23 レスレーザの覚悟
「本当に、ありがとう」
治療が一息ついてから、俺たちへ向けて複数の頭が下げられた。
女騎士レスレーザを筆頭とした騎士の皆様方だ。きっと偉い人たちなのだろう。
「アナタたちが尽力してくれなければ、それこそ千人単位の死者が出ていたことだろう。アナタたちの働きは勲一等に値する。この功績が必ず陛下のお耳に届くよう我ら全員で保障しよう」
そこまでレスレーザさんが一息で言ったあと。
「…………」
それでもなんか物足りないような気配を出してから、おもむろに行動に出た。
頑なにとろうとしなかった鉄仮面を、外した。
「えッ?」
その下から出てきた素顔は、予想通りの女性の顔。
しかもメチャクチャ美人だった。貴婦人のように艶やかで、バラの華やかさを宿した美女の顔。
『なんじゃ? 隠しているからブサイクなのかと思いきやまぁまぁ表に出せる顔ではないか、つまらん』
一緒に目撃したアビニオンがどうでもいい感想を漏らした。
「姫様!……いやレスレーザ殿! この場で素顔を晒すのは……!?」
後ろに控える老将軍たちが何故か一斉に慌てだす。
「この方たちは兵士の命を救ってくれた。その恩人に仮面越しの礼では真心を欠く。私は、彼らに最大限の敬意を払いたいのだ」
『しかし整った顔じゃのう。ドレスでも着て舞踏会でお澄まししておった方が似合うんではないか?』
「そして、私の覚悟も決まった」
レスレーザさんは、脱いだ鉄仮面を『もう用がない』とばかりにどこぞへ放り投げる。
「折角彼らが救ってくれた兵の命だが、このままでは早晩また失われることになるだろう。魔族の攻勢は?」
「はい。あやつら完全に遊び気分のようで、今は後退しています。しかし再び攻め寄せてくることは必定です」
「そうやって我らを嬲っているわけか」
素顔を晒したレスレーザさんの、嫌悪感たっぷりに顰めた顔がハッキリとしかめられる。
「ならば迷っている暇はない。将軍の皆々方、国王陛下よりの命令書をお渡しいたします」
そう言って一枚の羊皮紙を懐から取り出すレスレーザ。
それを受け取り、一読した将軍たちは……!?
「……バカな! 本気ですか!」
「皆様の持つ指揮権を私に移譲していただきます。たった今からこの軍の最高司令官は私です」
「たしかに命令書にはそう書いてあります……! しかし……!」
「無論これはアナタたちを排斥するための処置ではありません。私のスキルについてはご存じかと思います」
そうか。
レスレーザのスキル<将星仁徳斬>は、自分の指揮下にある部下一人につき威力が20%アップする。
しかも増加上限のないブッ壊れ性能のスキルだ。
「この戦場にいる七千人の兵士を私の指揮下に入れることで、スキルの威力に変えます。いかに魔族と言えど、七千人分の力が宿った我がスキルの前には無事でいられますまい。……これをもって戦いの切り札とする!」
「お待ちください!! そう簡単な話ですか!?」
将軍たちが焦りながら抗弁する。
その態度は自分のことよりも彼女を心配するかのような素振りだった。
「いかにスキルが凄まじかろうと、それを使うのは人間です! スキルの使い手当人が、スキルの強さに対応しきれないというのはよくある話ですぞ!」
「七千人分の威力を取り込めば、えーと……!?」
「千四百倍です」
「そう、千四百倍! それほどの威力にアナタ自身の体が耐えられるのですか!?」
物事には何でも反動というものがある。
殴った拳も痛みを感じるように、攻撃的な行動には、それを行った者にも必ず影響を及ぼす。
「人間本来は、自分の体が耐えきれるだけの力しか出せないものです。それが千四百倍など、撃った瞬間に全身が砕け散ってしまうかもしれませんぞ!」
「覚悟の上です」
レスレーザさんは視線をそらさず言った。
「私は騎士。騎士は国を守るために命を捧げるもの。そして目の前に今、脅威がある。それを退けるた手段があるなら命の大事などかまっていられません」
「しかし!」
「陛下も、この命令書を出す最後の判断は私に委ねてくださいました。最後まで懐に隠したままでもいいと。しかし戦いで死にかけた多くの兵を、リューヤ殿とノエム殿が救ってくださった。せっかく命が助かった兵たちを、私は必ず生きて帰らせたい!」
