120 神霊は神を越える
魔神霊アビニオン。
俺に従うようになって、もう随分と立つ異形の存在。
その姿はゴーストというか、とにかく実体の不確かなヤツで。しかし姿はゾクリとするような凄絶な美女。
そんな彼女が現れた。突如と。
『しゃしゃり出てきてすまんのう』
アビニオンは俺に向けていった。
『主様ならあの程度の小火、炙る程度にもならぬのはわかっておるが、わらわもこのアホの物言いには頭にきてのう。出しゃばらせてもらったわ』
「気にしないで」
俺は周囲に我慢を強いたくない。
『何が神じゃ、身の程知らずの青二才が。そもそもこの世界にはぬしらを超越した存在、この魔神霊がいることを忘れておるのか?』
『ま、魔神霊!?』
自分渾身の炎熱を防がれ、困惑する魔神。
国一つを消し去るつもりで放ったのが、完全無欠に阻止されたのだから驚愕もするだろう。
プライドも傷つけられたに違いない。
『わ……我が神罰の炎が完全無効化された!? 背徳の都を七度消滅させるほどの熱量を……!? どうやって!?』
『そりゃーわらわがお前らより遥かに強いからじゃ。そんなこともわからんかボケカスゥ』
完全に相手を嘲る口調のアビニオン。
『我ら魔神霊は、ぬしら魔神の完全上位に当たるのじゃぞ? 我ら魔神霊のレベル上限は<99999>。一万にも満たぬ魔神どもが血管キレるほど気張ったって届く域ではないぞな』
『ぐぅうううう……!? 何故、何故ここにお前が……!?』
やはり想定外なのだろう。
全知全能を気取る自称神が、自身を越える神霊の存在に恐れ震える。
『力を持ちながらそれを有用に振るうこともできん、愚かで奔放な魔神霊ども。我らは崇高な精神の下に世界の限界を越えようとしているのだ! 気まぐれで邪魔しようとするな!』
『うっさいわ、この意識高い厄介者が! そもそもぬしら、わらわたちを無視して八龍に迫ろうとしているのが気にいらん! まずはわらわたちを超えてからじゃろうが。そんなことは百万世を経ても変わらぬじゃろうがのう』
『何を!?』
プライドを傷つけられた魔神は、激昂して襲い掛かろうとするが、放った炎は霧に阻まれ消滅する。
そう、アイツはまだアビニオンの作り出した霧の牢に囚われたままだった。
縛鎖系の異能か。
しかしあの神には、偉そうにしていながらアレを壊して脱出する術がないのだ。
『くそ、クソおおおおおおッ!?』
『ほれほれ、もっと気張れぃ? 八龍に届きたいんなら、それくらいの空間断層突き破れんと話にもならんぞえ?』
目まぐるしく火弾を放つ魔神だが、そのすべてが霧にかき消されて外へは届かない。
二者の力量差は目に見えて明確だった。
「アビニオン、コイツは……?」
『おお、細かい説明が必要かえ? こやつは魔神、地上に在る超越者の一つじゃ』
前にも聞いたことがある。
地上にいる超越者は全部で三種。
魔族、魔神、魔神霊。
さらにそれらすべてを超えるモノとして八龍が存在し、あまりにも大きすぎる存在は世界の外に住み、滅多に現れることがない。
『魔族より上で、魔神霊より下。実に中途半端な存在どもじゃ。それゆえに八龍の域に達するなどと頓珍漢なことを真顔で言える。愚かすぎて哀れな生き物よのう』
『だ、黙れ……!?』
『そう邪険にするでない。わらわは心底ぬしらを憐れんでおるのじゃぞ?』
アビニオンが神に向けて送る視線は、たしかに憐みの情がこもっていた。
『魔族どもはな、超越者の中でも最下級ゆえに八龍の存在すら知らぬ。自分の知っている小さな世界の中で満足していられる。我ら魔神霊は、その世界最高の能力ゆえに八龍の存在を知り、またその偉大さも理解できる。だからヤツらを超えようなどと大それたことはハナから思わぬ』
思っているのは魔神だけ。
『魔族より強いために八龍の存在だけを知り、魔神霊より弱いために八龍の凄絶さまでは理解できぬ。そんな中途半端な存在がぬしらじゃ。知識はあっても知恵が回らぬ。そんなヤツらを哀れと思わずしてどうしよう』
『煩い! 黙れ黙れえええええッ!!』
霧の中に閉じ込められながら魔神は憤怒の気炎を吐く。
『貴様らなどに理解できて堪るか! 強い力を意味もなく振るい、享楽に耽るだけの魔神霊! 我ら魔神だけが、力を正しく扱える! 正しく力を振るって世界の外まで貫けるのだああああッ!!』
『ハイハイ意識の高いことよのう』
『我々魔神こそが、この世界を正しく導く神なのだ!! 我らが世界を進化させてやる! そのために魔族も人間どもも、役立てられるなら本望ではないか! 命だろうと心だろうと喜んで捧げろおおおおおッ!!』
……なんだ?
