126 魔神大結集
あまり喚き続けられても埒が明かないため、兵士さんにお願いして十発ほど殴ってもらったらさすがの教皇も大人しくなった。
「レスレーザ、俺から質問していい?」
「もちろんです」
俺に向けられる信頼が厚すぎて辛い。
「おい教皇。……いや、教会はもう潰れてしまったんで元教皇か。聞きたいことがある」
「悪を倒せ……、悪魔から余を助けろ……!」
殴られて気力を失ってもうわ言のように善悪を唱えるから見上げた根性だ。
いや、この期に及んでも『自分が正しい』という妄想に寄り添って甘えているのか?
「実にあっさりと落城したな教会本部。何故だ?」
「へ?」
そう、いくら何でもこのスムーズさはおかしい。
俺もレスレーザも、そして他の戦局を予想できる立場にいる人たちも、戦いはもっと厳しいものになると予想していたからだ。
腐っても教会は世界最大の組織体の一つなのだ。
戦力だってある。勇者を始め、教会には多くの高位スキルの保有者がいたはず。
『スキルを与える』という立場を最大限に利用して、時には奴隷商まで使い掻き集めていたのだから。
そんな連中が、ここぞという時に虎の子の精鋭戦力を投じず、ムザムザ制圧されたというのか。
勇者やらが出てきたら、戦いはもっと凄惨なことになって教会本部は、瓦礫や血で埋もれたことであろう。
そうならなかったのは幸いだが、しかしだからと言ってあるはずのものがなかったことの不気味さは拭えない。
総本山を守る者が、外部からのクリドロード一人というのもあまりにもな話だ。
「言え、お前らご自慢の勇者はどこに行った。何故自分たちの本拠を見捨てるようなことを?」
そう俺が尋ねると教皇は、再びヒトを嘲るような下卑た笑いを漏らし……。
「そ、そうだ……。お前は死ぬ。大いなる神の定めによって地獄の業火に焼かれて死ぬのだ! その時こそ教会が権威を取り戻す! 二度と陰ることのない真の権威が!!」
相変わらず会話しないヤツだな。
脇の兵士から『もう二、三百発殴りますか?』と目で問われたので首を振った。
「我が教会が誇る最強の勇者たちは、たしかにここにはいない! ではどこに行ったと思う? 下ったのだ神託が!」
「神託?」
「『神に逆らう獣の軍団が間もなく押し寄せる。その前に神に従う聖兵を神域へ上げよ』と!!」
「どういうこと?」
「我らはその神託に従い、選りすぐりの勇者たちを神の聖域へと送った! さすれば神々は必ずや我らの勇者たちを率い神軍をなして、貴様ら悪魔どもを薙ぎ倒してくださるであろう! その時になってどれだけ後悔しても遅い! 神に逆らった愚かしさを悔いて死ねええええ!!」
高笑いする教皇。
その表情にはもはや狂気が宿っていた。
そしてほどなく、その狂気が天に通じたかのように……。
頭上から光が降り注いだ。
「おおッ!?」
誰もが光に反応し、見上げてしまう。
そこに現れる、天に浮かぶ異形たち。
しかし、その姿は光をまとって神々しさすら感じられた。
「なんだあれは……!?」
「神だ! 神の御光臨だ! その荘厳なる姿をこの目め拝観できるとは、歴代の教皇でもここまでの栄誉を与えられた者は余以外におるまい!」
随喜に打ち震える教皇。
天空では、雲を割って差す陽光から滑り降りるように降臨する人ならざる者。
それが一体ならず数多くいた。
魔神パラキアス。
魔神ジングゥア。
魔神ゼモ。
魔神デスポレアブズ。
魔神ジャギア。
魔神ゲントランゼオ。
魔神シビファー。
魔神ジョビフォーゲウス。
魔神ファラジア。
魔神トンポンビアン。
魔神ゾモトキル。
魔神ゾー。
魔神パパパ。
魔神シャーソーキース。
魔神ドランボリン。
魔神デデゾース。
魔神シラセリエ。
魔神ァソン。
魔神カータ。
魔神ンジャナム。
魔神アンデッター。
魔神コロス。
魔神ヌバキグァ。
魔神ジャラジャラン。
魔神ージ。
魔神ジント・デオ・ガセナ。
魔神ト。
魔神バーロム。
魔神バプテスガ。
魔神ガラムロッセオ。
魔神アテナ。
魔神セム。
魔神ニトロゼオン。
魔神ファーヴー。
魔神デロッサム。
俺の目に宿る、アビニオンの力を通して魔神たちの名が浮かび上がる。
「アレが魔神……!?」
かつてアビニオンが言っていた。
魔神は全部で三十六体。
前に俺が滅ぼした魔神エクスカテラを除いた三十五体の魔神が、ここに一斉に現れたというのか。
『ヴァラヴァラヴァラ……! 地を這いまわっておるわ蛆虫どもが……!』
『本当に、この世界を汚すばかりの見苦しい生き物ね』
『そう言ってやるな、そんな蛆虫でも神の役に立つのだから救いはあるではないかキュロロロロロロロ……!』
神々の口から漏れる、人間への嘲りと侮辱の声。
地上では、この光溢れる異状に誰もが動揺していた。
連合軍の兵士たちも統率を失い浮足立っている。
「ブヒヒヒヒヒヒヒヒ! 神よ! 尊き神よ! よくぞ御光臨あそばせましたあ!」
その中で教皇だけが元気だった。
「どうかその全能のお力で、神に逆らう悪魔どもを根絶やしにしてくださいませ! ここにいる異端者すべてが万死に値する大罪人です! 神の力でどうか神罰を! 天罰をおおおおおおッ!」
『…………』
魔神の一人が手をかざすと、ひとりでに教皇の体が浮かび、空中を上がる。
「おおおおおおおお……ッ!?」
あれも魔神の理力か?
