ニート、生産を意識する
オークの皮の説明について修正しました。
「ホブゴブリンにギロチンストライクは通用しませんか?」
「いいえ、ギロチンストライク自体は通用します。しかし、首以外への攻撃は軽傷で終わるでしょう。レベルをかなり上げていて、武具をダンジョンで強化していれば、事情は違うのかもしれませんが」
「うーん、ホブゴブリンに挑む前に、ギロチンシックル以外の武具を用意したほうがいいかな」
相手の反撃を許さないで、首へ鎌を命中させる技量があれば、ギロチンシックルだけでも問題ないのかもしれないけど、コボルト相手にエアガンなしで戦えないボクなんて論外だな。
「そうですね、しかし……」
「えっ、なんですか?」
「お客さまのメインウェポン、鎌なんですよね」
「ええ、鎌ですね」
「鎌のようなマイナーな武具はあまり流通していないんですよ」
「えーっと、それはここだけじゃなくて、民間のほうでもですか?」
「はい、需要がありませんから。そうなると、オーダーメイドになるので、価格も五〇万円前後で、期間も数ヶ月待ちになるかと」
「マジですか?」
目の前に、数万円の武具が売られているのに、鎌だと一〇倍以上の値段で数ヶ月待ちとか、なんとなく理不尽だ。
ホブゴブリンを狩るために、鎌をオーダーメイドすると、結果としてボクは完成するまで第一層から先に進めないことになる。別に、ダンジョン踏破を目指しているわけじゃないから、生活費を稼ぐだけなら第一層で狩りをしているだけでも問題ない。
けど、それじゃダメだ。
いままでの離れでの鉛色の生活と変わらない。安全マージンを無視して命を危険にさらすつもりはないけど、コールタールのような安寧と停滞に浸かるつもりもない。
「マジです。質を選ばなければ、一〇万円前後で数日中に対応してくれるところもあります。しかし、オススメはしません。そういう所を利用した探索者は大抵、数ヶ月で見かけなくなります」
「それ、犯罪じゃないんですか?」
「こちらとしても犯罪として取り締まりたいのですが、法律の整備が追いついていないのが現状です。それに知識不足をつけ込まれているとしても、一応双方合意の契約ですからね」
「なら、資金と時間をかけて用意するしかないか」
まあ、やれそうならギロチンシックルでホブゴブリンに挑んでみるのもいいかもしれない。
「いっそのことポピュラーな剣や槍に変更してはいかがですか? まだ、第一層ということなら熟練度成長にスキルポイントをそれほど消費していないでしょう」
「ああ、スキル熟練度はスキルポイントを消費して成長させられるんだっけ」
スキル熟練度はスキル獲得時に消費したのと同じポイントを消費することで、熟練度を強制的に成長させることができる。
例えば、索敵なら獲得に一〇ポイント必要だから、一〇ポイント消費することで、未使用でも熟練度を一から二に成長させることができる。成長に必要なポイントは二から三でも、四から五でも獲得に必要なポイントと同じだ。
スキルを使用することで熟練度を成長させる通常の方法に比べて、スキルポイントを消費するだけで熟練度を成長させる方法は、短時間で熟練度を成長させられるメリットがある一方で、消費したポイント分、他のスキルを獲得できなくなるというデメリットがある。
ポイントによる成長は探索者によっても意見がわかれて、明確な正解というのはないけど、初心者は安定して狩れるまで、ポイントを消費してでも有用なスキルを成長させるべきだというセオリーが一応できている。
まあ、時間をかければ成長する熟練度に、貴重なスキルポイントを消費する気のないボクは、店員に言われるまで忘れていた。
「まだ、ポイントを消費して熟練度を成長させていないなら、ぜひ、メインウェポンを変更すべきです」
「け、検討させてもらいます」
と、言いつつボクは内心、鎌の自作を決意していた。
