17 賢者の守り部
「で、これはスス・ススキの根でいいんですね?」
何事も確認は重要だ。
タカを括ってあとで『大間違い!』とポカらないためにも、わかる人の意見を窺わなければ。
「……ッ!? ……ッ!? ッ!? ッ!? ッ!?」
「あのー?」
どうして答えないんだろう?
まだ俺の一本抜きに動揺しているとか?
「わ、わからん……!?」
「どういうことなんです?」
「スス・ススキの根にしては大きすぎる。通常のヤツはゴボウ程度に細長いんだが……、これは大根かってほどにぶっといじゃねえか!」
本当にゴン太ですよねー。
「色艶はたしかにそうなんだが……、こんなに大型のスス・ススキの根があるもんなのか?」
「これはスス・ススキの竜根です」
と言ったのは誰か?
ノエムだ。
「スス・ススキから1%以下の頻度で取れる希少部位です。通常の根より大きく、薬効も高いです」
「ノエム……、何故そんなことを知って……?」
「あッ、いえ、そんな気がしたって言うか……!?」
これはもしや彼女のスキル<錬金王>の効果?
その効果の一つにアイテム鑑定があったはずだし、<錬金王>を持つ彼女が同行しているとゲット素材の質が上がることは研修クエストの時点で証明されてた。
そんな仮説は、次のステージでなおさら確信を深めることになる……。
◆
クエストターゲット二つ目。
シシ・シシカの角は、シカ型の魔物であるシシ・シシカの頭部から生えた角を切り落とすことで入手できる。
ただし、このシシ・シシカも厄介な魔物……というか魔獣で、獰猛かつ凶悪。
その自慢の角で突進されたら鋼鉄製の防具も紙のごとく破られるとのことで、普通ならベテラン冒険者が数人がかりで取り囲んでも負傷者を出さずにいるのは不可能だという。
俺は、そんなシシ・シシカの突進を紙一重でかわすと首筋に組み付き、キュッと締めて血の流れを滞らせてやった。
ほどなく意識を失って落ちる怪物鹿。
「ええええええええーーーーーーーッッ!?」
「よし、今のうちに角を切り取るんだ!」
「あわわわわ! 刃物! いやノコギリを出さないと!」
「面倒くさいから手刀で切っちゃえ。えい」
「あわーーーーーーーーーッッ!?」
こうして二つ目のアイテムを無事ゲットすることができました。
シシ・シシカの角ゲットだぜ!
「ん? しかしこの角も妙に変わってないか? 先端が刃物みたいに尖っているが?」
「これはシシ・シシカの剣角ですね。通常の角より硬度が高く、武具に加工しても優良ですが高密度な分、薬剤としても最高級品です」
とノエムが説明してくれる。
「もしかして、またレアドロップ?」
「はい」
ノエムの<錬金王>が猛威を振るっているうううう……!!
大丈夫なの? 上位品とはいえ依頼にあったアイテムとは別のものばっかり出てくるんだけど?
ちゃんと依頼を果たしたことになるのかロンドァイトさんに確認する必要があるなあ。
しかし三つの要求品のうち二つをゲットしたからには残りは一つ。
それを手に入れてさっさと帰ろう!!
◆
「でもなあ……、最後の一つはとりわけの難物だぞ?」
ガイドのオッサンが、ダンジョンに入った直後と比べて声にくたびれた感が増した気がする。
何か疲れることでもあったのかな?
「最後の一つは……朱々砂々か。これ一体何なのでしょう?」
「知らずに探し求めてんじゃねーよ。……朱々砂々は鉱物の一種。しかもダンジョンの中からしか産出しない非常に貴重なものだ」
でも律義に説明してくれる。
「脆くて柔らかいから武具の材料にはならないが、何でも万病を治す薬の元になるらしい。それで高値の最高級品さ」
「へー」
…………。
「なんかこのクエストで集めるものって薬になるものばっかりですね?」
「今頃気づいたのかよ」
とにかくそんな朱々砂々をゲットしてクエスト達成にしてしまおう。
鉱物なら土に埋まっているものを掘り出せばいいだけで、前の二つに比べればずいぶん楽なんじゃないの。
最後に簡単なのが来てよかったー。
などと思った俺は愚かだった。
何事も最後が一番の山場なのだ。
「なあ<スキルなし>の兄ちゃんよ。アンタが凄いヤツだってことは充分にわかったよ。三つあるうちの二つを手に入れるまでの過程でも嫌って程よくわかった」
と言うダンジョンガイドのおじさん。
「アンタは本当にA級相当の冒険者だよ。レベル<17>で<スキルなし>なのになんであんなに強いんだ? 人間の強さを決めるのはスキルかレベルのどっちかだろうに。わからねえ。オレにはさっぱりわからねえ」
そのレベルが実はズバ抜けているということは、ひけらかすことではないよな。
秘めておこう。
「それでもなあ、最後のヤツだけはヤバすぎてどうしようもない。一旦引いて対策を練り直さないか?」
「最後のヤツって鉱石なんでしょう? ツルハシかなんかで岩肌掘り起こして終わりじゃないんですか?」
「それで終わればどんなにいいか……! 朱々砂々にはな、他の鉱物にはない厄介極まる性質がある」
ガイドさん勿体ぶって話すなあ。
「朱々砂々はたしかに鉱石だが……。地中に埋まっている間はまだいい、だが何かの拍子で露出し、空気に触れると反応を起こして分解するんだ」
それはたしかに厄介だな。
土から掘り起こしたら、その瞬間から氷みたいに溶けてなくなるってことか? どうやってギルドまで運んで納品すればいいんだ?
