119 身の程知らず
戦闘継続中。
『あばばッ!? ごべべべべッ!? ごぁッ!?』
もとい躾継続中。
魔神とかいうヤツが急遽襲来したので、迷惑にならない屋外でしこたま殴っております。
時折魔神側からも反撃が来て、猛烈な火炎などを浴びせかけられますが、大丈夫。
何故か服すら燃えません。
『<ゴモラの火>ッ!! 何故だ!? 我が炎の神罰を浴びて火傷一つない!? かつて不信と背徳に塗れた街を一瞬で消し去った業火だぞッ!?』
「罪深いことしてんなあ……」
腹に一発お見舞いすると、炎の魔人は思い切り体をへし曲げ『く』の字を描く。
『おがっぺがぁぁぁぁぁぁぁぁあああああッッ!?』
神といえど殴られたら痛いらしい。
『どうしてぇ……!? 我ら魔神の肉体は、なかばアストラルボディの形態をとった複合形質……! 物理攻撃で砕かれることなどけしてないのにぃ……!?』
「ちょいやっ」
『はんごぼッ!?』
いい加減気づくべきだ。
自分たちは至高の存在などではなく、誰かから殺されることもある普通のヤツなのだと。
この世界に生きる誰もがそうであるように。
「お前らにだって天敵はいるだろう。俺もその一人ってことだ」
『ふざけるなッ!? 人間ごときが神の天敵を名乗るなど、どこまで思い上がるッ!? 不遜だ! あまりに不遜……ごべべぇッ!?』
お前こそいい加減事実を受け入れろよ。
人間である俺にさっきから一方的にタコ殴りにされている事実を。
「お前らは何だ? 全知全能だとでも思ったか? お前らをブッ叩けるヤツなんているわけがないと?」
『ごばっばぁッ!?』
「その驕りを正せ。お前らもまたこの世界に生きる小さな一部でしかない。そう思えばこそ同じ世界に生きる人たちに敬意も湧く」
『あっばばばぁッ!?』
「そうして弱い者たちで助け合って生きていくのが正しい在り方だろう。何故その正しさに気づけない? ちょっとヒトより能力があるせいで当たり前のことにも気づけないのか?」
『どげッ!?』
「煩い静かに殴られろ」
『ぜべっべぽぉ!?』
時折放たれた反撃もいつしかやんで、本当に一方的に俺に殴られるだけになった。
頃合いを見計らって言う。
「そろそろ躾もできてきたかな? じゃあもう一度質問タイムだ」
コイツら魔神は、人間たちにスキルを与えてきた張本人だという。
教会を介して。
たしかに教会は神を崇め、スキルは神のお恵みだと日頃からのたまっているのだから、そこまで不自然なことではないのかもしれない。
コイツら魔神だし。
「その一方で魔族が襲い、人に甚大な被害をもたらしている。それも魔神の差し金だと聞いた。お前らのな」
『……ッ!?』
「そんなことをして何になる? 一方で与え、一方で殺す。矛盾しているのに気づけないのは、お前らがバカだからか?」
その一方で、先ほどジルミアースが言っていたことが思い出される。
コイツら魔神にとって、人間は農作物とか家畜とか、そんなものだという。
魔族はそれを育てる農奴であると。
それはどういう意図で?
ヤツらが人間を作物だとみなしているならば、最終的には……。
『クックックックック……! バカはお前だ。気づかんのか……?』
ついに魔神が、俺の質問にまともに答え始めた。
口ぶりがまだまだ小バカにしているけど。
でもせっかく答えてくれる気になってくれてるんだから大人しく耳を傾けるか。
……。
でもやっぱりムカついたので一回殴った。
『ほぐッ!?』
「はい続き」
『ごののののの……!? ……はっ、つまりだ、弱者に用はないということだ。自然淘汰の法則というものを知らんのか?』
殴られながらも説明を止めない魔神。
律義。
『厳しい生存競争の中で、弱い者から死んでいくのは当然のこと。そして強者が生き残る。それを繰り返していけば強者だけになっていく。我らが狙うのはそれよ』
「強いヤツだけ残して何の意味がある?」
『選別だけではない。強者もまた幾多の困難に晒されて、鍛えられて強くなる。さらにな。それこそが我らの喜びよ。せっかく力を与えたのだ。より強くして返してもらわねば!』
「……!?」
どういうことだ?
それが魔神の狙い?
ヤツらが与える力というのは、スキルのことだろう。
強いスキルを得た人間は、自然と勇者やらS級冒険者と称号を与えられて讃えられ、最前線へ出て戦うようになる。
魔族とも直接戦うだろう。
死闘の中でスキルを磨き上げて、さらなる次元に高める。
そうなれば。
『人間どもは、作物ですらない! 苗床なのよ! スキルという形で与えた我らが力を、より活性化させるためのな!』
嘲るように笑う魔神。
『そして魔族どもが農奴という例えも間違っていない。よい作物の育て方を知っているか? ギリギリまで水をやらず、熱したり冷やしたり、とにかく過酷な環境においてやれば草木どもも生きようと力を振るい、より太く逞しく育つ。濃厚にな。人も同じよ。人を育てる役割を魔族どもに課しているのよ』
魔族に攻撃させ、それに対抗するうちに鍛えられ強くなり、スキルの扱いも上手くなる。
スキルそのものも強くなる?
