99 人のいない国
もしもあの『奴隷印』が、何らかのスキルによって生み出されたものなら……。
そのスキルの施行者は誰だ?
わかりきったことだった。
奴隷国家のさらに奥へ奥へと突き進んでいくと、ついに到達した。
明らかに大きな、都市というべき発展した集落。
「ここが奴隷国家の首都か……!?」
街の名はたしかキング・オブ・ワールド。
人を食ったような大仰な名前だ。
自分たちはここから世界を支配しているとでも言いたいんだろうか?
「嫌な雰囲気の街ですね……」
「そうだな」
ノエムが息詰まる気持ちもわかった。
俺もそうだから。
普通ここまで大きな街だと活気に溢れているだろうに、ここにはそういった人の生気と呼べるものが一切感じられない。
人がいないわけでもない。
俺たちはこの街に入ってから幾人ともすれ違っているが、その誰もが目に光を宿さず、挨拶しても何の反応も返ってこなかった。
まるで人形が決められた動きをしているだけのようだ。
「恐らく、ここまですれ違った人全員『奴隷印』を押されている……!」
そして自由意思を奪われ、命じられるままに行動しているのだ
奴隷しかいない操り人形の街。
それがこの奴隷国家の首都なのか。
『趣味の悪い街じゃのう。大人がいい歳こいて興じる人形遊びのような街じゃ』
アビニオンすらこの街の雰囲気に不快さを催し、顔をしかめるほどだった。
街とは人が暮らして生活の舞台となるべき場所なら、ここは街ではなかった。
それこそただの奴隷倉庫だった。
だからこそ、このような白々しいニセモノ臭さを感じるんだろう。
『それでどうするのじゃ主様? そなたの目的が国崩しであったなら、この街諸共灰燼に帰すといったところかの?』
「そこまで破壊の権化みたいなことはしねーよ」
とにかくもう少し中心を目指してみようと思う。
ここまでの途上で得た情報では、首都に住む奴隷商の元締め、上級の奴隷商たちで構成された元老院なるものがあるという。
頭を潰せば、どんな生き物も死ぬ道理。
まずはその元老院とやらをターゲットに目指そうではないか。
「その前に万全の備えはしておかないとな。アビニオン頼んだ」
『承知じゃ』
そう言ってアビニオンは俺たちの視界から消えた。
改めてノエムと二人並んで人なき奴隷国家の街を歩く。
「ノエムは俺の傍から離れないように。敵もけっしてマヌケじゃないからな」
「はい……!」
緊張する面持ちのノエム。
ここまでの道のりで待ち伏せ的襲撃を受けた点からしても、奴隷国家の連中はもう既に俺たちの襲来を察知している。
それなのにここまで特にリアクションらしいものがなかったのも不可解だが。
ヤツらは何を考えているのか?
どう受け止めているんだろうな、俺たちのことを。
それを示す、相手方の反応がやってきた。
◆
「リューヤ様、ノエム様でございますね」
突如俺たちを呼び止める男。
執事然として、物腰柔らかであることがわかる。
「双方S級冒険者にしてセンタキリアン王国にその人ありと謳われた大英雄。そのような名士にご訪問いただき、ブルーバールム共和国は光栄の極みにございます」
俺たちが何者であるかももう察知しているというわけか。
「我が主より、アナタ様方を力の限り歓迎せよと申し使っています。長旅さぞやご苦労なことでありましたでしょう? 飲み物はいかがですか? 贅を凝らした料理などもご用意しておりますが?」
「必要ない」
食い物なんて何が盛られているかわかったものじゃないしな。
「それよりも俺たちは元老院とかいうのに会いたいんだが。ソイツらがこの国のトップなんだろう?」
「左様にございます。ここブルーバールム共和国は、優れた商人によって構成される元老院の合議制によって運営されております。これを民主制といい、この世でもっとも進歩的かつ優位的な国家運営システムであると自負しております」
そんなシステムが奴隷を使ってるのかよ。
冗談も大概にいたせ。
「ならその元老院のいるところに案内してくれ。それともまさか俺が怖くて街から逃げ出したりしていないだろうな?」
「滅相もございません。元老院の方々はリューヤ様のお目にかかれるのを心待ちにしております。そちらから会談を希望していただけるとは恐悦至極。すぐさまセッティングいたしましょう」
素直なことだった。
「ではご案内いたします」
ついて来いとばかりに背を向ける執事風の男。
俺は見てしまった。
彼の背後、襟首からはみ出るように見えたのはたしかに『奴隷印』だった。
「……人のいない国、か……」
奴隷は人の扱いを受けていない。
人間並がいないということは、たしかにここは『人のいない国』であった。
そこで唯一人間面をしているヤツらにこれから会いに行く。
一体どのようなふてぶてしいヤツらなのだろう?
