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青春は一人じゃ辛いから  作者: ペストマン
1/1

梅雨明け

連載します。あんま自信ないっす。読んでくれると嬉しいです。

高校ではちゃんとする。そう言って胸を躍らせて俺は学校の門をくぐる。かつて着崩した制服をしっかり着て、背筋を伸ばす。俺は毎日鏡の前でこうやって自分に言い聞かせる。自分はマトモだと。

俺は海堂陽太、高校一年生だ。俺の家庭状況は悪く、両親は離婚し、母親一人が俺の親だ。しかし、彼女は他の男と遊ぶのに夢中で育児放棄。俺は中学一年になる頃にはもう非行に走った。窃盗、暴行、無免許運転、薬物販売など思いつくだけの悪行をこなしてきた。しかし、俺は中二の夏に薬物の取引現場を押さえられ少年院に送られた。そこから一年、クソみたいに勉強させられてなんとか少年院を出た俺は高校に入学した。内部で自由を犠牲に勉強をした成果があって、なかなかにレベルの高い学校に受かり、現在に至る。入学からおよそ二ヶ月たち、定期テストを終えた学校は夏休みへ期待に胸を膨らませていた。

前科持ちということで、俺は他の生徒より多くの時間面談が設けられていて、夏休み前ということで生活指導の先生かつ担任の工藤先生と面談室で面談をしていた。

「海堂、今回テスト頑張ったようだな。全体300人の70位だ。本当にすごいな」

「ありがとうございます、先生。先生のご補助あってこその成果でしょう」

工藤は満足そうに首を縦に振った。きっとそれだけ不安だったのだろう。しかし、院の中での勉強や放課後に生活のために行くバイトとかと比較したら随分と楽だ。決まった範囲を覚えるなんて小学生でもできる。人間あとは根気があるかどうかで、俺にとっては何も凄いことではなかった。

「うるさいな!悪いけどこっちはもううんざりなんだよ!もう帰るね」

面談室は大きな会議室のようなところで、叫び声の正体がよく見えた。

うちの学年はネクタイの色で学年が分かるようになっている。彼女のネクタイは赤色で、それは二年生の色だった。

遠目に見て容姿は綺麗で、精錬された化粧をしていて、大きく誇張された目の茶色カラコンに長い髪は金髪、そして持ち前の高い鼻が外国人のような印象を与えた。スカートは短くおられており、長くて綺麗な脚がよく目立っていた。

素行の悪い彼女を見て少し昔を思い出した俺は彼女に少し興味を持った。

「工藤先生、あれは誰ですか?」

「あぁ。あれは雪谷春音。うちの学校の問題児だ。一年の時から勉強についていけなくなってな。段々と素行が悪くなってきて今じゃこのザマだ」

先生は極力静かな声で言った。

「そうですか。ご苦労お察ししします」

「あぁ。頼むから海堂はああならないでくれよ」

「はい。少年院で嫌という程に叩き込まれましたので心配しないでください」

こんな台詞を吐くなんて、明らかに俺の経歴から見て不安を抱いている。見え見えだ。少し癪だが、何も文句は言わなかった。前科を持つというのはそういうことなのだ。それがあるだけで、人は俺のことを遠ざけ、よく見もせずに危険人物と断定する。こういうのは成果で洗い流すしかない。俺は今その道のりの途中なのだ。

先生と俺は面談室から出て別れた。階段のところまで歩いてそのまま下に降りようとすると、後ろから力強く掴まれた。痛くはなかったが、少し威圧的に感じた。思わずその手を払って顔面に拳を入れたくなるが、そこは理性で抑制する。真偽はまだ分からないのだから。

「ねえ、君。ちょっといい?」

もしかしてバレているのか。先生各人には俺が前科持ちだということは秘密にしろと言っているのだが、元同級生が言いふらしたせいで俺の前科は完全に噂になっていた。しかしこの学校は進学校で、ここまでのレベルの学校に不良などいないと思っていた。だから噂が広まっても大して問題はないはずだった。

