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105 忍び寄る真悪

「『奴隷印』ですか?」


 応援に到着してくれたレスレーザ。

 彼女とのこれからの共同作業のため、まずは情報の共有から始める。


「奴隷国家の総督が所持していたスキルだ。これのせいで奴隷にされた人たちは意思を奪われ、言いなりになっていたらしい」


 その総督が魔族だったとか、さらに衝撃的な話は一旦置いておこう。

 色々ぶっ込みすぎると混乱して却って情報が正確に伝わらない。


「なるほど、これだけの規模で奴隷商売を行えた最大の理由はそこなのですね。ですが、それを扱う総督が倒れた今、問題は除外されたということなのでは」

「俺もそう思ってたんだが……!」


 しかし問題は解決されてはいなかった。


 首都を制圧してから、解放された男奴隷(元)たちが組織だって周囲の奴隷商拠点を制圧してくれた。


 制圧自体はつつがなく完遂されたが、しかし意外な問題が残ってしまっていた。


「そこに囚われていた奴隷から『奴隷印』が消えてなかった」

「えッ?」

「スキルの主である総督を殺せば、その効果も一緒になくなると思っていたのに、一度刻まれた『奴隷印』はそれでは消えないらしい」


 アビニオンにも確認をとったが、呪縛系スキルは、使用主が死ねばその効果も消えるのは基本。

 しかもそれは魔族の異能でも変わらないとのこと。


 ただ例外はいくつかあり、使用主に何らかの異常が現れたとしても呪縛を維持させるための手段がいくつか存在するそうな。


 ――『なんじゃ、この施設は教会どもにとって重要なんじゃろう? ということは魔神どもにとっても重要でありうる』

 ――『だからこそちっとのトラブルでは崩壊せぬよう安全装置が施されておるのやもしれんのう』


 ……とのこと。


 まあ、各拠点で保護した奴隷たちはまたノエムとアビニオンの協力プレイで『奴隷印』解除したからいいんだけども。


「でも、奴隷国家に奴隷にされた人たちがこれで最後とは絶対思えない……!」

「そうですね。奴隷とは売るものなのですし、既に売られた奴隷が世界各地に隠され、そこに『奴隷印』の効果が持続していたら……」

「見つけて解除するのはかなり面倒な話だ」


 そんな作業を進めるためにも総督府をガサ入れし、参考になりそうな資料を洗い出した。


 お陰で奴隷商と取引のある貴族豪商、山賊や海賊犯罪組織等々を割り出すことができたので、それをたどればいずれはすべての奴隷を解放することも無理ではない。


 しかし、そこにもさらなる問題が立ちふさがっていた。


「奴隷国家の資料をいくら洗い直しても、アイツらの姿が浮かんでこないんだ」

「それは、まさか……」

「教会」


 俺たちは当初から教会と奴隷国家に繋がりがあると見て動いていた。


 元々今回の奴隷国家と争うきっかけが教会がらみのことだったし、教会と奴隷商の利害関係を説かれてさも当然と腑に落ちることができた。


 だからヤツらの持ってる物証を調べ上げたら両者の繋がりなんて簡単に立証できると思っていた。

 しかしながら何も出てこなかった。


「ここに来て教会と奴隷国家に繋がりはなかったということですか!?」

「いやそれはない」


 ここまで腐りきった悪党同士に繋がりがないということはあり得ない。

 よほど上手く隠していると見るべきだと思う。


 物証を一切残さぬまま取引を行う。

 奴隷国家を率いていた総督の正体が魔族というなら現実味もあるが。


「……わからないことは後回しにすればいい。今できることを順番に片付けていこう」


 差し当たっては解放された奴隷たちをそれぞれの故郷へ帰すことだ。


 彼らにも家族がいて、友だちがいて、そこで築いてきた生活があるに違いない。


 それなのに唐突にさらわれ、空白符になってしまった時間を一秒でも早く取り戻してやらねば。


「各国にはセンタキリアン王国から急使が送られ、現状を知らされています。遠方の国は、自国民の近辺までの護送を我々に委託し、近隣国は直接迎えを寄こすそうです」

「順当な判断だな。レスレーザにはますます手間をかけてすまないが……」

「謝らないでください。私がリューヤ殿のために何かをしたいのです」


 なんて献身的な奥さんだ。

 感動で泣きそうになっているところ、しかしレスレーザはそこまで甘ったるい雰囲気にはさせてくれなかった。


「やるとなったら迅速な行動が必要です。横やりが入る可能性も充分にありますから」

「たしかに、そうだな……!」


 奴隷国家は滅ぼしたものの、それでもこの世からすべての悪が消え去ったわけではない。

 まだまだ残り続ける悪の芽が、どんな影響を及ぼしてくるかわからないのだ。


 その証拠に……。


「姫様……いえ将軍! 大変です!」


 俺たちの下へ駆け寄ってくる老将軍。

 前にも見たな。レスレーザを補佐する副将か?


