01 龍と出逢う
俺の名はリューヤ。
親の名前や顔は知らない。物心ついた時にはたった一人で、街の中を駆け回っていた。
同じような境遇の仲間と連れ立って、ゴミを漁ったりしながら何とか生きてきた。
そんなみじめな暮らしの中でも一発逆転のチャンスがあるとしたら、十四歳になった時に行われる祝福の儀で、スキルをゲットすること。
スキルは神が与えてくれる恩恵。
この国で成人になったとみなされる十四歳の年に、身分関わらず誰もが祝福を受け、どんなスキルが与えられるか試される。
一生一度のことだ。
そこでスキルを与えられたら、もう二度と消されることなくスキルと共に生き続けることになる。
そこで獲得したスキルが珍しくて強力なものなら、その持ち主は有用な人材ということで国から重用され、エリートコースを進むことができる。
たとえ親のいない孤児であったとしても。
ということで俺たちは人生逆転のチャンスを懸けて祝福の儀に挑戦し、そして俺だけが賭けに負けた。
<スキルなし>。
俺には何のスキルも与えられなかった。
そして今日まで一緒に生きてきた孤児仲間のリベル、ゼタ、クリドロードは何やら大当たりのスキルをゲットしてエリートコースに乗っかることができたらしい。
それはそれでいいことだ。
彼らは一緒に生きてきた仲間。その仲間たちが幸せになってくれるなら俺としても嬉しい。
たとえ自分にチャンスが与えられなかったとしても……。
……。
……ごめんウソ。
滅茶苦茶悔しい!!
聖人ぶろうとしてもやっぱりダメだった!
なんでアイツら全員稀に見る大当たりをゲットしているの!?
究極の魔法適性を得たクリドロード。
普通一人一つまでなのに二つもスキルを持ちやがったゼタ。
そしてリベルに至っては、頑張り次第で勇者にまでなれるという。
精々冒険者登録に優遇される程度の凡スキルでも貰えれば充分だったというのに、それを遥かに超える最強スキルを三人が三人とも持ちやがった。
その幸運の十分の一でも俺に分け与えてくれたらよかったのに!!
しかもアイツら! 自分が激レア引き当てて俺には何もなかったとわかった途端俺のこと切り捨てやがった!
俺の目の前で俺のこと過去の人として扱いやがった!
俺たちずっと助け合って生きてきた仲間じゃなかったのかよ!?
畜生が、次のステージで壁にブチ当たれ!
…………と、吐き出すのもこれぐらいにしておいて。
今は他人のことより俺自身のことだ。
無論切り捨てられたのは悔しいが、そんなことかまっていられない実際問題が目の前にあった。
俺たちはこれまで孤児として、野垂れ死に寸前のところを何とか助け合って生きてきた。
それなのに四人のうち三人が強スキルを得て召し抱えられて、俺だけが取り残された。
たった一人、昨日までと同じ生き方をしていたら俺は遠くないうちに野垂れ死にすることだろう。
そうならないためには、俺はまた新たな賭けをするより他なかった。
レベルだ。
レベルを上げるんだ。
スキルから見放された俺には、もはやレベルを上げることで力を得るしか生き延びるすべはない。
それは、あの神官が言ったように斬新なアイデアでも何でもない。
過去、多くの<スキルなし>と判定された人々が、それでも栄光の道を諦めきれずにレベル上げに挑戦していったのだろう。
しかし成功した例はほとんどない。
レベルを上げるには経験値を積まねばならず、経験値を獲得するには魔物と戦って倒さなければならない。
そしてスキルの援けなくして魔物を倒すことは困難極まるからだった。
今まで街の中で育ってきた俺のレベルは<1>。
完全にまっさらな状態だ。
それでも俺は、この困難に挑戦するしかない。
家族も蓄えもない俺が、一緒に助け合ってきた仲間まで失ったからには、自分が強くなる以外に生き延びる術がない。
スキルを貰えなかった以上はレベルを上げて、基礎能力を底上げする以外強くなる方法はないのだ。
過去、何百……何千という人間が同じ方法にチャレンジしたことだろう。
その中で一体何人が成功したかわからないが、俺もそれに続く。
続くしか、俺に残された道はない。
そして俺を切り捨てていったかつての仲間たちを見返したいって気持ちもまああるけれど……。
とにかく、俺はレベルを上げるために街を出た。
凶悪な魔物がはびこる外の世界へ向かった。
◆
それから数日ほど経って……。
俺はもうかつての決断を後悔しまくっていた。
「死ぬ……、死んでしまう」
今日までで倒した魔物の数……。
ゼロ。
一体も倒していない。
遭遇したことは幾度かあったが、それでも討伐するなんてとても敵わず、命からがら逃げ伸びることで精いっぱいだった。
できるだけ弱い魔物を……と思っても、見た目最弱だろうと思った角ウサギ程度にすらまったく敵わない。
遭遇しては立ち向かい、一回二回叩いただけで全然無理だとすぐ悟り、すたこら逃げる……なんてことを数度繰り返してもう体はボロボロだった。
逃げるだけでも無傷じゃすまない。
追ってきた魔物に突かれたり引っ掻かれたり噛みつかれたりで、体中血塗れであった。
幸い深い傷はなかったが、それでもこんな体中傷だらけじゃ今すぐ手当てしないと命が危ういんじゃないか?