振り返ると先ほどの進学校とは思えない格好の女がいる。第二ボタンまで空いたワイシャツからは二本鎖骨が見えて、その間にかかったネックレスが目立っている。校則でアクセサリーの類は禁止されているのにだ。

「どうしましたか?」

俺はあくまで友好的に敬意を持った感じで尋ねた。

「あのさ、君も何かしたの?」

自己紹介もなしに不躾だ。本当に悪いやつなら殴られてるぞ。それか真面目なやつだと思って舐めてるのか。

「いいえ、訳あって頻繁に面談をしているんです。先輩こそ、何か事件でも起こされましたか?」

「あー、えっとね。実は赤点取っちゃってさ」

そんなことか。てっきり無免運転を責められたとかそういうぐらいには重いものだと思っていたが、彼女の罪はこの上なく稚拙でくだらないものだった。

「全科目でね」

ワオ、マジか。こんな人間本当にいるのか。ここは進学校で、低くても日東駒専ぐらいには行けるぐらいのやつが入ってくる。彼女は学力振る舞いともにこの場所に不釣りあいだ。

「...そうですか。それは、とても災難だ」

「そうでしょ?わかってくれるんだ」

まあやる気がない人が頑張るのは難しいんだろう。不良をやってた時期の自分は勉強なんてやってなかった。となると彼女も同じようなものなのだろう。

「一年?」

「はい。一年七組の海堂陽太です」

「そうなんだ...陽太君ね。私雪谷春音!春音でいいよ」

「そうですか。春音先輩、よろしくお願いします。話しかけて来てくれてありがとうございます。もしまた見かけたら声をかけてくれると嬉しいです。それでは」

俺はこの後バイトに行かなきゃいけない。生活費は国からの援助で足りるが、それで出来る暮らしなんてたかが知れていて、多少なりとも生活を良くしたかった。

「うん。呼び止めて悪かったね。物怖じしてない感じ嫌いじゃないよ」

彼女は笑顔で言った。アンタ程度に物怖じしてたらこちとら生きていけないようなところで生きてたんだ。当たり前だ。でも、好意を持ってくれるなら嬉しいことだ。俺に好意的に接してくれる人なんて珍しい。

「ありがとうございます。では」

彼女は嬉しそうに大きく手を振っていた。きっとあんな見た目だが純粋な人なのだろう。あとで気がついたのだが、これは課外で俺が学校で始めて生徒とまともに話した瞬間だった。


1

あの面談の日以来、春音先輩は俺を気に入ってくれたのか顔を見るとよく挨拶をしてくれた。構われてるのは嬉しいものだ。

授業終了のチャイムが鳴り、みんな帰宅を始める。外は梅雨が明けたっていうのにまだ雨が降っていて、ジメジメした空気のせいで息苦しさを感じた。

帰路につくと、教室の反対側の扉に寄りかかっている見覚えのある顔を見かけた。怒られたのか髪の毛の色が茶色く、この前会った時とは違って青い雫のピアスをつけていた。

「やあ、陽太君。元気?一週間ぶりだね」

春音先輩は目が合うと話しかけてきた。一年は5階で二年は4階と教室のある階は違う。その上二年がこっちに来るためには一回階段を上る必要がある。この先輩はわざわざ一階分上がって来たのだ。

「えぇ...とても」

「あのさ、近くのスタバとかでお茶でもどう?」

用はこれか。さあ、果たしてスタバに連れ込まれて俺は何をされるのやら。ただ面倒なのに変わりはない。今日はシフトのない久しぶりのフリーデイだ。そんな日にこんなに雨が降っているとなると、どんな外出にだって億劫になる。

「すみません。今、実は家でやらなければいけないことがあるんです」

「どういうの?」

彼女は俺の目を真っ直ぐに見つめていた。俺はこういう視線には弱い。こういう純粋な目線を向けてくるやつに嘘をつくのは気が引ける。

「掃除、洗濯、料理、勉強ですかね」

嘘はついてない。全部やることだ。

「へえ...すごい働くんだね。もしかして一人暮らし?」

「はい。そうです」

母と縁を切った俺は少年院を出てすぐに祖父母の家に引っ越した。しかし、祖父は死んでいて、祖母は現在施設暮らし。俺は祖母の遺産とバイトの給料と国からの園児で実質一人ぐらしをしていた。

