118 魔神降臨
『哀れな……どこまでも哀れな虫どもよ……』
!?
突如サミットの場に木霊する声。
会議室中に響き渡る荘厳な声。誰もが反射的に見上げた。声は、空から降ってきたように聞こえたからだ。
まるで神託のように。
『己らの存在意義すら推し進められぬならば、もはや存在する価値もないではないか。脆弱で、矮小で、そして愚鈍な人の子どもよ。その上神の役にも立てぬというなら、いよいよ何の価値もない』
天から降ってくる声。
実体はないのに、まるで豪雨に叩きつけられるような衝撃を感じた。
部屋全体が揺れているようだ。
そんな中で、魔王であるジルミアースだけが下を向いていた。
多くの人間とは逆に、恐怖に震え、こうべを垂れて許しを請うかのように。
『お許しを……! お許しを……!?』
実際そんなことを呟いてカタカタ震えていた。
魔族の中でも最高クラスの魔王を怯えさせ、許しを請わせる相手などいるのだろうか?
いるとしたら、それこそ……!?
「この胸を直接打つような衝撃、荘厳なる響き……!?」
俺の隣に座るセンタキリアン王様まで、目がうつろになって打ち震えているではないか。
「まさに神託じゃ!? ではこの声の主は、まさに……!?」
『愚かな虫けらどもよ』
突如、まばゆい光が部屋に満ちた。
「うわああああああああッッ!?」
多くの者が閃光に眩み目を閉じた。
さもなくば視覚が潰れていたかもしれない。それくらい眩しい光だった。
俺はずっと目を開けていたけれど。
そのお陰でわかった。
サミットの会議室に突如現れたソイツは、人のようで人でなかった。
手足をもって五体はまさに人間そのもの。
しかし全体的に人間とは異なっていた。
全身が光り輝いているのだ。
まるで炎のように輪郭が揺らめいているというか……。
そう、人の形をした炎。
炎人間。
そんなヤツが突如サミット会場に乱入したのだ。
「何だアイツは……!?」
とにかくこの乱入者の正体を見極めることが大切だ。
ソイツ自身に名乗りを求めるよりも、俺にはもっと即座に見極める手段があった。
ステータスを覗く。
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【名前】エクスカテラ
【種類】魔神
【性別】なし
【年齢】算出不可
【Lv】9999
【所持異能】神権行使、万能宣言、神罰、裁き、ゴモラの火
【好悪度】×
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……やはり魔神か。
コイツが。
ここで散々話題に出てきた、魔族を越える超越者。
『神たる我がみずから赴きことを成す。……あってはならぬことだ』
現れし魔神は、一方的にひたすら言い募る。
『我こそは世界の絶対者。故に誰もが恐れ、敬い、かしずかれる存在であらねばならぬ。我が求めれば誰もがすべてを差し出し、我に疎まれれば誰でも消え去らねばならん。何故なら、我が神だからだ』
ヒッ、と誰かの声が上がった。
誰もが恐怖を感じている。それは生物の根源にある恐れなのかもしれない。
『……人の子ごときが何故神を直視している?』
神が、ここに居合わせた人全員に向けていった。
『無礼であるぞ、跪け! ぐぶおあッ!?』
殴った。
俺の拳をまともに食らった火炎魔神の頭部は吹っ飛び、胴体もそれに引きずられ派手に飛ぶ。
吹っ飛んでいった先に窓があり、それを突き破って外へと飛んでいった。
「派手に飛ぶ神だなあ」
一応まだお話をしたかったので殺さないよう手加減して殴ったんだが。
魔族以上、魔神霊以下でしょう?
