11 悪霊の女王
あれから改めて調べ直すと、たしかに悪霊の領域が広がっていた。
教会の人たちが定めたという聖域は消え去り、悪霊たちが入り込み放題となっている。
「あの教会野郎どもが! 高いお布施払わせときながらテキトーな仕事しやがって! 何が『絶対消えない聖域』だい!?」
ロンドァイトさんは拳を地面に叩きつける。
どうやら悪霊対策に力を借りた教会に対して怒り心頭のようだ。
しかし事態はそれだけに収まらない。
悪霊たちを締め出す聖なる領域が消えたということは、悪霊たちは入り込み放題ということだ。
平原の今まで安全と思われていた場所にも悪霊は徘徊し、安全ではなくなってしまう。
いやそれだけで済むのか?
今まで押し止められていたものが開放され、いずれはこの平原すべてが悪霊に覆い尽くされる。
果てには人々の住む街まで……!?
ヤツらの生態目的がわからない以上、最悪の状況はどこまでも更新されるかもしれないのだ。
「思った以上にヤバい状態かもな」
新人冒険者として研修に出ただけだと思っていたのに、いきなり街の存亡を懸けた事態に直面されるとは。
「このままにしておくことはできません。早急に何とかしないと、街そのものがヤツらに襲われかねない」
俺の危惧にロンドァイトさんは頷く。
「聖域が使い物にならないとなったら事態は一刻を争うね。急ぎ街に戻り、状況を伝えて……こうなったら国に動いてもらうしかない。騎士団を出して直接街の警護を……!」
「いえ」
ロンドァイトさんの呟きを遮って俺は言う。
「俺が行きます。このまま進んで悪霊たちを駆逐する。この平原から一体残らず消し去ります」
「はあッ!?」
それを聞いて声を裏返すロンドァイトさん。
「アンタ、バカなのかい!? そんなことが、できるもんならとっくにやってるよ! できないから教会ずれなんかに下げたくもない頭下げて役にも立たない聖域を張ってもらったんだろう!?」
「悔しさが滲み出てるなあ」
「アンタがさっきやった技はたしかに凄かった! けど、あれで平原中の悪霊どもをすべて消して回るってのは無茶があるよ! アイツらは無茶苦茶数が多い上に、消してもどこからか新たに現れる!」
ロンドァイトさんの話では、かつて教会の聖職者たちも神聖魔法にて全悪霊の駆逐を試みたそうだが、消しても消しても湧いてくる悪霊に断念し、聖域による封じ込めに切り替えたんだそうな。
「いいえ、俺がやるのは元を断つことです」
「元を断つ!?」
「さっき悪霊たちに直に触れてイメージが流れ込んできました。この平原には悪霊のボスというべきヤツが居座っている」
ソイツが悪霊を次々と呼びこみ、消しても消しても追いつかない状況を作り上げているようなのだ。
「ウソだろう? そんな情報アタシらは全然……」
「ソイツさえ何とかしてしまえば、悪霊も自然と消え去って平原からいなくなります。元凶を倒すんです。というわけで今から行ってきます」
「今から!?」
「善は急げですよ」
クエストではないが、街の存亡が懸かったこの状況。
動く価値はあるだろう。
平原に蟠踞する悪霊の親玉を目指し、俺たちは進む。
◆
平原の奥まで来ると、いかにもそれらしい物体が俺たちを待ち受けていた。
「城……!?」
こんなところに城があるとは。
大きく強固な城が、我々の前に聳え立っている。
「いや待ておかしいよ? こんなところに城があるなんて話聞いたことがない! 城なんて重要拠点なんだからギルドマスターやってるアタシの耳に入らないわけがないのに……!?」
と戸惑い気味なロンドァイトさん。
「っていうかなぜアナタたちまで付いてきてるんです?」
悪霊退治なら俺一人で充分なんですが。
一応危険を伴うからロンドァイトさんにはノエムを連れて街に戻ってほしかったんだがなあ。
「これでもギルドマスターとしての意地があるんだよ! 街が滅ぶかどうかの瀬戸際って時に震えてるわけにはいかないだろう!」
「そうは言いますが……!」
お陰で必然的にノエムまで付いてくるハメになったではないか。
あの場に一人残していくわけにもいかなかったし、お陰で悪霊の瘴気が一番濃いここまで来てしまって子ネズミのように震えているノエム。可哀想に。
「わ、私も一緒に行きます……!」
歯をカチカチ鳴らしながら、それでも恐怖に耐えて言う。
「リューヤさんと離れる方が嫌です。いつでも一緒にいます。いさせてください……!」
ここまで強い俺への依存心は一体何なのか?