「そっか。じゃあ手伝うよ!」

「いいえ、申しわけないですよ。それに、後輩とはいえ俺も男です。女性の先輩が俺の部屋に来るのは貞操的に良くないように思うのですが」

「問題ないよ!私何もしないよ!」

先輩はそう言って手を振って、身の潔白を訴えた。そういう問題じゃないんだよな。

「でもですね...」

「お願い!家に帰りたくないの!」

おどけている感じだったけど、彼女はどこか必死だった。

きっと手っ取り早く助けてもらえる人を探しているのだろう。仲間とか友達とかそういうのがいなくて、孤独で誰かの温もりに飢えてる。

彼女を見てみるとふと昔の俺を思い出す。ずっと一人で悪ぶって、薬や暴力で日々を無駄にして、やがて生活に必死になった。何度も死のうと思って、でもいつの間にか横には仲間がいて。そいつらと一緒に頑張って生きて、お互いの傷を舐めあっていた三年前の自分だ。

久しぶりに過去を思い出して俺は気が変わった。辛い時こそ、仲間は必要だ。

「...逃げたいときって......ありますよね」

あの時。家庭から、学校から、世間から逃げようと思っていたあの時に俺が欲しかった言葉をかける。

「...うん」

「そこまでいうなら仕方ありません。丁度一人に飽きていたところです。何もありませんが、来てもらって構いませんよ」

彼女は満面の笑みを見せて俺に抱きついた。髪からリンスの香りがして、少し体が仰け反った。女性に抱かれるなんて本当に久しぶりだ。少し胸が高鳴った。

「先輩、やりすぎです」

「えへへ、すみませーん」

彼女が笑うと少し胸が痛くなった。こんなに純粋な笑顔を見たのなんて本当に久しぶりだ。


あの日も、丁度こんな雨の降る日だった。

「お母さん。ご飯頂戴」

「ん?はいよ」

食事は1日ぶり。子供らしさを被って食事を得る。普段お母さんにこんなことやっても殴られたりドッグフードを食べさせられたりするだけだが、お母さんが男の人を連れ込んでいる時は美味しい食べ物がもらえる。

「お前の子供はかわいいな。お前にそっくりだ」

男の人が母の機嫌を取ろうとしてる。子供が大好きなお母さんは子供を褒められると喜ぶのだ。今週は3人目の男の人が家に来て、お母さんと部屋に閉じこもってずっとなにかをしていた。

「ちょっと、上手ね坂本さん。でもこの子が可愛いのは私も同感よ。だって最愛の息子だもの。ねー、ようちゃん」

「うん。ありがとう」

お母さんが僕の頭を撫でる。暖かい気持ちが胸に広がって、自然と笑顔になる。男の人は大好きだ。あの人たちが来るとお母さんが優しくなってくれる。僕の頭を撫でて、美味しいご飯をくれて、暖かく抱きしめてくれる。