「何事か?」

「将軍へ面会を求める者が……、教会の者です」

「チッ!」


 早速しゃしゃり出てきたのへレスレーザはあからさまな舌打ちをする。


「もう来たのか! 会わない、追い払え! どうせヤツらの主張することなど、こちらの一片の得もない押し付けに決まっているのだ!」

「そのような決めつけはよくありませんな」


 恐らくは『待っていろ』という要請を無視して勝手に押しかけたのだろう。


 小奇麗な法衣を身に着けた初老の男は、朗らかな笑みを浮かべながらもどこか侮るような気配があった。


「教会より派遣されましたビーリャスカと申します。司教を務めております。このたびは戦勝の寿ぎを述べに参りました」

「この戦争はセンタキリアン王国によるものではないから戦勝祝いを受け取るいわれはない。それに私は貴殿に会うと決めたわけではない。今すぐ去れ」

「こうしてお会いしたのですからもうよいではありませんか。私も無事使命を果たし、レスレーザ王女殿下と和やかなご挨拶を交わすことができた。そう教皇猊下にご報告できます」

「あることないことベラベラと!!」


 キレかけるレスレーザ。

 真面目一徹の彼女が、あのように人を食った態度に我慢しきれるわけがないか。


「戦場での指示無視は殺されても文句は言えないぞ」


 ここは俺が助け舟を出すべきだと思った。


「ちょっとした手違いで人が死ぬのが戦場だからな。それを防止するために命令支持が徹底されている。それに従う気がないというなら、殺されてもかまわないということだ」

「戦場? このような和やかな場所がですか?」


 向こうでノエムと解放奴隷たちが収穫した巨大野菜に大喝采を上げていた。


 まあ、あれはのどかだが……。


「ここは間違いなく戦場だ。戦いによって国が滅びたあとだ」

「恐ろしいことです。我ら教会の信徒は、このように惨たらしい事象が一片の残りなく世界から消え去ることを祈っております」

「祈りなら聖堂で上げればいいだろう。とにかくお前は、誰からも呼ばれてないのに戦場までしゃしゃり出てきた場違い野郎だ。さっさと帰るがいい」


 教会からの使いは黙り込んだ。


 しかし去る気配は一向になく、むしろ梃でも動かないといった感じだ。


「……ッ、用件は!?」


 たまりかねた具合でレスレーザの方から聞き出した。

 真面目な彼女には耐えがたかったのだろう。


 いつでも真剣で本気なのは彼女の美点だが、今回はそれが逆手に取られた感じだった。


「間髪入れずにボコボコにしてその辺に捨ててしまえばよかった……!」

「さすがレスレーザ王女、次期国王の呼び声に相応しい賢明な判断にございます。何そう難しいことではございません。教会はアナタ方の善行に是非ともお力添えをいたしたいのでございます」


 力添え?

 また白々しいな?


「邪悪な奴隷国家が滅びしこと、我々教会も非常に喜ばしく思っております。しかしながら問題は、邪悪を滅ぼせばそれで終わりではないということ。奴隷国家に連れ去られた哀れな奴隷たちの、その後の身の振り方でございます」


 教会の使いっ走りは恭しく言う。


「それについてはこちらで対応を進めている。各国と連絡を取り合い、それぞれの故郷へ送り届ける準備は着々と進んでいる」

「それでは時間がかかりすぎましょう。そこでです、奴隷たちをいったんすべて我が教会で預かるというのはいかがでしょう?」


 ……。

 何?


「我らが教会は、弱き者の味方です。我らが彼らの住む場所と、毎日欠かさぬ食事と、充実した日々を用意して差し上げましょう。このような荒れ地で何ヶ月も置き去りにされるよりずっと幸福かと存じます、いかがでしょう?」

「そしていいスキルを持った者を囲い込んでいこうという魂胆か」


 口を挟む俺に、教会野郎は胡乱な目で睨み返す。


「それが元々の魂胆だものな。奴隷商に優れたスキルの所有者を拉致させて、教会が奴隷として買い取る。奴隷国家が潰されてそのシステムが破綻するもんだから、今ある分だけでも掻き集めておこうと慌ててしゃしゃり出たってことか?」

「何を言っているのだねキミ? 根拠のない中傷は神への冒涜だよ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 一番厄介な敵が来ましたね。 こういう輩にはイザベレーラのスキルが有効なのですが…
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