131 変わる時代
かつて俺を育んでくれた存在が言った。
宿命は心に宿るもの。断じて望めば、その人のやりたいことがやるべきことに変わる。
俺はかつて力を望んだ。どうしようもなく力を望んだからこそ、その望みが心の中で宿命になり、龍への運命を繋いだ。
今ここで、同じことが起きようとしている。
今ここに赤龍ケツァルコアトルが現れたのは、俺が心で断じて望んだ結果であろう。
俺の心から発した宿命が、龍への運命を繋いだんだ。
では今度は……今度俺が望んだことは……!?
「赤龍ケツァルコアトルに希う。この世界に、スキルを残してほしい」
『ほう』
この世界にスキルをもたらしたのは、魔神たちだ。
一度託した自分たちの力を人間たちの中で肥大化させ、その上で取り込む。
ヤツらの能力増強のためでしかなかったスキルだが、大元である魔神たちが滅んだ今、新たにスキルを授けられることはなくいずれは地上から消え去るだろう。
ひょっとしたら、今もうこの時からスキルは消え去っていっているのかもしれない。
「だが、それでもスキルは今、人の生活に密着しすぎてなくてはならないものになっている。そのスキルが失われればこれからの時代は間違いなく混乱するだろう」
かつては、スキルなき者として嫉妬に悶えたこともあった。
自分に与えられないならスキルなんて消え去ってしまえと望んだこともある。
しかし今は……。
「どうか人の可能性を奪わないでほしい。スキルの力に溺れた者がいたのも事実だ。しかしこれからは、歪みの根源であった魔神を除いてしっかりと進んでいくと誓う」
だからどうか人の手にスキルを残してほしい。
人が利用され、互いを見下し合うためのものではなく。人が助け合って生きていくための標として。
『……愛よの』
「はあ……?」
『力の究極を手に入れ、なお望むものは他者の幸福。これぞ博愛という名の愛と言わずして何と言おう!? よろしい! その愛をあまねく広げることこそ我が「礼」である! お前の宿命、しかと受け止め天命と変えてくれよう! ジャハハハハハハハ!!』
赤龍が吠えると、すぐさま状況が動いた。
龍でありながらその背に生えた紅蓮の翼が羽ばたくと、火の粉のように赤い燐光が無数にまき散らされる。
その赤い光の粒一つ一つが妖しい生命力を宿し、その中から三十六の粒がより強い生命力を放って形を成した。
「これはッ!?」
気づけばさっき全滅したばかりの魔神が三十六体、完全復活しているではないか!?
いや、かつて俺が倒した最初の魔神エクスカテラまで!?
魔神再生!?
『何だコレは!? 私は魔神霊に消滅させられたはずなのに……!?』
『私なんかバラバラにされた上に氷漬けにされてさらに砕かれたぞ!?』
『復活した!? なんで!? 魂の根源まで粉々にされたはずなのに!?』
赤龍がその力で魔神どもを呼び戻したのか!?
まさか、俺がスキルを残してくれと望んだから、その大元である魔神も元通りに!?
俺とアビニオンたちの苦労が水泡に。
『ジャハハハ。念のために言っておくが、ワシが手を出さんでもコイツらは普通に復活しとったぞ』
「ええッ!? なんで!?」
『そういう仕組みになっておる。こやつら超越者は自然の運行と密接しておるから。ずっと欠いたままでは自然のバランスを崩してしまう。だから消滅すれば自動的に復活するようになっておるんじゃ。時間はかかるがのう』
そんな……!?
