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100 まず舌戦

 この国を叩き潰す。


 宣戦布告に等しいこの言葉にしかし、奴隷国家を束ねるという老人たちは蒼褪めることもせずクククと笑い出した。

 まるで冗談を聞いたかのように。


「英雄殿は理に適わぬことを仰る。何故我々を滅ぼさねばならぬのか?」

「言わなきゃわからないか?」


 こちらも負けずに相手を嘲る態度を示す。

『そんなこともわからないバカなのか?』と


「お前たちが奴隷を扱う違法商人だからだ。お前たちが存在する限り、お前らのせいで不幸になる人々が数限りなく現れる。それを止めるためにお前らを打ち滅ぼす。簡単な理屈だろう」

「我々が誰を不幸にしたと? 商売とは金銭の授受によって成り立つが、しかし常にそれがすべてではない。人々の幸福を願えない商売は長続きしない、それもまた真理」

「どの口でそんなことをほざくかなあ?」


 お前らほど多くの人を不幸に陥れる商売が他にあるのか?


「我々から奴隷を買ったお客さんは皆例外なく幸せそうな顔をしているぞ。お客様に笑顔になってもらうこと、それが商人の何よりの喜び」

「ゲスの笑顔なんぞクソだろうが」


 真っ当な人の流す涙よりあってはならんものだ。


「わからん英雄殿だな。我々は需要に応えているだけだぞ。もし我々の商売が本当に、道から外れた違法なものであれば誰も買いに来たりはしないはずだ。繁盛しなければ利益も出ず、自然と倒産することになる」


 それが世の摂理。


「しかし我々の商売には常に買い手が付き、喜んで商品を買っていく。需要と供給が成立しているのだ。買いたいと言っているものに品物を売る、それの何がいけないのかね?」

「客もまた道から外れた悪党ってことだろ?」


 売るのも悪党、買うのも悪党。

 悪党同士がつるんでやることなら悪行であるに違いない。


「売り買い自体が問題なんじゃない。問題のすり替えをするな」

「……」


 反論が出てこなかったのか、奴隷商は黙り込んだ。


 そもそも……。


「お前たちは一番の問題から目を逸らし続けている。お前たちが商品と呼んでいるのはれっきとした人間。自分の意思もあり考えもあれば、それまで暮らしてきた生活も思い出も家族もある」


 お前たち奴隷商はそれらを踏みにじって、人間の尊厳を砕いて自由を奪い、人格を無視してモノ扱いする。

 それを外道と言わずして何という。


「お前たちのやっていることは有害にして邪悪だ。それに嫌悪を感じ取り除こうとすることは当然のことだ。だから俺はこの国を滅ぼす」

「キミは肉を食べるだろう?」

「なんだいきなり?」


 唐突な話題転換するな。


「キミらが食べているのは家畜の肉だ。酪農家が育ててて肉屋が仕入れ、それを客がかって腹の中に入る。それもまた商売だ。立派に成り立っている」

「……」

「我ら奴隷商も同じだ。扱うものが人か獣かの違いでしかない。しかしキミは獣を売り買いする畜産はよくて、人を扱う奴隷売買はダメだというのかね?」

「家畜が噛みつかないとでも思っているのか?」


 人でも獣でも命あるものなら自分の意思で動き、抵抗もする。

 命を奪われるとあれば必死の逆襲もしよう。


「お前たちが人を家畜に貶めようというなら、俺や、俺の大切にする人たちも標的となりかねない。俺はそれに対して抵抗する」

「……」

「必死の抵抗こそ命あるものの権利だ。その逆襲にあってお前たちは死ぬ。まさかその程度の覚悟もなく人の命を弄ぶ商売をしていたんじゃあるまいな」

「…………」

「だったらお前らは尚更死ぬべきだ。お前らの行いで当然返ってくる抵抗を、その身に受けろ」


 このくだらないお喋りに付き合っているのは、徹底的にコイツらを叩き潰したいからだった。


 腕力だけで打ち砕くのはたやすい。


 しかしながらただそれだけで、『力ある者が勝つ』などと言う安易な理屈に覆われることなくコイツらの滅びる理由を明確にしておきたかった。


「ゲスどもめ、お前らには精神的勝利する余地すら与えないぞ。一欠けらたりともな」

「…………」


 さあ、もう反論はないか。

 だったらいよいよ奴隷国家フィナーレ鉄拳祭りの開催だ。


「我々は……賠償を要求する……!」

「はぁ?」

「そこにいるノエムは、我らブルーバールム共和国が輸送中だった商品だ。それを強襲し、強奪したリューヤへ、速やかなる商品返還と損害分の補填、そして誠意ある謝罪を要求する!」


