115 第二王子の正体
いきなり想定外の出来事があれやこれやあったので、サミットは一時休止となった。
各々に用意された控室へとこもり、一旦話し合うべきことをまとめ直す。
それは主催者センタキリアン王国も同じで、控室に入ったのは王様に俺、それにたった今大観衆の下キメまくった第二王子ルーセルシェさんであった。
「一体どういうことなんです!?」
俺は混乱のままに疑問を投げつけた。
サミットの席に座ってからの俺、状況に流されるばかりで一言も物申せてない。
「ルーセルシェ王子は、敵側じゃなかったんですか!? 常に何か企んでるような顔してるし! 実際いかにも暗躍してるようなムーヴしてたし!」
「だからそれら全部ブラフだったんじゃ」
全部を知ってたような素振りで王様が言う。
まあ実際全部知ってたんだろうけれど。
「教会との対立、すべてリューヤ一人に片付けさせるのも情けないでな。我らでできることは率先してやっていこうと動いておったのじゃ。ルーセルシェはその手伝いをしてもらった」
「ボクがいかにも何か企んでいそうなのは生まれつきの顔なので……」
ルーセルシェ第二王子も言う。
つまり彼は、最初から裏切るつもりで教会に接触し、協力者を演じながら情報を引き出したり要所要所で邪魔したりなどして、結局はこちら側に貢献していたというのか?
前の説明との丸かぶりとなってしまうが。
「ルーセルシェは第二王子という微妙な立場柄に加えて頭が回るでの、こうした駆け引きには一等の働きを見せてくれるのじゃ。前にも幾度か成果を挙げてくれたが、今回も頼りにしてしまった」
「父上と臣民のお役に立てるなら、喜んで悪役を演じてみせましょう」
と恭しく礼する第二王子。
人間ができてる?
……。
俺はさあ、この人絶対何か企んでると思ってたんですよ?
元々彼と同カテゴリに入ってるゼムナントやイザベレーラが等しくアレだったので、彼一人だけまともなんて考えにくいじゃないですか?
さらに要所要所で、確実に状況が動くような口出ししてくるし。
粗忽な兄姉よりも遥かに厄介な策士だという認識だったのに……。
「じゃあ、これまでの口出し全部、俺たちのためにしたってこと?」
「まあ、多少の迷惑にはなったと思いますが、究極的には益になるよう立ち回ったつもりですよ?」
弁解するように言う第二王子。
「じゃあアレは? 一番最初に会った時、俺にA級昇格試験を受けろと言い出したのは!?」
「あれは言葉通りの意味ですよ? 女王になるレスレーザの夫が、D級冒険者じゃいかにも箔がつきませんし」
A級以上なら実力も示せて周囲の文句もでないと。
あの発言は、表向きそのままだったのか!?
「たしかに開催国がルブルムということでゼムナント兄上の妨害が予想できましたが、あの人程度にやり込められるようじゃとても女王を支えるなんてできやしない。まあ終わってみたらA級合格どころか、S級昇格を動議されるまで行くんだから正直驚きましたけど」
「そのあとの! ハゲ評議員を連れてきたのは!?」
教会との繋がりを持っていたレコリス評議員のことです。
「あの辺りからボクは教会に取り入るよう父上から申し付けられていましてね。その一環です、教会の思惑に貢献し、ヤツらの味方と思わせて信頼を得ないといけませんでしたから」
なんでもないことのように第二王子は言う。
「すべては教会の行動を制そうとする父上のご意思です。奴隷国家が滅亡した直後にもそのことを伝え、レスレーザの応援隊を追うようにビーリャスカ司教を送り込んだのもボクです。アレのお陰で教会からの信頼度がグンと上がりましたよ」
お陰でセンタキリアン王様を陥れる謀略にも加担できて、裏をかくことができたと?
「本当なら自国に損害があるような立ち回りは極力避けたかったんですが、ほら、レスレーザの婿殿ってどんな問題でも実力ではね返しちゃうじゃないですか? それで遠慮なく無茶ぶりできて大助かりでしたよ!」
「お、お役に立てて光栄です……!?」
こんな人だったのか第二王子……!?
そうやって巧みに相手に取り入って信頼を勝ち取り、ここぞということで裏切って相手に致命傷を負わせることに成功した。
ただでさえ奴隷国家との繋がりが浮かび上がって、窮地に陥っている教会。
いまや難敵となったセンタキリアン王国を逆に陥れ返すことで一発逆転を狙っていたのだが、それすら暴露されてさらなる窮地に追い込まれた。
今や世界中からの信頼は地に落ちて、教会に厳しい沙汰を成すサミットの進行を止めることもできない。
教会は万策尽きた。
それもルーセルシェ第二王子の影働きのお陰だったのだ。
「……イザベレーラが忠告してきましたよ?『ルーセルシェに気をつけろ』って。めっちゃ賢しら顔で」
「あやつにはなんも告げておらんわ。簡単に秘密を洩らしおるからの」
王様が無感情に言った。
イザベレーラ、王女なのに欠片も信頼されていない。
……こうまで説明されても俺はいまいち納得しかねた。
ここまで怪しいムーヴをされていながら、今さらいいヤツで味方でしたと言われても……すんなりとはなあ。
また土壇場で『裏切ります』とかならない。
「アハハハハハ……、やっぱりそう簡単に受け入れられませんよね?」
俺の疑惑の視線に気づいたのかルーセルシェ第二王子は苦笑する。
「いいえ、それでいいんです。ヒトを簡単に信じすぎないことは為政者の大事な能力ですよ」
「し、失礼……」
「自分が裏切られたわけではないにしろ、誰かを裏切った人間をすんなり信頼してしまうのは迂闊というものです。でも安心してください。ボクにはボクで、何があっても裏切れないものがあります」
「?」
すると第二王子、改めて王様……兼父親に向き直って、深く頭を下げる。
「父上、これでアナタ様からの命はすべてまっとうしました。改めて、我が願いをお聞き届けくださいますよう」
「わかっておる。……普段のらくらしたぬしが実にギラついたものじゃな。やはり人間モチベーションがあると大違いじゃわ」
……どういうやりとりだ?
