16 ダンジョン侵入
先だってロンドァイトさんから聞いてある。
ダンジョンに入るには必ず届け出をして、さらにダンジョンガイドの同行を得なければならないと。
ガイドはダンジョンを熟知し、迷路や罠を指摘して安全を確保する他に、ダンジョン探索者が犯罪行為を働いたりしないか監視する役割も兼ねるという。
で。
今出てきたのがダンジョンガイドか。
くたびれたおじさんで、何とも覇気がない。
「探索希望? 予約はとってあるのかい?」
「……予約が必要なんですか?」
「いらないけど。急に来られたら面倒くさいじゃない、オレが」
このオッサン……ッ!!
「クエスト遂行のためにダンジョンに入りたいんです。ターゲットアイテムがこのダンジョンからしか取れないそうで……!」
「はいはい、じゃあ受注証明書とギルドカードを見せて」
素直に指示に従う。
俺とノエム、二人分のギルドカードをガイドさんは見て……。
「……ダメだよダメダメ!」
めっちゃ拒否られた!?
「何考えてるの! F級やD級ごときがこのダンジョンに入ったら、命がいくつあっても足りないよ!」
「えー?」
「それどころかクエスト内容も問題だらけ! スス・ススキもシシ・シシカもA級が相手にするような強敵だ! ダンジョンガイドとして確実に死ぬような探索者を通すことはできません!」
いきなり壁にブチ当たってしまった。
ちなみにアビニオンは、一般人の前では騒ぎにならないよう姿を消している。
「一体何を考えているんだ冒険者ギルドは!? ダンジョンは自殺施設じゃないんだぞ! こういう身の程知らずを受注段階で弾くのもヤツらの仕事じゃないのか!?」
「あのー、その件なんですが……」
実を言うと、こういう展開は予想の範囲内。
なのでもう手を打ってあった。
「冒険者ギルドのマスターから、手紙を預かってるんですが……」
「ギルドマスター? ロンドァイトの姉御さんか?」
ガイドのオッサン、受け取った手紙を読みふけり……。
「……どういうこったよ……!?」
めっちゃ困惑気味の表情になった。
一体何が書いてあったんだろう?
いまだ納得していない顔つきであったが……。
「ロンドァイトの姉御からそこまで言われたら無下にはできねえけどよ……。でもこれだけはハッキリさせとくぜ。これでアンタらがダンジョンで死んだら、それは冒険者ギルドの責任でオレたちのせいじゃないからな」
「了解しています」
「じゃあダンジョンに入れてやるよ。準備するからちょっと待ってな」
やっとか。
色々と紆余曲折あって、ついにダンジョンに突入する俺たちだった。
◆
ダンジョン内は不思議な空間だった。
ただの洞窟でもあるようで、どこか生々しくもある。
大げさな表現でもすれば、何か巨大な生物の体内を進んでいるかのようだった。
吐息が聞こえるような気がする。
「リューヤさん……」
「俺の傍から離れるなよ」
ダンジョンに入って思ったがノエムも、ロンドァイトさん同様ギルドに残った方がよかったかもしれない。
このクエストに彼女の出る幕があるとは思えないし、実際入ってわかったが、まだレベル<3>の彼女にダンジョン探索は荷が勝ちすぎる。
とはいえ、いまだに人間不信で俺の傍から離れられない彼女を置いていくにもな……。
結局ダンジョン内だろうと俺の傍にいるのが一番安全なのかな。
「随分とイチャイチャしているが……」
じっとりとした目つきでガイドのオッサンが言う。
「ダンジョンの中でおっぱじめるんじゃねえぞ。冒険者の中にはダンジョンを連れ込み宿代わりに使うアホがいたって聞くからな。人目がないからって……! おかげでオレらのようなガイドが目を光らせる羽目になったんだ」
「分別は弁えているつもりです」
「どうだか、まともな分別があればD級でダンジョンに潜ろうなんて思わねえよ。レベルも<17>だろう? こんなののどこがA級相当なんだか……!?」
下二桁しか表示できないギルドカードのおかげで、いまだに俺のレベルは大っぴらには<17>のままだ。
騒ぎにならないようにするなら、このままが最善なんだろうが。こういう時には不便だな。
「よほどいいスキルでも持ってれば、それでも実力者なんだろうが……。<スキルなし>!? 益々どうしてこんなのが強いんだよ!?」
ヒトのギルドカードを見て好き放題言う。
「あの……やっぱりいいスキルを持ってたらダンジョンでも優遇されるんですか?」
ノエムの質問に……。
「そらそうよ。F級でもレベル<1>でも、特上の最強スキルを持ってればA級にも余裕で勝てる。世の中そういう風にできてるんだ」
ガイドさんはけだるげに答えた。
「不公平だよなー。どれだけ努力しても結局生まれ持った幸運には及ばない。それがスキルだよ。結局オレたちがどれだけ満ち足りた人生を送れるかは、祝福の儀でもらえるスキルの性能、それ以外に影響するものがないんだ」
オッサンの声に染みつく諦めの響きは、この世界に住む他の多くの人にも染みつくものなのだろう。
冒険者等級、レベル、様々な人材の物差しはあるものの、結局スキルに及ぶものはない。
神が与えたスキルこそが、人の使うもっとも強い力なのだ。
「で、運にも神にも見放された<スキルなし>の兄ちゃんは、どうやってクエストをこなすつもりなんだい? それでもギルドマスターが認めた最強冒険者なんだろう?」
「詳しいことはガイドさんに聞けと言われてきました」
「仕事を丸投げしやがって……!? だったら教えてやるよ。このクエストで要求されているスス・ススキの根、シシ・シシカの角、朱々砂々。いずれも獲得が難しい激レア素材だ」
そうなんですか……!?
