快気祝いの食事会
くはぁ。難産でした。そして、今までで一番力が入っています。よろしくお願いします。
永禄2年5月11日
ナイチンゲールとの話し合いから数日が過ぎた。ナイチンゲールとはあれ以来会っていない。呼べば出てくるだろうが時期ではないと判断した。それよりも岡清三郎さん。つまり、重症であったお侍さんの退院日だ。家に帰ってもしばらくは安静にすることを条件に退院を許した。傷なんかは運よく化膿もせず、上手く塞がったしね。さて、快気はしていないにしても退院祝いだ。そこそこど派手に行こうと思う。
~前菜~
さて、裏のキレイ目の沼から取ってきたジュンサイを料理するぞ!
さっとすすいで水を切ったジュンサイは、沸騰している湯の中に1分ほど茹でたらすぐに取り出して冷水に放り込んで、色止めをする。生の状態だと蕾や茎の部分に赤茶色の部分があるけれども、茹でると緑色に変わって美しい。ジュンサイっていうのは特有の風味とプリプリした歯ざわり、つるりとしたのど越しが持ち味だ。前菜にするならば酢と砂糖と薄口醤油を3:1:1で合わせた三杯酢で酢の物にするのが良い。寺でまだ物が早いが出来の早いキュウリと合わせてキュウリとジュンサイの酢の物。まずは一品目だ。前菜としては酢の物でさっぱりしてもらおう。
~主食~
ふむ。御飯物は決まっている。一週間じっくりと干してうま味成分をこれでもかと凝縮させた欲しダコと、こればかりはかなり無理を言って吾平さんから取り寄せた蚕豆というものをじっくりと米と一緒に炊いてみた。まぁ種明かしをすると蚕豆というのは、現在で言うソラマメだ。非常に美味であり、少数育てているのを拝み倒して手に入れてきた。つまりはそら豆と干しダコの炊き込みご飯である。白米は白米として食べる習慣が主であるはずのこの時代でどう映るかな?
~主皿~
メインディッシュは一週間乱獲してしっかり捕り方から泥掃きの処理まで完璧に把握したアナじゃこを主にしたいと思う。アナじゃこは唐揚げにしたかったけど丁寧に殻や腕までもいで湯通しした。塩で十二分に楽しんでもらえると思う。
~飲料~
蜂蜜酒。まぁこれを売り出すための食事会ですらあるともいえるよね。今回は一週間しか漬けていないためまだまだ若いけどちょっと発泡しててかすかにビールのようですらある。長くつけると又変わって来るけど…さぁ。これがウケなかったら現実に逃げ帰るまであるぞ。頼む。。。
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「清三郎様、まずは快気祝い真におめでとうございます。」
おれと我縁坊がそろって頭を下げる。先ほど最後の処置も終えたため今後の治療にはノータッチだ。
「いや、我縁殿、こゆづ殿には実に世話になった。命の恩人であろう。のちに褒美を取らせるゆえ、まずは感謝を。」
そういって頭を下げた。人目が無いとはいえ、侍が平民に頭を下げるとは異例中の異例。まぁ俺は気にしないけれど。あ、今日の俺は会話にかっこつけていくスタンスなのでご混乱召されぬよう。
「では、快気祝いといたしまして、私、川崎こゆずより、細やかなれど食事を作らせていただきました。病人食ばかりで気が滅入っていたことでしょう。どうぞお召し上がりくださいませ。」
おれだって敬語ぐらい使えるさ。特に商談の場でくらいはね。
「さて、一品目はジュンサイとキュウリの酢の物でございます。」
と、いっても3人の席だ。台所から3人分俺が運んで3人で食す。
「ほう、これは地の物か?」
清三郎様の顔が綻ぶ。お気に召してもらえたようだ。
「これは、裏山のジュンサイと庭で我縁様が御作りになられていたキュウリを拝借して作りました。この村の地の物にございます。」
「うむ。うまいの。ジュンサイの歯ごたえと喉ごしが実に酢の物に合っておる。食が進み、なにやら臓の腑が動いておるようじゃ。」
やったぜ大好評。このままに炊き込みご飯出しちゃおう。
「これは白米か?色が着いておるが。」
「これは穴蝦蛄の出汁とタコの出汁、それに醤油と水を加えて炊き上げました、炊き込みご飯でございます。一度干して戻すことによりタコの旨味は何倍増にもなっております。またこの蚕豆は実によく合います。どうぞお召し上がりください。」
今度は我縁坊が膝を打つ。
「これは美味い!なんともはや。このような味付けの物は初めて食べましたがこの我縁坊。目からうろこでございます。」
よかった。これは拾ってくれた我縁坊へのお礼でもあったから喜んでいただけるのは大変結構である。
「まことにうまいな。だが、これで終わりではあるまい?アナじゃこの出汁とやら実に見事であったが、身を食してはおらんぞ。」
悪そうな顔をして清三郎様が催促する。おれは台所に戻り、酒瓶と御猪口と穴蝦蛄を抱えてきた。