「やっぱり無茶だったのか……?」
あの時神官から言われた言葉が脳裏に蘇る。
――『<スキルなし>と判定された者は大抵レベルを上げようと街を出ていき』
――『荒野や森で魔物と戦い、そしてあえなく食い殺されていくのです』
――『それが現実です』
――『キミも過ぎた夢など持たず、凡人に相応しい平凡な一生を歩んでいくのが身のためですよ』
たしかにそうなのかもしれない。
身の程知らずの夢を持った者が、現実にぶつかって砕け散った結果がこれだ。
やはり魔物とは、スキルを持った者か充分にレベルを上げたベテランでもなければ一対一で倒せるような相手ではなかった。
レベル<1>で、スキルもなく、一緒に戦う仲間すらいない俺では返り討ちに遭って殺されるのがオチだった。
帰らねば、死ぬ。
このままここにいたら間違いなく魔物に食い殺される。
そんな考えが強烈に迫ってきたが、それでも俺は引き返す気になれなかった。
どうせ帰っても惨めな生か惨めな死が待ってるだけだ。
そう思って捨て鉢になっているということもあるだろう。
「どうせ死ぬなら前に進んで死んでやる……!」
そう思って俺は、魔物たちのはびこる森の奥へ奥へと進んでいった。
そして出会った。
これは確実に俺を食い殺すであろうという最悪の大魔物に。
「……竜?」
ってヤツか?
全身鱗に覆われ、体は山のように巨大。蛇のように細長い体が空中を泳ぐように揺蕩う。
鱗の色は、青。
青い竜が、俺の前に現れた。
「…………これは、死んだな」
噂話程度だが、竜の恐ろしさはよく聞く話だ。
連戦連勝の一流冒険者が竜相手になすすべもなく瞬殺されたとか、竜に滅ぼされた街や村は数え切れないほどあるとか。
そんな竜に出会ってしまった森の中。
一体どうすればいいのか?
セオリー通りに逃げようとしてもきっと逃げ切れないだろう。
俺はここまで来るのに怪我もたくさんしたし、体力も消耗した。とても竜を振り切れるだけの余力なんて残っていない。
さっき死を覚悟したばかりだけれども、早速死ぬことになるのかと思いきや……。
『……天命に誘われ、ノコノコ地上まで下りてみれば』
え?
何? この『声』?
誰が喋っているの?
『このように奇矯なる宿命と出逢えようとはの』
「もしかして……竜?」
竜が喋っているの?
人語を理解する竜!?
『たわけよの。この我を竜ずれと見紛うか』
「え!?」
『我は竜ではない。龍だ』
何か違うんですか!?
『さて人間の小僧よ。お前の宿命が、運命を繋げ、天命に働きかけ、お前と我とを引き合わせた。この先に何を望む?』
「さっきから言っていることが何が何やら!?」
『何を望むにしろ、掴み取るにはお前自身の手によってでなければならん。天も地も人も神も、何もお前には与えない。お前自身が心から望み、手を伸ばさぬ限りは。さあどうする?』
「…………」
聞いているうちに何故か腹が立ってきた。
この竜は……いや龍? 違いがよくわからんが、ヤツが言うには、俺が望めば神様は与えてくれるというのか?
でも神様は与えてくれなかった。
俺がスキルを望んでも与えてくれなかったではないか。
なのに何を今さら!!
「……俺が望むのは、力だ」
やけくそ気味に俺は言った。
「神様が俺に与えてくれるはずだったスキル、それがなくても全然問題ないほどの強い力だ。それをお前が与えてくれるというのか? 俺が望めば?」
『グハハハハハハハ……。力か。そんな低俗なものを望むか。それもよかろう』
竜の笑い声は蔑むようでもあり、慈しむようでもあった。
『しかし先も言ったように天も地も、お前には何も与えない。お前が力を望むなら、お前自身の手で掴み取り、育まねばならない。それを助けるぐらいなら、この我にもできるだろうな』
「龍が人を助けるのか?」
『当り前よ。我ら龍は天であり、地でもある。何もお前に与えはしないが、同時にすべてをお前に与える。望むものも、望まないものも、すべてを……』
龍の言ってることって何だかサッパリわからない。
やっぱり人間とは違うモノだからだろうか? 考え方自体が人間とは違う?
『もっと簡単に言うべきか? この我が、お前を鍛えてやろうというのだ。この八龍の一角、青龍オオモノヌシが……』
「鍛える!?」
『それも運命、天命、宿命』
そう言って青い龍は全身をうねらせて、俺へ向かって襲い掛かってきた。
襲い掛かってきた!?
『お前たち人間風の言い方をすれば、我は鬼コーチというヤツだ。途中で音を上げるでないぞ。お前の宿命をまっとうしたければな』
「ひえええええええッ!?」
こうして俺は何故か人里離れた深い森で、龍を相手に修行することになった。
それから五年が経った。