101 いつでも卑劣
スキルは大抵、一人一種類。
さらにスキル自体は何百種類とあるようで、図鑑に編纂されているぐらいだから一つのスキルが二人以上に所有されることはないにしろ、いわゆる“スキル被り”なんてまずないと思っていた。
しかし目の前にあった。
しかも一人や二人じゃない。俺が遭遇した奴隷国家の元老院、その全員が『奴隷印』を押印するスキルを獲得済みだというのだ。
「そんな偶然あり得る?」
だが、これで奴隷国家繁栄のカラクリが見えてきた気がする。
人々を絶対服従させて意のままに操る『奴隷印』。
奴隷を扱うのに打ってつけすぎるスキルをこんな人数扱えたら、そりゃ一大事業になるわ。
ちょっと都合がよすぎないか?
奴隷国家の中枢構成員の皆が皆、奴隷使いに最適の同一スキルを持っている?
性能からしてスキルランクは確実にA……あるいはSランクに行くだろう?
そんな貴重なスキルを十人近くが被り所有している?
「何かしら裏がありそうだな」
その元老院どもは、その必殺スキルが通じない事実に動揺していた。
「奴隷国家の根幹を支えているのは、そのスキルだ。人を人とも思わない非道精神でもカリスマ性を持った指導者でもなく、な」
つまりそのスキルを根絶しておかない限り、ここで奴隷国家を潰しても何度だって復活するだろう。
十人もが同じスキルを持っているのだ。
十一人目がいないなんて何故言える?
「そもそも奴隷国家は数百年間存続してるんだろう? その間はどうやって奴隷を操っていた? お前らいくら老けてるからって、まさか何百歳じゃあるまい?」
「うぐぐ……!?」
「奴隷国家にはまだまだ秘密がありそうだな。死ぬのはそれら全部吐いてからにしてくれないか?」
奴隷国家永遠消滅のためにな。
「いい気になるなよ小僧!<隷属刻印>が通じなかったとしても、お前ごときガキを黙らせる方法などいくらでもある!」
髭もじゃの奴隷総督がイキがって言う。
余裕がなくなってきたな。
ビジネスマンぶった気取った態度はどこへ行った?
バタンッ、と扉を蹴破る音が鳴って、室内に雪崩れ込む足音。
数え切れないほど多い。
つめかけてきたのは、この屋敷に勤める使用人や文官といったところか?
「『者ども、であえであえぃッ!』ってか?」
まさか人数にものを言わせて俺を袋叩きにすることが必勝の作戦なのではあるまいな。
だとしたらマヌケすぎて失笑ものだが。
「商人なら情報が命になるんじゃないのか? 俺は以前モンスターを五千体倒したことがある。けっこう伝説になったと思ってたんだがな」
だから人間で俺を袋叩きにして殺したかったら……五万人?
でも足りないか。モンスター五千体もけっこう余裕残して勝利したからな。
「これだから殴る蹴るしか能のない人間は哀れだ。自分の得意なことしか相手もしてこないと思ったか?」
総督ミジュラケジュアミァ、嘲るように言う。
「人の使い方など他にいくらでもあるのだ! このようにな!!」
室内に雪崩れ込んできた使用人とか文人、一斉に刃物を取り出す。
それで俺目掛けて斬りかかってくるかと思ったが違った。
全員が、自分の喉元につきつけてきたのだ!
