00 <スキルなし>と言われた少年
新作です。よろしくお願いします。
<スキルなし>。
俺のことを見てくれた神官がそう告げた。
十四歳は大人の年齢。そうなったら誰もが祝福の儀を受けて、神様からスキルを与えられる。
それは俺のような孤児であっても例外じゃなかった。
誰がどんなスキルを与えられるかわからない。だから孤児であっても十四歳になれば必ず教会を訪れ、どんなスキルを与えられたか報告するのが国によって定められた法律であるらしい。
もしそこで何か有用なスキルを貰えたら、お城に召し抱えられることだってあるという。
そして騎士とか、魔術師とか、神官とか、立派な職業に就くことだって夢じゃない。
つまり十四歳になってからの祝福の儀は、俺のような孤児にとっては今までの極貧生活から脱出できるかどうかの一生一度のチャンスでもあった。
しかしそのチャンスは、少なくとも俺一人にとっては何事もなく終わった。
<スキルなし>。
それが俺に告げられた結果だったのだから。
「いやあ、今回は想像以上にいい結果となりましたねえ」
そう言ったのは、俺たちにスキルを与える儀式を執り行った神官のオジサンだった。
「最上級スキルを持つ者が三人も出てくるとは。彼らが成長した暁には、国の柱石を担うエリートとなることでしょう」
俺の周囲で『やったぁ!』とか『信じられないわ!』とか歓声を上げる者たちがいる。
俺と同様に祝福の儀を受けにきた連中で、十四歳になったばかりの孤児たちだった。
というか、これまで一緒に生きてきた仲間たちで、親がいないからこそ助け合い、協力し合って生きてきた。
リベル。
ゼタ。
クリドロード。
皆全員、とても珍しくて強力なスキルの持ち主であったらしい。
「クリドロードくんのスキル<大賢者の資質>は、魔法適性スキルの中でも頂点に立つ<賢者の資質>をさらに超えたものです。キミが魔法の道を目指せばいずれあらゆるすべての呪文を修得し、歴史に名を残す大魔法使いとなれることでしょう」
「はい! 必ず世界最高の魔法使いになってみせます!」
クリドロードが希望に満ちた声で言う。
「ゼタさんは特に珍しい。<聖なる波動>と<癒しの手>、二つのスキルを保持しているとは。本来一人一つだけであるはずのスキルを二つも持っているということは、前例はありますがとても珍しいことです」
「きっと神様が、人々の役に立つようにと私に言っているのですわ!」
「そうでしょう。アナタのスキルは二つとも聖なる系統に属していますから、我ら教会に帰属なさい。きっと稀代の聖女として永年語り継がれることになりますよ」
「夢のようです!」
孤児仲間の中で紅一点であったゼタは、それこそ天にも昇るように身震いしていた。
「そしてリベルくん。キミのスキルは相当に特殊です。扱いが難しいですが、もし使いこなすことができれば国王に認められ、勇者となることも夢ではありますまい」
「オレが勇者に!? 本当ですか!?」
孤児仲間の中でもリーダー格であったリベル。
その彼がいずれは勇者となる、そう告げられたことに腑に落ちた感じがした。
「すげえ……! 今日までスラムで生きてきたオレが勇者になれるだなんて……!? 本当のことなのか? 夢じゃないよな!?」
「それがスキルの力なのです。神は、我ら哀れな人間にスキルという形の恵みを与えてくださいました。恐ろしい魔物たちや魔族へ対抗するために」
祝福の儀を執り行い、彼らそれぞれにスキルを与え終えた神官が粛々と語る。
「だからこそ我ら人間は、与えられたスキルを活かす義務があるのです。わかりますね? 有用なスキルさえ生まれ持てば出身に関わらず、それに伴う立場と責任が与えられるのです」
「はい!」「頑張ります!」「神様が与えてくださったこのスキルを、世界のために役立てます!」
強力なスキルを持った……神に選ばれたと言っていいかつての孤児仲間たちは、それ以前とはまるで別人かというような表情の輝きようだった。
自分たちは選ばれた人間なのだと言わんばかりに。
それを脇から、ただ眺めるばかりの俺。
「おやキミ、まだいたのですか?」
そんな俺に対して神官の視線が向いた。
