127 神を超える
俺、魔神どもから大注目を受けている。
ヤツらは最初に戦った魔神エクスカテラ同様、人がましい五体を持ってはいるものの、それが発光したりして茫洋な連中だった。
『……貴様が、リューヤなるモノか?』
「だったらなんだ?」
やたら全員が俺へ視線を寄せてくるな……?
人気者か!?
「よほど俺に興味があるらしいが……仲間の仇でも討ちたいのか?」
魔神は全部で三十六体。
しかし今俺の頭上には三十五体しかいない。俺は範囲視覚で瞬間的に千まで数えられる。
一体足りないのは、既にもうこの世にいないからだ。
最初に現れた魔神エクスカテラは、この俺の手によって粉砕四散された。
どうやら仲間意識の強い連中のようなので、恨みを果たさんとしているのか……?
『あんなクズなどどうでもよい』
……そんなことなかった。
仲間意識とかまったくない様子。
『エクスカテラ……。先走った挙句、返り討ちに遭って滅ぼされるとは、神にあるまじき軽率さ。我ら三十六の支配者の風上にも置けぬ』
『どうせアイツは我ら三十六神の中で最弱。滅んだところで何の損失にもならない』
『むしろゴミが片付いて清々したといったところよ』
うわぁ……。
なんて底の浅い悪役セリフだぁ……。
『しかしあのクズは、最後に一つだけ益のあることをした』
『お前という存在を、我々に教えてくれたのだからな』
で。
また俺に注目をする。
神からの俺の人気の高さが謎すぎる?
『このように汚らわしい、空気の濁った地上などに下りることは本来したくなかったが、お前のような輩がいるとわかれば我慢してでも降りようというものよ。お前のように美味しい餌があるならな』
「餌?」
『そうだ、我ら神々の贄になれて嬉しかろう? 誇らしかろう? 喜びに打ち震える許可をやるぞ?』
脳みそ沸いてんのかコイツらは?
たしかにコイツらが人を食らい、自分の力に変えているのは聞き及んでいる。
しかしそれは、一旦自分の力を分け与えたスキル持ちの人間だけだろう。
「残念だが、俺はお前らのお口に合わないぜ。何しろ何の力も持たない<スキルなし>だからな」
『知っている。人間どもの中には我らの力を受け付けぬ特性を持って生まれてくる者がいることは』
『本当哀れよねえ。ただでさえゴミクズの人間が唯一の価値というべき我ら神に役立つこともできないなんて。まさに地獄だわ』
好き勝手言いやがって……。
テメエらの力を受け付けない。そんな下らん理由で今日までの何千年という間、何十万人という人間が不当に貶められ続けてきたのか。
『しかし哀れな<スキルなし>よ、喜ぶがいいぞ。我々はお前に価値を見つけてやった。お前は我らの役に立つことができるのだ!!』
『どうしてかは知らぬが<スキルなし>のお前に宿るパワーは、通常のスキルを遥かに凌ぐもの! エクスカテラとの戦いでしっかり確認できた!』
『お前を取り込めば、これまでとは比べ物にならぬほどの力が我がものとなる。魔神霊どもを超え、あの八龍にすら届くほどに!!』
……。
コイツら、俺の中にある八百万以上のレベルの力に気づいたか。
ヤツらはこれまで、人が鍛えたスキルの力を取り込みチマチマとパワーアップしてきたが、高レベルな俺を取り込むことでドーンと一足飛びを図ろうとしている様子。
「……俺の八百万のレベルは、青龍がくれたものだ」
『何?』
俺の発言に、天からざわめきが聞こえる。
『青龍……とは、なんだ?』
「わかんねえか? お前らが超えたいと願ってやまない八龍の一だよ」
『ぶなにッ!?』
何故驚く?
超える対象としてそんなに息巻いておいて、実は八龍のことをそんなに知らないのか?
