22 戦場到着
今、戦場に来ております。
正確にはその途中。援軍として送られる王国軍に交じって、えっちらおっちらと進んでおります。
「キミらまで来ることはなかったのに……」
隣で歩くノエムと、あとアビニオンの幽霊女に言う。
「私は、リューヤさんが行くところならどこでも行きます!」
『わらわは面白そうなところならどこでも行くぞ!』
アビニオンもせめて俺に従っていくぐらい言ってほしい。
こうしてまたいつものメンバーで新たな戦いへと向かっていくのであった。
周囲には、街道を埋め尽くさんばかりの人、人、人。
大半が鎧兜を装備し、戦闘態勢を充分に整えている。王国軍が派遣する対魔族戦の援軍だった。
ガッシャガッシャと鎧の擦れ合う音が煩い。
「にしてもたくさんいるなあ全部で何人だっけ?」
「千人だ」
隣からくる声は、全身を鎧で覆った女騎士。
名前はレスレーザだっけ?
「現地では今、六千人の兵たちが決死の覚悟で魔族に立ち向かっている。後続の我らが加わることで七千。これが王国を守る最後の防壁となる」
『たかが人間の七千は、魔族相手には心許ないのうー』
アビニオンの茶化す声に、レスレーザさんからの気配が鋭く!?
やめんか人外! 舌禍を呼ぶな!
「足りなければ気力と覚悟で補うのみ、いかなることがあろうと主と部下を守り通す、それが騎士の生きざまだ」
『安っぽい根性論じゃのう。いかにも無能者が好みそうな物言いじゃ』
だからやめろっつってんだろうが!
この険悪ムードが最悪のところへ行く前になんとか話題逸らししなければ!
「ねえアビニオン、お前は魔族のことに詳しいのか? 一応同類なんだろう?」
『あんな雑魚どもと同類扱いされるのは心外じゃのう』
俺らの会話の傍らでレスレーザさんが『雑魚? 魔族が?』と打ち震えている。
よほど衝撃的なフレーズだったのか?
『地上に住む超越者という点でわらわと魔族どもは同じかもしれんが、それは「人とカエルも同じ生き物だ」というくらいの雑な括りでしかないぞ。所詮魔族など超越者の最下位、超越者の中で唯一肉体に縛られた哀れな存在でしかない』
「そ、そうなんだ……!?」
『魔族の総数は、超越者の中ではもっとも多い七十二体。その強さによって兵士級から魔王級まで細かく分類されておる。レベル上限が<999>まであるからな、存在も強さもピンキリってわけじゃ』
これから俺たちのいく戦場に、どの程度のランクの魔族がいるかも大きな関心だな。
事前に何か情報がないかとレスレーザさんへ振り返ってみたが、無言で首を振られた。
「我らにとって魔族は、命を懸けて倒す凶悪な敵というだけだ」
『まあ、そうじゃろうの。兵士級か騎士級までは手錬の人間複数がかりで袋叩きにすれば倒せんこともなかろうが、爵位持ちには絶対勝てんじゃろうな、無理。そんな相手に向かっていかねばならんとは、人間も大変な生き物じゃのう?』
「それが騎士の務めなれば……!」
女騎士レスレーザ、顔全体を覆う鉄仮面の隙間から、熱い瞳の炎が煌めく。
「元より国と陛下に捧げたこの命、どこで失おうと惜しくはない。いざとなればこの身にかえて、魔族の腕一本でも切り取ってから逝こう!」
『アイツら手足ぐらいなら一瞬で再生するぞ?』
しかしレスレーザさんは真面目な騎士なんだなあということが会話だけでもわかる。
王様の前でした試合でも相当な実力の持ち主であることがわかったし、真面目で有能、将来凄く出世しそう。
「そういえばレスレーザさんは……」
「なんだ?」
「その鉄仮面まだ取らないんですか? いい加減一度は素顔を見せてくれてもいいんじゃないかと……?」
俺がそう言うと、途端にレスレーザさんは余所余所しくなり……。
「すまんが、私は騎士としてみだりに素顔を晒すことができん。無礼は承知だが勘弁願いたい」
『なんじゃ? すんごいブスなのかの?』
アビニオン失礼。
そしてこれ以上の追及を逃れんとばかりに彼女は俺たちから離れていった。
◆
そしてやっと着いた、魔族との戦いが繰り広げられる最前線へ。
そこは俺たちの想像する以上の修羅場となっていた。
「血の海……!?」
と言いたくなるほどに怪我人で埋め尽くされていた。
現地には六千人の兵士が詰めていると聞いたが、そのまま六千人の怪我人が並んでいるのではないかというほどだ。
「何と言うことだ……!?」
この惨状を目の当たりにしてレスレーザさんも動揺を隠しきれぬ。
先任指揮官らしい年配の騎士に詰め寄り……。
「ガサント将軍! これは一体どういうことなのです!? エクスポーションは既に緊急搬入を終えたはず! なのにここまで怪我人が溢れかえるというのは……!」
「エクスポーションは……既に使い切りました……!」
「なんと……!?」
先任の指揮官将軍は、まともな心情の持ち主なのか沈痛な面持ちで……。
「突如として魔族の攻勢が激しくなり……。兵たちは勇敢に戦ってくれたものの力及ばず……!」
「それでこのありさまだと……!?」
「折角送っていただいたエクスポーションも焼け石に水……。いえ、あれがなければ死傷者は段違いとなって完全に取り返しがつかなくなっていたでしょうが……!」
今の時点で充分取り返しがつかなくなってそうなのですが。
全方位から聞こえてくる苦痛のうめき声。大合唱。
「こんな状態では、私の率いてきた援軍千人ぽっちを加えてもとても反攻戦など……!?」
絶望の声音を発するレスレーザ。
そしてその後ろから……。
「どいてください! どいてください!」
活気に満ち溢れた声が突入してくる。
「ノエム!?」
「皆さんの治療を始めます! アビニオンさん道具を!」
『はいのー』
なんか始まった!?
