116 サミット再開
「余談じゃがのう」
王様が言った。
「前にルーセルシェを含めた我が愚子どもが国を捨てて逃げたことがあったじゃろう? その見苦しさにほとほと愛想が尽きて、廃嫡を決めた事件じゃ」
はい、覚えています。
思えばそれがあのアホ王子王女との初遭遇だけあって尚更な。
「ルーセルシェもあのアホに混じって母親の実家に帰っておったのじゃが、実はあれは恋人をかくまうためだったようじゃ」
恋人というと、さっき話に出てきたパン屋の娘さん?
「当時魔族が攻め込んできて王都はけっこう危ない状況じゃった。万が一の危険も排除しようとルーセルシェのヤツは半ば強引に恋人を安全な場所に置いておきたかったようじゃ」
母親の実家へと赴き、祖父母や親せきに恋人の安全を託してとんぼ返りして故国へと駆け付ける。
「その時あやつには命を懸けて国を守る決意があったようじゃが、そう話は上手くまとまらんものよ。その時にはもうぬしが魔族を倒しておった」
ごちゃごちゃ準備している間に脅威は自然消滅していたのだった。
いや、俺が働いたので自然だったわけでもないが。
「それで恋人を迎えに行くためにもう一回国を離れ、戻って来るうちにゼムナントやイザベレーラと同じ帰還のタイミングとなったようじゃな」
彼が故国を捨てたのは、けっして自分可愛さの保身的行動ではなかった。
それどころか国のために命を捨てる覚悟であったのか。
「それでもあやつは王に相応しくない。土壇場で国よりまず愛する一人を優先したんじゃから。もしあの時、恋人と共に国を守る覚悟をもって、恋人を王宮において出陣していたなら王座をあやつに譲ったかもしれん」
それでもルーセルシェは、最優先に愛する女性を選んだ。
それは一人の男としては正解でも、国を支える王者としては不正解だった。
「やはり余のあとに国を任せられるのはレスレーザしかおらぬ。ぬしも夫として支えてやってほしい。頼む」
「は、はい……!」
重い申し出だが受ける他なかった。
それに比べれば第二王子様はみずから望んで庶民となり、気楽なパン屋暮らしか。
のどかで羨ましいなとは思う。
「安心せよ、ルーセルシェほどの権謀の使い手を野放しにしておく道理はないぞ」
ニヤリと笑う王様。
「あやつにはあやつで充分に才能を発揮してもらうことになるじゃろう。気ままな庶民暮らしなどさせておくものか。その辺りはぬしも楽しみにしておれ」
「…………」
どうやらあの愛に生きる王子様の前途も多難らしい。
それはまあ王子様などに生まれてしまったがゆえのサガとして受け入れてほしいものだ。
◆
さあ、そんなゴタゴタが色々とありましたけれども、気を取り直してサミットを再開いたします。
しょっぱなから乗り込んできた教会関係者と権謀術数による殴り合いを演じてしまったが、根本的に俺たちがやりたかったのは世界中の王様が集まって、重要な議題を話し合うことだ。
その議題とは、教会対策。
その教会がみずから乗り込んでウソだの詐欺だの演じて醜態をさらしてくれたのだから、あとの流れもやりやすいと言えばやりやすい。
教会の悪行。
これまで皆がはらわた煮えくりながらも文句の言えなかった数々の所業を指摘し、非を打ち鳴らし、追及する。
そのために団結しようという話し合いがサミットの趣旨だった。
「開始早々トラブルに見舞われたが、今となってはそれも有益だったかもしれぬ」
皮きりにウチの王様が言う。
「教会の所業、その罪深さ、今やすべてが明らかなはずじゃ。その罪を犯した当人に償わせるため、世界中に現存する国家及び扶助組織が一丸となって推し進めたい」
「異議なし!」
ウチの王様に反応し、多くの責任ある立場の人たちが、その責任に似合わぬ苛烈な感情を噴出させる。
「教会は、ことあるごとに法外な寄付金を要求してきた! お陰で我が国庫はボロボロだ!」
「ウチもだ! 今まで毟り取られた分キッチリ取り返さなければ気が収まらんぞ!」
「世界の守り部などとお高く留まっていながら、その実は世界の寄生虫ではないか! 百害あって一利なし!!」
「今すぐ聖都へと攻め込み、教皇以下重鎮どもの首をすべて刎ねてしまおうぞ!」
中には、物騒な主張も飛び出した。
それだけ教会に対して腹に据えかねているということだろう。
「ワシの娘は……ランクSのスキルを生まれ持ったがために教会に連れ去られてしまった! 王女であるのに! 貴国らのような大国ならともかく、我ら小国では王族と言えども教会の意向には逆らえんのだ! 教会へ渡ってから王女からの便りは一切ない! ……生きているかどうかさえ……!」
「我が国では、犯罪組織によるかどわかしが常態化して、国民の十分の一がいつの間にか消え去っていた……! 庶民も貴族も関わりなく! その悪人どもをセンタキリアンの方々が滅ぼしてくださったのは有り難いが! 黒幕に教会がいたという事実を無視することなど到底できん!」
教会への怒りが数多く噴出していた。
しかし冷静な案もないではない。
「しかし教会が世界を支えていたことも一つの事実ではないかね?」
というのは、いかにも落ち着いた風貌の老紳士だった。
あれもどこかの王様なのかな?