それからは3人で遊んだ。このおじさんはよく遊んでくれるから一番好きだ。お母さんとおじさんと僕で遊んでる時間が僕は一番楽しい。

今日はおじさんが僕にプレゼントを持ってきてくれた。チョコレート一枚だったけど、甘いものなんてなかなか食べさせてもらえない。僕は嬉しくなって蔓延の笑みを見せた。

「食べていい?」

「あぁ、もちろん。君のために買ったんだから」

チョコレートはベロに着くとすごい甘くて、お母さんのご飯なんかよりずっと美味しくていっぱいヨダレが出た。

「甘くて美味しいよ。おじさんありがと!」

「おーそうかそうか。陽太はいい子だなぁ」

男の人が帰る時、僕はとびっきりの笑顔でその男の人に抱きついて言う。

「おじさんもおじさんも大好き。また来てね」

「おうおう、もちろんだぜ。美希、どうしたらこんなに可愛い子が生まれるんだか」

「ふふ、楽しそうでなにより」

おじさんは僕を撫でてからギュッと強く抱きしめてくれた。僕も抱きしめる腕を強くする。お父さんって呼びたくなったけど我慢した。僕に親はお母さんしかいないから。


5時の鐘で目が覚める。まだ窓の外からは雨の音がしていた。目の前には先輩が俺の顔を覗き込んでいて、眠りから覚めて目を開けた瞬間に目があった。

先輩はビックリしたのか少し目を大きく見開いた。そしてその後すぐに純粋な笑顔を見せた。

「おはよう、陽太君。よく眠ってたね」

人に寝顔をまじまじと見られたのなんて久しぶりだったので、少し恥ずかしくなった。目を合わせられなくて、さっきから記入していた家計簿に目を落とす。

「すみません、寝てしまって」

「ううん、全然いいよ。こっちこそそんなに疲れてるのに上げてもらっちゃってごめんね」

先輩は彼女なりに俺に引け目を感じているのか。やはりこの人根は真面目でいい子に違いないな。なんでこんな人がこんな格好して俺なんかの家にいるんだか。

「いいえ...いい匂い」

寝ぼけた鼻に、久しぶりに芳しい刺激。 部屋には何かを調理している匂いがした。いつも食べてる質素なものとは違い、ちゃんとした料理の匂いだ。

「え...あ、あぁ!料理ね!陽太君寝ちゃったから、お返しに何かできないかと思ってさ!」

俺は半ば無意識に台所に歩いて行き、コンロにある鍋を見た。

「...カレー」

「うん、そうだよ。私、これ得意なんだ」

周りを見てみると綺麗に片付いている。きっと俺が寝てた1時間の間にできることはしておいてくれたのだろう。

学生鞄が片付けられているのを見ると、もしかしたらタバコを見られたかもしれないと不安になるが、不良だし彼女だって吸ってるだろうとすぐに冷静に戻る。

カレーの匂いを嗅ぐと、お腹鳴った。とてもいい匂いだ。

「...食べてもいいですか?」

「うん、いいよ。君に食べてもらいたくて作ったんだから」

そう言って彼女は俺にカレーライスをよそってくれた。俺は料理はするが焼いて塩振ったりが精々で、カレーは簡単というが、それすらあまり食べなかった。匂いは知ってるが、不良時代は食になんて拘ってる余裕はなかったし、恐らくちゃんとした料理を食べるのは少年院以来約一年ぶりだ。

