102 魔王出現
奴隷国家総督ミジュラケジュアミァと元老院メンバー数名。
その体から頭部が失われ物言わず立ち尽くしている。
「死んだんなら早く倒れてほしいんだけどなー」
あまりにも鮮やかに瞬殺したことで、体自身が『死んだ』という事実を認識できず、今やない脳みそからの指令を律義に守っているのか。
それとも……。
「リューヤさん! まだ油断しちゃダメです!」
背後でノエムが叫ぶ。
「皆さんの『奴隷印』がまだ消えません! スキル主が死ねば呪縛系の効果も消え去るはずなのに!」
そう言いながらノエム、部屋に雪崩れ込んだまま立ち尽くす人々の片っ端から、手に持つナイフやら剣やらをひったくって投げ捨てていた。
少しでも自分にできることがあれば迷わずする。
その賢明さに感動し、是非とも真似したいと思うのだが……。
「たしかに珍妙だ」
本当に、元老院たちの死体は立ち尽くしたまま倒れる様子がない。
ここまで怪しいと却って安心感すらあるな。
「死んだふりもそこまでにして、いい加減に復活したらどうだ?」
俺からの冷たい言葉にピクリと揺らぐ死体。
……いや、死体が反応するか。
死後硬直による偶然の一致じゃないぞ。
コイツらは、頭部を失っているにもかかわらずちゃんと俺の声を聞き届けているんだ。
「殴った感触でわかった。お前の同類を何人も殴り殺しているんでな」
そして、重大なことを忘れていた。
パラメータの確認だ。
せっかくできるんだから敵なら遠慮なくプライバシーを暴き立てて手の内を読んでおかなくては!
日頃から習慣になってないからついつい忘れちゃうんだよな。
というわけで……。
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【名前】ミジュラケジュアミァ
【種類】魔族・魔王級
【性別】男
【年齢】算出不可
【Lv】999
【所持異能】飛翔、魔物操作、魔物創造、魔法適性(SS)、瞬速再生、超魔光弾、分裂、魔族統帥権、隷属刻印、強欲暴食、胃袋空間
【好悪度】×××××
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……やはり。
「正体は魔族だったか、お前」
『グァバババババ……! 我が正体まで見破るとは……! 益々厄介な英雄様よの!』
ミジュラケジュアミァ総督の声質が変わった。
この底冷えするような響き……覚えがある。
頭部を失ったミジュラケジュアミァの死体、その傷口がボコボコと盛り上がる。
首の裂かれた部分から新たに生え変わる、新しい頭部。
その間に胴体や手足も禍々しく変化していき、背中から羽が生え、肌も見覚えある青色へと変わっていく。
蝙蝠を思わせる翼は左右に二本ずつ伸びて計四本。
そして生え変わった頭部には五本もの角が伸びていた。
「なんか今までの魔族と比べて豪勢だなー」
『当り前よ! 我を何と心得る! 魔族において最強最悪! レベル<999>に達した魔王級魔族であるぞ!』
総督ミジュラケジュアミァ改め魔族ミジュラケジュアミァは大威張りで言う。
『魔族のレベル限界値は<999>! その域に達しこれ以上ない強さを手に入れた者だけが名乗ることを許されるのが魔王! 魔王ミジュラケジュアミァこそ我が真の呼び名よ!』
「奴隷国家を率いていたのは魔族だったか……」
そして奴隷国家の裏には教会がいる。
教会と魔族らが繋がっているという推測が、益々現実味を帯びてきたということに。
「なるほど、人々の自由を奪っていた『奴隷印』は人間のスキルでなく、魔族の異能だったか」
だったらそのデタラメな性能にも納得がいく。
アビニオンは、一瞬でも自分をてこずらせた『奴隷印』に釈然としなかった様子だが、これなら安心してくれる……かな?
「人の意識を操作して服従させる。……それだけならまだしも千人単位で一斉に作用させ、かつ距離も時間も関係なく効果永続させる……!」
あまりにも効果が無制限すぎる。
考えてみれば、そんなデタラメなスキルを人間が持ち得るはずがないのだ。
『しかし、人間ではなく魔族であれば納得できる。……であろう?』
「まあね」
『そういうことだ。我ら魔族は超越者。中でも私は最高峰に位置する魔王! その魔王たる私が異能を振るえば、いかなる不可能も存在しない! ブァハハハハハハッ!!』
魔王の哄笑と共に、周囲にあった複数の死体がひとりでに動いて、引き寄せられていく。
正体を現したミジュラケジュアミァへ向かって。
「あれは……他の元老院たちの……!?」
十体近くもの死体は、すべてミジュラケジュアミァの肉体に密着し、同時に混ざり合って取り込まれていく。
まるで泥粘土をこね合わせていくかのように。
そうして互いの区別がつかなくなるほど一緒になった複数の死体は、結局最後にたった一体のミジュラケジュアミァとなった。
『ふう……久々にたった一体に戻ると頭がスッキリするわ』
「そうか、お前らは……!?」
元々一体の魔族だった?
