107 魔王出現(二回目)
魔族がまた襲来してきた。
しかも今回は複数。
空には、まるで死肉を狙うカラスのごとく数多くの魔族が飛び交っている。
いつもは単独行動をする魔族が、今になって集団で?
「これはマズいかも……!?」
とさすがに思った。
いや、俺自身はあの人数が一斉に襲ってきても負けない自信はある。
レベル八百万の力ではじき返してくれようぞ。
しかし俺の周囲にいる人間たちは違う。
本来、人では絶対に勝てない存在が魔族なのだ。
もし魔族たちが俺には目もくれず、周囲の人々を執拗に狙えば、いくら俺が阻止しようとしても完璧には無理だろう。
必ず一人は犠牲が出る。
「クッククククク……! どうですかな無能英雄殿? 我らの助力がいりますかな?」
俺の後ろでいやらしい笑みを漏らす司教。
これもヤツらの思惑通りとでもいうのか!?
さすがにあの数の魔族は、ここにいる人々を守ろうとする俺の対応能力を超えるものだ。
ここでヤツが連れてきている勇者二人の力を借りれば何とかなるかもしれないが。
そのことで借りを作られたら、俺はヤツらの要求を飲まざるを得なくなる。
都合のいいタイミングで魔族が訪れすぎだ。
やっぱりお前ら裏で繋がってるだろう!?
「いかに自信過剰になろうとも、アレだけの魔族を相手にしては命がいくつあっても足りますまい。しかし我らが教会の誇る勇者ならば魔族など容易に撃退できましょう」
「すげえ自信だな!?」
「とはいえ、ここのまとめ役はアナタなのですから。我々はアナタの判断に従いますよ? アナタがどうしてもと言うなら我々が神より与えられし恩寵を、少しは分け与えてやらんこともない」
完全にこっちの足下見てやがる!?
なんて悪辣なんだ教会の野郎ども!
俺だってせっかく奴隷の立場から解放された人々を無惨に殺されるのは受け入れがたいが、そのためにこんな連中の助けを借りろと!?
あとで必ず法外な要求をしてくるこんなヤツらに借りを作らなければならないなんて、そんなこと!
本来迷っている暇などないが、そんなこんなしているうちに魔族らの方から動きがあった。
上空で飛び交っている数十人のうちの一人が、おもむろに地表へと降りてきたのだ。
そして俺と同じ目線へ。
なんだ?
「…………!?」
俺の周囲にいるノエムやレスレーザや、他の元奴隷の皆さん、センタキリアン王国から派遣された兵士たちも、緊張の息を飲む。
ここは冷静にステータスを読むか!?
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【名前】ジルミアース
【種類】魔族・魔王級
【性別】女
【年齢】算出不可
【Lv】999
【所持異能】飛翔、魔物操作、魔物創造、魔法適性(SS)、瞬速再生、超魔光弾、剣術(SS)、魔族統帥権、雷帝、疾風黒翼、魔皇剣、色欲憤怒、ジア・サクリファイス
【好悪度】○
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「また魔王級……!?」
こないだ倒したばかりのミジュラケジュアミァと同じじゃないか!?
魔族の限界値<999>までレベルを上げ尽くしたヤツだけが名乗ることを許されるという魔王級。
それはまさしく魔族の王者に与えられる称号だった。
まさか複数いるとはな。
一人しかいないから王様なんじゃないの!?
どうする? 先手必勝で行くか?
一人の犠牲もなく立ち抜くには受け身に回っていては絶対ダメだ。
魔王という肩書きからしてあの集団を率いているのは目の前のコイツ。
不意打ちでこの魔王を一撃粉砕し、動揺したところを一気に畳みかけるか……?
『物騒な思考はやめよ主殿』
「うひぃ!?」
アビニオン!?
唐突に現れて耳元で囁くな!?
吹きかけられる吐息が!?
『ステータスを読み解けば、あやつがただ殺し合いのために訪れたのではないということがわかるはずじゃ』
「え?」
『ニブチンよのう。せっかくわらわが共有させた「眼」をもっと有効に使ってたもれ。もっとも注目すべきは常に【好悪度】の欄じゃぞ?』
【好悪度】?
嫌だよ、いかに敵であれども『×××××××』とか『殺殺殺殺殺殺殺』とか自分への敵意を直接示されるのには堪えるんだよ!
『汝に問う』
は!?
なんすか!?
