129 太陽現る
一方的な蹂躙であった。
最初、全知全能の神として傲然と現れた魔神たち。
しかし今は駆除される害虫として哀れな悲鳴を上げるだけ。
『助けて! 嫌だ! 死にたくない! 死にたくないいいいいいッッ!?』
『ぎゃあああああッ!? 熱い! 熱い! 嫌だ溶ける!? 熱いぃいいいいいいッ!?』
『魔神たる我をいくら斬り刻もうと、いくらでも再生する。無駄だ! ……と言っただろうがぁあああッ!? 何十万回斬り裂けば気が済むんだああッ!?』
『あぎゃはあああああッ!? 潰れ、潰れ潰れるぅうううううッ!?』
『ごれぶぅうううううううッッ!?』
地上最高の上位者、魔神霊の様々な能力により、ある者は超高熱に溶かされ、ある者は風に幾重も斬り裂かれ、ある者は大岩に押し潰され、またある者は説明もできない何かによって粉粒よりも小さく分解された。
魔神たちとて、その有り余る力によって無限の再生をできるのだろう。
魔族にできたことが魔神にできないはずがない。
しかし今この状況では、無限の再生能力を持つがゆえに徒に苦しみを引き延ばすだけだった。
再生の勢いを超える魔神霊たちの超越力で、少しずつ削りとっていく。
それはむしろ、アイツらに少しでも余分な苦しみを味わわせようと再生能力のギリギリを超える点を見極めているかのようだった。
つまり、遊んでいるのだ。
「……勝負はつきましたね」
俺の隣でレスレーザも、天空で行われる残虐ショーを見上げていた。
「これほどまでに凄まじきものが神々の戦いなのですね……! 完全に人智を超えています。アレに比べれば人のスキルなど他愛もないお遊びも同然……!?」
「比べるものじゃないさ。自然災害に人が勝てるなんて最初から思わないだろう。魔神霊は存在自体が自然災害とまったく同じものだ」
気紛れという点においても。
「リューヤ殿は、その魔神霊すらも従えますが……?」
早速論破された。
「だが魔神たちは違う、その大いなる力に私欲と利己心を大いに交ぜて、人と魔族を弄んだ。人為には因果応報が適される」
「だからああして報いを受けているんですね……!」
あんなにいた魔神も、今や五体を切っていた。
他はもう魔神霊たちの無慈悲の殺戮によって刻まれたり消滅したり、あるいは消化されたり、別次元へと追放されていた。
残った連中も半死半生、迫りくる処刑の時を待つばかりであった。
「俺の出番まったくなかったな……」
ここで活躍できると思ってたのに全部魔神霊たちがもっていきやがった。
やっぱりオーバーキルだったんだよ!
居合わせた連合軍の兵士たちも、このさまを誰一人として例外なく見上げ、食い入るように見詰めていた。
中には跪き、祈りを捧げる者までいる。
後日なんかの伝説として語られそうだった。
『さて虫よ。わらわはそろそろ飽いてきたぞえ?』
アビニオンが魔神霊を代表し、残った魔神たちを見下す。
生き残りとはいえ、無事なものは誰一人としてなく皆、満身創痍の虫の息だった。
『常に享楽を求めるわらわたちにとって、ただの作業など苦痛でしかないんじゃ。さっさと全滅して、義務から解放させておくれ?』
『くそ……何故だ……!? 何故我ら神が、このような責め苦を受けねばならん!? 理不尽だ!!』
『ぬしらが人間や魔族に散々してきたことであろうがクソボケカスダニぃ。「悪いことをしたら自分に返ってくるんですよ」とママから教わらなんだのか?』
『我らは神だ! 神はどれだけ勝手に振舞おうと許される! それが世界の法ではないか!?』
『だったらその法に一筆但し書きしておくべきだったのう。「ただし魔神霊には逆らうな」と。そこにいる主様も含めての』
『ぬう……ッ!?』
天空に浮かんで、生き残った僅かな魔神たちも取り囲まれて逃げ場がない。
地上に下りれば俺がいるし、どこに進んでも絶望の未来しかないだろう。まさに八方塞がりだ。
『強ければ弱きを虐げてもいい、なんてのはのう。頭からっぽのアホが垂れ流す世迷言に過ぎんのよ。どれだけ強かろうと、どこかに必ずさらに強いヤツがいるんじゃからなあ』
強いからと好き勝手に暴れるヤツは、いずれ必ずさらに強い者の登場によって捻り潰される。
さらに強いヤツが慢心すれば、そこからさらに強いヤツが現れて罰する。
そこに果てはない。
『自分が一番だと思い上がったバカには必ず因果応報の罰が下るということよ。その順番がぬしらに来たのじゃ。謹んで刑に服せ』
『嫌だ……、嫌だあああああああッッ!!』
魔神の一体が、やけ気味に天を駆け、上昇した。
『我らも続けえええええッ!?』
さらには他の魔神たちも。
何がしたいんだ?