しかしここまで来たら是非もない。何がこようと二人まとめてこの手で守り通すのみだ。
「悪霊のボスがいるとしたら、あの城の中でしょう。いかにもな佇まいだ」
「みずから居城を建てたって言うのかい? 悪霊が? んなバカな……!?」
「真意のほどは突入して本人に聞いてみるとしましょう。ほら、出迎えが来ましたよ」
城門から噴出するように現れる半透明のおどろおどろしいモノ。
悪霊たちだ。
例のレギオンが、またしても俺たちへ向けて一目散に向かってくる。
「はぁーあ」
俺は大量の生命力を噴出することで、またしても悪霊どもを一瞬のうちにかき消した。
もはや慣れたものだった。
ここまで来るのにも何度となく悪霊が襲い掛かってきたが皆こうやって撃退してきた。
「リューヤがいなかったらとっくに取り殺されてたろうね。何なんだいアイツ。悪霊って<スキルなし>にあんな簡単に消し飛ばされるものだっけ?」
「リューヤさんが凄いですぅ~!?」
ロンドァイトさんとノエムをしっかり背後に守りながら、城内突入。
「偉いヤツがいるとしたらどの辺だと思う?」
「やっぱ上の方じゃないですかね?」
ノエムのアドバイスに従い、とりあえず階段を見つけては上るを繰り返していたら……。
◆
『おやおや客人とは珍しいの?』
いた。
本当にそれっぽいのがいた。
『とはいえここは死域。命あるものが立ち入ってはならぬ場所じゃ。どうしても居座るというならその騒がしい心臓の音を止めておくのがマナーぞえ?』
いかにも玉座っぽい部屋で待ち受けているのは、……何というか。
真っ白い女だった。
肌も髪も、着ているドレスすらも一つの染みもなく真っ白。
生命感のない白だ。
それでいて体の端々が霞のようにぼやけていて、足が地面から離れて宙を浮いている。
いや、足そのものがない?
「いかにも幽霊っぽい出で立ちだが……アンタがこの平原に溢れかえっている悪霊どものボスってことでいいのか?」
『悪霊? 押しかけるなり不躾で無礼な物言いじゃのう。わらわをあのような雑魚と一緒にするでない』
「じゃあ何です?」
『よくぞ聞いた。わらわこそ、この世界を掌握する超越者の一角、十八体の魔神霊が一つ……』
白い女は、霊体でありながらも豊かな乳房を強調し、言った。
『魔神霊アビニオンとはわらわのことじゃ。存分に恐れ称えるがよいぞ?』
「じゃあこの辺から消え失せてくれませんかね?」
『酷ッ! いきなりなんじゃ情け容赦ない物言いは!?』
だってこの辺に悪霊が溢れかえっているのはアナタのせいなんでしょう。
わかってるんですよ俺は。
『知ったことではないわ。超越者たるわらわの瘴気に誘われて、数多の雑霊どもが吸い寄せられることもあろう。そやつらが集合して凶悪なレギオンと化すことも、あやつらが勝手にしていることで、わらわのせいではないわ』
いやアナタのせいでしょう。
「悪霊たちは危険を及ぼして、近隣の街の迷惑になっているんです。ヤツらが出てくる原因がアナタだって言うなら、街からずっと離れた場所へ立ち退いてもらうのが一番なんですが?」
『嫌じゃ』
にべもない。
『わらわはこの場所が気に入ったんじゃ。だから住み着く。おぬしら人間とて同じことをしているだろうに、何でわらわだけが責められねばならんのじゃ?』
「それはそうかもですが……」
『迷惑というなら、おぬしらこそが立ち退けばいいのじゃ。街とやらをわらわの影響が及ばぬ遠く離れた場所に移せ』
無茶言うな。
過去の人々が何世代もかけて住みよくした歴史ある街をそう簡単に捨てられるか。
『古来より誰も破れぬ法則とは、弱者が強者に従うということじゃ。弱い人間どもが、より強いわらわのために場所を譲る、さもなくば滅ぶ。それだけのことじゃろう』
「それならば……」
埒が明かない。
もはや話し合いは限度を過ぎたか。
「俺がお前より強ければ、お前は俺に従うってことか」
『身の程知らずじゃのう……!』
周囲の空気がピリピリしだした。
あの幽霊女が放つ殺気で、場が沸騰し始めている。
『人間の分際で、このわらわに敵うと思ってか。無知にしてもその思い上がりは万死に値する。お前のような不快な勘違い男が二度と現れぬように、地獄の苦しみを味わせながらじっくり殺してやるかのう』
やっぱりそうなるのか。
相手が喋るから話し合いでなんとか済ませられないかと頑張ったのに。
結局物事は流血なしに進むことはないらしい。