カレーを口に運ぶとスパイスの香りが広がる。野菜は中まで煮えていて、人参や玉ねぎの甘みが舌に広がる。イメージ通りのカレーの味だった。

「......どうかな?」

俺は目を瞑って後味に浸る。口はまだカレーの香りで満ちていて、その香りにまた唾液が出る。

「...美味しい」

お母さんや家に来るおじさんたちだって俺にこんなものは作ってくれなかった。久しぶりに感じる優しさだった。

「えぇ!泣くほど美味しかったの?」

「え...俺、泣いて...?」

目元を触ると雫が滴っていて、触れた指が濡れた。恥ずかしくなって思わず目をそらす。外の雨はこんな時に限って止んでいて、窓からは夕日が俺の部屋を照らしていた。

「あーあー、はいどうぞ」

春音先輩は優しい口調で俺にハンカチを渡した。

「...どうも」

涙を拭いても少し相手の顔を見るのは恥ずかしかった。

「いいえ...あのさ、言いたくなかったらいいんだけど、もしかしてあんまり料理とかちゃんとしない?」

「はい。お恥ずかしながら」

「ふーん」と言いながら先輩はフォークを立てて遊んでいた。

「あのさ、もしよければだけど、たまにここ来てご飯作っていいかな?」

少し考える。不安げで期待を孕んだ目は一点俺を見つめてくる。彼女には逃げる場所が必要だ。しかし、俺の家もとい俺がそうなるのは良いことなのだろうか。

「...ダメ?」

少し俯いた彼女だったが、目はしっかりと俺を見てる。上目遣いでか細い声は俺の中の保護欲を十二分に駆り立てた。

俺は涙の理由を考えた。なぜカレーに泣いたのか。あの暖かく、安心する感じはなんなのか。俺はこのちっぽけな16年の人生で模索する。

思えば俺は少年院の中からずっと一人だ。不良時代の仲間と離れて入ったあそこで、俺は一年間ほとんど誰とも話さなかった。仲間もいないし遊びにも参加しないで、ただひたすらにあそこで出来るものを全部やった。まじめに苦しい時間を超えた。それは俺にとっては誇りだ。自分は大丈夫、自分はまだやれると思えた。しかし、少年院での一年と高校三年生の一年、俺はずっと一人だった。家でも図書館でも学校でも、俺は誰とも関わらないで過ごした。もしかすると、さっきの涙は久しぶりに人の温もりに触れたから、その温もりを求めていたからなのかもしれない。

俺は先輩の目を見る。カラコンか元からかはわからないが茶色い虹彩のおかげで彼女の視線は瞳孔の動きまではっきりとわかった。

「...やっぱダメだよね。ごめん」

「...いいえ......」

「...え?」

「...来て欲しいです。その...とても久しぶりに人の温もりに触れた気がしました。俺はずっと一人でしたから。だから...また来れる時に来てください」

うっわ、言っちまった。すごく恥ずかしい。でも正直なことを言って清々した気もした。

「...うん...その...ありがと陽太君。実は私も...勉強ついて行けなくなってこういう風になっちゃったんだけど、親からの目は痛いし...クラスや同じ学年の子からは不良だって怖がられて、中よかった子も話してくれなくなって...自分の居場所が欲しかったんだ。一人はもう...嫌だったんだ」

そういう先輩は泣いていた。きっとずっと辛い思いを抱えてきたのだろう。やはり俺と彼女には少なからず共通点があるのだ。

二人の孤独を紛らわすため、一人じゃないと思うため、俺は彼女に居場所を作ってあげたくなった。それはもしかしたら一時のもので、偽物かもしれない。でも、俺は彼女を受け入れたかった。

「...先輩!」

「は...はい」

溌剌としたイメージのあった先輩からはあまり想像つかない弱々しい声だった。

「カレー美味しいです!お代わりしてもいいですか!?」

「...元気が出たね、そんなに言われたら嬉しくなっちゃうな。よし、じゃあお代わりしよっか!」

先輩はビックリした様子で大きく見開いた目をパチパチさせて、威勢のいい笑顔を取り戻して言った。





「...あらら、寝ちゃったよ。不用心だなぁ」

私と陽太君の絆を否定しようとは思わないが、それにしたって私たちはあってまだ一週間だ。この一週間の間だって、たまたまあって話したのは二、三回程度だし、正直面識ある程度で人によっては仲がいいとか言えるほどでないと言うかもしれない。

彼が枕にしているものを見ると、家計簿のよらしき冊子で、中にはびっしりと今月の出費が書いてあった。内容を見てみるとひどく質素だ。

彼と私は出会ったばかりで、私たちはお互いによく知らないが、彼は一人なのだろうか。部屋は生活感を感じると言えるものなんて勉強道具と何本か使われたタバコの箱ぐらいだった。

「...ていうか、タバコってダメじゃん。犯罪だよ。もしかして、あなたは不良かなにかかな?」

と言っても、陽太君は寝ている。起こしちゃ悪い。それに不良なのは私の方だ。あんな進学校に入ったのに、こうして変な格好して反抗してる。下らないよ。

に上がった以上は何かしてあげなきゃいけないとおみって私はあたりを見渡す。とりあえず、彼の勉強道具とタバコを元あったらしき場所に戻してから鍋を片付けた。鍋も汚れていたわけではなく、使おうと思ってやっぱりやめたみたいな置き方をされていた。

「...お母さん」

「...うわぁ」

一人ぐらいする男子高校生がついつい寝てお母さんと呟く。それに使用されたタバコに一人暮らし。彼には何か大きな問題でもあるのではないだろうか。

それともただのマザコン?...って、無理言う私を家に上げてくれるような優しい子だ。もしそうだとしても関係ないし、考えてあげないでいるのがいい。それも最低限の礼儀だろう。

