蒸留器
永禄2年5月20日 鍛冶屋前にて。
おうおうおう。約束の3日後だぞ!おれは蒸留器の制作を依頼した鍛冶屋の前に来ていた。できてんのかー!え?日にちが急に過ぎてるって?19日は犠牲になったのだ。犠牲の為の犠牲にな。うっ頭が…。
「なんだい朝っぱらから。普通はこういうのは昼過ぎに取りに来るもんじゃねえのかよ。銭貸しかってんだ。できてらぁ。見ていけぇ。」
え…俺は軽くドン引きした。3日で蒸留器作ったのこの人…?水通してみて出来て無かったらお金払わないよ?
「いーからやってみろってんだ。こんな変なもん作らせたんだ。使えねぇじゃあ通らねぇぞ!」
お、おう。ちょっと待ってろ。道具を取って来るって言って家に帰った。ナイチンゲールー!
実験者:川崎こゆず
見学者:川崎小夜
:三平太
:田鹿様
え…ナイチンゲールだけ呼びに行ったらぞろぞろ着いてきたんだけど…。
「なんじゃ。ワシが酒代を出してやったんじゃから何をしておるのか見るくらいよかろうが。勢い込んで走っていけば何をやっているのか気になるのが人心というものであろう。」
田鹿さまぁ…もうこの人はほっておくとしよう。小夜。
「水と酒ね。あと薪を用意したわ。持ってきたのは三平太だけれど。」
よろしい、小夜。では実験を開始しましょう。
実験器部Aに酒を注ぐ。ふたをしっかりと閉めて、下から火を焚く。沸騰した気体が実験機部Aの上部から実験機部Bに流出する。実験機部Bでは手動水道による(手回し巡回型)気体の冷却が行われる。その後、実験機部Cに蒸留された液体が流し込まれる。という具合である。火を焚いたら後はぐるぐると手回し巡回機を回し続ける。
「こゆず。蒸留液が出てきているわよ!気体の漏れも無さそうだわ。おおよそ高水準に達しているわよこれ!」
おれと小夜の興奮最高潮。あとの人たちは何が起きているのか訝しい顔をしている。
「結局、先ほど入れた酒が沸騰してこっちに流れてきただけじゃろうが。何に興奮しているのかさっぱり分からぬが見世物はここまでか?」
分かってねぇなぁ田鹿様。自分で飲もうかと思っていたけど一口目を譲ろう。飲んでみんしゃい。
「?…?!…かはぁ!なんじゃこれは!」
田鹿様。それは一気に飲むもんじゃねぇ。口に含んでゆっくり匂いを楽しんでみて。
「ふぅ。鼻に芳醇な香りが抜けるようじゃ。口に含んだ瞬間と、飲み込む瞬間にまた味が変わるのじゃな。このような酒は飲んだことがない。美味じゃ。」
「こゆず!エタノールと蒸留水!」
二人が違う喜び方をしている。でも、田鹿様の方はこれでおしまいね。
「なに?まだ酒は残っておるじゃろうが!」
ここから先は美味しいお酒じゃないんですよ。おれは説明した。これ、本当においしいのは初垂の部分で、味はどんどん落ちます。ここからは医術に使う奴なんで控えてくださいね。小夜もどっちもすぐには無理だよ。高純度アルコールはもう2回くらい蒸留を繰り返したらいけるけど、同じ蒸留器を使って純度の高い蒸留水作れるの?俺は混ざりものをしてダメだと思うよ。
「ぐふぅ。春家様にも呑ませて差し上げたかった…。」
「おれが作った機材なんだからおれも一口飲みたかった…。」
「蒸留水…。」
三者が三様にしょんぼりした。あれ、そういえば三平太は?
「おらは後ろでどっしり構えていたら、おこぼれに与かれると学んだんだ。」
賢いな、三平太。皆、少なくても今日中にあと3回は回すぞ。
よし、酒を買い足してくると田鹿様。
薪焚きは任せろと鍛冶屋。
水を回すのを変わりますよと三平太。
うしろで一番いい方法をああでもない。こうでもない。と悩み倒すのがおれと小夜の仕事だ。
病院開設の日が近づいて来ているのを感じる。さぁてようやく看護の日の目だ。
あ、金ならあるから同じものを至急3つ作ってくれ。鍛冶屋は絶望した。寝ていないのであった。




