122 神敵承認
世界各国からの宣戦布告を受けた教会の反応は速やかだった。
すぐさま世界全土へ向けての布告を発する。
俺ことリューヤへの『神敵承認』だ。
センタキリアン王国にあるリューヤこそ『神の敵』である。
神に逆らい、法を蔑ろにし、世界を混沌へと誘わんとする邪悪の権化である。
世界よ、教会の下一つとなりて共に『神敵』リューヤを討ち滅ぼさん。
そうしてこそ世界はあるべき形を取り戻し、美しき世界は復活し、皆が幸福となれるアルカディアへと進めるであろう。
教会を敬え、神の尊さを思い出せ。
神に逆らう『神敵』リューヤこそ悪である。
教会が正義であることは当たり前、その真実にいち早く目覚めよ!
…………とわめきたてる教会の各支部は、騒ぎ立てるままに連合軍の進軍を受け、陥落した。
各国に最低一つはある教会の出先機関だが、先の洗脳解除で今なお混乱の渦中にある。
そんな最中に全世界からの侵攻を受ければ一たまりもなかった。
ほとんどの教会支部が、強力な希少スキル持ちを擁していたにもかかわらず抵抗らしい抵抗も見せぬまま屈した。
制圧された支部からは、拘束された人々が何人も発見されたという。
それは『奴隷印』が解除されて正気を取り戻した人々もいれば、有用なスキルを得たことで拉致同然に連れてこられた子どももいた。
そう言った人々は救出され、希望があれば連合軍に参加して共に教会と戦うことにもなった。
洗脳されて意思を奪われていたのだから当然恨みに思うはずであり、洗脳してまで教会に所属させられていた人たちは当然のように高ランクのスキル持ちばかりなのだから戦力としては歓迎された。
ただ同時に問題も起こった。
本当に洗脳されていた人だけでなく、『洗脳されていた』と偽証して投降する者が出てきたことだ。
教会には、様々な手段によって意思に判して屈服させられていた者の他に、みずから望んで教会に属した者もいる。
そうした連中は決まって教会の利権に取り入り、甘い汁を吸ってきた者たちだ。
それまで散々教会の権力を笠に着て、人を見下し富を貪ってきたヤツら。
教会が傾きかけると我先にと逃げ出してきた。
そういうヤツらこそ悪知恵が回る。
どうすれは一切の危険もなく教会から離れ、安全を確保できるか本能的に察知しているのだ。
ヤツらは言った。
『私たちも教会に洗脳されていたのです! 被害者です! どうか保護してください!』と。
本当に洗脳されていた者たちと、『洗脳されていた』と偽証する者たちを見分ける手段はなかった。
偽証者をヘタに匿えば、罪ある者を取り逃がすだけでなく軍勢に潜入され内部工作の足掛かりとされかねない。
教会に洗脳され恨みある者たちと同様に『一緒に戦わせてください!』と望まれたら受け入れざるを得ないからだ。
この浸食を防ぐためには、真実欺瞞の区別なくやはり教会に属していた者は分け隔てなく拘束するしかなかった。
『奴隷印』を刻まれ、意思に関わらず教会に服従させられた者たちの苦難が続くかに見えた。
しかし卑怯者は知らなかった。
卑劣なウソを見分ける手段があることを……。
『お前は違うな』
降伏し、陥落した教会支部から引きずり出された者たちは、誰もが皆驚愕した。
引き合わされた先に魔族がいたからである。
「んごッ!? ……ふあぁ……!?」
声にもならぬ驚愕のうめきを上げ、硬直する以外にない。
本来魔族は、人間にとってもっとも恐ろしい天敵なのだから。
「何故……!? 何故魔族がこんなところに……!?」
『我らの新しい主の指示なれば仕方のないことだ』
と魔王ジルミアースは言う。
『私は一時期だが、別の魔王より<隷属刻印>の管理権を委譲された。だからこそわかるのだ。破棄された今も、ソイツが刻印の支配下にあったかどうかがな』
「……ッ!?」
『お前は違う。刻印管理データソースにお前の魂の波長はない』
そう告げられると同時に、偽証者の両腕はガッシリと掴まれ、身動きとれぬほどに拘束された。
「へ? ちょっと!? 待て、待て待て待て……ッ!?」
『魔王たる私が、偽証の見分け役など言いつけられるのは不満だが、新たな主リューヤ様の命であれば仕方がない。魔神どもの庇護で甘い汁を啜り、その船が沈もうとしてなお安泰を図ろうとする見苦しい輩よ。裁きを受けろ』
「いやだぁあああッ! 待って! 私は無実だ! 本当だ! 洗脳されていたんだ! 聖なる教会の信徒よりも魔族なんぞを信用するのか!? そんなの間違っている! ぐああああああッッ!?」
こうして、当初の予測を超えたスムーズさで連合軍は教会各所の拠点を陥落させていく。
最後に残るのは教会本部。
教会のトップ、教皇が住う神の中枢が、いまや全方位を敵軍に囲まれ風前の灯火となっていた。
◆
……以上、俺の語りにて説明させていただきました。
