121 会議から開戦へ
魔神エクスカテラは死んだ。
我が拳によって殴り砕かれ、天空にて四散する様は太陽が弾け散ったかのように見えたという。
いや、あとで地上にいる人たちから聞いた。
神は死ぬ。
当然だろう、永遠に滅せぬものなどありはしない。
そして、この世界に生まれてきたからには生存をかけた争いに身を投じなければいけないのも当然のこと。
人に迷惑をかける神は殺してもいい。
人が神の敵になり得ることを思い知らせてやるべきだ。
『主様や、魔神一匹殺したところで気を抜いてはならぬぞ』
戦闘後にアビニオンが言う。
『ヤツらは全部で三十六体。あの火花野郎はそのうちの一体に過ぎん』
「一匹見つけたら三十匹はいるか。なんかの虫みたいだな」
『ヤツらは八龍を超える計画のために協力関係にあるようじゃ。その尖兵とやり合った以上、残りの連中とも事をかまえるのは避けられぬと考えた方がよかろう。……さてどうする? 主様?』
アビニオンが試すような目つきで言う。
コイツはコイツで、大きく動きそうな世界の流れを眺めて楽しむ腹積もりなのだろう。
無論、俺の答えは決まっていた。
「魔神が何人もいるんなら、一人残らず叩きのめすまでだ。人間を家畜扱いしたことを後悔させてやる。人間にも噛みつき返す牙があるということを思い知らせてやる」
『その意気じゃ! さすがは我が主よのう!!』
アビニオンはゲラゲラ笑いだした。
なんか知らんがツボに入ったらしい。
このままコイツとお喋りしてても埒が明かんので、戻って王様たちに報告することにした。
◆
で、提案した。
「教会に攻め込みます」
「なんとッ!?」
一番近しいセンタキリアン王を始め、多くの人々が驚愕の声を上げる。
「今さっき攻め込んできた魔神は、教会を裏で操ってきた者です。スキルの根源です。つまり世界を歪めてきた張本人です」
ヤツらを世界から除かない限り、俺たち人間は永遠に、ヤツらの生み出した歪みに翻弄され続ける。
それを破棄し、人が人としてあるがままに生きるためにも、隠然たる世界の支配者を気取る魔神も、その魔神の意を受けて動く教会も、叩き潰してしまわねばならない。
「戦いは終わっていません。魔神の総数は三十六。今日はその一体目を倒したに過ぎない。ヤツらは、矮小な人間にしてやられたプライドを取り戻すため、また自分たちの思い通りにことを進めるため、全力で俺たちを潰しにくるでしょう」
神の決定の前に俺たちに残された道は、滅亡しかない。
それが嫌なら戦うしかないんだ。
「だからこそ地上では、魔神の代理人としてヤツらの意を遂行する教会を真っ先に叩くべきです。代理人がいなくなれば、間接的にこの世界に影響を及ぼすことを魔神はできなくなる」
そうすれば魔神はみずから出てくるしかない。
そこを、俺が叩く。
もっとも今回魔人の一人であるエクスカテラがみずから出てきたことからしても、魔神どもはもう教会に少しの望みも持ってないようにも見えるがな。
結局もう教会などあってもなくても、人と神の争いに何の影響も及ぼさないかもしれない。
「しかし、だからと言ってこのまま教会の存在を許しておけますか?」
ヤツら教会は突き詰めてしまえば結局、魔神どもの使いっ走りに過ぎなかった。
しかし魔神たちに使われ、道具として存在しながらもヤツらは、その立場によって利益を得てきたのではないか。
各国から寄付と称して莫大な金銭を巻き上げ、権威でもって他人を傅かせてきた。
充分すぎるほどに、神によって与えられた利権を満喫してきたはずだ。
多くの人々の幸福を踏みにじりながら。
「この世から魔神を消し去るのならば教会だって一緒に消し去った方がいい。そうは思いませんか皆さん?」
俺が呼びかけるのは、サミットによって集まった世界各国の王様たち。
彼らは、自分の預かる国土をどのような未来へ向けて進めていくか決める権利を持つ。
だからこそ俺の提案に難しく沈黙した。
「たしかに……教会には散々煮え湯を飲まされてきた」
「ヤツらに強要された寄付金は、国庫の四割に達する……それだけの金があればどれほどの政策が決行可能であったか……!」
「しかもヤツらは、いいスキル持ちとみると誰でも問答無用に連れ去っていく! 我が国民の何百人が教会にとられていったか!」
「私など、可愛い王女を脅迫で無理やり差し出させて……!」
各国の王様たちから、次々と教会に向けた恨み節が湧き起った。
俺が盛り上げるまでもなく、世界中から教会へ向けた怨念は溢れ出さんばかりだったのだ……!
