110 後始末と帰還
とりあえず、目の前で繰り広げられる修羅場を放っとくわけにもいかないので、介入した。
取っ組み合っている勇者二人どっちがどっちかよくわからないので、まず両方の仲裁をしてから並べて詳しく聴取。
モルガナを名乗る勇者が、自分が今まで操られていたことを主張したので縄を解き、その間ずっと取り押さえて動けなくしていた司教を引き渡した。
詳細は省くが、彼は報復を果たした。
もっとも教会全部を叩き潰すまで彼の気持ちは収まらないんだろうが、とにかく少しは軽くなったものだと思いたい。
もう一人の勇者は、本心から教会に従っていたのだろう。
拘束を解いたら一目散に逃げていった。
操られることもなく教会に賛同していたんだから、本来なら逃がさず収監していた方がいいんだろうなと思ったが、色んな事が一度に起こりすぎて本音を言うと気疲れしていたし、アイツを捕縛する法的根拠もないから放っておくことにした。
ここであったことを教会に知らせる役もいた方がいいかなと思ったが、去り際ソイツの独り言が耳に届いて……。
――「もう教会は終わりだ……! このまま戻らず山賊にでもなるか……!」
などと言っていたので報告役にもならなそうだった。
操られもせず教会に従うなんて、そんなヤツらばっかりだ。
でも山賊がヒト様に被害を及ぼすのは避けたかったので石を投げつけて転ばせて、結局レスレーザが連れてきた兵隊さんたちに拘束してもらった。
余計な手間だった。
『してリューヤ様、これからのことですが……!』
魔王ジルミアースが恭しく跪く。
同じ人外なのにアビニオンとはえらい違いだなと思った。
アビニオンもこれだけ礼儀正しくあればよかったのに。
『わらわをこんなザコと一緒にするでないわぁー。わらわはなー、心底偉いんじゃぞー! 偉いから偉そうな態度をとってもいいんじゃー』
心の中の呟きを聞かれた。
『リューヤ様、ミジュラケジュアミァを倒した今、この地にもはや用はないはず。別の場所に行かれるなら、我らの異能をもって瞬時にお送りすることもできます』
「えッ? そんなことがッ?」
『可能です、帰順した魔族の同志の中に空間転移の異能の持ち主がおりますれば……』
そりゃー便利。
早速送ってもらおうかなと思ったところ、すぐさまダメだと気づく。
「ここでやらなきゃいけないことが残ってるんだ。それが終わるまで俺は帰れない」
『と、言いますと?』
解放された元奴隷を、無事生まれ故郷に帰してやるための作業が道半ばなのだ。
最初に首都で解放した五千人に加え、各中小拠点から助け出した分も含めてもう一万人以上に膨れ上がっているのだ。
彼らの帰るべき場所を調べ上げ、故国と交渉して実際に帰らせてあげるのにどれほどの期間がかかるのだろうか。
想像するだけで気が遠くなりそうだった。
「それに、今さっき魔導具を壊して『奴隷印』を完全解除したのも、今となっては早計だったかも」
『と、言いますと?』
彼女のお陰で、すべての『奴隷印』が消え去ったのはいい。
奴隷となった人たちの中にはもう既に売り飛ばされ、各地の奴隷を買って楽しむクズの下で辛い思いをしている人が一定以上いるに違いない。
そんな人たちも一日も早く解放できればいいのだが、その前に『奴隷印』を消されて自由意思を取り戻したら、それはそれで危険な気がするのだ。
それまで口答え一つもなく従順だった奴隷が、いきなり自分の意思を取り戻して反抗しようものなら?