ヤツのパラメータを覗いた時、取得異能欄に<分裂>というものがあった。
つまりアイツは自分の体をいくつにも分けて複数人になることができる?
「スキル被りが、こんなに都合よく何人もいるのが不思議でならなかったが、それが答えか」
同じスキルの持ち主が複数いたんじゃない。
一人の人間が複数に分かれた結果、同じスキルの持ち主が複数人になったのだ。
……まあ、人間じゃなく魔族で、スキルでなく異能だが。
「そして、それが奴隷国家の元老院の正体だったんだな。既に数百年前から続いている奴隷国家に必要不可欠な奴隷スキル。その所持者が都合よく何世代もあり続けるなんておかしすぎる!」
真実は、複数人に<分裂>したミジュラケジュアミァがあたかも代替わりしているように見せかけて、自分を別の自分と入れ替えていただけなのだ。
元老院は結局複数人に分かれたミジュラケジュアミァでしかない。
何人いるように見えても結局は一人だ。
「お前はそうして、数百年を怪しまれないようにして奴隷国家の中枢にい続けた。自分の分身を絶えず入れ替え続けながら傍目に見れば世代交代のように見せかけて。奴隷国家は過去数百年の間、お前一人に支配されていたってことか!」
『ブォハハハハハッ! 察しがいいではないか! 正解、正解! よくぞ我が四九三年に及ぶ役目を見破った!』
魔王は愉快そうに四対八本の手をパチパチ打って鳴らした。
……え? 八本?
『この真実にたどり着いた人間はお前が初めてだぞよ! そう私こそがブルーバールム共和国の真にして唯一なる支配者だ! それは当たり前よのう! 我が<隷属刻印>なくして奴隷国家は成り立たないのだから、絶対にな!!』
「そうまでして……人間のふりまでして奴隷を掻き集めるのは……教会のためか? 魔神とか言うヤツらの命令なのか?」
俺がそこまで質問するとミジュラケジュアミァは、ニタニタ浮かべていた笑みをスッとひっこめる。
『人間風情があの御方々の存在をほのめかすだけでも不敬千万。お前は私の想像以上に世界の真実に迫っているらしい。分際の過ぎたことにな』
「分際だと?」
『下等な人間は、この世界がどうして回っているかなど理解する必要はない。お前たちは歯車のようなもの、歯車に意思などいらず、ただ回り続けて世界を運行し続ければいいのだ、このようにな!』
八本ある腕のうちの一本を、高々と上げる。
それに呼応して『奴隷印』を押された人々が再び刃物を自分の首筋に押し当てる。
ノエムに凶器を取り上げられた人たちは代わりに自分の手で自分の首を締め上げた。
「ッ!? また人質作戦を……!?」
『ブォハハハハハハッ!! どう足掻こうと結局状況は変わらぬ! 人間ごときの力で大いなる神の運命を変えようがないのだ! しかしリューヤよ、お前はここで死ね!』
従わぬなら……、とばかりに人質たちの喉に刃物が食い込む。
たらりと一筋血が流れ出る者すらいた。
『偉大なる神々の思惑を覆す存在は、たとえ万に一つの可能性でもあってはならん! さあ、私の要求は最初から変わらんぞ! この都市にいる五千人以上の奴隷を助けたくば我が<隷属刻印>を受け入れろ!』
そう、たしかに状況はまったく変わっていないな。
『お前ほどの力の持ち主を捧げれば、神々もさぞやお喜びになろう! 危険を排除しつつ極上の供物を得る! 私にとっては最高の日となったわ!』
しかもアイツが魔族だとわかった以上、さっきみたいに指示する暇も与えず瞬殺する……という戦法は取れそうにない。
……いや、そんなこともないか。
しかし、今再び瞬殺戦法をとることを俺はよしとしなかった。
何故ならあの二人が仕込んできたもう一つの作戦が、そろそろ効果を発揮し始めてきたからだ。
『さあ、どうした正義のヒーローよ! 罪もない人々のためにみずから犠牲になるがいいわ! ブォハハハハハハハ!!』
そうしてアイツが勝ち誇った次の瞬間……。
首都にいる全奴隷に刻まれた『奴隷印』が解除された。