「もはや論じるまでもなさそうじゃのう」
ウチのセンタキリアン王様が言う。
「リューヤの言う通り教会は、神を気取るモノの手足となって働いていただけでなくそれ自体が、私欲と傲慢に溢れておる。それでも我らが耐えていたのは、ヤツらが必要な存在だと思っていたからじゃ」
しかしそれすら事実ではなく、魔神たちが歪めた世界の見せる虚像でしかなかった。
もはや教会がこの世に存続していい理由は、欠片一つとしてない。
「我らセンタキリアン王国は、正式に教会へ宣戦布告する。各国の指導者諸君、アナタ方はいかがする?」
「我が国も挙兵しましょう」
逡巡があるかと思われたが、意外にも間髪入れずに同意の宣言が響いた。
発したのは、ルブルム王様か。
「我が国は、先日の津波騒動で滅亡の際に立たされた。アレを裏で糸引いていたのが教会なら、我らはヤツらによって滅ぼされかけたことになる。報復してやらねば国家の威信を保てぬ!」
「我らも! 奴隷商の暗躍でどれだけの国民がかどわかされてきたか! ヤツらを裏で支えてきたのが教会であるというなら、キッチリ落とし前をつけてやらねば!」
「私も!」
「我が国も!」
「教会滅ぼすべし! 今日まで散々世界全土を蝕んできたその罰を、受ける時だ!」
「今こそ教会に、因果応報の鉄槌を!」
「天罰だ! そうだこれこそ天罰だ!」
恐ろしいまでの勢いで気炎が広がっていく。
皆そこまで教会に怒り心頭であったのだろう。
神の威勢を借りて、これまで本当に好き勝手してきたのだ。溜まりに溜まったツケを支払う時が、すぐそこまでやってきている。
「では、決まりじゃのう……。このサミットの場でもって、教会制圧のための多国籍連合軍の結成、及び教会への宣戦布告を決議する!」
センタキリアン王様の宣言と同時に、大歓声が沸き起こった。
なんかすげえ。
「誰ぞ、先ほど出て行った枢機卿ヌメリマンザを探して連れ戻してこい。どうせまだその辺でモタモタしておることじゃろう」
王様、言う。
「せっかくじゃからアイツを使者に仕立てる。今決まったことを言い渡し、教会への正式な通告とする。何事も順序というものが必要じゃ。……レスレーザよ」
「はッ!」
王様の傍らに控えていた王女レスレーザ。
サミットが始まってから一言も発しなかったけど彼女もいたんですよ。
「教会征伐のための軍を率いよ。少なくとも我が国から出す兵をな」
「ははッ」
「各国を代表する皆様方に告げる。ここにいるレスレーザは我が娘にして騎士の称号を持つ。先日も魔族討伐の功を挙げて、いずれは余のあとを継ぎ女王となってもらうつもりでいる」
それは国外へ向けた正式な宣言だった。
これでレスレーザは、内々の了解だけでなく外交的にも正式にセンタキリアン王国の次期国主となった。
「連合軍を立ち上げるにしても、それをまとめる者が必要じゃろう。どうか、その役目を我が娘にお任せ願えぬか? 必ずや勝利へと導いてくれることになりましょう」
いかに『教会憎し』でまとまったからと言っても、異なる所属の者たちがひしめき合えば主導権争いは避けられない。
もしここで異論が出れば、無用な内輪揉めによって早くも連合軍は散開しかねない、微妙な瞬間だった。
しかし……
「異議はありません」
そう言ったのはまたもルブルム国王だった。
さっきからナイスアシスト。
「このサミットの中でもセンタキリアン王国は最大の国力を誇る。さらには真っ先に教会への非難を表明したのも貴国、サミットの招聘をしたのも貴国だ」
「ここまで率先してくれたからには最後まで先頭に立ってくれなければ困りますな」
「次期女王ともなれば公的な地位も一番上となりましょう。皆も納得の人選になるかと」
うわー、意外。
ビックリするほどにあっさり決まった、一番揉めそうだと思われたところが。
それほど速やかに教会を滅ぼしたいというほど恨みが強いのか、それともセンタキリアン王様の人徳か。
どちらにせよ可及的速やかに、教会征伐の動きが加速する。