで適当で計画性もない魔神霊が! 今度はどんな気まぐれで人間どもの味方をする!? 気まぐれが!』
『そんなに何度も気まぐれと言うでないわ。それに今回ばかりは気まぐれが動機ではないぞえ?』
『何ッ!?』
『強い者に従う。それは世界で絶対のルールであり、気まぐれからは一番程遠いものじゃろう?』
『な、何を言う……!?』
魔族は乾いた笑いを漏らす。
『強い者? アナタたち魔神霊より強い者など、この現世には存在しないはず。いるはずがない!』
『無知とは哀れじゃのう。わらわより強く、そして当然おぬしよりも強い者はほれ、すぐそこにおるじゃろう』
『な、なああああああああッ!?』
あーやっと出てこれた。
あの赤い霧の中から。
アビニオンは無事兵士たちを守ってくれたようだな。
彼女の視点からその様は確認できたが、俺の希望通りに動いてくれたようだな、ありがとう。
『お褒めにあずかり感無量じゃー』
『何故だああああッ!? 何故貴様、我が<アシッド・ミスト>にしっかりと飲み込まれたではないか! それで何故生きているッ!? 何故溶けないッ!?』
いや大変だった。
視界中を赤で埋め尽くされるって意外にギョッとするなあ。
圧迫感があってストレスだった。
『<アシッド・ミスト>の赤霧は、硫酸の五百倍の溶解力を持っているんだぞ! その中で生物が一瞬たりとも生きていられるか! それなのに、それなのに何故生きているうううッ!?』
「俺の防御力と生命力がアンタの霧を上回った。それだけのことだろう」
レベル<476>と<8,347,917>。
そのレベル差が如実なる実行能力の差となり、劣った方を優れた方が弾き返したのだ。
『お前……、お前は人間か!?』
「失敬な、れっきとした人間だよ」
しかも一つのスキルも使えない、割と平々凡々とした。
「……俺は無益な殺生を好まない。だからたとえ敵でも、この先悪事を働かないと約束するなら命までは奪わない」
『は、はひ……ッ!?』
「しかしお前は心から人間を見下し、殺すことを何とも思っていないようだ。今までもたくさんの人を殺してきたんだろうし、ここで見逃せばきっとこれからも人を殺していくことだろう」
だから俺は……。
お前のために悲しい思いをする人が出ないようにするため……。
「ここでキッチリお前を殺しておく」
『ひぎゃああああああああッッ!?』
おりゃッ。
俺が殴った瞬間、魔族の頭部がいともたやすく粉砕した。
しかしそれで終わりじゃない。
魔族の頭はすぐさま破片を集め、元通りに再生しようとする。
「再生能力か、たしかにパラメータにあったな」
コイツら魔族の肉体は、霊体にも近いようだ。
だから粉々に壊されても物理法則を越えて元に戻る。
ではどうするか?
再生しなくなるまで殴り続ければいいんだ。
「おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ、おりゃ……!!」
『ひげええええええッ!? ぐぼッ!? ごえええええええッ!? ぐわあああああッ!? ひぎゃああああああッ!?』
殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る……。
再生しても殴る。砕け散っても殴る。それがそこにある限り殴り続ける。
すると変化が起こってきた。
『おごべぇ……!? 再生しない? 少しずつ再生能力が失われていく? 殴られて体が砕かれると共に、再生能力自体も殴り砕かれ消滅していく……!?』
魔族は段々と体積を小さくし、見た目に関しては原形を留めてもいなかった。
もはやスライムみたいな不定形。
『そんなバカな……!? 魔族である私が人間ごときに完全消滅……!? 人間は、にんげんってなんなんだあああああああッッ!?』
そして最後の一欠けらも拳で潰し、何とかさんという魔族はこの世から完全に消滅した。
アビニオンのおかげで巻き添えは一人も出なかった。
レスレーザは指揮官としての面目をしっかり果たしてくれた。
ノエムのアシストも完璧だったし。
そしてここにいる全員が、自分の仕事をしっかり果たしてくれた。
「勝利です」
「「「「「うおおおおおーーーーーーッッ!!」」」」」
魔族との戦いはここで一旦俺たちに軍配が上がった。