目の前には教会本部の、厳かな巨大建築が聳え立っている。
その姿が荘厳でありながらも、どことなく傲慢に見えてしまうのは先入観からだろうか。
「攻撃は始まらないんだな」
俺は隣にいるレスレーザに話しかける。
ここまでの進軍で、彼女は一切の遅漏がない完璧な指揮を執ってみせた。
国を跨いだ寄せ集め軍ながらも、それを長年率いた子飼いの軍団のように扱いこなすレスレーザに、改めて各国から高い評価が寄せられた。
彼女が女王として立つ時、必ずや有益に働くことだろう。
「リューヤ殿……。現在教会本部へ使者を送っています。降伏勧告のための使者です」
「ヤツらが降伏するなんて思えないが……」
「段階として必要です。我らも自分なりの正義を背負ってこの戦いに臨んでいます。無慈悲な殺戮者でないことを内外に示しておかなければなりません」
こっちには慈悲がある。
それを突っぱねたのは教会には消滅するだけの非がある、という実証が欲しかったのか。
「降伏を拒絶するのは想定済み?」
「今さらここで降伏されたらこちらも困りますしね。降伏条件として、とても承服不可能な条件をいくつも出してあります」
降伏条件。
1.現在の教皇、枢機卿、司教は全員その称号を放棄すること。また現職が退くことで新たに就く教皇以下の役職は連合軍が任命権を得る。
2.現職を退いた教会上層部は、連合軍による裁判を受け、下された判決に従って粛然と罰を受けるべし。
3.教会が所有する財産、領有する土地のすべてを連合軍に移譲すること。また移譲範囲については、公的な役職に就く者の私的財産も含む。
4.教会がこれまでしてきた悪行を認め、謝罪すること。謝罪は公の場によってなされ、また文書によって記録されるものとする。
以上の条件をもって、教会は存続を許される。
しかし、これらの条件すべてを飲めば教会は以前までの勝手気ままは許されなくなるだろう。
世界の頂点に立つ気分でいた者が、それを受け入れられるかどうか。
無理だなあ。
「使者が返答をもって帰り次第開戦です。リューヤ殿はまずはお控えください。人間との争いは人間で治めたく存じます」
「わかっている」
教会は、その裏にいる超常的存在が、姿を現すことなく意を達成させるための手足。
その手足がもぎとられるとなったら、必ずやヤツらも裏から出てくることだろう。
俺が戦うのはそれからだ。
人の運命を弄ぶ神は、俺のこの手で倒す。
「ヤツらがどのタイミングで出てくるかはわからないが……」
ヤツらは人間のことを相当見縊っているから、教会のヤツらのことも庇い立てなんかせず見殺しにするかもしれない。
出てこなければ出てこなかったで新しい手段を講じなければならないが、教会を地上から殲滅するだけでも事態は前に進んでいると言えるだろう。
「ん……?」
なんだ?
今空気がスッと変わったような?
そこまで危険な感じはしないが、次に響き渡る大きな声で何事が起きたのか確信できた。
『この地に集う、哀れなる迷い羊たちに告ぐ……』
おおう、大きな声?
教会本部を包囲する連合軍すべてに伝わっているんじゃないか?
誰かの声を広域にわたって伝えるための……スキルか?
「たしか教会関係者のスキルに<説法拡声>というものがあったはずです。広範囲の不特定多数へ、音声を伝えることができるスキル。恐らくそれでしょう」
レスレーザが説明してくれる間にも、大きな声は誰かれかまわずへ向けて一方的に呼びかける。
『悪魔の呼びかけに惑わされてはいけない。善なる神は常に我らを見守り、正邪の量を計っております。正多ければ天国の門が開き、邪が勝れば地獄へと堕ちることでしょう』
何を言いたいんだアイツは?
意図が読めずレスレーザへ目配せしたら『さあ……?』という表情をされた。
『神に逆らうことは、許されざる大罪。罪への道へと突き進むアナタ方を、我ら神の信徒は見捨てはしません。今こそ悔い改め、正しい道へと戻ってくるのです。寛大な神はお許しになりましょう』
厳かに仰々しい声が響く。
何が言いたいのかはわからない。
『真の悪は、人と神とを離反させ相争わせようとする悪魔リューヤです。スキルに恵まれず、神に見捨てられた哀れな身を復讐心で滾らせる道外れた者。その口車に乗せられてはなりません。今こそすべての人間が神の正義に目覚める時……!』
あー、なるほど。
そういうことか。
『正義の反撃の狼煙を上げるのです……! 真なる正しい心を持つ使徒たちは、教会の元に集い悪魔リューヤを打ち滅ぼすのです! 神は必ずや見てくださります! アナタたちが悪の誘惑に打ち勝って、真の正義を成すことを!』
「……全軍、進撃」
レスレーザの号令によって包囲する全軍が教会本部へ向かって進み出した。
御大層な演説に耳を貸す者は誰もいなかった。