19 王宮召喚
ノエムの製作したエクスポーションは、クラフトギルドを通じて納品された。
それはクラフトギルドの立場を慮ってとか、作った当人が必要以上に目立たたないようにとか、様々な事情を考慮してのことだ。
ともかくクラフトギルドのマスターは面目を保てたことで大喜び。
今日もお礼を言うために冒険者ギルドへと訪問してきた。
◆
「どうか我がクラフトギルドに籍を置いてほしい!」
……から、何故かこんな話になった。
「錬金術師の常駐は、クラフトギルドの悲願! まして最高スキル<錬金王>を備えている人材など、どれだけ金を積んでも惜しくない! お願いだから我がギルドへ!」
「やっぱりこういうことになったかー」
と俺などは傍から見ていて思う。
ノエムと行動を共にするようになってからこっち、錬金術師という人材の貴重さや有用さが嫌というほど実感できた。
その錬金術師と同系業種を束ねるクラフトギルドが、喉から手が出るほど欲しがるのも致し方ないという話だ。
「嫌です」
それに対してノエムは決然としている。
最初に会った時から段々たくましくなってきてない?
「私は冒険者ギルドからクラフトギルドへ移るつもりはありません。悪しからず」
「なんで!? 生産職ならクラフトギルドに入るのが常識じゃあないのかい!?」
「無条件に常識に従うつもりはありませんので」
ハッキリ『NO』と言える女になったノエム。
成果を上げたことで自信を伴わせるようになってきたのだろうか。まあ彼女が経験と実績を積み、人間としての成長を遂げたのならばよいことだ。
「わかった……。とは言ってもキミのことを諦めることは絶対ないので後日、色々と説得材料を集め直して勧誘させてもらう」
「製作依頼とかなら普通に引き受けますよ」
「それはそれとして、今日は別にお願いしたいことがある。その話をしてもいいかね?」
嫌と言っても話しだしそうな流れ。
「キミが作製してくれたエクスポーションは、無事我々の方から納品し終えた。依頼主である王宮は大変喜んでくれたよ」
先日受けたクエストは、王宮から依頼されたものだった。
冒険者ギルドが素材を集め、それを元にクラフトギルドが回復薬を作り出す。
王宮は最高級の回復薬をそれなりの数所望したようだが。
「王宮は最初エクスポーション十瓶を所望してたんだが、ノエムちゃんがそれ以上に遥かにたくさん作っちゃっただろう? さすが<錬金王>の手はずだと戦慄したものだが」
「何気にちゃん付けしないでくれませんか?」
「正直余った分はどうしようかと思ったが王宮が全部買い取ってくれてね。向こうとしてはあればあるだけ助かるらしい」
エクスポーションは高級品だからな。
素材集めにも製造にも大きな労力を要する。無茶は言えないという良識がお国にもあったのか。
「なので先方は大変お喜びになり、是非とも功労者にお褒めの言葉を与えたいと打診が来た。その栄誉に浴するのはノエムちゃん、キミこそ相応しい」
「え? それってつまり?」
理解が追い付かないノエムに、クラフトギルドのマスターは畳みかけるように言った。
「王様からの謁見を賜るんだよ」
◆
そして場所が変わって……。
俺とノエムが並んで、王様の前に傅いている。
「どうして俺まで?」
ノエムが謁見にでるのに、俺と一緒でなければ絶対嫌だとゴネたためであった。
謁見自体に乗り気ではなかったノエムだが、さすがに王様からの要請を跳ね除けるのは差し障りがありすぎるということで、俺やロンドァイトさんも説得に加わって何とか了承させたものの、そういう条件が付いてしまった。
王宮とか自分とまったく関係ない場所で、生涯通じて一度たりとも踏み込むことなんてないと思っていたんだが……。
何が起こるかわからない人生。
「余がレオンハルト・フリードリヒ=センタキリアン=エルリックソルト十三世。……センタキリアン国王である」
名前の豪華さとは対照的に、奇をてらったところのない実直そうな初老の男性が、玉座に座っている。
彼が俺たちの住んでいる国の王様なのか。
初めて見た。
「こたびの働き、実に見事である。そなたが拵えた最高級回復薬によって、我が国は最悪の危機を免れることができよう。この功績は、余みずからによって直接讃えるに値することと思い、こうして呼び寄せた次第である」
「あ、ありがとうございましゅ!」
噛んだ。
少しは胆の太くなったように思われたノエムも、さすがに一国の王様の前では極度に緊張もするか。
