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09 <錬金王>の凄さ

「もっとも、アンタにアタシの体を好きにさせるには、まだまだ足りないものも多いけれどね」

「はい?」

「この新人研修、受けてるのはノエムの嬢ちゃんだけじゃないんだよ。アンタだって新人だろ! あの子に負けずにアンタもとっとと薬草集めてきな!!」

「薬草ならもう摘み終えましたが」

「甲斐性なしに抱かせるほどアタシの体は安く……えぇッ!?」


 籠を差し出す。

 中は緑色で満杯だった。


 よほど意外だったのかロンドァイトさんは目をパチクリさせる。


「いつの間に……、全然気づかなかったよ。……いや、まだその辺の雑草を適当に掻き入れたってことも!?」


 信用がないなあ。

 ロンドァイトさんは草原に敷物を広げ、その上に籠の草を丁寧に広げる。


「葉の形……色合い……手触り……たしかに薬草だ。あれもこれも、全部そうだ!?」

「間違いないでしょう?」

「なんで!? アンタ新人だろう!? 薬草の特徴、説明されたばかりだろう!? 慣れたヤツでも一籠に十枚は間違って雑草交ぜ込むっていうのに!?」

「経験ですかね」


 青龍に鍛えてもらった修行時代。

 あの時だって人間なのだから俺も喉も乾くし腹が減る。

 しかしながら森に棲む魔物や獣は、青龍の威気に圧されて逃げ出してしまうから、食料としているのはもっぱら地に生える草か、木に生る実だった。


「そういう食生活を繰り返すうちに段々わかってくるんですよね。食える草と食えない草が」


 大体が腹を下してのたうち回るトライ&エラーで身につく知識であったが。


「その中でもこの草は、食える上に体の調子もよくなるいい草として記憶してたんですよ。それを今日、ロンドァイトさんの説明を聞いて初めて気づきました」


 これが薬草だったんだと。


「この野生児!!」

「酷い言い方だなあ」


 というわけで、長いこと俺の命を繋げてくれたこの草を見間違えることなんて絶対ない。

 だからミスせず掻き集められた。


「本当に凄いね修行。下手なスキル持ちより頼れるレベル<17>だ」

「そんなことないですよー」


 真実レベル<17>でもないしね。


「あの、薬草集め終えたんですが……」


 そこへ戻ってきたノエム。


「なんか楽しそうですね……!?」

「いやいやそんなことないよ!?」


 じっとりと俺たちを睨みつけるノエムの瞳の色が明らかに女のものだった。

 ロンドァイトさんの言う通りかもしれない。身体は小さいが、たしかに彼女は一個の女性なのかもしれない。

 そのつもりで丁重に扱おう。


「俺ももう薬草集め終わったからね。ロンドァイトさんにチェックをお願いしてたのさ」

「わッ、本当だ! リューヤさんて手が早いんですね!」

「手が早い!?」


 いや、わかっている。

 そういう意味じゃないのはわかっている。


「そういうノエムも尋常じゃない作業の速さだけどね。じゃあ、薬草じゃないものが交じってないかチェックと行くかい」


 と言ってノエムの籠の中にあるものもズバーッと敷物の上に広げる。


「うーん、当たり前のように一枚も間違いがない。ベテランを遥かに超える早さと正確さ。しかも二人揃って。一体何なんだいアンタら?」

「あの、それでですねロンドァイトさん……」


 ノエムがおずおずと、恐る恐る言う。


「今回のクエストとは関係ないんですが、なんだか凄そうな草があったので、それも摘んできました」

「はい?」

「いや、何かはわからないんですけど凄そうな感じがビンビンしたので、この草が何なのか調べてくれませんか!?」


 と差し出される草は、たしかに薬草とは違う趣を持ったものだった。

 俺もあれに見覚えがある……というか食い覚えがある。薬草よりも食いでがあるんだよな。


「これ……上薬草じゃないか?」


 ロンドァイトさんが震える声で言った。


「効能の上では薬草以上の高級品さ。でも、この草原に上薬草は生えないはずだよ!? どうやって見つけたんだい!?」

「ええッ!? 知りませんよ! ふと気づいたら目の前にあったんですよ!?」


 詰め寄るロンドァイトさんにおどおどするばかりのノエム。


