111 第二王子の暗躍
サミット。
どうやら世界中の王様やらがこの国へ集まってくるんだそうな。
表向きは奴隷国家が潰されたことへの称賛&事情説明を聞きにくる目的なのだそうだが、さらに一枚上を狙ってるようだな。
世界中の権力者が集まって話し合うことといえば。
今まで絶えず世界を振り回してきたあの存在以外に議題はあるまい。
「俺は関係ないから休んでていいのかな?」
「いや、残念ながらそう言うことにはならないかと……!」
謁見の間から出て、俺はレスレーザから言われた。
「この世のあらゆる重要な出来事に、もはやリューヤ殿が関係ないとはなりますまい。奴隷国家を潰した張本人でもありますし、きっとその辺りの事情を聞かれることになるかと」
「そっかー」
「私も警備態勢を整えるために忙しくなりそうです。しばらく二人の時間は取れそうにないかと……」
寂しげに言うレスレーザ。
奴隷国家の事後処理を務めていた時は、同じ作業をしていた分けっこうイチャイチャできてたんだよな実は。
そんな時間がこれからは当分お預けで、残念そうなレスレーザだった。
可愛い。
せめてここで抱きしめて慰めようとしたところ、別の誰かから唐突に抱きしめられた。
「リューヤ様! おかえりなさいまし!」
「ぐおおおおおおッ!?」
大型犬のタックルと思しき勢い。
何事かと思ったら第一王女イザベレーラ。
「一ヶ月近くもお会いできずに寂しゅうございました! 長旅でさぞやお疲れでしょうから、今夜は妻のわたくしが心を込めて癒して差し上げますわ!」
「誰が妻だ! 誰がッ!?」
くっつくイザベレーラを引きはがし、床にたたきつけるのはレスレーザによる仕業。
「きゃんッ!? 痛いわね!?」
「アナタがリューヤ殿に嫁入りするなど誰が認めましたか! リューヤ殿は未来の王配! そのような殿方に王の姉妹が嫁ぐなど政治的に何の意味もないではないか!」
「何よレスレーザ、騎士が嫉妬?」
姉妹喧嘩のゴングが鳴った!!
「夫の浮気も許せない狭量な妻は疎まれるわよ? そもそも結婚なんて互いが愛し合っていれば成立するもので、損得で決めるものではないわ。そんな考え方に縛られていること自体、政治的な考えに縛られている証拠ではなくて?」
「『互いに愛し合っている』という前提からして間違いでは?」
「アナタみたいなヤツが正論を振りかざして人情を解さない冷たい王になるのよ! わたくしはそんな冷たい女王に振り回される可哀想なリューヤ様を癒してあげるのだわ!」
「ヒトを恋愛小説の悪役みたいに扱わないでください! そもそも、そうした悪役にいかにも似合いそうな性格をしているのはアナタでしょうが!」
「わたくしは変わったのよ! リューヤ様と出会って真実の愛に目覚めたのよ!」
「真実の愛とか言うなああああああッッ!!」
互いに遠慮がねえ……。
まあ、かつてはそれこそ政治的な事情から他人以上に冷たい間柄だった二人が、こうして本物の姉妹のようにケンカできているのは進歩と言える。
……のか?
「それにわたくし、殿方に愛を囁くだけのペット妻になるつもりもなくてよ。キッチリ旦那様の役に立つわ」
「どういうことです?」
「レスレーザ共々、長いことこの国を留守にしていたでしょう? その間こちらで何が起きたかまだご存じないはず。耳よりの情報を真っ先にお届けに来ましたわ!」
そう言ってイザベレーラ、俺の耳元に唇を寄せ、囁くように。
「アナタ様の赤ちゃんたーくさん生みたいですわ♥♥……あっ、間違えましたわ」
コイツ……ッ!?
「ルーセルシェにお気をつけ遊ばせ。かねてから動きが不穏ですわ」
ルーセルシェ?
……といえば、この国の第二王子か?
「現国王の子女、レスレーザを含めた四兄弟の三番目にして次男ですわ。世の習いに当てはめれば、男系王族として第一王子だったゼムナントに次ぐ王位継承権の持ち主でありました」
その割に王位を狙う意欲が男兄弟を押しのけんばかりでしたよね第一王女?