奴隷を買うヤツなんて心底からのクズに決まっているのだから、少しでも思い通りにならなくなった人たちにどんな酷いことをするかわかったものではない。
「取り返しのつかないことにならないよう一刻も早く助けだしたいところなんだが……。押収した資料から、奴隷を買っていったクズの居場所は特定しているんだがな……!」
おお、そうだ。
魔族の中に転移スキル(異能だけど)を使えるんなら、彼らに送ってもらって国外強襲すればいいではないか。
早速、方針を通達してアチコチ転移して襲うことにした。
幸い転移ができる魔族は何人かいたので、俺の他にアビニオン、ノエムも各地に送ってもらって手分けして奴隷の買い手を潰しにかかった。
いきなりヒトんちを強襲して、当地の法律とかと軋轢が出そうだがそういう時はS級冒険者の肩書きが物を言う。
さらに奴隷国家で押収した証拠も添えれば大体の無理は通るということで、想像以上にスムーズに、売られたあとの奴隷たちの解放まで片付いた。
そのついでに解放された元奴隷たちも故郷へ帰し、半月程を要したがつつがなくすべてを完了することができた。
奴隷国家にあった施設は、後々違法者に利用されることがないように跡形もなく吹き飛ばした。
あらゆる意味において奴隷国家を消し去り、何があったかすらわからないように仕上げてから俺たちはこの地を離れた。
そしてやっとこさセンタキリアン王国へ帰ってきた。
◆
久方ぶりの故郷へ戻ると、まずは王様への謁見だ。
「……いや、その……あのな……!?」
久方ぶりにお会いした王様は、何やら難しい顔つきをしていた。
謁見の間に集ったのは、同じ用件で留守にしていた者たち。
俺、ノエム、……アビニオンはタルいからといって姿を消しているが……。
あと事後処理に尽力してくれたレスレーザ。
それから、やはり事後処理で大変お世話になった魔王ジルミアースさんもいた。
「……リューヤよ、ぬしのやることなすこといつも余を驚かせてくれるが、今回ばかりは極めつけじゃのう」
「俺なんか驚かせるようなことしましたっけ?」
「隣! 主のすぐ隣にいるヤツ!」
王様の指摘を受けて……ああ。
ジルミアースさんのことか。
「ご紹介します。出先で仲良くなりました魔族のジルミアースさんです。ちなみに魔王なんだそうです」
『よしなに』
軽く挨拶して終了。
皆から『アッサリしすぎてない?』という視線を貰った。
仕方ないので、始まりからの経緯を話して王様に納得してもらった。
「まあ……、まあ……!?」
それでも納得しがたい顔つきではあったが。
「まさか魔族まで味方に引き入れてしまうとは……!? リューヤには心底常識が通用せんのう……!?」
『味方になったのではなく傘下に入ったのだ。この御方の強さを目の当たりにすればどう対するべきかわかるはずであろうに。これだから人間は愚かな』
「ははははははは……!?」
『強さの他に自分たちの価値を決めるものがあると思い込んでいるのが真実愚かだ』
ハイ、そこまで。
ジルミアースさん口を謹んで。
キミの言う通り人間社会は強いだけじゃ渡っていけないんだからね!
「彼女に従ってきた魔族らは、王都からちょっと離れたところに住んでもらおうと思っています」
「それがよかろう。さすがに街中をうろつかれたら市民の不安が底なし天井知らずじゃからのう」
本当は『魔族など追い出せ!』と泣き出したいところであろうのに、肝の太い王様だった。
たとえ心情的に受け入れられないのだとしても、実力行使したって動く相手ではないのが魔族。
それをしっかり受け入れているのだろう。
「それよりもリューヤよ。主のしたことでまた世界は大きく動き出したぞよ」
「ぎゅいーんと?」
「そう、ぎゅぃーんと!」
さすがに違法とはいえ国家一つをぶっ潰したのだ。
何の影響もないと思えるほど俺も鈍くはなかった。
「世界にはびこる奴隷商売は深刻な犯罪じゃったからのう。その首魁を叩き潰してくれただけでも万々歳なのに。押収した証拠品から各地に潜伏する顧客や末端組織まで割り出し、あっという間に検挙してくれた。情報を提供された各国からも感謝の声がひっきりなしじゃ」
「当然のことをしたまでですよ」
この世界から犯罪者を一掃するために必要なことでした。
「それに一番悪いヤツはまだまだ健在でしょう?」
「おお、あやつらか」
話が通じ合って皆まで言うこともない。
「屋台骨がぐらつくまではいっておらぬが、それでも相当揺さぶられておるぞ。『奴隷印』といったか。ソイツを押された者は教会に相当数いたようじゃ」
教会。
そうこれは教会の話だ。
裏で奴隷国家と繋がり、違法でも秀でたスキルの持ち主を掻き集めようとしていた教会。
表向きでの繋がりは何としてでも消してきたが、それでも報いは逃れられない。
「外からの推察じゃが、教会が抱えるスキル持ちの約半分は『奴隷印』で操られた傀儡であったようじゃ。そやつらが正気を取り戻し、逃亡だの報復だのと大騒ぎしておる。その動乱は半月ほど継続した今でも勢い衰える様子がない」
各地に散らばった教会支部でも動乱は起き、免れた箇所はないとのこと。
これまでも少しずつ、様々な事件によって権威を削られてきた教会が、いよいよ誤魔化しがきかないほど揺さぶられてきた。
「余はこれを好機ととらえる。これまでこの世界はあまりに教会によって振り回され続けた。その歪みを正すために、今こそ世界が一丸となる時じゃ」
王様、何か考えのありそうな口ぶりを。
「幸い、こたびの奴隷解放で自国民を保護できた礼を述べたり、事件の詳細を聞くためという理由で各国の要人が我が国に集まろうとする。そこでこれまでの教会の理不尽を説き、一大反攻戦線を築き上げようと思う!」
世界中の、王族や重臣が一堂に集まり話し合う……!?
「サミットじゃ!」