「まずスス・ススキの根っていうのはその名の通り、スス・ススキという植物の根の部分だな。薬効があるらしくて高値で取引される。金払ってでも欲しくなるものだろうぜ」
なるほど。
「ソイツの採取を困難にしているのは、こんなダンジョンの中にしかスス・ススキは生息しないからだ。何しろ植物型の魔物だからな」
「え?」
「見な」
ガイドさんの指さす先には、不自然なほど地面の一部に分布する原っぱがあった。
実に小さく狭い。
坪庭程度の敷地に草がぼうぼう生えている。
「なんでダンジョン内に原っぱが……!?」
「近づくな!」
ガイドさんの鋭い声に、ノエムがビクリと止まる。
「迂闊に近づくと死ぬぞ。あれが植物型の魔物スス・ススキだ」
「ごく範囲の狭い原っぱにしか見えませんが?」
「そういう擬態さ。スス・ススキの本体は、お前らの求めてる根っこの部分。地中に潜みながら触手に相当する草を地上へと生やし、獲物が迷い込むのを待っている」
何も知らない生物が足を踏み入れると、草が絡みつき体の自由を奪い、血を吸って殺すのだという。
「スス・ススキのいやらしいところは、本体の根にダメージを与えないとまったく無意味だってことだ。草の部分はそれこそ末節。千切っても燃やしても本体が無事な限りあとからいくらでも生えてくる」
しかし本体の根は土の中。
次々生えてくる草に対処しながら攻撃を加えるのは至難の業とのこと。
「草むしりみたいに引っこ抜けばいいなんて考えるなよ。ヤツらは弱点を露出させるぐらいなら末端部なんて平気で切り離す。何度も言うがアイツらにとって草の部分は何度でも生え変わるパーツでしかないんだからな」
「じゃあ、どうすればあの魔物を倒せるんですか?」
「確立されている方法と言えば、地上に露出している草を一挙に焼き払い、再生するまでの僅かな時間で全速で掘り出す。あるいは地下までダメージが及ぶ衝撃浸透系のスキルを使うかだ」
しかし俺たちは野焼きの準備なんかしてきていないし、便利なスキルなども持ち合わせていない。
もはやお馴染み<スキルなし>の俺だもの。
「ならば……、やるべきことは一つだな」
俺は無造作に歩き出し、スス・ススキの虎口というべき草の生えている一角に入った。
「……ッ!? ば、バカ何やってんだ! そこに入ったら死ぬって説明しただろ!?」
ガイドさんの慌てた声が背中に響く。
たしかに一見普通の草だと思ったものが踏んだ途端足に絡みついてきた。
さらに草の先端には穂のような器官があり、そこには細かな棘がビッシリと伸びている。
これで皮膚を刺して血を吸う仕組みか。
普通の生き物ならば万事休すだが、俺のレベルなら防御力も桁外れなので植物性の棘では引っかき傷もつけられない。
精々血を吸おうと頑張ってほしい。その隙に俺も行動を完遂させる。
「せーの……」
「まさか……、本当に草むしりか!? 引っこ抜かれる前に根が草をパージするって言ったろ!!」
ガイドさんの心配どうも。
しかし相手だって生物である以上、危機を察知して対処するまでに時間がかかるはずだ。
少なくとも一瞬の。
その一瞬を越えた速度で引っ張れば、魔草の根だって土中から抜ける。
「よッ!」
刹那。
ボコリと土をまき散らしながら、地中より怪しい塊を飛び出してきた。
正確には『引きずり出されてきた』だが……。
「うわー! 何だこれ!?」
根っこというか……大根!?
ほぼ大根じゃねえか、不気味な色をした!?
「ガイドさーん! これがスス・ススキの根で間違いないですかね!?」
「あひー!? あわわわわわわわわわわわ……!?」
とにかくクエストターゲット。
最初の一つをゲットだぜ!