「このアナじゃこは添えてある塩を直前に振ってお食べ下さい。茹でたてでございます。」
一口食って目を見開いた。
「これは…酒が欲しくなるな!実にうまい!」
ふふり、御猪口に白濁りの蜂蜜酒を注ぎ手渡した。白濁りなのは手順が少し正規の物と違うからだ。透明にも出来たがともかく時間との戦いだったからな。
「こちら、この村で作り始めました新しい酒でございます。お試しください。」
「なんと、新しい酒だと?酒はおおよそ米から作るのではないのか?」
「米など百姓が作れど百姓の口に入らぬほど貴重な代物です。この代わりにこの酒を売られれば、百姓がどれだけ安全に冬を越せるか、と考え作りました。どうぞ。」
うむ。神妙な顔になった清三郎様は一口飲み、やおら、穴じゃこを一口食べ、また一口飲んだ。
「美味い。酒に若さがあるが、甘みも発泡も今まで味わった物とは比べ物にならん。いや、住み分けが出来ておるというべきか。コメの酒のうまさもこの酒のうまさもまた格別よ。これはいかにして製造して居る。」
「医の調合の類でございます。すなわち転じて百薬の長。その走りとして作りました。」
清三郎様はにやりと笑った。
「見事。これは他所に出して居るのか?」
「いえ、清三郎様がお初出しにございます。」
少し考える。
「いくらじゃ?いくらでいくら納品できる?」
「升で300文。今はもう1升この場で供しましたので手元には3升のみしかございませぬ。」
「ならば、それを全て買おう。ただし高いぞこゆづ殿。1升200文でもそこそこ高いぞ。」
うーむ。えぇ、200文でも高い?悩んでいるとニヤッと笑って清三郎様がとんでもないことを言い出した。
「取り敢えずある分と今宵の酒代は300文で買おう。1200文じゃな。今後は作ったら当家に持ち込めば1升200文で買う。他所には流さない。どうだあ?」
「他所には流さない…ですか?」
「つまり、専売でお墨付きということになる。岡家のな。」
ううむ。笑顔で固まってしまった。お墨付きはデカいが他所に流さないはどうなんだ?相場は?くそ、勉強不足だ。
「少し緩めてやろう。優先的に流せ。専売は無し。お墨付きは付けてやる。」
「ははっ。ありがたく存じます。」
無一文で10文、20文をツケで生きてきた人間が1200文。ありがたいことである。
「ただ…」「ただ、これはあくまで酒ではなく薬でございます。調合に時間がかかりまして。」
「よい、任せる。ただし半年は他所に流すな。それくらいは守れるな?」
「ははぁ。かしこまりました。」
その流れで台所に下がり水を一口杓子にて飲み干す。水が美味い…。
かまどの前に座りぼんやりと干しタコを炙りながら考える。上手く行きすぎて怖いわ…。なんか反動がある物として動こう。明日になったら物流れとかね。やばいワラエナイ。
「最後に乾きものとして、干しダコの炙りにございます。」
あーマヨネーズつけて食べてえな。転生ものの主人公皆マヨ作り過ぎだから。おれが作りにくくなるだろうがよ。
「なるほど、この干しダコをじっくりと噛んでからこれを一口という訳か。」
「美味しゅうございましょう?」
「美味い。正月でもこれほどの飯はなかなか食べられぬわ。我縁殿は召し上がっておいでか?」
あ、やばい。清三郎様に掛かりきりになってた。
「いただいておりますぞ。」
ちゃっかり飯も酒も平らげてる。健啖家だし生臭なんだよなぁ…まぁ人間らしくていいんだけど。変な説教で飯を不味くされるよりはよほどましだ。
「この酒に…おっと薬に名はあるのかな?」
名前か。蜂蜜酒ではまずかろうな。すぐに製法を探られる。
「蜜の字を入れたいと考えております。」
「では、御仏の教えにこのようなものがございます。密教で仏の身・口・意の三つの働きが衆生の思慮の及ばざるものであることを示す言葉であるということです。身に印を結び,口に真言を唱え,意に本尊を念ずるのが〈有相の三密〉転じて飲するのみで三密を得られる『三蜜薬』」
清三郎様が爆笑した。
「ははは。つまりこの三蜜薬を口にすれば御仏の御心に近づけるという事じゃな。そして御坊が飲んでも全く違和感が無いものに早変わりじゃ。」
「なにしろ薬でありますしなぁ。ははは。」
悪い大人が2人でただの蜂蜜酒を大層良いものに仕立て上げてしまった。怖い怖い。
おれは下戸なので口を付ける程度。あとの1升、つまり1500mlをふたりでぺろりと平らげてしまった。おれはタコ焼き係だった。まぁいいんだけど。そのまま二人ともが爆睡しだしたので後片付けまでやらされたよ。これ醗酵途中って言っても10%近くあるはずで…半分の5%でも蟒蛇だけど。
はー。疲れたなんだすげぇ儲けたな。寝よ。おれは部屋に戻って爆睡した。すやぁ。
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