吸い寄せられるように空を飛び教皇は、神々の前へと引き出された。
「神よぉ……! 神よ、ご尊顔を拝し奉り、恐悦至極……!」
『何だお前は?』
「え?」
神の放った一言に、ブタ顔の教皇は歓喜の表情を凍らせた。
「わ、わたくし目は教皇でございます! アナタ方に従う教会を率いし者……!」
『ああ、我らの命令を都合よく聞く手足どもか。こたびはよい働きであったな。先の神託もよく従ってくれた』
「勇者たちを派遣した件ですね! もちろん神の御命令ならなんでも従います! それが教会の務めですので!」
『よい味だったぞ、あの生贄は』
「え?」
アイツら、まさか……!?
食らったのか、教会の勇者たちを!?
アイツらは、人にスキルを与えてきた張本人。
その理由は、いずれは人が使いこなして大きくしたスキルを再び取り込んで力を増すため。
そのためにアイツらはスキルをばら撒いてきたが、具体的にどうやってスキルの力を回収するのか。
まさか……、本当に貪るようにバリバリ食らって……?
『どれ、お前のことも食らってやろう』
そう言って魔神の一人が、教皇へ向かって手を伸ばす。
「おまッ、お待ちください! 余はアナタたちのために働いたのです! それなのにこの仕打ちはあまりにも……!」
『ああ、お前はよく働いてくれたね。だから褒美をやると言っているのさ。私たちの一部になるという褒美をね』
教皇の体が神に重なる。
その瞬間、神に触れた人の体が、触れた部分から蒸発し、煙となった部位は神に取り込まれる。
「ごぉおおおおおおおおおッ!? ひゃぎゃあああああああああああッッ!?」
苦しみの断末魔が上がった。
『嬉しいだろう? 人の体など所詮死ねば土に還るだけの汚物。それを神に取り込まれ永遠を生きられるのだから、これ以上の幸福はない』
『ゴミ同然の人間の生を、永遠に昇華させてやるのだ、嬉しいだろう?』
『役立たずの人間をこんな形で役に立たせてやるって、ボクらって優しい上に賢いよねえ』
教皇を直接取り込む魔神だけでなく、他の連中も下卑た嘲りの笑いを響かせた。
「おぎゃあああああッッ!? 助けて! 死にたくない! 死にたくないいいいいいいッッ!!」
教皇の体はもはや半分以上が蒸発し、煙となって魔神に取り込まれた。
きっと教会にいた勇者たちも全員、ああやって魔神たちに食われたのだろう。
「……ち、違う! こんなのは神ではない! こいつらは……人に仇なすバケモノ……悪魔……!?」
やっとその事実に辿りついた時、教皇は最後に残った頭部を魔神の手が握り潰し、すべてが無となった。
立ち昇る一筋の煙を、最後まで魔神が吸う。
『ふぅーーーーー。……不味い』
人一人の命を貪り尽くして言ったことはそれだった。
『やはり薄いな。鍛錬を怠った人間一人の生命力などこんなもんか』
『つまみ食いは勝手だが、あまり粗末な前菜で腹を汚すと、主菜の味が落ちてしまうよ?』
『そうそう、これまでにない最高のご馳走があるとわかったからこそ私たちは、揃ってこの汚い地上に降りてきたんですからね?』
そう言って神々どもが一斉に視線を送る先は……。
え?
俺?