132 エピローグ
魔神の影響が除かれてから……。
意外と大した混乱もなく世界は進んでいく。
もっとも懸念されていたスキルの存在だが、いきなり消えた、などという報告は今のところ上がっていない。
今も変わらず人に宿り、様々に活用されて生活の役になっている。
しかし在り方は大きく変わった。
まずスキルを授けるのは、以前であれば教会が独占していたが、今では色々なところでスキルの授与が行われている。
たとえば冒険者ギルドで。
冒険者ギルドに所属すれば、冒険者として適したスキルが与えられる。
ただし最初は皆、与えられるスキルは同じもので簡単な攻撃補助スキルだ。
誰もが同じ地点からスタートし、クエストを重ねて実績や適性を認められて、新しいスキルを貰ったりスキルを進化させたりする。
だから冒険者の等級と、持っているスキルの性能は正比例だ。
昔とは違う意味で。
我が国のギルドでマスターを務めるロンドァイトさんも、新しいギルド運営方針を学び直すのに四苦八苦しているとのこと。
彼女は有能なので、婚期は遅れるもののまだまだ現役で頑張ってほしい。
また冒険者ギルド以外にもクラフトギルドや商人ギルドなども同じような方式で、各業種に見合ったスキルが渡されるようになった。
その根源になっているのは、あの日に赤龍が放った力のお陰で、魔神たちを解体した力が全世界に浸透し、人間のために役立っているらしい。
しかもその力は、人間が魔力を扱うことにもポジティブに作用し、人間全体の魔力が全体的に底上げされたそうだ。
今では人間でも充分に強力な魔法を使えるようになり、魔法院は大忙しとなっているらしい。
クリドロードのヤツも魔法院の代表として忙しくしているんだそうな。
そうして人間側が大きな変化に見舞われたのに対し、魔族たちもまた変化を余儀なくされた。
かつて魔神たちに支配され、理不尽な命令にも従わざるを得なかった魔族たち。
やっとその軛から脱して、自由となった彼らは本拠があるという東の地へと去っていった。
魔王ジルミアースさんや、その部下のセニアタンサも共に。
彼らは俺に恩義を感じ、以後人間への攻撃をしないと誓いを立ててくれたが、それが永遠に守られるかどうかはわからない。
少なくとも俺が生きている間は大丈夫だろうが俺だって人間、凄まじいレベルを誇っていてもいずれ寿命で死ぬ。
魔族だって不老不死とはいかないだろうし、俺と彼女の個人的な約束が次世代まで継承されるかどうかは確実ではなかった。
それに魔族の中にもジルミアースさんとは別の派閥の魔王もいて一枚岩ではないようだし、今の世代から油断は禁物だろう。
だからこそ、現世代での冒険者ギルドでの新スキルシステム定着は急務だった。
もちろんギルドだけで対処するわけでもなく、各国の騎士団もこぞって対応を整えていく。
騎士団で与えられる騎士スキルもあるため、騎士たちは新たなスキルを得ようと日々励んでいる。
ウチの国でもレスレーザが総司令官となって全騎士と兵士を指揮し、再編成を急いでいる。
まだまだ元気なお父さんに国王の席を預け、次期女王として経験と実績作りの日々だ。
彼女の兄弟たちも行く末めでたく、まず第一王女イザベレーラが結婚を決めた。
ギリギリまで俺と結婚するとごねていたようだが後継問題をややこしくしたくない王様一同の意向で、国内の中級貴族の男性と無事結婚となった。
一時は国外との縁組を検討されたが目の届かないところに置いたらかえって危険ということで、国内のしっかりとした男性に任せるということになったそうな。
男の側からしたら貧乏くじでしかないが、それでも夫婦生活は良好とのこと。
よっぽど旦那さんの徳が高いんだろう。
第二王子のルーセルシェは、本人の希望通り、思い通じていた娘さんと結婚してパン屋に婿入り……。
……とはならず、結婚はしたけれども強い要望を受けて内務省へと入った。
それだけ彼の内政能力は得難いということなんだろう。
当然散々揉めることとなったが最後には奥さんの親御さんたちに説得されて、政務官となり、後々は内務大臣か宰相となって妹女王を支えることだろう。
『引退したら絶対パン屋をやる!』と宣言していた。
彼の活躍のせいか国内も随分安定していって、スラムも整備されて治安が良くなっている。
俺の故郷の孤児院にも国からの援助が増え、運営がしやすくなったとゼタが安堵していた。
彼女も教会から追われることがなくなって、平穏な人生をやっと送ることができそうだ。
俺の関わったすべての人々が、幸多き人生を送ってほしいと思う。
そして……。
◆
「リューヤさん、リューヤさん、もう出ますよー」
センタキリアン王都にある俺の屋敷。
朝はいつも慌ただしい。
ノエムと一緒に出掛けるので。
「リューヤさんはいつもお寝坊さんですから。レスレーザさんだって呆れてますよー」
「わかったわかったから……! お皿水につけてくるから待って……!」
戦いが終わってからもっとも忙しくなったのはノエムだ。
<錬金王>スキルを買われて、このたび正式にセンタキリアン国のクラフトギルドマスターに就任。S級冒険者としての資格も有したまま様々な改革を推し進めている。
教会討伐の最終戦では後方支援を担って前線に出てこられなかったため、重大な局面に立ち会えなかったことが随分悔しかったようだ。
その巻き返しのように、戦後がむしゃらに働くノエムであった。
ちなみに俺とノエムは、レスレーザと共についに結婚式を挙げた。
一夫多妻が認められたこの国ではあるが、次期女王と、国内生産の要を担う天才錬金術師を妻に迎え、俺の立場が物凄い重く……。
幸福ではあるものの、重責でもあるな……。
『やれやれ忙しいのう。主様もすっかり普通の人間になってしまいおった。せかせか日銭を稼ぐ毎日か』
そう言って隣に浮かぶのがアビニオンだった。
教会を倒してからすっかり平穏になって、俺の周囲でも目立った争いはなくなった。
彼女にとっては退屈が嫌いらしく、文句を言うこともあったが、基本俺の傍から離れることはしない。
何やかんや言って居心地がいいのだろうと自惚れてみる。
「じゃあ、リューヤさん、ここで別行動ですね」
「ああ、今夜は王城でレスレーザたちと晩飯を食おう」
クラフトギルドへと向かうノエムと別れ、俺は冒険者ギルドへ。
今でも俺は冒険者だ。
相変わらずスキルは持っていないけれど、この有り余るレベルで後進を指導する役割についている。
かつては強いスキルを笠に着て勝手するヤツらもいたが、努力と共にスキルを高められるようになり悪い風潮は払しょくされつつある。
俺もまた、この世界に生きる一人として貢献していきたいからな。
頑張りすぎず、怠けすぎず。
今日も俺は、いつかの自分のような新人冒険者を前にして、言った。
「じゃあまず、レベル上げから始めようか」