魔物は食べ物に入りますか?
「母さん!!僕は王都に行きたい!!!」
ある晴れた昼下がり
いつものエシオス村に一際大きな声が響き渡った
いつものことなのか、そんな声を聞いても村人は作業を止めようともせず「またユンテかー」と笑い声が聞こえてくるだけである
「だから、王都に強い人はいないのよ。行く意味なんてないの」
やはりいつものことなのだろう
母さんと呼ばれた女性は振り向きをもせずに、トントンと包丁を動かす手を止めない
コトコトと煮込まれているスープの味見をしつつ「やっぱり美味しいわ」と相手する気もないようだ
「違うんだよ...強くなりたいんじゃないんだよ...」
もう既に話を聞いていない母親の背に向かって
意味がないとは知りつつも、ため息と共に抗議をする
***
ここエシオス村で育った僕はユンテと名付けられ、母親のロジー、父親のトリスに育てられた
ちなみにまだ5歳である
5歳っぽくないと思うかもしれないが、それについては追い追い話していこう
とにかく、この非常識集団から抜け出して王都で常識人になりたいのだ
ここにいてはどんどん常識のない人間になってしまう、その危機感は日に日に強まるばかりだ
ルンルンで料理する母親を見ながら、どうすれば説得できるのだろうの考え込んでいると、不意にガチャっと玄関の扉が開く音がした
入ってくるや否や、
「なんだ、また王都に行きたいとか言ってるのか?」
大きな荷物を抱えつつ、呆れたように声をかけてきたのは父親である
どうやら大声を出したせいで外まで聞こえていたらしい
「あらあなたお帰りなさい。えぇ、ホントに誰が王都のことなんか教えたのかしら...」
いつのまにか出来上がったらしいご飯を並べながら、「困ったわぁ」と大して悩んでもいなさそうに呟いた
「まぁどうせペガリスだろう?全く、急にこの村に帰ってきたと思ったらユンテを誑かすなんて...」
肩に背負っていた荷物をおろし、演技がかった仕草でやれやれと首を振っている
ちなみにペガリスとは、この村の出身で現在王都に住んでいる人である
あまり強くはなかったらしく(と言ってもこの村基準である)コソッと村を出て行ったらしい
先日、久々に帰ってきたので興味津々にしていたら、意気揚々と王都での話を僕に聞かせてくれた
おかげで常識を知れたので感謝してもしきれない
「ペガリスさんは悪くないだろう?...と、いうか。今日は何を狩ってきたの...」
無駄にでかい荷物を見ながら、嫌な予感がするなぁとため息をつく
そんな僕の様子を知ってか知らずか、父は「よくぞ聞いてくれた!」と嬉しそうに袋を開けていく
そして袋から出てきたのは高さは2mを超え、重さは何tになるのか。
とにかく、背負っていた袋から出てくるものではないものが姿を現した
「レッドタイガーだ!若干小ぶりだが、タイガー系の魔物を見つけたのは久々だからテンション上がってな!!母さん、今日の夕飯はレッドタイガーのステーキにしよう!!」
レッドタイガー
父さんが言った通り、魔物である
グリーン<ブルー<レッド<ブラックで強くなるのが魔物の通説であるため、タイガー系の魔物の中でも上位に位置することになるだろう
そもそも、ウルフ<ボア<ベアー<ホーク<タイガー<ドラゴンの順で強くなり
グリーンウルフでさえ普通の人間には倒せないのだ
まぁ、レッドタイガーを1人で狩ってくることの異常さは...言うまでもないだろう
「あらぁ、いいわね!!
私もさっきね、ブラックホークが木に止まってるの見つけたから今日のスープの出汁に使ってみたの!美味しくなってるはずよ」
残念ながら、この村で強いのは男だけではない
と言っても、男は物理的な力が強い代わりに魔法を使えないし、女は逆に魔法しか使えない。そういう遺伝らしい
まぁ、魔物を狩ることにおいてはどちらでも変わらないだろうが。
「母さん、父さん...魔物は狩るものではないし、ましてや食べるものではないんだよ...?」
申し訳程度のツッコミをする俺に、両親はまるで僕がおかしなことを言っているかのように怪訝な顔をする
「ペガリスはそんな嘘までついたのか?全く、次会ったら説教だな」
「そうね...ペガリスの雑な嘘も、素直なユンテは信じてしまったのね。実際、毎日のように食べてるじゃない」
うん、ごめんペガリスさん
次会った時には謝っておこう。
うちの村の説教は肉体的なものであるため、話を聞いてれば終わるような生温いものではない
それはもう死にかけるような罰を与えられるのだ。
もう一度言おう
このエシオス村に住む人間が死にかけるような、だ。
...思い出すだけで身震いがする
とにかく、この村の常識は一般的なものからかけ離れているので
見たことのない王都の常識を僕が口だけで説明しても説得力のカケラもないのだ
この村を出ていく時のために少しでも理解して欲しいのだが...無理かもしれない
そんなわけで、今日の説得は諦めて昼食をとることにした
目の前に並ぶご飯はいつものように美味しそうである
一般的には食べれないと言っても、食べたくないわけではない
ワクワクしながら大好物である野菜スープを手に取った
「うん、やっぱ母さんの野菜スープは美味いな」
美味しそうに食べる僕を見る母親は嬉しそうだ
もう無くなりそうなお皿を見て「おかわりいる?」と声をかけてくる母親に、コクコクと頷く
その野菜も魔物同様、普通は食べれないということを知らなかったユンテは
残念ながら彼もエシオス村の住人であるということなのだろう