「我が国では実力と、国に尽くさんとする意欲も鑑みられてレスレーザが後継者に選ばれましたが……。ルーセルシェがそのことをどう思っているかは未知数なのです。昔から何を考えているかわからないヤツで……」
俺の脳裏に、かつて何度かすれ違った第二王子の顔が浮かぶ。
いついかなる時もニコニコ微笑を浮かべ、人当たりのよさそうな顔つきではあったが。
……そういうヤツほど腹の底では何を考えているかわからないものだ。
「ルーセルシェ兄上は、私が女王となることに賛同してくれています」
レスレーザが、不服そうに言う。
「前にも父上の前でそう言っておられたはずです。長男であるゼムナントが失脚した今、建前で言えば第二王子であるあの人こそ玉座についてしかるべきなのに父上の意向を尊重し、裏方に徹しています」
「未来の女王様が、そのような無防備な思考では困るわねえ?」
イザベレーラがフフンと鼻で笑う。
「そのゼムナントだけれど、アイツがやらかして僻地幽閉の沙汰となったのは何でかしら? 何がきっかけだったでしょうねえ?」
「それは、他国で冒険者昇格試験を受けるリューヤ殿を邪魔したから……」
「そうなったきっかけは? きっかけのきっかけ、大元のきっかけ。そもそもリューヤ様が昇格試験に臨もうとなったのは、誰が言い出したことだったかしたねえ?」
……ッ!?
それは……!?
「ルーセルシェだ」
レスレーザを後継者に指名するという発表がなされたあの時、その配偶者である俺がD級程度じゃ箔がつかないからと言ってA級冒険者昇格試験を進めたのが、第二王子ルーセルシェ。
たしかに覚えている……!?
「アイツはあの時点で知ってたと思うの。A級冒険者昇格試験が、ゼムナントの母親の故国で行われることを。わたくし以上に権勢欲剥き出しのゼムナントが、その権力を思う存分振りかざせる場所で何もしないとは思えない。ルーセルシェもそう思ったのではなくて」
そこまで見越して、俺に試験を受けるよう促したと?
「待ってください! ではゼムナントを失脚に追い込んだのは、ルーセルシェ兄上の策略であったと?」
レスレーザが吠えるように言う。
「いくらなんでも考えすぎでしょう!? いかにゼムナントが迂闊者でも、あそこまで自己を破滅させるような大ポカをやらかすなんてさすがに誰も予想できません!」
「破滅まで行かないとしても、いくらかダメージを受けることを期待していたんでしょう? あくまでゼムナントが脱落したのは、壮大な自爆よ」
さもありなんと思った。
「まして彼の地でゼムナントが狙っていたのはリューヤ様。いずれ女王となるアナタと彼は、もはやワンセットなのよ。遠い場所で、自分の前を行く二勢力が潰し合いを行う。それだけでもルーセルシェにとってはよい状況なんではなくて?」
イザベレーラの指摘に、俺たちは反論の言葉を持たない。
第二王子ルーセルシェがそこまで考えて発言していたのだとしたら……。
本当に恐ろしいのはアイツ……。
「そしてルーセルシェは最近、教会に接近しているわ。前にも教会シンパのギルド評議員を、お父様に紹介していたでしょう?」
「ああ……」
ハゲのレコリス評議員か。
「自分が頂点に立つために味方を作ることは順当な戦略だわ。教会だって、自分たちを疎んじているお父様が早いところ退位してくれればと思っているはず。跡を継ぐのが自分たちと仲よしならなおいいとも……」
そこまで言うとイザベレーラは声を潜めて俺たちに告げた。
「奴隷国家へ教会の手のものを送り込んだのもルーセルシェの仕業よ」
「!?」
「わたくしちゃーんと見たんですから。アナタからの連絡で、レスレーザが急遽兵をまとめて応援に向かったでしょう。それを見てルーセルシェのヤツ慌てて誰かに連絡を取っていたわ。きっと教会のつなぎ役に違いありません」
たしかに奴隷国家にも教会の手の者が現れ、いつも通りに引っ掻きまわしてくれたが……。
それらすべての厄介事の裏に、あの第二王子が潜んでいたと?
「これから教会をお仕置きするための大きな会議が開かれるんですってね? お気を付けになって。教会と手を結ぶルーセルシェにとっては見過ごす理由などありませんわ」
たしかにあの第二王子、常に不気味な佇まいを放っていた。
王様になりたいという欲望剥き出しの第一王子や第一王女。
彼らに比べれば木石のごとく静か。しかし要所で必ず発言し、その言葉は必ず状況に明確な変化をもたらす。
煩く空回りするだけだった第一王子王女よりも、あのように息を潜めて強襲のタイミングを窺っているヤツの方が何倍も厄介なヤツではないのか?
「……そのルーセルシェ兄上は今いずこに?」
「それが朝からまったく姿を見ないのよ。常日頃から王城にはほとんどいないの。ね? 益々怪しいでしょう?」
イザベレーラは得意げな顔つきになり。
「わたくし結婚したら見えないところで夫を支える内助の功を示したいの。今回はその予行演習ですわ。わたくしがどれだけ役に立ったかあとで感想をお聞かせくださいましねリューヤ様」
そう言って去っていくイザベレーラだった。
彼女の言うことでとりあえず確かなことがあるとすれば、これからの展開にも油断できることは一つだってないということだった。
様々な不安要素を抱えながらもセンタキリアン王国に各国の王族が続々と集まり……。
サミットの開催日がやってきた。