24 七千人の重み
『我が名はベニーヤン。栄えある子爵級の魔族である』
どこだ?
あ、いたいた。
魔物軍団が居並ぶ地平の、その上空に浮遊している。
一見人間の男性に見えるが、肌の色は青っぽいし、角やら羽やら尻尾まで生えているしで、どうにも人間とは思えない。
人間と魔物の中間みたいな感じ?
「アビニオン、あれが魔族ってことでいい?」
『まー、間違いなかろうの。しかし子爵級か。爵位持ちなら人間にとっては絶望的な相手じゃのう』
余計な情報どうも。
それよりも俺は、空中浮遊している魔族の下の、三万もの魔物軍団が気にかかった。
「レスレーザさん、標的変更だ。まず魔物たちを殲滅する」
「えッ!?」
俺に背中から抱きすくめられる格好のレスレーザ、急な提案に戸惑う。
「しかし、親玉はあくまで魔族だぞ!? ヤツこそを真っ先に倒さねばなのでは!?」
「この状況で魔族を倒した場合、魔物たちは大人しく帰ってくれるのかアビニオン?」
大将がやられたー、逃げろ逃げろー。
的な感じになる?
『いや、あの魔物どもは今、魔族にテイムされとる状態じゃろう? その状態で主が消えれば制御を失い、元々の本能に任せて狂い暴れるばかりじゃろうの。魔物なんてそういうもんじゃ』
タガが外れて暴走状態。しかも膨大な数。
スタンピードってヤツか。
「ちなみにアビニオンが代わりに魔物を制御するってことは?」
『ゴースト系以外は担当外じゃ』
案外カバーが狭いな。
「というわけだ、三万もの魔物群を七千の兵じゃ防ぎきるのは難しい。ならばソイツらも魔族と共に一掃しておかなければ」
「しかし、私のスキルは撃てて一回というのは説明した通りだ! 恐らくたった一回の反動で私の体は砕け散る。その一回で魔族どころか魔物の大群まで吹き飛ばすのは……!」
「俺だって説明したはずだ。キミの体は砕けない」
そのために俺がいるんだから。
「さあ、心配せずに遠慮なしにぶっ放せ!」
「どうなっても知らないからな!」
俺と彼女の手が添えられた剣に、凄まじき脈動が送られるのを感じる。
「閃け……<将星仁徳斬>ッ!!」
凄いのが出た。
刀身から衝撃波のようなものが、怒涛の津波のように放たれ、地平を埋め尽くす魔物軍団へと飛んでいく。
あまりにも多くの将兵から預かった力は、刀身に収まり切れず純粋なエネルギーの塊となって刀身から飛んでいく!
『なにぃいいいッッ!?』
度肝を抜かれる魔族の声。
魔物軍団の一部は、たしかに<将星仁徳斬>の斬撃エネルギーに飲み込まれて消滅した。
まるで海が割れたかのようだった。
さすがにすべてとまではいかないが、少なくとも三万もいた魔物たちの何割かを確実に消滅せしめたぞ。
「すげえええええッ!!」
「レスレーザ様のスキルが魔物たちを蹴散らしたあああッ!」
「さすがレスレーザ様! 国家の守護神! いや守護女神だああああッ!!」
背後で陣を組む兵士たちから称賛の声が上がる!
これは彼らの出した結果でもある。彼らの存在なしにレスレーザのスキルは威力を発揮できないのだから。
そして当のレスレーザ本人は……!
「大丈夫か?」
「ぐ……ッ!?」
うめき声を上げるだけ命はあるらしいが、無惨な状態になっていた。
<将星仁徳斬>を放った瞬間、たしかに反動はきた。
彼女自身に代わって身構えていた俺の体にズッシリと手応えが加わり、そのほとんどを我が身で受け止めた感触はある。
しかしすべての反動を受け止めきるには不可能だったようだ。
ほんの少しは漏れて、本来向かうべき場所へと向かい、レスレーザへの体を叩き潰したらしい。
「……腕の骨が折れた。体中がガクガクする……!」
口元から血を流しつつレスレーザは言う。
彼女に漏れた反動は一部にも満たないはずだが、それでもここまで完膚なきほど肉体を破壊するのか。
「なんとか一命は保ったが、全身ガタガタでもう腕を振れない。二撃目は放てない……!」
「大丈夫、そのための用意はしてある」
なあノエム。
「エクスポーションです! 飲んでください! 飲めばすべての負傷は全治癒します!」
「ぐぼぉッ!?」
ノエムが突き出す薬瓶、レスレーザの口中へねじ込ませる。
ほどなく彼女の喉がゴクンと鳴り、ついで全身が光り出して……。
「え? 治った? 再起不能かと思ったのに!?」
「これでまたスキルが使えるだろう! 行くぞ第二射!」
ノエムはまだまだたくさんエクスポーションのストックを用意している。
死なない限りどんな傷でもエクスポーションは全快させるから、ストックが尽きるまで<将星仁徳斬>連射可能ってことだ!