そういやアビニオンが言ってたな。
『中途半端に八龍を知っているから、それを超えたいなどと言い出すのだ』と。
ちゃんと知っているなら『超えよう』なんて大それた気持ちは起こらない。
「青龍は言っていた。俺には宿命があると。だからこそ俺は青龍と引き合い、力を与えてもらえる運命だったようだな。そしてそんな宿命があるからこそ、俺はお前たちの力から弾かれた」
『何という……!? なんという珍事か!? 八龍から力を与えられた人間だと!? そんなバカなことがあっていいのか!?』
『我ら魔神ですら、そのような機会に恵まれたこともないというのに!? たかが人間風情が不遜すぎる!』
『いいや、これこそ好機! あの人間を食らえばそれこそ確実に八龍の力を得られるというのではないか!?』
『どうする? 最初の約束通り我ら全員で等分に分けるのか!?』
『ふざけるな! あの肉体あの魂、すべて私のものだ! すべて私が食らい八龍となるのだああああッ!?』
自分勝手に騒ぐんじゃねえよ。
ヒトの話を最後まで聞けない、子ども以下なのか神ってのは。
「宿命、運命、天命……」
青龍がよく使っていた言葉だが、聞いてた頃はよくわからなかった。
でも独り立ちし、あれから多くの人たちと出会ってわかってきた気がした。
「龍は言った、望まない限り誰も何も与えない、と。天も地も神も人も、望まなければ何も与えないと」
ならばこそ。
人が胸に宿す望みこそが、その人の宿命……。
「宿命は、人の心に宿る命。断じて望めば、その人のやりたいことが、やるべきことになる。俺は力を望んだ、龍は力を与えてくれた。ならばその先は? 宿命が満たされた先には何がある?」
命が宿り、命が運ばれ、天へ至る命。
俺に宿った命が、様々な人の手によって運ばれて、お前たち神の下へと至った。
俺は今知った。
我が天命が何であるのか。
「お前たち魔神どもを叩き潰すことこそ我が天命であった。この力を持ってお前らを一匹残らず屠り去り。この世界を人の手に取り戻す。俺は今それを心から望んだ!」
断じて心から望めば、その人のやりたいことが、やるべきことに変わる。
宿命も、運命も、天命も、人の心から生まれいずるものだった。
「俺の天命は、お前たちを皆殺しにすることだ。自分の心に従って俺は天命を果たす」
『違うな。宿命も運命も、神が人に与えるものだ。お前の運命は、その身を捧げ神の供物となること、神がそう決めた。だからそれがお前の運命なのだ!』
「神なんぞに人の命の行く末を決める権利はない!」
その権利は、人それぞれが自分の心の中に持つもの。
それを侵害する邪悪なる神々よ、人の怒りの進撃を受けて砕け散れ!
『いーいことを言うのう、主様は』
その声は!?
今、天空から間の抜けた声が降りそそいだ。
しかしあのにっくき魔神どもの声ではない。
もっと軽やかで、和やかで、そして妖しく、とても聞き慣れた声……!?
「アビニオン?」
魔神どもよりさらに高い空に浮かぶ、霊体。
深き霧に包まれた淑女の姿は間違いなく魔神霊アビニオンではないか!?
その姿に魔神どもも慌てふためき見上げる。
『何者だ!? 我ら魔神の頭上をとるとは無礼千万!』
『何言っとる、実際わらわの方がぬしらより上じゃろうがボケぇー。レベル上限一万足らずの下等な神ども、頭が高いわぁー』
相変わらず傲岸不遜なアビニオンよ。
誰にでもああやって態度デカいが、実際態度に見合った強さがあるからなアイツ。
『ぐぬぬぬ……!? 我ら魔神の上位存在、魔神霊……!? 八龍だけでも我らの上がいることに我慢ならぬというのに、貴様らのような享楽的な存在まで我らの頭を押さえようとは許しがたい!』
『しかしそれも今日限りよ! あの人間を食らい取り込めば、魔神霊どころか八龍をも凌ぐ力が手に入る! その暁には貴様など見下される虫けらだ!』
力の限り挑発する魔神どもだが、逆にアビニオンは益々しらけた表情をして。
『どうしてぬしら魔神はそんなにバカなのかのー。ピンポイントでバカすぎる』
『何だと?』
『自分らに都合の悪いことだけは頑として気づこうとしないんだからバカで当然じゃろうよ。主様を食らうう? それで力を取り込む? そんなことできるわけないではないかたわけぇー』
その言葉に、面食らったように戸惑いを露わにする神々。
『そんなバカな、我々はずっと人間どもを食らって強くなってきた。ほんの少し、カス程度の人間どもではあるが億万と食らい続ければいずれは……!?』
『しかし今、目の前にいるあの人間は普通の人間の数百万倍の力がある。ヤツを取り込みさえすれば……』
俺のことか。
迷惑ですやめてください。
『だからそれが無理とゆうとろうがクソボケカスぅ』
対するアビニオンは一掃冷淡。
『お前自身で答え言っとるじゃろうが。なんでそれで気づかんのじゃ? だからバカだと言うとるんじゃ、ぬしらをな』
『え?』
『主様の力は、ぬしらどころかこのわらわをも遥かに越える。そんな存在を食らい取り込むと言うが、基本それができるのは自分より小さい相手だけじゃろう』
まあ、それが道理だわな。
自分の許容量を超えたものを取り入れようとすれば、枠を超えて溢れるなり破裂するなり。
『ぬしらがやろうとしているのはなー、大海を飲み干そうというのと同じじゃ。土台無理だとわかるのに、なんでそこだけ器用に気づかん? テクニカルなバカなのか?』
『ぐぬぬぬぬ……! 言わせておけばあああ……!』
完全論破された魔神の一人が怒りに震える。
『だったら目標変更だ! まず貴様を倒して取り込んでやる! そうすれば我らの力も増して、あの人間を取り込む下地も作れよう!』
『それができんからチマチマ人間を取り込んどったんじゃろう? 一気飲みの標的を大海から湖へ切り替えたとて、飲み干せんことに変わりはないわ』
アビニオンが言う。
『それにのう、いい加減わらわもバカどもが目障りになってきた。我慢ならぬほどにの。我が主様もやる気のようじゃし、これをいい機会とぬしら魔神を皆殺しにすることにしたわ、皆での』
皆で?