その勝手な言い草は?
『御高説、ご苦労様なことじゃがなあ? ぬしらは一つ勘違いをしておる。大いなる力とはそもそも意味のないものじゃ』
『あ……?』
『意味とは、それ自体がそもそも小さきもの。そんなものに拘っておる時点で、ぬしらの存在自体が矮小である証じゃ。大地も空も、海も大気も万象すべてが意味もなく、そして悠久に流転する。その象徴こそ我ら魔神霊。その上にいる八龍』
俺たち人間だって一生懸命生きているんだ。
このあまりにも大きすぎる世界の中で、一人一人に一生はあまりに小さすぎて意味なんかない。
それでも人々はそれを繋いで、様々な小さい出来事と共に世代を交代し永遠の真似事を築いている。
それをお前ら神は、勝手に介入して自分たちの利益に変えようと?
何様のつもりだ。
『ほれほれ、ぬしらがあまりにも愚かすぎて、わらわの主様が怒り狂ってしまったぞえ?』
『何を……? バカな……!?』
魔神よ。
神を騙るゴミにも劣るものよ。
俺はお前たちの存在を許さない。
人々の小さな幸せをまっとうさせるために、お前たちは永遠に消え去るべきだ!!
『主様よう。コイツらはそれなりに存在が大きいからのう。ヘタに絶命させると溜め込まれた力が暴発して、この辺一帯吹き飛びかねんぞ?』
アビニオンよ、アドバイスどうも。
では、こうしよう。
「コイツを空中に高く飛ばしてくれ」
『あいさー』
魔神が、囚われた霧の牢獄ごと空へと上がっていく。
アビニオンの理力だ。
俺はそれを追い、地面を蹴ってジャンプした。
雲にも届く高度であったが、楽にヤツのいるところまで飛び上がった。
地上との距離は遠い。
これなら大爆発が起きたところで関係あるまい。
『バカな!? 我を殺すつもりか!? この神を! 世界を支え、万物を支配する神を人間風情が殺すというのか!?』
「それの何が問題だ」
神だろうとなんだろうと、俺たちの害になるものなら実力で排除して当然だろうが。
今まではそれを成しえるほど力のある人間はいなかった。
でも俺には力がある。
こんなグーで殴るだけの何でもない力。
使いどころは少ないんだってついさっき、ルーセルシェ王子の権謀術数を間近に見せられ痛感した。
でもだからこそ。
この力を役立てる機会に恵まれたんなら、それを行使することを迷わない。
「死ね、世界の害よ」
『うぶらばああああああああッッ!?』
ヤツを閉じ込めている霧の牢獄ごと、俺の拳が貫き神のどてっぱらに穴を開けた。
ただの肉拳じゃない。
存在そのものを打ち砕く拳だ。
魔族を殺すために散々練習したので、これで神だって砕けるだろう。
軽めの憶測だが。
神を殺すのにその程度で充分だ。
『ば、バカめ……! 言ったはずだぞ我が体はアストラルボディも兼ねていると。物理的に打ち砕いただけではすぐ元に……ごばばああああああああッッ!?』
悲鳴を上げる神。
『何故だあああああッ!? 霊体にひびが入る!? 物理作用とはまったく別のものが、我を蝕んでいるうううッッ!?』
魔神の存在そのものが砕けつつある。
『死ぬ!? 我が死ぬ!? 永遠に消滅する!? バカなそんなことがあってたまるか! 私は神だぞ! 永遠に世界にあり続け、すべてを正しく導くものだぞおおおおおッ!?』
「そんなもの誰も求めてない」
だから気にせず消滅しろ。
『いやだああああッ! 力を溜め続けていつか龍へと届くはずの我が、こんなところで消え去るのかあああああああッ!? こんなの間違っている! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だああああああッッ!!』
すべての生きとし生けるものがそう思っているのさ。
誰だって死にたくない、やるべきことを残したまま消え去りたくない。
それをお前は踏みにじったんだ。
「報いを受けろ」
これ以上ヤツの鳴き叫びを放置しても耳障りだったので、もう一度拳を振るってヤツの頭部を叩き割った。
ガラスを砕くような手応えで、脆くもヤツの存在は消え去り、この世のどこにもいなくなった。
神は死んだ。
少しお休みをいただき、次回更新は5/12(木)を予定しています。