「ルーセルシェとは、ある約束を交わしておったのよ」
「約束?」
「教会に接近し、ヤツらの信頼を得て一番重要なところで引っ掻ける。そうして連中の命脈を断つことに成果を挙げれば、こやつの望みを一つ叶えてやるとの」
望み?
一体どんな望みだろう? まさか王位継承権を自分のものに?
「レスレーザの婿殿、ボクは王座になど興味はありませんよ」
考えを見抜かれた!?
「第二王子という立場では、それこそよほどのことがない限りお鉢が巡ってきませんしね。その辺ボクはレスレーザと大して違いはないんですよ。だから最初から諦めはついていましたし、兄と姉が呆れるぐらいに欲望丸出しで王座を狙い合っていましたから、それを見ていると自然冷めてきちゃって」
「わ、わかります……!?」
ゼムナントとイザベレーラ、本当に醜い争いをしていたもんな……!?
「そんなわけで、ボクはけっこう気楽に王族生活を楽しんでいました。日々の勉学の合間に城下町に下りて遊んだり。身分を忘れてお忍びで動き回るのはけっこうな気分転換になりました」
「はあ……?」
「でも運命なのでしょうかね。そこで出会ったんです、ボクが生涯をかけて守るべき人に!!」
なんか第二王子のテンションが急激に上がった。
「要するになコイツ、市井の町娘と恋に落ちよったんよ」
王様が脱力した口調で言った。
「父上! そのような呼び方はやめてください! 彼女にはラーナという立派な名前があります!!」
「ハイハイ、パン屋の娘じゃったっけ?」
「彼女の両親が営むパン屋は、独特の製法でこねられた生地による絶品のパンを売ってるんです! そこで店番しているラーナは可憐な看板娘で……!」
「その話百回は聞いたからもういいわ」
身分を隠して城下町を見回る第二王子。
ある時、街角でパンを売る乙女と出会い、その素朴な魅力に惹かれて……。
「どこの恋愛小説です?」
「わかっています! 王族と庶民、けっして認められることのない身分違いの恋だと! だからこそ無理を押し通すための根拠を作り出したのではないですか! 教会に潜入し、ヤツらの陰謀を挫いた手柄でもって、彼女との結婚をお認めください!!」
「だから認めるって最初から言ってるではないか」
王様は、次男の情熱に押しつぶされそうな弱った表情で言った。
「余は一度言ったことは撤回せぬ。しかしまあお前は王座に興味がないと静観する割にとんでもない願いを持ったものよ。我が子には大騒ぎする者しかおらぬのか?」
「誰も彼も父上の影響を受けたのでしょう」
言えてると思って思わず吹き出してしまった。
たしかに王様も、周囲を騒がせる資質の持ち主ではあるよな、そうでなきゃ俺なんかを大抜擢しないだろうし、教会に正面切ってケンカも売らない。
「よかろう、とにかくお前と、その娘の結婚を認めよう。だがどんな形で収める気じゃ? 娘を王室に迎え入れるのか?」
「いえ、そのようなことをしたらラーナの負担は大きくなりましょうし、彼女は今の仕事を愛しています。彼女に我慢してもらうことがないようボクが王籍を捨て、婿入りしパン屋を継ごうかと」
物凄い決定をアッサリ表明しやがった。
愛のために王族の立場も迷わず捨てる!? コイツ恋愛小説の主人公か!?
「お前の人生なら後悔せぬようにいたすがよいわ。王としては、ぬしぐらい頭のよく回る策謀家が手元よりいなくなるのは痛くはあるがの」
「ここまで公の場で大々的に裏切りを果たしましたので。暗躍者としてのボクの価値はどん底まで落ちたでしょう。誰も恐れてボクを味方に引き入れたりしません」
「まさかそこまで計算に入れての立ち回りであったか?」
「はい、これで後腐れなく宮廷の陰謀劇から身を引くことができます」
ここまで見事なやりとりを傍から見せられて、呆然とするばかりの俺だった。
ルーセルシェ王子の独壇場ではないか。
完全に他人をたばかり通し、稀代の策略家ぶりを見せつけ、その上愛を貫き通そうとは。
このままじゃ俺の存在が完璧に霞んでしまう!?
消えてなくならないように次からはガンガン働いていかなければ。