なんとなく彼の寝顔に視線がいく。よくみると疲れ果てて目の下には大きな隈ができていた。体は痩せていたし、顔には無精髭が生えている。

彼のために私が出来ることはないだろうか。彼はここまで疲れているのに私の無理を聞いてくれたのだ。そう言いながら空の鍋を見る。

そうだ。簡単な煮物とかなら私でも作れるんじゃないだろうか。冷蔵庫を開けてみるが、食品はない。まあ、あっても勝手に使うのはダメだよな。

それにしても、冷蔵庫にはびっくりするぐらい何もないし、冷たくない。見てみるとコンセントも挿さっていないようだった。

「ちょっと行ってくるね」

置き手紙をして近くのスーパーに向かう。カレーに必要な具材をとりあえず買ってくることにした。

...料理作ってたら驚かれるかな。それともカレー嫌いだったりしないかな。そんなことレジに並びながら考える。

学校や家では色々言われてるけど、もしかしたら私って意外と気遣える人なのかもしれない。雨は酷く降り続くが、私はいたってポジティブな感じだった。

「...ん?」

ふと視線を感じて見上げると、同級生の姿があった。3人組で、こっちを見てニヤニヤしてる。嫌悪感で少し目元が強張る。そうすると、相手は怯えた顔をして下を向いた。そんなのをみてたら、さっきまでのウキウキ気分もすっかり霧散した。

陽太君の家までの帰り道、私はきっと酷い顔をしてたと思う。自分でもわかってた。でもそういう風にせずにはいられなかった。一年の頃は先生に悪態ついたりするだけだった。その頃から入学すぐの時は仲よかった友達も段々と輪に入れてくれなくなって、友達にはハブられて先生には怒られて、そして家に帰れば親の失望の眼差しを浴びる。2年になったら不良キャラみたいな感じで受け入れられると信じてた。でも実際は一年の頃の噂が尾を引いて、終いにはこのざま。私の噂は新入生にまで伝わっていて、私とまともに話してくれる人なんていない。私は独りだ。辛い。でもその思いを伝える相手はいない。周りはみんな敵だ。私のことを友達や親しい先輩として扱ってすらくれない。

陽太君に話しかけたのはいっそ思い切りグレてやろうと思って、コテ始めに真面目そうな子や弱そうな子に話しかけてやろうという悪戯心からだった。でも彼は丁寧に先輩として接してくれた。恐れる様子や侮蔑の様子もなく、初めてあったただの先輩として接してくれたのだ。そして今日なんか私が家に帰りたくないって無理言言ったら家に入ることを許してくれた。「逃げたいときって、ありますよね」ってこちらの気持ちを察して、優しくしてくれた。人の温もりに飢えているからかもしれないけど、私にはとても嬉しかった。

なぁに、春音。もしかして恋?と自分に問いかける。しかし、これは違う。優しい後輩に対しての好感だ。大体あって一週間だし、関わりだって家にはお邪魔したけど、学校ですれ違った時に挨拶しあう関係ってだけだ。

でも、うちに学校でこっちから挨拶して返してくれる生徒なんて陽太君ぐらいだ。そういう意味では貴重なことに変わりはない。好感を持つのは当然だ。

陽太君の家に着く頃には雨は勢いを弱め、空には太陽が上がっていた。

「...ただいまぁ......」

机を見ると、彼はまだ机に突っ伏して寝ていた。

「まだ寝てるのか...よしサプライズだ」

ネットで動画を見て、真似っこして野菜を切ったりお湯にルーを混ぜたりした。料理なんてあんまりやったことなかったけど、それにしてはすごく上手くいった。お母さんや給食で食べたカレーぐらいには美味しいと思う。匂いもカレーのスパイスの香りがして、とても食欲をそそられた。我ながらいい出来だ。

彼は喜んでくれるだろうか。そんなことを思いながら彼も顔を見る。彼の顔は綻んでいて、とても幸せそうだ。

「...甘くて......ありがと......」

「ふふ、ちょっと可愛いなぁ」

私は陽太君の頭を撫でる。髪は意外と整っていて、他の男子みたいに臭くもなかった。目を閉じると長い睫毛がよく目立って、少しやせてはいるけど整った容姿をしてるのがわかった。