「だが本当に厄介なのはここからだ。空気に溶けた朱々砂々は色々と反応を繰り返し、最後には銀色の液体になる。水銀とかいうらしい。しかしその水銀はまるで生き物のように動いて朱々砂々本体を守るんだ。それ以上空気に触れて溶けないようにな。それどころか不用意に近づく生物にも手当たり次第に攻撃を加える……」
その存在はもはや魔物と言っていい。
究極最悪の希少金属の守護者。
その水銀の魔物につけられた名は、メルクリスライム。
◆
「ぎゃあああああッ!? やっぱりいたああああッ!!」
ガイドさんに案内され、朱々砂々の産出するというエリアに到着した途端、そのメルクリスライムと遭遇した。
本当に銀色の液体が生き物のごとく蠢き、まるで濁流のようだ。
しかも大きい。
総体積は、ダンジョン内にあるこの一区画を水銀で満杯にしかけている。
「あんなデカいメルクリスライム初めて見たああああッ!? 今日は厄日なのかあああああッ!?」
あの水銀生命体は、みずからを生み出した朱々砂々を包み込み、空気に触れないように守っている。
目的物は、ヤツの体内に取り込まれているということだ。
「結局また戦闘になるってことだなあ」
「バカ言ってんな! あんなのと勝負になるか! 逃げるんだよ!」
とガイドさん泣きながら言う。
「これまでの魔物とは格が違うぞ! メルクリウスライムの体は水銀だから斬っても叩いても効かない! すぐさま再生しちまう! 物理攻撃無効なんだ!」
つい最近もそんな敵と戦った記憶が……。
「しかもヤツの水銀体には強い毒性があって触れただけでもヤバい! しかも生物毒じゃなくて金属毒だから普通の毒消しは効かないんだ! コイツだけは、通常攻撃じゃどうしようもならない」
「じゃあ他の人はどうやって倒してるんです?」
「知るかよ! 何かのスキル頼みだろう!?」
結局はスキル。
ならば<スキルなし>の俺にはどうにもならないか。
しかし俺の心中にはもう一つの攻略法が浮かび上がっていた。
答えは最初からあったのだ。
「れっつだいぶ」
「うわああああああッ!?」
水銀の濁流の中に飛び込む。
全身に金属液体の感触が。
「うわああああ! バカかあああああッ!? 水銀に全身浸りやがったあああ!? すぐさま毒が浸透して死んじまうぜええええ!?」
大丈夫。
俺のレベルなら体内の毒に対抗する力も最大限に上がっている。
俺に逼迫するレベルの何者かが体内精製した毒ならともかく、ただの水銀が俺に影響を及ぼすことはない。
そして水銀内を泳ぎ回っているうちに……。
なんか手応え。
これだな。掴んだ。
あとは一足飛びで水銀の海から飛び出し、皆のところへ帰還。
するとまるで生き物のように振舞っていた水銀が一瞬のうちに動きを止め、波も掻き消え静まる。
「こ、これは……!?」
「核をとられたのさ」
俺の手には赤く輝く、宝石のように透明な石があった。
「これが朱々砂々で問題ない?」
「たしかに! いやこれもビックリするぐらいデカい!!」
メルクリウスライムは、朱々砂々が自己防衛本能のようなもので生み出したガーディアンだった。
まるでこの石に生命があるかのような言い方だが、実際にそうだろう。
この赤い石は、水銀スライムの核であり、それを抜き取られたことで流体は生命力を失ってただの水銀へと還ってしまった。
本当に不思議な金属だ。
「リューヤさん、これを!」
駆け寄るノエムが何か差し出す。
「解毒剤です! 金属毒にも効くように調合しました!」
そんなものを即座に。
さすが<錬金王>。
「ありがたいけど、俺に毒はまず効かないから気を使わなくて大丈夫だよ?」
「毒を甘く見てはいけません! それに水銀毒は体内に蓄積されるらしいですから、油断せずに溜まった分をこの薬で中和してください!」
「そこまで言うなら……!」
いや、ノエムはよく気が回るなあ。
その傍らでガイドのおじさんが、魂の消し飛んだような顔つきになっていたが、まあそっとしておこう。