その辺りの加減を想定して殴ったはずなんだが、難しいな。
飛ばしすぎて城の外まで出ていなければいいんだが。
「ちょっと追ってきます。皆さんは室内でお待ちください」
サミットに出席した方々に一言かけて、俺は魔神の通過で砕けた窓を通っていく。
「あ、ジルミアースさんもここにいていいからね。無理しなくていいよ」
魔神の威圧ですっかりしおれてしまったジルミアースにも声をかける。
今まで魔神に好き勝手されてきた立場だけに、相対するのは怖かったんだろう。裏切って俺に恭順したぐらいだからな。
ここで彼女を守る甲斐性でも見せておかねば、信頼が揺らぐ。
できることはすべてやろうと思い、俺は自分が吹っ飛ばした魔神の軌道をたどって外に出た。
◆
『うご、ぐおおおおおおお……!?』
魔神が思ったより飛距離出てなくて助かった。
センタキリアン城内の、中庭。
そこにアイツは落下していた。
せっかく庭師さんが整えてくれた綺麗な芝生にクレーターを作りやがって。ふてえ野郎だ。
もうちょっとしっかり灸を据えてやらないとな。
『我を殴っただとぉ……! 神たる我を殴っただとおおおおおおおッ!?』
「ちょいや」
『ぐべはああああッ!?』
なんかお怒りの様子だったので、今度は目つぶしで指二本を突っつく。
容易にヒットできて、反応の鈍いヤツだなあと思った。
『うぎゃあああああッ!? バカな!? 神にこのような狼藉を働いて、恐れを知らぬのか貴様あああッ!?』
「神だろうとなんだろうと、礼儀を弁えない方はお仕置きする。余の常識ではないかと思いますが?」
『莫迦めが! 常識というのはなあ……、貴様ら下等生物は神に絶対服従する! それこそが常識なのだあああ!!』
明灯する魔神の体が、炎のように揺らめいた。
『神の怒りに焼き尽くされろ、この痴れ者があああッ!!』
「キミに聞きたいことがあんだけど」
『あぶべしろッ!?』
全身浴びた炎をものともせず、俺は一歩踏み出て魔神の頭を掴む。それでできるだけ絶妙の力加減で握り潰す……さない!
潰す寸前の気持ちでギリギリ絞る。
『あがががががががッ!? 何故だ!? 何故人間ごときが神の我にいいいいいッ!?』
「ヒト様に迷惑かければ神でも殺す。それが常識だ。覚えておくといい」
あと炎噴き出して庭を荒らすな。
庭師さんの真心と努力と、あと一生懸命生きている草花に悪いと思わんのか、このクズが。
「魔族に命令して人間を襲わせているのも、人間にスキルを与えているのもお前ら魔神だと聞いた。違いないか?」
『ごおおおおおおッ!?』
「ヒトから質問されたらちゃんと答えようよ」
もうちょっと握力強めようかなと思ったところ、急に手応えがなくなり空を掴んだような感覚がした。
その時には人の形をした炎は、人の形を崩して本当にただの炎となり、しかしスライムのようなウゾウゾした動きで俺から素早く離れていく。
そして改めて人の形をとった。
『おのれえええ……ッ!? 人の子の分際で神の頭を握るとは、どこまで傲慢になればそんな不遜を働ける?』
「アンタほど傲慢にはなれませんよ」
出会ってまだ少しも経っていないがそれだけは自信をもって言える。
「お前には躾が必要だ。この大きな世界で、誰もがちっぽけなその一部に過ぎない。神とて例外じゃない。そのことをわからない我がままな子どもは、徹底的に叩いて躾けないとな」
話を聞くのはそれからにしておこう。
『愚かな……! 極めて愚かな……! 人間風情が神を躾けるだと? 正気を失っていなければそんな阿呆な発言できるわけがない!!』
炎に包まれた魔神は、怒りの感情からか体表の炎をますます燃え上がらせる。
『いいだろう教えてやる! 神が何ゆえ絶対なのかを! 我が身に触れることすらできず、一方的に嬲られて死ぬ苦しみを味わうがいい! 死んでからも永遠に後悔し続けろ! 神に逆らった我が身の愚かさをな! ぐほッ!?』
また殴った。
面白いぐらい簡単に当たるな。