113 這い寄る毒虫
教会……?
まさか教会の関係者までこのサミットに呼んでいたというのか?
「バカな!?」
しかしそれはセンタキリアン王様の苛立ちの声で、そうでないとわかる。
「何故教会の者がここにおる!? 貴様らなどがいていい場所ではないぞ! ここは!」
「それは心外。我ら教会こそ誰よりも世界を想い、世界を守ろうと尽くしてきた者たちにございます。そんな我々を、世界の行く末を決める重大な会議に呼んでいただけないなど、なんと寂しいことか」
突如乱入してきた教会の枢機卿……って、偉いの? まあいいか。
すなわちソイツに多くの王侯の視線が集まる。
いかにも泣きそうな消沈した趣であるが、それが芝居めいているのは誰の目にも明らかであった。
枢機卿はすぐさま態度を変えて……。
「しかし我々は心得ております。これも何かの手違いなのでしょう? 我々への招待状を忘れるというお父上の勘違いを補い、こちらのルーセルシェ王子がちゃんと代理を務めてくださいましたゆえ」
「ルーセルシェじゃと!?」
アイツは……!?
枢機卿の背後に控えるかのごとく、見覚えのある若き二枚目王子の姿があった。
センタキリアンの第二王子ルーセルシェ。
ヤツが教会関係者をサミットに引き入れたのか?
そんな周到で厄介なマネを……。
今さらながらにイザベレーラの忠告が思い出された。
――『ルーセルシェは最近、教会に接近しているわ』と。
そんな俺の戦慄顔が目に留まったのか、ルーセルシェ第二王子は言う。
「……我が義弟となる御方は天下無双の戦力をお持ちだ。だがだからこそ弱者の戦法には疎い。その妻となるレスレーザも同様ですから、この夫婦が先々王権を担えば先が思いやられますな」
「何を……ッ!!」
勇み立とうとしたがさすがに世界中の王様が一堂に集う場所だ。
乱闘騒ぎなどできない。
隣の席に座るセンタキリアン王様からも『動くなッ!』と言明されてしまった。
さらに王様は、血を分けた次男に対しても言う。
「ルーセルシェよ、余に何か言うことはあるか?」
「特に何も、ボクはこの場に整えるべきものをすべて取り揃えただけのことです。問題ないでしょう?」
何をぬけぬけと……!?
周囲の王族の人たちも、突然の乱入者に戸惑うことしきりだ。
それもそうだろう、誰もハッキリ言葉に出して言わないが、このサミットが開かれた目的は紛れもなく教会糾弾のためだ。
これまで『スキルを授ける』という唯一の利点から我が物顔で世界中を席巻し、他国に無理を押し付けてきた。
裏でも汚いことをいくつもしてきたようで、今や各国の怒りは頂点に達している。
臨界寸前だ。
だからこそセンタキリアン王様の呼びかけに応じたのだろうが、そこへ楔を打つように教会の関係者が颯爽登場とは……。
「皆、我々のいないところで内緒話をしたかったのでしょうが、仲間外れはいけません。是非とも我ら教会も、世界の行く末を占う重要な会議に参加させていただきたい」
しかし、どれだけ怒り頂点に達しようとも、そう簡単に殴れないのが教会という組織なのだ。
今なお、何か言いたそうなそぶりで何も言えないもどかしげな顔が横並びになっている。
「それではまず……各国の皆様、我ら教会のためにこのような場を設けてくださりありがとうございます。我ら教会の弁明の場を」
なんか勝手に進めていく枢機卿。
まるで自分がこの会合の主役であるかのようだった。
「弁明? どういう意味じゃ?」
「我が教会内で起こっている騒動については皆さま既にお聞き及びのはず。いやまったくお恥ずかしい。仮に隠ぺいしようとしても、それすら叶わぬほどの大騒動ですので……!」
枢機卿が言っているのは、『奴隷印』が消えたことにより自由意思を取り戻した人々の反乱だろう。
裏で奴隷国家と繋がっていたヤツらは、各地でさらってきた有用なスキル使いを『奴隷印』で支配し、自勢力に囲ってきた。
しかし奴隷国家が滅び『奴隷印』の根源となっていた魔王が死したことで、すべてのシステムが消失。もはや『奴隷印』で言うことを聞かせられなくなった。
それが今や教会支部のあるあら揺る各地で火種となって燃え上がっている。
「そうだ! 貴様ら教会の醜態は今や明白だ!」
「世界を守るための組織と称してこのような裏での乱行見過ごしがたい!」
「偽善者とはお前たちのためにある言葉だ!」
「これまで高い布施を取りながら何の役にも立ってこなかった穀潰しめ!」
各国の王様たちもよほど腹に据えかねていたのか一気に不満が噴出した。
今やサミット会場は、教会の代表を袋叩きにする場と化している。
「やれやれ……悲しいですな」
それに対して袋叩きにされている当人は静かだった。