鍛冶や錬金術などの取得コストの高い生産系スキルが必要になるとか、生産系スキルは他のスキルに比べて成長が物凄く遅いとか、そもそも素人がスキルを取得しただけで実戦に通用する武具が作れるのかなど、やる前から不安の種はつきない。
けど、鎌から他の武具に変更するという選択肢はない。
店員の言葉を信じていないということじゃない。彼は彼なりの善意で、合理的な提案をしているのだと思う。
でも、ボクはそれを承諾できない。
状況によって、別の武具を使用するのは別にいいと思う。でも、鎌からメインウェポンを別の武具に変更することはしない。
マイナーだからと否定されることへの幼稚な反骨精神なのかもしれない。
鎌をメインウェポンにして、たかが数日。愛着があると口にするにはあまりに短い時間。
でも、ボクは探索者として鎌をメインウェポンにしたい。
ただ、仕事として探索者をしているなら、合理的な選択が正しいけど、ボクにとって探索者はレーゾンデートルを感じるための生き方だ。
合理的な集団から落第したボクが、いまさらただ惰性で合理的な生き方を歩むなんてありえない。
非合理的な武具を、非合理的に自作して、非合理的に探索する。
ボクの探索者としての在り方はそれでいい。
「ええ、お客さまの安全のためにも検討をお願いします。それで、話は変わるのですが、オークを狩れるようになったら、ぜひ、皮をお売りください」
「オークですか……ボクが狩れるようになるのは数ヶ月、下手したら一年以上後の話ですよ」
「もちろん、すぐにという話ではありません。倒せば中堅と言われているオークなら、当面の目標にちょうどいいのではないかという提案です」
「なんで、オークなんです?」
オークはファンタジーでよく登場する定番のモンスターだけど、ダンジョンに出現するオークは素手でグリズリーを倒せる力を持つといわれる強敵だ。探索者歴実質一日のボクにどうにかできる相手じゃないし、当面の目標にすえる相手でもない。
この店員は、ボクの無知を利用して殺す気なんじゃないかと、思わず疑ってしまう。
「オークの皮の買い取り価格は民間なら一〇センチ四方で一〇万円以上、こちらでも一万円以上という金銭的な理由と、お客さまのベンチマークとして、いいのではないかと愚考いたしました。それに素材を持ち込んでいただけるのでしたら、オークの革製の防具をお安く提供できますから」
「オークの防具か……炭素繊維よりも性能は上ですか?」
「炭素繊維の防具をお使いですか……そうですね、耐衝撃ならオークの圧勝。斬撃と刺突に対してはやや炭素繊維が勝りますが、少しダンジョンで戦えば追い抜きます。ダンジョンでの成長率は当然オークの圧勝というところです」
「ポリカーボネイトと炭素繊維の防具でオークと戦えますか?」
「少々厳しいですが、オークと安全に戦える防具となりますと、安くても数千万、億を超えるのも珍しくありません。ある程度、性能の妥協と被弾しない戦い方による割り切りは必要かと存じます」
まあ、探索者とは命がけの生き方だから、殺されるリスクがあるのは仕方がない。
ポリカーボネイトと炭素繊維の防具が、優秀すぎて忘れそうになるけど、ダンジョンのもっと深い階層で防御力ごり押しの探索なんて通用するわけがない。
防具に手を抜くつもりはないけど、攻撃を回避することを覚えないと、パワーとスピードが加速度的に強くなる深いところのモンスターとは戦えない。
それに防具にかんしても革加工のスキルを取得して、自作しようと決意した。
まあ、鎌を作ることほど、防具作りに強い動機があるわけじゃないけど、よく知らない奴の作った微妙な装備よりも、徹底的にこだわった自作の三流装備のほうが、ボクの死装束に相応しい気がする。
その後、魔術用の杖が欲しいとお願いしたら、すぐに見せてくれたけど、一番安い闇属性のゴブリンワンドですら一〇万円以上と、いまは買えないので、諦めて買取所を出て、予定通りホームセンターによって探索に必要な物を買い揃えて離れに帰り、探索の用意をしてその日は寝た。