じゃあ結局、魔神を倒すだけでは世界の在りようは変わらない。
『だから、抜本的に見直すことにした』
「……何を?」
『世界の在り方を。そもそもこやつら魔神は私欲に執着し、万能の力を我がことのためだけに利用した。本来の自然の運行を助けて世界のバランスを保つ役割を果たさずに。……そうなってくるとアレじゃ』
赤龍の言葉は、俺だけでなく周囲にいた魔神たちにも聞こえていた。
復活した早々聞かされる不穏なる言葉……。
『もうこの世界に魔神は必要ないと思ってのう。お前たちの存在を世界の運行力から切り離し、解体する。それでお前らはもう二度と復活することはない』
『なあッ!?』
話を聞いた魔神たちは一斉に慌てる。
『お待ちください! お待ちください! 我らは神ですぞ! 神が消え去れば、この世界はどうなるのです!?』
『そうだ、この世界は神のためにあるのだ! 主を欠いて、どうしてこの世界に存在する意義がある!?』
その訴えは虚しく、復活したばかりの連中の体が、赤い光の粒となって解けていく。
二度と戻ることのない崩壊が始まる。
『嫌だああああああッ!? 消える消える消えるッ!? 嫌だああああああッ!?』
『どうして我々が消えなければいけないんだ!? 神なのにいいいいいいッ!?』
『我々などより人間の方が消えればいいんだ! アイツらの方がよっぽど弱くて無価値だろうがあああああッ!?』
消滅するために甦らされた魔神たち。
哀れすぎる末路であるが俺はまったく同情の念を起こさなかった。
すべては因果応報。彼らが自分たちだけでなく世界のために力を振るっていればこんなことにはならなかっただろうに。
お前たちは、人間を含めたこの世界を大切にしなかった。
だから世界もお前たちを大切にはしないのだ。
『うんぎゃうわぁああああああああああッッ!?』
やがて魔神どもは完全に砕け散って、あとに残る赤い粉吹雪のような光だけがその場に蟠るだけだった。
「あの赤い光は……?」
『魔神たちに預けた力。それだけを抽出してこの世に残した』
赤龍が言う。
『この力を世界全土にまき散らして定着させる。それによって魔神がこの世から消え去っても魔神がこの世界を支える作用は残り続けるであろう。無論、魔神を由来としたシステムも』
「では、スキルも……!?」
『どういった形で残り続けるか、それはお前たちの目で確かめるがよい』
そこまで言い終わると赤龍は翼をはためかせ、さらに高き天へと昇っていく。
『天命は果たされた。ワシはまた世界の外よりお前たちの幸を見守ることとしよう』
「また会えるか?」
『天命がそう定めるならば』
そして赤龍は再び高笑いし……。
『ジャハハハハハハ! ジャハハハハハハハハハ! 皆の者、愛を忘れるでないぞ! 愛を行使する力を持ってこそ生者はその宿命をまっとうする! 我は赤龍ケツァルコアトル! 八龍の一!』
完全に天の向こうへと消え去り、この世界に真の平穏が戻ってきた。
ついさっきまで危うく全人類が滅ぶような危うい状況だったんだよ、実感わかなかったけど。
実際の八龍ってそれくらいヤバいシロモノなんだなってことが段々わかってきた。
『主様よ』
背後からアビニオンが話しかける。
『戻るか。もう空に浮かんでおっても何の益もないからのう』
「そうだな……。そうだ」
いまだ全部終わったことに実感が持てない。
しかし事実として決着はついたのだろう。
この世から魔神は消え去り、世界の歪みは正された。あとは地上に戻って皆に報告するのみ。
いつまでも空の上にいては寒いしな。
さっきまで赤龍がいたせいでわからなかったが。空の上って相当寒かったのか!?
◆
ところで、地上に戻った時にはもうアビニオン以外の魔神霊たちは解散していた。
用が済んだら帰宅が早すぎる。
『アイツらは皆そんなもんじゃからのう。何より自由が大切な連中なのでのう』
お前も含めてな。
教会を制圧していたレスレーザたちに起こったことを伝え、すべての問題の解決を宣言した。
教会討伐を旗頭にした連合軍はこれにて目的を果たし、解散となる。
いくらかの軍は制圧した教会本部を管理するために在留するが、ほとんどはそれぞれの故国へ帰り、教会によってガタガタにされた国政の立て直しを行っていくのだろう。
そう、これからが始まりだ。
魔神という世界の歪みが取り除かれ、俺たち人間は自分たちの判断で前に進んでいかなければならない。
神に従うことなく、自分たちの意志で。
人間たちの時代が、ここから本格的に始まるのだ。
それから……。
一年が過ぎ去った。