「なッ!?」
「さあ、この者らの命が惜しかったら抵抗をやめるのだな!<隷属刻印>が効くかどうかなど関係ない! お前を服従させる方法などいくらでもあるのだよ!」
「それが人質作戦か?」
卑劣なことばかりしかしてこない。
疑うまでもないが、みずからの首に刃物を添える自殺準備者の皆さんは『奴隷印』で意思の自由を奪われている。
そうじゃなきゃこんなバカなこと誰がするか。
人の意思だけでなく命すら躊躇なく奪おうとする、心底下卑た連中だった。
「……リューヤくん、キミの身体能力を持ってすればナイフが喉に食い込む前に叩き落とせるとか考えているんじゃあるまいな」
優位に立ち戻ったと思っているのか、奴隷総督の口調が慇懃無礼なものに戻りだす。
周囲に並び立つ元老どもも口々に嘲弄する。
「しかし無益なことはせぬものだ。ここに詰めかけた者だけでも五十人はいる。それだけの人数を相手に一瞬で、すべての動きを止めるのはいくらキミでも至難の業だろう!」
「しかも人質はここにいるだけではないぞ! ワシらがその気になればこの国にいる奴隷全員に自死を命じることぐらい造作もない!」
「お前のせいで罪もない人々が死ぬぞ? いいのか? 優しき英雄様は一人の犠牲だって許してはならぬよな? なぁ!?」
連中、この国の奴隷全員を人質にして、俺に降伏を迫るつもりらしい。
今俺たちのいる……政庁? というべき建物の外にも、この街は奴隷で溢れかえっているのだろう。
それら全員が、俺の視界の範囲外でも喉元に刃を押し当てているに違いない。
「よし、いいぞそのまま動くな! 誰か! あの錬金娘に<隷属刻印>を当てろ!」
「あの娘を奴隷化すればさらにリューヤの動きを抑えられる! 売り物としても最高品質なんだ! 逃がすな!」
好き勝手なこと言いやがって。
「いや……、もっと手っ取り早い手があるぞ?」
いやらしい笑みを浮かべるミジュラケジュアミァ総督。
「いかにレベルが高かろうと、みずから受け入れれば我らの<隷属刻印>は効果がある。リューヤよ、自分の意思でその身に『奴隷印』を刻め。そうすれば誰一人として死なずに済むぞ?」
「それは名案だ! 過去最高の奴隷が手に入るぞ!」
「よかったではないか! 自分の意思で奴隷になれるんだ! お前の言う人間の尊厳が守られるぞ!!」
ゲラゲラと笑う卑怯者ども、人質で俺の動きを封じて勝利を確信したのだろう。
「お前ら浮かれすぎじゃないのか?」
「何?」
「何百人を人質にとっているかは知らない。しかしその程度で俺を屈服させたと思ったら大間違いだと言ってるんだ」
俺の発言に相手は一瞬怯みを見せたが、弱みを見せるかと勇み返し。
「ほう……それはどういう意味かな? キミが人質など顧みない薄情者ということかな?」
「英雄などともてはやされても結局は自分が可愛いということだ! ハッ、化けの皮が剥がれたな偽善者め!」
「偉そうなことを言っておきながら結局お前も我々の同類ということだ! 自分の利益のために他人を蹴落とす! 倫理など持ち合わせぬ腐れ外道よ!」
「違うか? 違うというならそのまま一歩も動くな! そして奴隷となることを受け入れろ!」
口々に脅しを述べる元老ども。
屈服して奴隷となるか、人質を見捨ててヤツらと同類の卑怯者になるか。
二つに一つしかないとヤツらは考えているらしい。
「しかし違うな、道は他にもある」
お前らだって言っただろう?
俺を屈服させる手段などほかにいくらでもある、と……。
お前たちにはいくつもの選択肢があるというのに、何故俺には二つしかないと言い切れるのか?
「なんだと……!? まさか人質をどうにかするつもりか!?」
「バカを言え! この首都内でも五千人以上の奴隷がいるのだぞ! そのすべてを一度に助けるなど不可能だ!」
五千人?
そんなにいるのか?
「下手な考えはやめることだ。たとえお前が光の速さで動けたとしても、それだけの人数から武器を奪い取り、自害せぬよう拘束するなど不可能だ」
「我々は一声発するだけで奴隷共を自死へ追い込めるんだからなあ!」
「武器がなければ舌を噛み切らせればいい! どう足掻いてもお前に我々を止めることなど不可能なんだからなあ!」
「無駄な抵抗はやめてさっさと忠誠を誓え! 我々に従って虫のごとく働くことこそ、お前ら人間の最高の幸福なんだからなあ!」
たしかに。
五千人も一瞬のうちに助け出すのは不可能かもしれない。
俺はけして自分を過大評価はしない。
レベルがいくら高くたってできないことはあると承知している。
だからいくつもの建物を隔てて視界に収めることもできない人々を助けるなんて危険な賭けはできない。
賭けに失敗して失われるのは彼ら自身の命なんだから。
そんなことを無責任にしてはいけない。
「五千人を一度に救うことはできない……」
しかし……。
「目の前の十人を一度に殺すことならできる」
「なッ!?」
最後まで言わせる時間など与えなかった。
一瞬にも満たない刹那、懐に飛び込んで腕を振るい、十人の老人の頭が粉砕されて血煙となる。
「卑怯者のくせに用心深さに欠けたな」
バカどもめ。
何千人を盾にしようと、標的であるお前ら自身が俺の視界に出てきた時点で敗北は決まっていたんだ。
レベル八百万の俺が、お前らごときジジイの十人を殺すのに一瞬も必要ない。
お前らが一声上げる前に、俺はダンス一曲余裕で踊り通すことができるんだ。
「奴隷にされた人々に害を与えるお前を殺しても、彼らを助けることになる」
要はどうするのが一番効率的かということだ。
簡単なことに頭が回らなかったな。