123 最後の再会
進軍は止まらない。
教会本部には、あの厳かな建物の他に多くの予備施設があったが、その一つずつを制圧されていきながら、大空に響き渡る声は慌てる。
『何故だ!? 何故悔い改めない!? 今こそ悪の誘惑を退け、正義に目覚める時ではないか!」
スキルで拡声させているらしい大声が、次第に落ち着きを失い、荒々しくなっていく。
『皆の者、今すぐ進行をやめて悪魔リューヤを攻撃するのだ! この教皇が呼びかけているのだぞ! 何故従わない!?』
あれ教皇だったのか?
教皇っつーとアレでしょう? 教会で一番偉い人でしょう?
「哀れですね……、自分がどれほど追い詰められているか、少しも気づけないなんて……」
レスレーザは、各所から届けられる進軍の経過報告を処理しながら、感想を述べる。
「教会はこれまで間違いなく、世界のある一つの分野で頂点に君臨してきたのでしょう。宗教的権威……それだけでなく世界的に重要な一つの役割を担い続けてきたのですから」
……スキルを与えるという役割を。
「しかしそれが崩れ去った。スキルとは、紛い物の神が与えたまやかしの力に過ぎず、スキルが絶対に必要となる魔族との争いすら、同じ神によって仕組まれたことだった。それを知った人々の怒りは頂点に達しています」
本当にな。
教会を討ち、魔神から与えられるものを拒否すれば人々はスキルを失うだろう。
それすら厭うことなく猛然と教会を攻め立てるのは、スキルによって預かる恩恵以上に教会の害が酷いからに他ならない。
皆もはや我慢の限界にあったのだ。
権力を笠に着て好き勝手に振舞ってきた教会を許せる気持ちは、微塵も残っていない。
「進軍は順調です。教会勢力は大した抵抗もなく降伏していきます。ここまでの各支部と同じですね」
この分なら、犠牲もなく教会の全機能を制圧し、教皇初め上位の者どもをつるし上げることが可能だろう。
そうなれば、その後ろにいる者たちが出てくるに違いない。
そこからが俺の出番だ。
「……何?」
と思っていたところ、俺の隣で全軍指揮を執るレスレーザの表情が曇った。
トラブルか……!?
「ここまで順調にいきすぎていきましたからね……。トラブル発生です」
「魔神がもう出てきたのか?」
「いいえ、まだ人間による抵抗の段階ですよ。……予想したことですが、やはり絶無とはいかないようです、スキルに縋ることをやめられない者は」
◆
レスレーザと共に駆けつけたのは、教会本部の正門前。
大軍が雪崩込み、教会内部を完全に制圧するには、あそこを通ることが不可欠だ。
「そこを守る門番……。教会最後の抵抗勢力ってところだな」
「しかしそれがなかなか手強く、先発隊のすべてがはね返され進行が止められているとのこと。なんとかしないと……!?」
そう話しているうちに視界に入ってくる、正門の様子。
門扉の代わりに立ちはだかり、侵入者をはね返すその様はまさに門番だった。
その門番の戦い方がさらに独特だった。
右手から炎、左手から雷撃を放って近づこうとする者を寄せ付けない。
炎も雷も広範囲にわたって駆け巡り、門前をくまなく埋め尽くしている。あれでは接近しようがあるまい。
「凄まじい勢いだな。どういうスキルだ?」
「いいえ、アレはスキルではありません……!」
隣でレスレーザが言う。
スキルじゃない?
でもあんな火やら手から放出するなんて普通なら不可能だろう。不可能な常識を可能に変えることこそスキルの意義ではないか。
「あれはスキルとは違う別の体系……、魔法です」
「魔法?」
「魔法院で研究されている技術で、大気中に漂う『魔素』なるものを利用して超常の現象を引き起こせるそうです。……それでも一部のスキルの再現に留まるらしいですが」
魔法……。
魔法院……。
どこかで聞いた覚えが……!?