「クラフトギルド、冒険者ギルドの両マスターより概要は聞いておる。余が所望したエクスポーションを手ずから作り上げたのはそなたであると。まだ若いというのに大したものよ」
「じ、自分にできることをしただけでしゅ……!」
「依頼を出しておいて何だが、本当に達成できるとは夢にも思っていなかった。エクスポーションを作り上げるには貴重な素材を何種類も集め、かつ熟達した錬金術師の手腕が必要だと聞く。我が国にそのいずれも足りておらぬことはわかっていた」
わかっていたのに求めた。
それは願望と現実のギャップを理解できなかったか。それとも無茶を承知でもやらねばならない切迫した事情があったのか。
「エクスポーションの超回復効果で、我が国は人心地つくことができるであろう。すべてはそなたの功績だ。功には褒賞を持って報いたい」
王様が手を上げると、それに呼応して端から出てくる執事みたいな人。
その人が何か大事そうに持っている。
「まずはこの深緑精霊勲章を授与しよう。この勲章は国難において、それを打ち破りし功労者に与えられるものである。謹んで受け取るように」
「はッ!? あの……!」
「次に、そなたを我が国のお抱え錬金術師として召し抱えよう。これによりそなたは国より一定額の支援金を受け取ることができる。その引き換えとして我が国からの依頼を優先的に受けること、他国からの要請に勝手に応えてはならぬなど不自由はあるが、メリットの方が断然大きいであろう」
「あの……!?」
「もちろん物質的な褒賞も惜しまぬつもりじゃ。金でも土地でも好きに求めるがよい。そなたのように優れた錬金術師を手元に置くためなら適切な出費じゃ」
「あの! 話を聞いてください!!」
ノエムの大きな声に、王様黙る。
国王の言葉を遮るって結構な不敬だと思うんだが……。
「では、王様にお願いがあります。状況をちゃんと理解してください!」
「理解とな……?」
「今回のエクスポーションは、私一人では完成できませんでした。どんなに優れた錬金術師でも、素材なしでは何も作ることができないからです!」
「たしかにエクスポーションの素材には、金貨で取引されるような超高級品がいくつもあると聞く。それらの収集は冒険者ギルドに依頼したはずであったな」
「その素材をすべて一人で集めたのが、ここにいるリューヤさんです! リューヤさんにもご褒美をたくさん上げてください!」
「ほう」
王様の目線が、ここで初めて俺へ向かってきた。
何だコイツと言わんばかりに。
「今の言葉、まことか?」
「左様でしゅ……!」
俺だって噛んだ。
こんな偉い人と話すのが初めてなのは、俺もノエムと変わらない。
「それでこの謁見の儀に列席しておったのか。この機に功労者を紛れ込ませてくるとは、冒険者ギルドも抜け目がないのう」
「いえ、そういうことではなく……。俺は保護者のようなものですので」
「保護者とな? 誰の?」
「彼女の……」
隣のノエムに視線を送る。
ここまで言うと最初から説明するしかなかろうなので語ってみせた。
偶然に山賊と遭遇し、それを返り討ちにしたこと。ソイツらが攫っていたのを助け出したのがノエムであると。
それ以来、人間不信に陥ったノエムは俺しか信頼できず、そのため俺と行動を共にしていると。
「なんと、そんなことが……!?」
一通りの話を聞き、王様は憎々しげに顎を撫でた。
「奴隷商どもは、本当に忌々しい連中じゃな。人を商品にするなど。益々締め付けを厳しくせねばならん」
この国では奴隷の扱いは禁止されている。
義憤の反応を示す王様に頼もしさを感じた。
「今さらであろうが、そなたの働き見事であった。名は何と言う?」
「リューヤです」
「極悪の奴隷商を見過ごしていたらノエムは売り飛ばされ、最悪国外へ送られていたかもしれぬ。それを止めたリューヤの義行、あっぱれである。そしてエクスポーションの素材を一人で集めてきたという実績も併せれば、相当な実力者であるということは明白じゃのう」
王様の目つきが、なんか変わった。
優れた人材を掴んで離さぬ為政者の目に?
「そこまでの活躍ができるからには、相当によいスキルの持ち主なのであろう。冒険者ギルドもまた人材を抱えているようじゃのう」
「いえ、そんな?」
「それで、冒険者ギルドの精鋭はどのようなスキルを持っているのだ? 余にだけこっそりと教えてはくれぬか?」
なんでそんなヒトの個人情報をグイグイ聞きたがるの?
でもさすがに国王陛下の質問を無視するわけにもいかないので、仕方なく答えた。
「…………<スキルなし>です」
「は?」
「<スキルなし>です! 何もスキルを持っていないんです!!」