「ちょっと待って! いくら傷が治るからって、スキル反動で全身の骨が折れるのは凄く痛いんだが! あの地獄の痛みを何度も味わえってことか!?」
「命を引き換えにするよりは軽いだろう?」
「あーッ!! こうなりゃヤケクソだ、このおおおおおおッッ!!」
こうして放たれる<将星仁徳斬>第二射。
真っ二つに割れた魔物群にまた大きな裂け目ができる。
「痛いいいいいいッ! 全身が痛いいいいいいッ!?」
「待っててください! エクスポーションです!」
治ればいいという問題でもない気がしてきた。
全身が砕け散るような激痛に耐えながら、究極破壊スキルを連発するレスレーザ。
そんなのを強いるのはハッキリ言って鬼の所業ではないか?
『それでも反動の九割以上を主様が受け止めてやっているからこそ。痛い痛いと呻ける程度で済んでおるんじゃ。すべての反動を浴びていたら体が復元不可能なほど木っ端微塵に吹き飛んでいたことであろうよ』
と言うアビニオン。
『ところで主様、わらわのことは使ってくれんのかや?』
「ん?」
『わらわにやらせてもらえばあの程度の魔物群、すぐさま消し去って御覧に入れよう。主様自身がやっても同じだろうに何故回りくどく、その娘を働かせる?』
「これが人間たちの戦いだからだ」
人間に襲い来る魔族。人間の手で跳ね除けてこそ試練を乗り越えたことになる。
そして人のために戦って守るのが使命の軍隊が、その主役を担うべきだ。
「ということでレスレーザさんに前面に出て頑張ってもらうわけだよ」
「いだあああああああッ!?」
王国軍が全員でもって戦うということにかけて、レスレーザのスキルほど打ってつけのものはない。
彼女の配下に加わることでスキルの威力を上げるのだから、誰もが戦闘に貢献していることになる。
全員で一丸となって戦っているのだ。
「いだああああああッ!?」
『ぐわあああああああああああッ!?』
何故か攻撃する方もされる方も絶叫を上げていた。
そうして超級威力の<将星仁徳斬>は何度となく撃ち出される。
三射目。
四射目。
五射目…………。
◆
「うーむ、大分片付いたな」
魔物たちで埋め尽くされた地平は、随分スッキリした。
今やまばらの魔物たちが、それでも半死半生でその場でジタバタしているか、そうでなければみずからの生存本能に従って一目散に逃げていく。
『おのれ人間がぁ!? 何のスキルを使いおった!?』
「あ、魔族生きてた」
肝心の親玉魔族が生き残っていたか。
まとめて消し飛ばせてたらいいなと思っていたがフヨフヨ空中浮遊してたんで、上手いこと逃げ切ったか。
『忌々しい……、人間どもの中には時に厄介なスキルで我らの足元を掬うが……! しかしいい気になるのもここまでだ! この子爵級魔族ベニーヤンがこの手で貴様らを捻り潰してやるのだからな!』
「何だやる気か? 頼みの魔物軍団が壊滅したんだから素直に逃げ帰ればいいのに」
『ふッ、愚かだな。子爵級たる私が、たかが三万程度の魔物を頼みに置いているとでも?』
急に余裕ぶった口調になる魔族。
『所詮遊びよ、人間と魔物を殺し合わせるのを高みから見物するのは愉快だ。しかしそんな私の娯楽を邪魔した罪は重いぞ。そして後悔するがいい。この私の戦闘力は、魔物三万などより遥かに高いのだからな!!』
レスレーザは、瞳から完全に輝きを失っている。
肉体の破損はエクスポーションで治っても、痛みが魂を擦り切らせているのだろう。
これ以上戦わせるのは酷だな。
「いいだろう俺が相手をする。大詰めの一騎打ちというのも風情があっていいじゃないか」
『愚か! 人間ごときが魔族に敵うと思うてか! 素直に全員でかかってくればいいものを、お前には残酷な死が約束されたぞ!』
貰った報酬分はキッチリ戦わないとな。