幽霊のようなアビニオンのスカートから体積を無視して次々転がり出てくる木箱!?
「王様から支度金をたくさんいただいて、それで使えそうな薬や素材を片っ端から買い込んでおいて、アビニオンさんに運んでもらいました!」
『はっはっは、わらわのことをアイテムボックス代わりにするとは剛毅な娘じゃのう』
すげえやアビニオンのスカートの中!
四次元にでも繋がっているのか!?
「まずはハイこれ! 出発前に製造しておいた追加のエクスポーションです! 重傷の方から優先して使ってください!」
「な、なんと!?」
「そしてこれから、さらに追加を製造していきます! ポーションやハイポーションも並行して作っていきますから、傷の酷さに応じて使い分けてくださいね。素材も無限ではないので!」
「そんなことができるのか!?」
「できます! 私……、錬 金 術 師 ですから!!」
そしてノエムの行動力も恐ろしいことになっている。
あの子段々やることが豪胆になってきてるんだけど、誰の影響かな?
「わ、わかった……! 衛生兵! 聞いたな全員順番に並んで薬を受け取れ! 大切に使うんだぞ! それから錬金術師殿にお礼も忘れぬように!」
なんか一瞬にして、場の雰囲気がガラッと変わった。
悲壮感溢れる野戦病院に、気力が満ち溢れ、希望がそこかしこに灯る。
「気をしっかり持て! 薬が届いた! 助かる! 助かるぞ!」
「重傷患者を洗い直せ! 諦めていた者も治るかもしれない! 優先順位を間違うな!」
「一気に忙しくなってきたぜ……!」
治療を行っていた人たちの目にも一層の輝きが灯る。
活気が満ちておるなあ……。
「俺もなんかしたいな……」
と思っても、特別なことは何もできないのが<スキルなし>の弱さ。
どんなにレベルを上げようと、俺単体でできることは本当に限られているのだ。
「あ、そうだ。おーいアビニオンよ」
『なんじゃ主様?』
スカートから荷物を放流し終えて一旦手隙になったアビニオンを呼び寄せる。
「キミってエナジードレイン使えたよね? じゃあその逆ってできる?」
……。
アビニオンに俺の考えを伝え、早速実行してもらう。
野戦病院に立ち込める霧。
「うわッ!? なんだ!? 霧!?」
「なんでこんな場所で霧が!? 足元が見えないじゃないか!?」
アビニオンの霊体を変質させて作った霧は、彼女の体の一部みたいなものだ。
この霧に包まれている間は、彼女の体に触れているも同じ。
そしてアビニオンは魔神霊の力で、触れた生物から生命力を吸い取ることができる。
その逆も。
俺の体から生命力を吸い取り、衰弱した怪我人たちに注入する。
これによって自然治癒力や生命維持能力を高める。生きるか死ぬか瀬戸際の重傷者には助けになるはずだ。
「なんてことだ……! 患者の顔色がどんどんよくなって!?」
「この患者……、血が足りなくてもう助からないと思っていたのに……! エクスポーションをくれ! これならまだ間に合うかも!!」
現場にさらなる活気が満ちてきた。
一人では何もできない俺だが、アビニオンが助けてくれたおかげで多くの人を救うことができる。
『喉の乾ききった砂漠の遭難者たちに湖を用意してやったようなもんじゃの。何千人でも飲み干せぬ海のようにデカい湖じゃが』
ノエムも頑張ってくれて、俺たちが到着してから一人の死者もなく、どうにか一段落まで治療を進めることができた。
俺たちが戦場に着いてから、まず最初の一仕事だった。