『そうして実った果実を口にするのは我々だ! 当然よ! スキルは元々我ら魔神が与えたものだから返してもらうのは! そして貸したものには利子がつくのも当然!』
「ならばお前たちは……」
自分たちの力をさらに増すために、人間を利用しているというのか?
自分の力の一部を、スキルとして人間に与え、魔族や人間同士の抗争で鍛え、より強くなったスキルを再びみずからに取り込み力を得る。
人間たちが鍛え上げた分だけ、スキルの力を取り返した時力は上がる?
「一体何のために? 自分が強くなるためだとしたら、回りくどいにもほどがあるぞ?」
『我々は、正攻法で力を上げることはもうやり尽くしたのでな。我のレベルは<9999>。魔神の限界レベルにとっくに達している』
そういえば。
さっきヤツのパラメータを覗き見た時、そんな数値を見かけた。
人間のレベル上限は<99>。魔族のレベル上限は<999>。
それと同じようにヤツら魔神にも、上げられるレベルに限界があるのか?
『ゆえにわれらがこれ以上強くなりたければ、正攻法ではない裏技が必要だということよ。それゆえの人間だ。お前たちは脆弱な小虫に過ぎぬが、どこか不思議な力を持っていて、自分たちの限界よりほんのちょっぴり色を出して強くなれる』
その特性を利用し、自分の力を分け与えて殖やさせ、その上で回収。
自分の力の限界値を上げている。
『フハハハハハ感謝するのだな! 脆弱な人間ごときが神の役に立てるのだ! それこそ光栄の極みというヤツ……ごぼぉッ!?』
ムカついたのでまた殴った。
「何故そんなことをする? お前ら魔神は、そうやって思い上がれる程度には強いんだろう? 現状に満足して鍛えることなどしなくても充分なのでは?」
『ぐおおおお……!? たしかにな。しかし強く全能であるからこそ見えるものがあるのよ。お前たち矮小な小虫は知ることすらあるまい。この世界の外にいる、真なる究極の超越者たちを!』
……それは……。
まさか……!?
『八柱の龍どもよ! それぞれが世界一つに匹敵し、その力は我ら魔神すら虫けら同然! 全知全能たる我らでも、八龍の存在には畏怖する以外にない! しかし!』
魔神は高揚しながら言う。
『人間どもがスキルを育て、ほんの少しでも余剰分を育み我らへと返す。それを繰り返し続ければ、いつかは八龍へと届くはずだ! 我々もヤツらの領域へ! この世界の枠をも超える超越者に!』
「それだけの力を得るのに、一体何人の人間からスキルを回収すればいいんだ?」
『さあなあ? 何億か? 何兆か? しかし数などどうでもいいことだ。いつかは辿りつく、それが重要なことだから』
気の遠い。
『超越者たる魔神には悠久の時間がある。いずれ必ず滅すべきお前たち人間と違ってな。不老不死というヤツよ! だからこんな悠長にすぎる方法も取れる!』
「……」
『今さらながらに恐れおののいたか!? 矮小な虫けらと、我ら神とのあまりの尺度の違いに! そう人間など神々の企てで寄与できただけでも幸せなことだと思え! お前たちの生に意味を与えてやっているのだからな!』
「なるほどわかった」
お前たちが生かしておく価値もない連中だということが。
「大きな目標をも持つことは勝手だが、他人を巻き込むな。お前たちの悠長極まる計画に付き合ってやるいわれはない」
『別にいいぞ。我らも、もうお前たちの協力は必要ないと思っていたところだ』
……何?
『お前たちは反抗的になりすぎた。我らの下僕どもを追い詰め、魔族たちをもそそのかし離反させた。このようなゴタゴタした状況では我らの思惑もスムーズに進まぬでな。ではいっそ一からやり直そうというわけよ』
魔神の炎の体が揺らめく。
『このような世界の秘密をベラベラと話して、おかしいとは思わなかったか? 問題ないからよ! これから死ぬお前たちが何を知ろうと!』
「この熱量……!? まさか国ごと!?」
『一度すべての人間を殺し尽くす! 魔族も! 我らに歯向かう不良品どもすべてを焼き尽くした上で、残った人間を殖やしなおし、再び従順な者たちだけの世界で我らが計画を再スタートさせるのだ!』
魔神の炎は、いかにも爆ぜてバーストしそうだ。
本気で、少なくとここの国すべての人間を消し去るつもり……?
『滅べ! 神に逆らう愚か者どもよ! 神の怒りに触れるがいい! <神罰>!!』
燃え広がる炎の神罰。
しかし。
その神の怒りが国中を焼き尽くすことはなかった。
ヤツの周囲を囲い込んだ霧が、完璧なまでに神の炎を封じ込めたのだ。
神を自称するヤツらを阻むのは……。
魔神霊アビニオン。