 しかしロンドァイトさんの興奮も仕方がない。

 上薬草が高級品だというのは見ただけでわかる、きっと薬草以上に人を癒す効果があり、追い求められるものでもあるのだろう。


 しかし、そんな上薬草はこの辺では採れないとのことだし、もし採取地が開拓されたとすればギルドにとっては大ニュースだ。


「あの……一つ思ったのですが……?」

「なんだい!?」

「これも<錬金王>のスキル効果だったりしません?」

「え?」


 錬金術のこの上ない助けとなるスキル<錬金王>。

 そして錬金術というのは、何をするにも調合材料なしには始まらない。


 その何よりまず必要な調合材料を、手に入りやすくするような効果が<錬金王>にあったとしたら……。


「本来その土地にない調合素材を産出させるようにできる……!?」


 そんな効果まであるとしたらやっぱり恐ろしいスキルだ<錬金王>。

 無論限度はあるようだが……。


「上薬草って、要は薬草よりランクが一つ上の素材でしょう? その土地の元々の産出素材がワンランクアップするって効果かな……?」


 俺がそこまで推測すると、ロンドァイトさんは頭を押さえて蹲った。


「ああッ、大丈夫ですか!? 調子悪いんですか!?」

「事実を受け止めるのに苦労しているだけだよ!」

「よかったら、ここにある薬草で頭痛薬を調合しますか!? できそうな気がします!」

「やめて! むしろ頭痛の種が増えそう!!」


 ご苦労様すぎるロンドァイトさんだった。


 しかしノエムには改めて驚かされる。

<錬金王>というスキルは、たしかに周囲を掻き回すほど凄いスキルであるようだが、実際の効能をこの目で見るとたしかにその凄さが実感できた。


 錬金術師の本領と言えば錬金作業であろうに、それを実際に執り行わないうちからこの凄さ。

 一体これから、どんな凄いことをさらに見せつけられるのだろうか?


「それよりもリューヤさんの方が凄いです! 私よりも早く薬草を集め終わるなんて!」

「俺はズブの未経験者じゃないからね。多少知ってる分先に出れただけだよ」

「それが凄いです! スキルに頼らなくても何でもできるって、そっちの方が凄いと思います! 尊敬します!!」


 ……。

 なんかノエムの俺へ送る尊敬の眼差しが真っ直ぐすぎて怖い。


 なんでこんなに慕ってくるんだろう<スキルなし>の俺を?

 まして彼女は<錬金王>という掛け値なしの高位スキルを持っている。いいスキルを持っていれば人生思いのままになるというのに。


 実際にそうやっていいスキルを授かった途端、俺のことを切り捨てていった者もいた。

 ヤツらと彼女とでは、何が違うというんだろうか?



「えー、薬草集めのクエストが想像以上に早く終わったので……」


 ロンドァイトさんが何とも言えない表情で言う。


 俺もノエムも、新人としてはあり得ない速度でテキパキやってしまったので、時間が余りまくったらしい。

 ということは……。


「早上がり!? 早上がりですか!?」

「やったー!」


 世の中仕事が早く上がることほど嬉しいことはない。

 余った時間でどっかに寄り道していこうぜ!!


「余った時間を有効に使うのが大人ってもんだよ。というわけでこれから緊急追加クエストを行います!」

「えー!」


 このブラックギルド!


「そんな難しいことはしないから、文句言わずに従いな!」

「一体何をするんです?」

「強いて言えば……見学ってところかね?」


 見学。


「この平原には、踏み込んじゃいけない領域があるんだよ。誤って迷い込もうものなら命がない。そこをしっかり見極めるためにも今日、その境界線をしっかり見極めてもらう」

「そのための見学ですか?」

「元から研修期間が終わるまでに必ず一回は見て回る予定だったからね。それがたまたま初回に来たと思いな。そうじゃなくても命に関わることだから早ければ早い方がいいだろう」


 などというロンドァイトさんは、その女傑な風貌に似合わずこれから行く領域のことを心底恐れているらしかった。

 顔面蒼白になっている。


 冒険者ギルドが定めた絶対入ってはいけない領域。


 その名は『悪霊地帯』。

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