かつての孤児仲間……リベルたちに向けるものとはまったく違う蔑むような視線だった。
「祝福の儀は終わりました。スキルの診断を受け終わった者は速やかに退出しなさい。特にキミのような、神からの恩恵をまったく受けることのない出来損ないはね」
<スキルなし>。
それが祝福の儀によって俺に下された判定。
他の仲間たちが次々と華々しいスキルを背負う横で、俺には何も与えられなかった。
「慰めとして教えてあげますがキミのような事例は珍しくはありません。むしろスキルを授かる者より、授からない者の方が多い。今回のように一度に三人、しかもその全員が最上級クラスのレアスキル持ちであるなど前代未聞です」
少なくとも今年、この場所で儀式を受けた四人のうち、俺だけが何のスキルを授からなかった。
「だからキミは必要以上に落胆することもなく、帰って元の生活に戻ればいいのです。それが凡人の運命というものです」
「リューヤ!」
俺の名を誰かが呼ぶ。
リベルだった。
今日までスラムで一緒に生きてきた、兄弟のように育ってきた仲間。
「お前は……大切な仲間だった」
リベルが言う。
「親に捨てられて、子どもらだけで今日まで生きてこれたのも皆で助け合ってきたからだ。お前ともな、お前には感謝している。……でも」
俺のことを真っ直ぐ見詰めてくる瞳。
しかしその瞳の輝きには、たしかに侮蔑の色が交じっていた。
優れた者……選ばれた者が、劣って選ばれなかった者へ向ける侮蔑の色が。
「もうオレたちは、お前とは違うんだ。スキルを持ってドンドン偉くなるオレたちとはな。……それは仕方ないよな? だってお前はスキルがないんだから」
「ここでリューヤとはお別れね。寂しくなるけどアタシ、リューヤのこと忘れないわ! これからは一人でゴミ漁り頑張ってね!」
「ボクらはこれからそれぞれのスキルを活かせる場所へと羽ばたいていく。キミも、キミのいるべき場所で頑張って生きて行ってくれ」
これまで一緒に生きてきた皆が、俺のことをもういない者のように扱ってきた。
ここで切り捨てられるべき者と。
「しかしゼタも心ないこと言うよなー? ホントに忘れないの? あんな能無しのこと?」
「バカね、社交辞令ぐらい言えるようにならないと。これからアタシたちが生きていくのはそういうセレブな世界なのよ」
「だよなー!」
「あんなスキルのないクズ、お世辞の練習台にされただけでも光栄と思うべきなのよ。もうアタシたちは路上の孤児じゃない! 強力なスキルを持った有用な人材なのよ!!」
俺は肩を掴まれ、外へ向かってずるずる引っ張られていく。
儀式に付き添っていた兵士が、部外者は去れとばかりに俺を引きずっていく。
「去れと言ったでしょう? 力なきクズは従順さだけが美徳だと今のうちに知っておきなさい」
神官は、もはや俺を汚物のようにしか見なかった。
「ああ、そうそう神の使徒たる私から、無能なキミへアドバイスを与えましょう。キミのような哀れな<スキルなし>は毎年必ず出ます。そして<スキルなし>と告げられた無能は必ずこう考えます」
――『スキルがなければレベルを上げればいい』
と。
レベルさえ上がって強くなれば、<スキルなし>というハンデを補って、多くのスキル持ちと互角に渡り合うことができる。
「しかしそんなものは幻想です。レベルとは、恐ろしい魔物や魔族を倒して経験値を積み、そして上がっていくもの。スキルなくしてどうやって魔物たちに勝つことができますか?」
神官は蔑むように言う。
「ここで<スキルなし>と判定された者は大抵レベルを上げようと街を出ていき、荒野や森で魔物と戦い、そしてあえなく食い殺されていくのです。それが現実です。キミも過ぎた夢など持たず、凡人に相応しい平凡な一生を歩んでいくのが身のためですよ」
ドンと押され、俺は地べたに倒れ込んだ。
ここは教会の外。追い出された俺を確認し、ドアが無情に閉っていく。
「まあ、それでもなお死にたいというなら勝手にしなさい。どうせスキルを与えられなかった無能など、いくら死んでも損にはならない。この世界は、有用なスキルを持つ者によって回っていくのですからね」
そしてドアが閉められた。
<スキルなし>の俺は、野良犬のように世界の本流から打ち捨てられたのだ。