「しかしスキル全盛の世情において、魔法はいかにも日陰のテクノロジー。研究されている機関は世界に魔法院ただ一ヶ所で、そこで細々と研究が続けられていると聞きますが、そこの関係者が何故教会を……!?」
とにかくあの魔法使いを何とかしないことには教会の内部へ入れない。
実力で押しのけなければならないか。
「……リューヤ殿? お待ちください、あの程度の敵にアナタがお出ましになることはありません!」
俺の動きを察知してレスレーザが慌てて止める。
「リューヤ殿にはこのあと大きな戦いが待ち受けております。そちらへ全力を注ぐためにも露払いは我々に任せてください……!」
「俺もそうしたいところだが、あれも外せない戦いのようだ。因縁ってヤツだな」
そうだ思い出した。
『魔法』『魔法院』、その言葉をどこで知ったか。
それはもう随分古い記憶で、思い出すにも手間がかかった。
しかし、それでもしっかり思い出せた。
俺のこの身体がもっと小さく、子どもと言えるような年齢だった時に一緒だった仲間たち。
リベル。
ゼタ。
彼らとは既に五年越しの再会を果たし、それぞれの行く末を知った。
しかしもう一人。
俺との幼少時代を分かち合った仲間がいた。
「クリドロード」
正門前で暴れ回る魔法の使い手へ言う。
相手もいち早く気づき、俺へと視線を向けた。
「リューヤ、来るのが遅すぎるぞ。何をグズグズしていた」
「俺が出てくるのはプログラム上じゃもっとあとなんだよ。予定にないイベントを挟んでくるお前が悪い」
感動の再会っていう、思いもしなかったイベントをな。
「随分と大きくなったなクリドロード。ガキの頃より二枚目になったんじゃないか」
「成長したのはお前も同様だろう? それも予想以上に遥かに。お前の噂が私のところまで届いた時は耳を疑った」
かつて俺は、身寄りのない孤児として、他の同じような境遇の子らと身を寄せ合って暮らしていた。
俺と共に生きた三人の仲間。
教会に拾われて勇者となり、その果てに用済みとなって殺されたリベル。
教会での競争に脱落し、地獄を見てきたゼタ。
そして目の前にいるクリドロード。
「魔法やら魔法院やら、日頃聞かないのになんか耳覚えのある言葉だったんで思い出せた。お前のスキルに関係のあることだったってな」
才能ある者にスキルが与えられる『祝福の儀』。
十四歳になれば誰でも受けられるその儀式に、ある者が授かったスキルは<大賢者の資質>。
何者も及ばぬ究極の魔法適性が授かるスキルだと聞いた。
「その<大賢者の資質>の授かり手がお前だったなクリドロード。今となっては懐かしい思い出話だ」
「あの時は泣いて悔しがっていたお前がな。強者の側に回って心の余裕でも持ったか?」
チクリと突くような古馴染の言葉に、思わず眉根が歪む。
思い出したくないヒトの過去をほじくりやがって……!?
「たしかに意外過ぎるよな?<スキルなし>と言われたお前が今になって名を挙げて。近隣最大の強国センタキリアンの国王覚えめでたく、S級冒険者にまでのし上がった。理論的にあり得ぬことだ」
「あり得ないのにあったことなんて世の中には案外いくらでもあるんだよ」
「それでもあってはならないのさ、非理論的なことはな」
こういう喋り方をするヤツだったろうか、クリドロードというヤツは。
最後に会ってから五年……いやもう六、七年は経っているか。
人が変わるには充分な時間だ。俺の知らないヤツがいたとしても当然のこと。
向こうからすれば俺だって信じがたいほど変わってるだろうしな。
「思い出話に花を咲かせたいところだが、今は忙しくてな。歓談は日を改めてくれないか? アポさえとってくれればちゃんと歓迎の準備もするぜ?」
「私もそんな下らない目的のために来たのではない。教会は潰させない。私はそのためにお前たちに立ちはだかるのだ」
やっぱりそうか……。
わかりきった答えにも、こめかみの痛みを抑えられない。
「何故だ?」
聞かずにはいられなかった。
「たしかお前は、魔法に適性のあるスキルとやらで、その道に進んだんだよな? だから魔法の研究をする魔法院に行った。そこで魔法の勉強でもしてたんだろう?」
それが何故今になって教会の味方をする?
教会と魔法院は、何か密接な繋がりでもあるのか?
「魔法か……、学んでみればそれほど大層な技術体系でもなかったがな」
ため息交じりに答えるクリドロード。
彼が一人で歩んできた五年間に、一体何があったのか?