◆
奴隷王国首都、その中心にあるもっとも大きな建物に通され、さらにその中心の、もっとも高い位置にある部屋へと案内された。
そこには円卓を囲み、十人ほどの老人が並んで座っている。
「この机が何故、円状になっているかわかるか?」
円卓につく老人の一人が言った。
「方形のテーブルでは座る位置で差がつき、どうしても身分の違いが生じてしまう。それはよくないことだ。人は生まれながらに差などなく平等。それを示すためにどこに座っても違いが生じない円卓を囲んでいるというわけだ」
「ツッコミ待ち過ぎてシラケるな」
奴隷なんかを扱って露骨に人々の差を作ってる連中が平等を謳うな、と。
「別におかしな話ではあるまい? 奴隷は商品だ。故に人として扱う必要がない。人間同士の平等はしっかりと守られている。ほら、道理が通っているだろう」
「そのおかしな理屈で納得するのはバカだけだ」
クツクツと、円卓から複数の笑いが漏れ出る。
露骨にこちらをバカにするような笑い声だ。
「それで、お前たちが悪党の親玉ってことで間違いないのかな?」
「何のことかな? 我々は品行方正、真面目一筋の商人だ。我々ほど商いに精勤し、世に貢献している者どもはいないと自負している。様々な功績を上げてS級冒険者に登り詰めたキミたちと同類だよ?」
「冗談でも二度と口にするな」
俺とお前たちが同類だと?
「今まで俺が受けてきた中でももっとも不快な侮辱だ。お前たちにはまだ聞きたいことがある。だから生かしておくが、次に同じことを言えばたとえ話の途中でもブチ殺す」
「おお、野蛮だ。我々のようにか弱い商人を脅しつけるなど酷い英雄もいたものだな」
クツクツと、またヒトを小バカにしたような笑い声が漏れ流れた。
「ククク、そうだ。英雄殿が余りに恫喝するから自己紹介が遅れてしまったな。……私はミジュラケジュラミァ。ブルーバールム共和国元老院で総督を務めている」
「総督?」
「元老院の代表だ。数年の任期で持ち回っている。まあ皆で話し合うにもまとめ役を置いておいた方が効率がいいというだけでね。それだけの意味で、ここにいる同志たちとの上下関係はない」
ミジュラケジュアミァと名乗る老人は、老人とは評したが、とてもそうとは思えないほど精悍で全身覇気に満ちている。
皺だらけの顔ながら、まだ黒々とした髭に覆われて、しかもその量豊か。
顔が髭に埋もれているかのようでもあり、その奥にある二つの目は爛々と輝いていて灯火のようだ。
そんな総督を囲む元老院のメンバー……元老って言うのかな?
ソイツらも老いながら異様な気配を醸し出して、人じみた感じがしない。
悪魔の家にでも迷い込んだ気分だった。
ノエムが余りの恐ろしさに俺の背に隠れ、ヒシッとしがみついている。
「さてこちらは名乗ったが、答礼を示してはくださらんのかな英雄殿? そんな不作法では、貴殿を庇護するセンタキリアン国王の顔に泥を塗るようなものですぞ?」
「たしかに用件も告げずにいるのは無礼だったな」
では要望通り言わせていただこう。
「俺はリューヤ、この国を叩き潰しに来た」