なんだか、この子は猫みたいな印象を受ける容姿をしてる。野良猫見たいな感じだ。独りでも頑張って這いつくばって生きて、荒れた毛並みを整えて歩いてる。

「...カレー、喜んでくれるかなぁ」

その時、彼がゆっくりと目を開けた。私もびっくりして少し目を見開いた。彼の目は綺麗な茶色で、目があってびっくりしたのか彼も少し瞼が動いた。その色は私の目の色とそっくりだった。

「すみません。寝てしまいました」

「ううん、全然いいよ。こっちこそ、そんなに疲れてるのにあげてもらっちゃってごめんね」

彼は「いいえ」と軽く返事をすると、首を上げてコンロの方を見た。

「...いい匂い......」

「え...」

いい匂いと言ってもらえた。少しそれが嬉しくて、でも私は年上なんだから余裕を持たなきゃいけない。嬉しい思いは抑えて、彼を気遣ってあげよう。

「あ、あぁ!料理ね!陽太君寝ちゃったから何かお返ししたいなって思ってさ!」

それを聞くと彼は覚束ない足取りで鍋の方に向かった。

彼は蓋をゆっくり開けて「...カレー」と呟いた。そう。それはさっき私が作ったカレー。味は大丈夫なはずだ。でもいざマジマジと見られると恥ずかしいな。

「うん、そうだよ。私、これ得意なんだ」

嘘はついてない。他は何もできないけどこれは得意だ。

陽太君は私が作ったカレーを食べたいと言った。食欲をそそられたということだ。私は頰がにやけてしまいそうになるのを抑えて、あくまでお姉さんとして振る舞う。

「うん、いいよ。君に食べてもらいたくて作ったんだから」

私は出来るだけ余裕を持った感じで、普通を意識して彼にカレーをよそった。本当はとても嬉しくて飛び跳ねたくなるぐらいだった。

陽太君はカレーを掬い取って、その姿をじっくり見る。そしてしばらく経つと匂いを嗅いで、目を瞑ってゆっくり口の中に運んだ。目を瞑ってゆっくり、そして長い時間カレーを口に入れたまま顎を動かしていた。

もしや不味くて飲み込めないとかかな。少し不安になった。というのも、彼の表情は不安と喜びが混ざったような複雑な顔だったからだ。

「...どうかな?」

彼は飲みこんでからはしばらく下を向いた。そしてやっと口を開いたかと思うと呟くように「美味しい」と言った。喜びに私が思わず彼の顔を見ると、陽太君は涙を流していた。

「えぇ...!泣くほど嬉しかったの!?」

「え...俺、泣いて...?」

陽太君は恥ずかしいのかそっぽを向いてしまった。意外とプライドあるのかな。男の子なんだな。なんか、可愛いな。

このまま見てるのも楽しかったけど、可哀想だったので私はハンカチを渡した。彼はお礼を言って涙を拭いて、しばらくの間はこっちを見てくれなかった。

料理ができるか聞いてみると、やっぱり彼はあまりやらないようだった。そんな彼が自分の料理で喜んでくれてる様子を見ると、まるでここが自分の居場所なんじゃないかと感じた。

彼なら受け入れてくれるかな。そう思うと勝手に口が開いた。

「あのさ、もしよければだけど、たまにここに来てご飯を作ってもいいかな?」

言った後で私の中にはすぐに不安が芽生える。今回は彼の優しさでここにいれたが、ここまでの期待をかけていいのかわからなくなった。

「...ダメ?」

すごい久しぶりにこんなに不安な声を人に聞かせた。たちまち恥ずかしくなって、目を逸らしたくなったが、彼から視線を動かすことができなかった。

私は彼に頼りたいのだ。一人で辛いのは嫌で彼が手っ取り早く受け入れてくれそうだから、優しい子だとわかったから、彼という逃げ場を確保したくなったのだ。

でも、ここで思い立つ。私なんかが頼ったら彼は迷惑だ。私は彼を間に合わせに使おうとしてる。苛立てば当たるかもしれないし、この子に彼にとっては強すぎるほどの期待を込めてしまう。