 ノエムが俺の体をギュッと握る。


 今でもなお忘れない。彼女との出会いのことを。


 一人荒野を旅していた折、襲い掛かってきた山賊を自衛のために返り討ちにした。

 ソイツらは奴隷商の連れていた用心棒で、その正体は人さらいだった。

 奴隷にして売りさばくための。


 裏で糸引いていた奴隷商まで叩き潰し、その荷馬車から救出したのがノエムだった。


 今でこそ闊達で、時にふてぶてしささえ感じるノエムではあるが、出会った直後の弱々しい印象は忘れられない。

 奴隷にするということは、人からそれほどまでに人らしさを奪い取るものだった。


「あの時のことで後悔していることは、もっと早くお前らを叩き潰すべきだったということだ」


 しがみつくノエムの肩を掴んで言う。


「あそこで奴隷商というものの邪悪さを覗いておきながら、自分の生活を優先させて後回しにしてしまった。真っ先にお前たちを滅ぼすべきだった」

「……ッ!」

「そういう罪であれば俺は心から悔い、今さらながらでも義務を果たそう。お前たちをこの世からチリも残さず消滅させるという義務をな」

「我々にも生きる権利はある! それを踏みにじるというのか!?」

「先に踏みにじったのはお前らだ」


 もういいだろう。

 一片の心残りもなく晴れやかに勝利するためとはいえ、不快なお前たちの声をこれ以上聞き続けると、それはそれで悔いになりそうだ。


 そろそろ本格的に世の中の大掃除を始めよう。


「グクククク……! 残念だよリューヤくん、キミとはいい友人になりたいと思っていたのに、そんなにも聞きわけがないのでは断念せざるを得ない……!」

「吐き気を催すようなことを言うな」


 お前らと友だちになるくらいなら便所のウジ虫と友情を結ぶ方がまだマシだ。


「何心配ない。キミと友人になる手段は他にもあるのだからな。……<隷属刻印>!!」


 奴隷国家の総督、ミジュラケジュアミァの手から放たれる閃光。


 それは一筋の光線となって俺目掛けて伸び、その胸部に命中した。


「この光は?」

「ブァハハハハハハ! 油断したな! いかにS級冒険者と言えども我がスキルを受けたからには逃れられん! これでお前は我が友……いや我が所有物だ!!」


 俺へと注がれる光は、俺の体表に留まって広がり、特定の紋様を刻み込む。

 この図柄、見覚えがあった。

 しかもつい最近のこと。


「『奴隷印』……!?」


 人の自由意思を奪う最悪の紋章。


 アビニオンの推理通り『奴隷印』はスキルによってもたらされたものだったか。


「フゥワーッハハハハハ! 今日は何とよい日だ! S級冒険者などという最高品質の商品が手に入ったのだから! オークションに出せばいくらで落札されることかな!? 精々高く売れて我らブルーバールム共和国の発展に貢献してくれたまえよ!」


 勝ち誇って笑う奴隷商人の元締め!


「いや、一人じゃないな? そこにもう一人のS級冒険者がいた! これまた大きな商品だ!」


 下卑た視線をノエムに向ける。


「『奴隷印』を刻まれる前の護送中で取り逃したのは不覚だったが、まあその分S級の称号を得てきたのでよしとしよう! 商品に付加価値は重要だからな! ハハハハハ!」

「その濁った眼にノエムを写すな」

「え?」


 フンスと気合一拍。

 それだけで俺の体に浮かぶ『奴隷印』は弾き飛ばされ掻き消えた。


「どええええええッ!? バカな!? バカな!?」

「心底バカ野郎だな。自分のスキルが万能だとでも思ったか?」


 こういう呪縛系のスキルほど作用対象とのレベル差がものをいうものだ。

 基本自分より上のレベルには効かない。

 あの奴隷商総督のレベルがいくつか知ったこっちゃないが、どれだけ高かろうとレベル八百万の俺を奴隷化させるなど逆立ちしたって無理ってことだ。


「バカな! 人間のレベルで<隷属刻印>をはね飛ばすなどできるはずがない!」


 円卓を囲っていた元老ども。

 ソイツらが次々と立ち上がり、俺たちへ向かって手の平をかざす。


「ノエム、俺の後ろに隠れろ!」

「はいッ!?」


 そして同時に沸き起こる……!


「<隷属刻印>ッ!」

「<隷属刻印>ッ!」

「<隷属刻印>ッ!」

「<隷属刻印>ッ!」

「<隷属刻印>ッ!」

「<隷属刻印>ッ!」

「<隷属刻印>ッ!」

「<隷属刻印>ッ!」

「<隷属刻印>ッ!」


 レーザーのような光線の一斉斉射。

 元老院メンバー全員による照射。それらはすべて俺の体に命中して『奴隷印』を形作るが、すべて気合一つではね飛ばされた。


「バカなッ!?」

「我ら全員分の<隷属刻印>をもってしても屈服させられない!? どうなっているんだ!?」


 複数人が同じスキルを使う?

 そっちこそどうなっているんだ?

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 横綱相撲なところ。
[一言] 主人公ってバカが多いよね。鑑定しておけよアホか
[一言] (二重の意味で)ですよねー 王権はじいた時点であれより強制力が低いであろうこれが効くわけないし、 こういうことする奴らが魔神絡みじゃないわけないよねっていう
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