「いや、誤解なきように願うのは私は別に教会の味方ではありません。彼らはたしかに思い上がっていて、ある程度のペナルティを経て心を入れ替えることが必要でしょう」
しかし……、と論を翻す。
「滅ぼして消し去る、そこまですべきでしょうか? 皆さまはお忘れか? 教会以上に我らを苦しめる魔族という脅威を?」
「……ッ!?」
その言葉にすべての出席者が息を飲んだ。
「魔族……ヤツらこそ我ら人間にとっての悪夢です。どこからともなく現れ、気まぐれに我ら人間の領域を脅かす。その魔族と対抗するためにこそ教会が必要だった。正確には教会の擁する勇者が」
「そ、それは……!?」
反論が見つからず、多くの出席者が押し黙る。
「魔族と真っ向から戦い、そして何とか追い払うことのできるのは教会の勇者以外にない。我々は教会のお陰で生きながらえてきた。そう言う側面もあるのでは?」
「それは、そうかもしれぬが……!」
『教会討つべし』の気炎を上げていた人々も黙り込むしかない。
相手が正論を唱えるならなおさら。
「教会は我ら人類に欠くことのできない組織。だからこそ多くの狼藉を働きながら今日まで存在を認められてきた」
「ううぅ……!?」
「無論だからと言って何をやっても許されるわけではない。今回の過ちを彼らも認めざるをえまい。それを根拠に各国が勇者育成に口出しできるようにする。その要望を通して手打ちとするのがもっとも望ましいのではなかろうか?」
そうすれば魔族への対抗手段が人類に残り、かつこれまで好き勝手やってきた教会を制限することもできる。
あらゆる方面に配慮した理想的な決断に思えるが。
「俺は反対です」
やっと発言することができた。
理由もなくサミットに出席したわけじゃないぞ、俺!
「教会はこの機会に完膚なきまでに叩き潰すべきだと思います。わざわざ禍根を未来に残すべきではありません」
「貴殿は……!?」
「リューヤと申します」
俺が名乗ると場にざわめきが上がった。
『S級冒険者の……!?』とか『奴隷国家を滅ぼした張本人の……!?』とか。
「英雄殿みずからの発言痛みいる。しかし先ほどの私の危惧をお聞き届けくださらなかったのだろうか? 教会はただ純粋に害あるのみにあらず。その必要性についてはどのようにお考えを?」
「魔族についてですよね? それについてはこちらに考えていることがあります」
「考え?」
「それについては彼女から説明してもらいます」
俺が合図をすると、別室へのドアが開きある女性が入室してくる。
ずいぶん待たせてしまったな、あまりに待たせすぎて不機嫌になっていなければいいが。
「あ?」
「ああああ……ッ!?」
「あれは……!?」
会議の出席者は、彼女の姿に衝撃を受けた。
青い肌、頭部から伸びる角。
人間であればあるはずのない様々な特徴に目が行って……!
「あれは魔族!?」
「人の街の中に何故魔族が!? え、衛兵……!?」
ジルミアースさんの登場に、息に大混乱へと陥るサミット。
いわば天敵といっていい魔族の登場なんだからあわてるのも当然か。
「皆さん落ち着いてください! 彼女は無害! 安全です!」
俺も慌てて解説する。
「彼女は魔王ジルミアース。俺に恭順してくれた魔族です」
「恭順……!? 魔族が、まさかそんなことを……!?」
まだ半信半疑だ。
仕方ないここは俺がもう少しフォローしてあげねば。
「彼女ら一部の魔族が、身の安全と引き換えに俺への恭順を申し出ました。今日はその一環で、サミットに出席することを俺から要請しました」
「そんなことをして何が……。魔族が二度と人間を襲わないという誓約でもさせるのか?」
誰かしらの野次めいた質問に『いいえ』と答えたのは他ならぬジルミアースだった。
『そんなことをしても意味がない。何故なら魔族が人間を殺すのは魔族自身の意思とはまったく関係ないからだ』
「ヒィ!? 魔族が喋った!?」
『今日この場に来てやったのは、我らが主と仰ぐリューヤ様に命じられたからだ。我ら魔族の知る世界の真実を、何も知らぬ人間どもに話して聞かせよと』
命じてないです、お願いです。
『さすればお前たち人間がいかに愚鈍でも気づくであろう。教会こそがお前たちを苦しめる元凶であり、消し去る以外にとるべき道がないことをな』