唐突に魔族の方から話しかけられた。問答無用の激戦になるかと思ったら!?
『リューヤという名の人間は汝で間違いないか?』
「そうです、俺がリューヤですけども?」
一体何だこの流れは?
問いかけてくる魔族は、見た目だけなら確実に女性。
魔族ならではの翼や角、さらには青い肌など備えているが体つきは豊満で、キュッと引き締まった腰つきや、そこからなだらかに広がっていく尻の丸さなど、誰もが魅了される色香を伴っていた。
「……一体何の用件だ? 戦いに来たんじゃないのか?」
『それを汝は望んでおらぬと聞いた』
え?
誰から?
すると空からもう一人の魔族が、魔王に続くように地表へと降りてくる。
魔族と言えども、その姿、顔つきには人間と同じぐらいの個体差がある。
それで、見覚えのある魔族だったら俺も気づくことができる。
「お前はセンタソニアさん!?」
『セニアタンサだッ!?』
惜しい。
微妙に記憶が違っていた。
過去、魔族との遭遇は必ず相手が死ぬまでの闘争だったが唯一と言っていい例外が、このセニアタンサとの戦いだった。
コイツはこれまでの魔族と違って、いたずらに人間を殺そうとはしなかったし、実際誰も犠牲者が出なかったので情が動いてしまった。
今まで生かして帰さなかったのを、つい見逃して、それ以来だ。
まさかこうして再会することになろうとは……?
『何だその呆けた顔は? まさか私との約定を忘れたわけではあるまいな?』
「えー?」
なんでしたっけ?
『私はお前の言葉を信じて、身命投げ打ち魔王様に進言したのだぞ! それを今さらなかったことにするつもりではあるまいな、と聞いているのだ!』
「いえ大丈夫です! 覚えてますよ!」
勢いでテキトーなことを言う。
『それでいい、なればこそ私も甲斐がある。魔王ジルミアース様をお連れしたことをな!』
と彼の視線が、隣にいる女魔族へと向いた。
元々偉そうであったセニアタンサですら畏敬を払う、より威厳に満ちた魔族。
美しく妖艶な立ち姿からは『魔族の女王』という呼び名がピッタリ似合いそうであった。
『……ミジュラケジュアミァを倒したようだな』
「は、ハイ」
ここで奴隷国家の総督を演じていた魔王だよな?
やはり同族だけあって面識があるのだろうか?
同じ魔王だけに同格でもあるし。
「アイツは人間に『奴隷印』を押して意志と自由を奪い、モノのように扱って侮辱した。そのゲスぶりは生かしておけるものじゃないと判断して、その通りに叩き潰した。文句があるか?」
『…………』
女魔王はしばし無言でこちらを見詰めていたが、それは答えを考えているというよりも、こちらを値踏みしているかのような沈黙だった。
その様子を、教会の司教もいぶかしげに見詰めている。
本当はその傲慢な性格から何か物言いしたいのだろうが、相手は魔族。下手に横やり入れて敵意が自分に向かないかと恐れもしているのだろう。
『……いや、ない』
「え? 何が?」
『文句が、だ。ミジュラケジュアミァは同族から見ても性情下劣で唾棄すべきものだった。あんなヤツが私と同じ魔王であることが恥ずべきことでしかなかった故、死んで清々した』
案外と同情の欠片もない物言いだった。
俺としてはこのセリフをどう受け止めていいものやら。
『誤解してほしくないのは、魔族にもあのようなゲスばかりではないということだ。魔族は本来誇り高い存在。地上のあらゆる生物を超越した強さに相応しい高潔さを持つ種族なのだ』
「そうすか」
『しかし、それでもさらなる高位の存在はいる。生物であることすら超越した神々に、我々は長く隷属を強いられてきた』
……ん?
『リューヤとやら。汝のことはセニアタンサより聞き及んだ。俄かには信じがたいが、人間でありながら魔族を越え、その上に座す神をも超えるやもしれぬという。私も半信半疑ゆえ今日まで動かず静観してきたが、ミジュラケジュアミァを倒した今、事実を受け入れざるを得まい』
そして女魔王は跪く、俺へと向けて。
「ええええええ……!?」
『汝が……いやアナタがかつてセニアタンサと結んだ約定を、今私が魔王として受け取る』
魔王は希った。
『アナタの強さに我ら魔族を傘下に加え給え。そして数千年と続く魔神の支配より、我ら魔族を解放したまえ……!!』