『上がったか、他に逃げ道もないしのう』
周囲は魔神霊に取り囲まれ、地上には俺がいる。
さっきも説明した通りだが。
『しかし上へ行ったところで何になる? それしきでわらわたちを振り切れると思うてか? 結果は変わらん、手間が増えるだけじゃ』
『ふざけるな! ふざけるな世界よ! なんで私たちが最高じゃないんだ! 私たち魔神が世界の頂点ではないんだ!? 何故我らの上に余計な連中がいる!? こんなのおかしい! こんなのは悪だ!!』
勝手を言いながら上昇していく魔神。
しかしあの飛翔の仕方にまったく迷いがない。闇雲に逃げている感じとは違う。
……。
何か狙いが。
『もうこんな世界はなくなってしまえ! 私たちが最強最高になれない世界など滅んでしまえばいいんだ! 私たちが今日滅ぶと言うなら、この世界も一緒に滅んでしまええええッッ!!』
『むッ、これはマズいかものう……!?』
アビニオンも気づいた。
あの破れかぶれになった魔神の狙いが読めたからだ。
ヤツらは今、空中に漂っている。
それこそ雲がかかるほどの高度に。
そんなヤツらがさらに上を向いてあるものといえば一つしかない。
太陽。
『我が全力をもって太陽にぶつかり、太陽を破壊してくれる! そうなれば地上は何者とて生きてはいけまい! 皆一緒に死に絶えるのだあああああッ!』
『トチ狂いおって!』
アビニオンもさすがに慌てて追う。
『魔神風情に、天の星を破壊できるはずもないが、命を投げ打ってぶち当たれば影響も出かねんのは事実! 衝撃によって陽光の波長が狂い、数年越しの大冷害か大干ばつも起こりうる! そうなれば人間程度なら確実に滅ぶぞ!』
『捨て置けませんわね。私たちも行きますわよ!』
アビニオンだけでなく、他の魔神霊たちも大急ぎであとを追う。
いかに大きく超越した相手でも、命を投げ打った全力速度に、なかなか追いつけずにいるようだ。
魔神程度が起こす異常気象なら魔神霊は難なく生き延びるだろう。
ああして慌ててくれているのは人類のため。彼女らの思いやりを考えたら俺もじっとしていられない。
「おいクリドロード」
「何だよ?」
そろそろ火傷からも回復してきた旧友に尋ねる。
「空飛べる魔法とかない?」
「そんな夢みたいに都合のいい魔法があるか! 対象物を一定時間浮遊させる魔法ならあるが……!」
「じゃあそれ教えて」
覚えた。
俺の桁外れのレベルに比例する魔力で唱えられた浮遊魔法で自分を浮かせ、ハヤブサをも超える速度で上昇する。
『うおッ!? 主様!?』
アビニオンたちを追い越して、次は勝手きわまる魔神どもに追いつきとどめをくらわさんとしたが……。
『邪魔するなああああッッ!? 私たちは神として、この罪に塗れた世界に鉄槌を食らわせるのだあああああッッ!!』
『そうだ我々の意のままにならない世界など存在自体が罪だ! 滅びてしまええええええッ!!』
本当に全員で太陽に突っ込むつもりなのか!?
しかしその前に全員叩き落として……!
『見よ! 太陽が近いぞ! もう少しだッ!!』
えッ!?
そんなバカな? 太陽近すぎません?
『ウソじゃあ!? まだ成層圏も突破しておらんぞ!? こんな近場に太陽があるはずがない!?』
とアビニオンもわからないこと言っておりますが!?
しかし、随分と身近にある巨大なる火球。
たしかに星と見紛うほどに巨大だが、これは太陽じゃない。
だって太陽は、さらに高い天空にあるのだから。
じゃあ、これは何?
何だこの巨大な火球は!?
その時、巨大火球にピシリとひびが入った。まるで卵が孵るかのように火球が割れ、炎熱の殻が二つに分かれる。
その時始めてわかった。
卵の殻のように球体を形作っていたのは翼だった。大きな一対の翼が、折り重なって球体を形作っていたのだ。
燃え盛る炎の翼が、あまりにも大きすぎて太陽と誤認させていたのだ。
『行けえええ! 太陽に突っ込めぇええええええッ!?』
そしてまだ誤認しているアホ魔神ども。
そんなヤツらは、広げられた翼の熱風にあおられ吹き飛んだ。
『ぎゃああああああああッッ!?』
そして、広げられた翼の内から現れたモノは……。
くるまった翼の内側にいた者は……。
紅蓮のうろこに覆われた、真っ赤な龍。