だめだ。今の私は冷静じゃない。これは自分から辞退しよう。もし断られたらと思うと、とても悲しい気分になった。

「...やっぱダメだよね。ごめん」

「...いいえ......」

「...え?」

「...来て欲しいです。その...とても久しぶりに人の温もりに触れた気がしました。俺はずっと一人でしたから。だから...また来れる時に来てください」

夢よりもステキな気分だった。必要とされた。受験のときから出来が悪いって散々言われて、家の中でも立場がなくて、ずっと下を向いて歩いていた。誰も私なんかいらないと閉じこもっていた。でも、彼はカレーを作ってあげただけなのにこんなに必要としてくれている。感謝して、また来て欲しいと言ってくれた。なんて優しくて素敵な人だ。

「...うん...その...ありがと陽太君。実は私も...勉強ついて行けなくなってこういう風になっちゃったんだけど、親からの目は痛いし...クラスや同じ学年の子からは不良だって怖がられて、中よかった子も話してくれなくなって...自分の居場所が欲しかったんだ。一人はもう...嫌だったんだ」

思わず泣いてしまって、下を向く。きっと彼は困った顔をしているに違いない。でも、心に溢れる想いが涙となって流れる。こんな姿を見せたくはないのに...。

「...先輩!」

「は...はい」

急に彼が私を呼ぶので、少したじろいでしまった。

「カレー美味しいです!お代わりしてもいいですか!?」

涙を拭って彼の顔をみると、彼の顔に涙の気色はなく、とても晴れやかで溌剌だとした笑顔だった。私の中にある礼儀正しく大人びた彼の印象とは違い少し驚いたが、その顔を見てると私の気分まで晴れてきた。

「...元気が出たね、そんなに言われたら嬉しくなっちゃうな。よし、じゃあお代わりしよっか!」

元気になった私は彼に負けないくらい飛びっきりの笑顔で言った。久しぶりに気分が晴れやかで、その上で彼はカレーをお代わりするたびに気分を良くするので、それを見るたび私は機嫌が良くなった。


陽太君に最寄り駅まで送ってもらった。元々は定期があるし電車で帰ろうと思っていたのだが、彼がどうしても送りたいというのでお世話になった。 電車でついてくるだけかと思ったら持ってきたのは中型のアメリカンバイクで、私は彼の後ろに乗って帰ることにした。

タバコにバイクの免許、どっちも校則違反だ。これで結構勉強できるみたいだし、世間って何があるかわからない。でも空は明るくて、すっかり雨の止んだ空は夏のオレンジの夕焼けと清々しい青のコントラストでとっても綺麗だった。

「...それじゃ先輩、また」

「うん。陽太君バイバイ」

家の前で降ろしてもらってから別れを告げて、彼を見送る。バイクで早々と去っていく彼の背中を見てると、彼が離れていくにつれて心細くなって、見えなくなるとさっきまでの気分が嘘みたいに悲しくなった。

重い足取りで扉まで歩く。金属製の扉は重々しい雰囲気を纏っていて、街灯に照らされて威圧的で鈍い光を放っていた。

扉を開こうと試みるが、開かない。リビングの部屋はついてるのに鍵が閉まってる。それは私にはハッキリとした拒絶の意思を感じられた。

鍵で扉を開いて家に入る。玄関は暗くて、小さいが他の家族の生活音が聞こえてくる。

誰にもバレないように部屋に向かって歩く。足音を立てないようにコソコソとだ。しかし、私の試みなんて儚くリビングの扉が開いた。

「...挨拶もなしに部屋に行くのか?」

「...お父さん......」

お父さんの顔が見れなかった。きっと憤怒と失望と侮蔑が入り混じった顔をしているに違いない。

「...ハァ......テストで赤点を取った後にこんな遅くまで夜遊びか。どうしてこんなふうに育ったんだ。他の子はいい子に育ってるのに、どうしてお前だけ......」

「他の子は関係ないでしょ!いいから放っておいてよ!」

階段を走って登って、自分の部屋に戻る。ベットにダイブして泣いた。また逃げちゃった。こうやってまた距離が開くんだ。また顔合わせにくくなっちゃうな...。











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