「神に認められ、長年世界に尽くしてきた教会を、そのように罵るとは。皆々様、根も葉もない風聞をあまりに簡単に信じすぎではありませんか?」
「風聞? ふざけるな! 各地の教会支部で反乱まがいのことが起きているのは紛れもない事実ではないか!」
サミットに出席する誰かが感情露わに吠えた。
枢機卿答えて曰く……。
「いかにもそれは動かしようもない事実。しかし皆様はその原因を何とお聞きですかな?」
「原因……?」
それは奴隷国家による『奴隷印』が消え去ったから。
そのことは、解放された奴隷たちを各地の故郷に送り届けた際に、受け入れ先の各国に説明済みだ。
「そうだ! お前たち教会は大量の奴隷を買いこんでいたんだ! 表向き聖人君子のような顔をしていながら裏でなんとあさましいことをしていたのか! この一事だけでもお前らは、偉ぶる資格などないわ!」
「いけませんなあ、根も葉もない話に惑わされては」
やれやれとばかりに首を振る枢機卿。
「我々が奴隷を買っていた? それこそ根も葉もない噂です。そんな証拠がどこにあるというのですか?」
「しかし、奴隷国家が使っていたという『奴隷印』が消えた者が暴れているのだろう?」
「それこそが悪意によってばら撒かれたデマです。そもそも『奴隷印』なるものが本当にあるのか? それすら実証のない風聞ではないですか」
『奴隷印』を扱っていた魔王ミジュラケジュアミァは既に亡く、それゆえに『奴隷印』も一つ残らず消滅している。
完膚なきまでに消え去ったものの、だからこそそれがあったという確証はいかなる手段を用いても無理。
「ここにいる皆様にハッキリと申し伝えます。『奴隷印』などというものは最初から存在しないデマであると。我ら教会を陥れるための悪質な陰謀であると」
「何ぃッ!?」
出ました陰謀論。
教会は自分たちの悪行を包み隠すため、このサミットを起死回生の逆転の場にしようというのか。
「我ら教会は、いつでも人々のために尽くし働いてきたつもりです。ですがそんな我々を目障りに思う方がいるようだ。ヒトから恨みを買うなどとても悲しいことではありますが、虚言にて陥れられた以上は潔白を証明したいと存じます」
「自分たちは陥れられたと言うのか? 一体誰に?」
「そうですなあ、この急な会合が誰によって主催されたかを考えればおのずと答えは出るかと?」
そして枢機卿の送る視線の先にはセンタキリアン王と、その隣に並ぶ俺がいた。
「我ら教会が混乱にある最中、このような大掛かりな会議を催し益々我らを追い込もうとしたのです。何らかの意図を感じますなあ?」
「我らが虚言を弄して教会を陥れたと? バカな……?」
急に疑惑の目を向けられ、王様はせせら笑う。
「追及をかわすためとはいえ、あまりにお粗末な責任転嫁ではないか? そちらで暴れる者が多数出たのも我らの仕業だとでもいうのか?」
「我らはそう思っております」
「愚かな、なんでも人のせいにすれば通ると思うでないぞ!」
センタキリアン王の言う通りだ。
しかし相手はふてぶてしく……。
「アナタの国では、ノエムなる錬金術師を抱えているようですな? 所持するスキルは<錬金王>、錬金系において頂点に立つスキル。それがあれば作れない薬品などありますまい」
「それがどうした?」
「例えば、何の痕跡もなく人を狂気に陥れる毒薬を作り出すことも……!」
コイツ……、言うに事欠いて何を言い出すんだ!?
ノエムがそんな人を傷つけるような薬を平気で作ると!?
「それらの薬を使い教会関係者の正気を次々奪う、世界各地の教会支部で起こっている混乱はそれではないですか? 世界同時多発的でも無理な話ではない。何しろ<錬金王>スキルを持つS級冒険者の手腕ならば!」
「それこそ何の根拠もない言いがかりでしかない。可能不可能で犯人を決めつけられるなら、あらゆるスキルを抱えるお前たち教会こそ疑惑の伏魔殿じゃ!!」
「我々とてただの疑惑で申しているのではありません」
何?
「我々は入手したのですよ、人の正気を奪い去り、暴徒と化す効力を持った薬。その材料となる薬草などを、アナタお抱えの錬金術師が買い付けた証拠をね!」
「な、何……!?」
「このサミットに集った各国の代表者方にお見せしましょう! これこそセンタキリアン王国が教会を陥れた動かぬ証拠! 毒薬の素材を入手した買取リストですぞ!」
得意げに何枚もの紙をばらまく枢機卿。
それに書かれているのはすべて同じ内容で、何かしらの薬草なりなんなりの名が列挙されたリストだった。
そこへ、枢機卿の後ろに控えていたルーセルシェ王子が言った。
「まあ、そのリストニセモノなんですけどね」
「え?」
えッ?