そのために自分を危険にさらすことも厭わないと。
「戦闘が再開したら、魔族に向かい<将星仁徳斬>を放ちます。チャンスは一度きりと考えていいでしょう。将軍方にはあとのことをお願いいたします」
「姫様……!」
将軍たちが男泣きしているぅ。
「ちょっと待ってもらいたい」
あまりにもいたたまれないので俺がなんか横やりを入れねばな。
「レスレーザさんの作戦方針はわかった。しかしその中に俺のことがまったく入ってないのは遺憾だな。それじゃあ高い報酬で王様に雇われた俺の立場がない」
「リューヤ殿には、兵を救うのに多大な尽力を頂いた。それだけでも手柄は一等だ」
「俺は戦うために参加したんです。俺の仕事はまだ始まってもいないという認識です」
とはいっても、レスレーザさんの見せ場を横取りするつもりもない。
俺は慎み深い男なので。
レスレーザさんの覚悟に花を持たせつつ、俺が尽力できる方法は……。
◆
「本気か!? 本当にこんなことで万事解決するのか!?」
「理論上はOKのはずです」
俺とレスレーザさんは抱き合っていた。
正確にはレスレーザさんが俺に背中を預けてピッタリと重なり、二人羽織りみたいな体勢となっている。羽織りは着てないけどさ。
そんな風に体を密着させ、その上で彼女の持つ剣にも俺の手が添えられる。
剣の柄の、より刀身に近い方に俺の手が。そしてその後ろに彼女の手が。
「こうすればレスレーザさんはスキルを使えながら、その反動は俺が受け止められる。ヤバいことの一切は俺に任せておきなさい」
「そんなに都合よくいくものか? いや、仮に反動のすべてがリューヤ殿へ向かったとしても、アナタが私の代わりに砕け散るだけでは?」
「そんときゃ当たって砕けるまでのこと」
少なくとも彼女より先に死ぬのは俺だ。
美人のために命を懸けると思えばカッコいいではないか。
「アナタの覚悟に、俺も応えたくなっただけですよ。いや俺だけじゃない、兵や将軍さんたち七千人分の心が、この剣に宿っています」
アナタのスキルはそういうスキルでしょう。
アナタを慕い命を預ける、その決意を固めた者しかアナタのスキルに力を与えることはできない。
まさに仁将のスキル。
この戦場に必要ない者など一人もいない。皆で戦っている。アナタのスキルのおかげで。
「俺の役割は、アナタに勝ち戦の主役になってもらうことだ。王様はそういう依頼を出しましたからね」
「あの人が……!?」
お喋りはここまでのようだ、遠い地平の向こうで、何かしら動きが見えた。
「ついに魔族のお出ましか?」
遠くに土煙が上がり、それがどんどん大きく舞い上がっている。
近づいてくる。
「ん?」
それで違和感に気づいた。
あの土煙、なんか大きくね?
大規模軍隊でないとあの規模の土煙は上がらないだろう。
魔族っていったい何人いるんだ?
と思ったところで充分に距離が近づき、確認できた。
地を埋め尽くすほどに大量の、魔物軍団!?
「なんだこりゃあああああッ!?」
魔物、魔物、魔物の群れ!
デカいイノシシやオオカミなど獣型の魔物もいれば、スケルトンやゾンビなどのアンデッドもいる。
オーク、ゴブリン、リザードマン。スライムに大コウモリなど。
魔物の大バザールが開かれている!?
「なんで!? 敵は魔族じゃなかったのか!?」
『おや、知らなかったのか主様?』
アビニオンが隣に控えている。
『魔族は魔物を従え操るんじゃよ』
「何ですと!?」
『魔物は、魔族よりさらに下の超越者にもなれない異形で、魔族たちの家畜じゃ。徒党を組んだ人間相手には、ああやって魔物を使い数で圧倒することもあり得ることじゃのう』
ただでさえ能力で人間を圧倒する魔族が、魔物を操り軍団としても優位に立つというのか。
「あの魔物たちの数は……」
『ざっと見、三万てとこかの?』
「さんまん!?」
王国軍がボロボロになるはずだ。
魔族との戦いってこんなにも厳しいものだったのか。
その時、どこからか戦場中に響き渡る声が。
『どうかな? 休憩中にまた魔物たちを補給してみたよ。キミらが健気に頑張るのでさらにたくさん集めてみたんだ。これで前よりさらに哀れに踊ってくれるかな?』
ヒトを小バカにしたような、侮蔑調溢れる声だった。